第1話 ECOLE
その日はなんの予定もない、ただの日曜日だった。
『"Princess"のアケミさんがグループの脱退――』
『今日のおすすめグルメは――』
『近年、高校生のネット依存が――』
『睡眠薬の売上が伸び続けておりーー』
アイドルの脱退、インスタ映え企画、お偉いさんがただただ高校生の実態を否定し続ける番組。
どれも興味が持てるようなニュースや話題じゃない。
退屈だ。
俺、瀬尾 蓮はそんなことを思いながら、ボーッとテレビのチャンネルを変え続けていた。
〖新着メッセージが届きました〗
ふと、目の前の机に置かれたスマホを見ると、誰かからのメッセージが届いていた。俺はテレビの電源を消し、リモコンと交換で机の上のスマホを手に取った。
「誰だ?」
新着メッセージをタップすると、高校が同じクラスの友人、橘 亮二からだった。
「なんだよ、遊びの誘いかと思ったらゲームの誘いかよ」
送られてきたメッセージはオンラインゲームの招待URLだった。
「Ecole?聞いたことの無いゲームだな」
俺は送られてきたURLをタップした。すると、画面が真っ黒に染まり、Ecoleと黄色い文字が浮かび上がってきた。
あれ、俺、ダウンロードしたっけ?URLを押しただけな気がするんだけどな。
黄色い文字の下にスタートと書かれており、今すぐにでもゲームを始められるような状態になっていた。
「なんか怖いな。始める前に亮二に聞いてみっか」
そう思い、ホーム画面に戻ろうとスワイプしたが、スタート画面のまま何も変わらなかった。
「え?なんでだ?固まったのか?」
再起動をかけようと電源ボタンを長押ししても再起動することはなく、ただ同じスタート画面が浮かび上がっているだけだった。
「なんだよ、どうしちまったんだ?画面が固まっちゃったのか?」
スマホの調子が悪いのか、画面が固まっただけなのかを確認するためにゲームのスタートボタンを押すと、次のページに切り替わった。
〖Ecoleの世界へようこそ〗
そんな文字が浮かび上がってきた瞬間、視界がぼやけ、急に眠気が襲ってきた。その眠気に負けた俺はそのまま真っ白なソファで横になり、スマホを持ちながら寝てしまった。
…
…
…
『Ecoler様、お目覚め下さい』
どこからか女の人の優しそうな声が聞こえてきた。俺はその声に反応して重たいまぶたをゆっくりと開けた。
「なんだ……?」
目の前に広がるのは真っ白なタイルの天井だった。すぐに身体を起こすと、そこは白いタイルで埋め尽くされた出入口の見当たらない部屋だった。そしてその部屋の中央には俺をじっと見つめる金色の髪の女が立っていた。
「誰だ?ここは、どこだ?」
「初めまして、瀬尾 蓮様。私はこのゲームのお手伝いをさせていただいています。エコラと申します」
なんで、俺の名前を……。
「簡単に説明しますと、ここはEcoleというゲームの中です。今現在、あなたの精神がこのゲームの中に入り込んでしまった状態です」
この人は一体何を言っているんだ?
これは、夢か?
「これからこのゲームのチュートリアルをさせて頂こうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
何が何だかわからない俺は彼女の話を全くといっていいほど聞く気がなく、辺りを見渡して出口がないかどうかを確認し始めた。
「……あの、瀬尾様?」
名前を呼ばれ、ふと彼女の方を見つめると女は可愛く微笑んだ。
「動揺するのも無理はありません。でも今は深く考えないでください。ここは夢の世界だと思っていただけたら、大丈夫ですよ」
「本当に夢の世界なのか?妙にリアルというか」
「……こちらとしては夢の世界です、と言うしかございません」
何だか含みのある言い方をするなぁ。夢じゃなければこんな状況は説明できないだろうけど……この胸のざわつきの正体は一体なんなんだろうか。
「まあ、いいけど……それでチュートリアルって?」
「はい。まずこのゲームはEcoleといってプレイヤーの一人一人が楽しく生活出来るようになっております。まず、生活の必需品であるスマートフォンを授けます」
彼女がそういうとどこから出てきたのか、目の前に真っ黒なスマートフォンが宙を浮いていた。
「それは瀬尾様のスマートフォンになります。手に持って電源をおつけ下さい」
言われるがままに電源を付けると、そこには俺の名前と、Lv.1、能力:武器化、Ecol:0と記載されていた。
「そこに書いてあります、レベルというのは文字通り、このゲームの中で生活を続けるとレベルが上がっていきます。レベルが上がることで受けられるクエストや行ける場所が増えていきます」
「……普通のオンラインゲームみたいな感じだな。それでこの能力というのは?」
「このゲームではプレイヤー様一人一人に能力を授けています。能力はプレイヤーによって異なり、それを上手く使いこなしてこのゲームを進めて頂きたいのです。今回、瀬尾様に送らせていただいたのが"武器化"という能力になります。簡単に言えば、物体をナイフや銃などといった武器に変えることが出来る能力です」
「武器化……?」
「実際にやってみましょうか」
彼女がそう言うと目の前に拳ぐらいの大きさの石が浮かび上がってきた。
「その石を持って包丁をイメージしてみてください」
恐る恐る石を手にした俺は誰もが簡単に想像する包丁を思い浮かべた。すると、石がみるみる姿を変え、1分くらいすると、刃先がガタガタで何も切れなさそうな包丁が出来上がった。
「これは……切れるのか?」
「これは瀬尾様の想像力が高ければ高いほど、性能の良い武器ができあがります。恐らく、イメージに集中出来なかったか、よく切れる一般的な包丁がイメージ出来なかったかのどちらかが原因でそのような不格好なものが出来上がったのだと」
なんか、遠回しに想像力がないって言われてる気がするけど。
「その武器は武器化してから5分で元の姿に戻ります。また瀬尾様の手から離れても元の姿に戻ります」
「え、じゃあナイフを投げるとか、爆弾作って置いておくとかそういったことは無理ってことか?」
「そういう訳ではありません。今現在、あなたの能力レベルは1。レベルを上げることでより強い能力まで成長させることができます」
「そんなのどうやって成長させるんだ?」
「それがエコルというものになります。この世界のいわゆる通貨です。エコルを使用することで能力のレベルを上げることが出来ます。また食料や衣服の調達、住居や宿代も全てエコルを使用します」
エコルは要するに現実世界で言うお金ってことか。結局それがないと何も出来ないわけね。
「これはどうしたら貯まるんだ?」
「ログインボーナスで貰ったり、クエストの報酬で貰ったり、プレイヤー同士で戦うことでも入手することが可能です」
「えっと、俺は今0……なんだけど、無理ゲーすぎない?」
「さすがに0エコルでプレイヤー様を外に出すことは致しません。新規プレイヤーボーナスとして最初に500エコル渡しております」
彼女がそう言うとスマホのエコルの欄が500に変わった。
「500エコルは1週間生活するのに十分な程の費用になります。あとはゲームの世界でクエストをこなすなりしてエコルを貯めてください。これで主要な説明は終わりとなります」