ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?
乙女ゲームの悪役令嬢のキャラに転生していると気付いたのは、乙女ゲームが始まった時だった。
貴族の子供が15歳から18歳まで通う事が義務付けられている王立貴族学園。
その入学式の日に、自分の婚約者である第一王子が花の様な色合いの桃色の髪の女子が落としたハンカチを拾ったのを目撃した瞬間、その場面が絵画の様に見えて、わたくしの頭の中に『このスチル、見飽きた(何度もプレイした所為で)』なんて、自分の声じゃない自分の声が響き、それに対して冷静な自分が『私の声ってこんなんだっけ?』なんて思うものだから、わたくしは一瞬自分が誰なのか分からなくなった。
立ち尽くすわたくしを側にいてくれた友人が気に掛けてくれて、わたくしは何とか倒れずにやり過ごす事ができた。
でも、平静なふりをしていても考えてしまう。
ここが乙女ゲームを舞台にしていて、わたくしが悪役令嬢なら、わたくしの3年後に待っているのは卒業式での断罪劇。
でも、ねぇ?
3年後まで、待つ必要ってあるかしら?
◇ ◇ ◇
わたくしの名前はキャサリーナ・ロデウス。ロデウス侯爵家の娘。
婚約者はこの国の第一王子。
そして『この世界のヒロイン』は平民上がりの男爵令嬢フィーナ・セロン。
セロン男爵がメイドに仕込んだ種が勝手に育った結果生まれ、2年前までは自分が貴族の血を引いている事も知らずに育った可愛らしい女。
1年ではまともな教育は受けられず、それを『無邪気』と表現して、平民の立ち振る舞いで“貴族の子供だけが通う学園”で好き勝手に振る舞う女。
無知を『少し前まで平民だったから仕方がない』と擁護され、貴族の幼児ですら守る最低限のマナーさえ守らなくても許され、本人もそれが当然だと思っている『根は優しい』女。
実年齢より幼く見える見た目も相まって知り合った人々の庇護欲を唆り、何故か注意する方が『心の狭い者』だと逆に叱られる。
そしてそれを「私が悪いの」と弱々しく泣いて見せて周りの関心を集め、注意した者を更なる悪役に仕立て上げる天性の才能を持った恐ろしい女。
乙女ゲームでは、その『心の優しさ』から、確か光魔法に目覚め、聖女とまで称される様になったはず……
そしてそんな『心優しき聖女』を虐め殺害しようとしたとして断罪されるのが悪役令嬢のキャサリーナ。
聖女だろうがなんだろうが、婚約者のいる男性と懇意になる女が悪いと思うのだけれど、乙女ゲームはそんな事は気にしない。
婚約者が居たとしても、その婚約者を無下にしていても、『真実の愛』で結ばれた方が正義で、その愛を邪魔する方が悪。
でもね?
その『真実の愛』が実るのを待つ必要って、あるのかしら?
ヒロイン。
悪役令嬢から言えば『敵』である相手が解っていて、且つその相手が『自分よりも断然格下』と解っているなら、相手が動く前にこちらが動けばいいんじゃないかしら?
だって、ねぇ?
こちらは『悪役』令嬢、なのですもの。
◇ ◇ ◇
バシャンッ!
「っ!?!」
突然頭から水を掛けられたフィーナ・セロンは驚いて目を覚ました。
しかし慌てて動かそうとした体は動かず、何かが引っかかった手首が痛くて直ぐに顔を顰めた。
「え? ……なに……?
……え?! 何これっ?!?」
頭から滴る水が滲む視界で自分の体を確認したフィーナは、自分の体に巻かれて自身を拘束しているロープに気付いて驚き慌てる。
無意識に周りに視線を向けたフィーナの目に自分の側に居る汚らしい男たちと、目の前に立つ数人の人影が映る。
その真ん中に立つ人物の顔を見て、フィーナは憎々しげに顔を歪めた。
「……キャサリーナっ、何のつもりよ……っ!」
フィーナは床に倒れた自分を見下ろすわたくし、キャサリーナを睨む。
その視線を受けて、わたくしは不思議そうに小首を傾げた。
「あら? 随分理解が早いのね?
こんな場合、『何故? どうして?』と疑問の方が大きいと思うのだけれど。
貴女は“わたくし”がこんな事をしている事には疑問に思われないのね?」
わたくしの疑問にフィーナはますます怒りを込めてわたくしを睨み付けてくる。
「貴女の顔を見たら理由なんて直ぐ分かるわよ! 嫉妬に駆られた哀れな女の癖に! 婚約者に見向きもされないから、その婚約者が愛してやまない相手を逆恨みして私に危害を加えようとしてるんでしょ?! 最低ね!!」
威勢よく言い返しているけどフィーナの体は小刻みに震えている。目の前に居るのがわたくしだけなら怯える事もなかったでしょうに、自分の側に居る一般人とは思えない風体の男たちやわたくしの側に立っているわたくしの侍女や護衛を見て、此処に自分の味方は誰も居ない事を理解したのでしょう。
だけど、だからと言ってただ怯えてわたくしに頭を垂れる事はしないのね。自分には誰よりも強い味方がいると確信しているから、何があっても彼女はわたくしに負ける事はないと思っている。
「こんな事してっ、ジェイド様が黙ってないんだからねっ! 貴女はもう終わりよ!! この人攫い!!」
フィーナが喚く。
ジェイドとは、わたくしの婚約者であるジェイド・L・カーフィス第一王子の事。彼に愛されていると思っている彼女は彼の威を借ればわたくしが怯むと思っている。
全身を縛られ、味方も居ない状況で、これだけ吠えられるのだから凄い。
ヒロインとはやはり、心の強さで選ばれるのかしら?
「わたくしの婚約者の名前を気安く呼ばないで下さる?
いつ、あの御方と貴女はそこまで仲良くなったのかしら?」
扇を広げて口元を隠し、そう問うたわたくしに、フィーナは恐怖心を隠した顔で勝ち誇った様に笑って口を開いた。
「会った時からもう私達は繋がっているのよ! 貴女には分からないでしょうけどね!
運命って知ってる? 私とジェイド様は出会うべくして出会ったの! 彼とはこれからもっとも〜っと運命的な出会いを繰り返すわ! 貴女が何かしてもそれはむしろ私達の絆を強くするスパイスなの! 貴女が今、婚約者やってるのは、私とジェイド様の愛の為の障害役なの! ただの当て馬役よ当て馬!
こんな事したって貴女が捨てられる未来が無くなる訳じゃないんだから! むしろ貴女の断罪が早まるわね! この犯罪者!!」
芋虫の様に床の上でバタバタしながらそんな事を言うフィーナにわたくしは呆れ、周りに居る者たちは不愉快そうに顔を顰めた。
犯罪者。
それを、『犯罪者本人に言う』事の意味を彼女は理解していないのかしら?
わたくしは開いていた扇を畳んで微笑んでいる口元をフィーナに見せた。
そして優しく伝える。
「わたくしは犯罪者。
なら、人の婚約者を奪う貴女は何かしら?
わたくしが当て馬と言うけれど、では貴女は?
泥棒猫ではないの?
そして、、、
この状況で、何故自分が解放されると思っているの?」
わたくしの純粋な疑問を聞いてフィーナが一瞬動きを止める。
そして、徐々に徐々にその表情から血の気が引いていくのがありありと見えた。
「え? ……な、………え?
なに、言っ、て、るの……?」
そんな事を言うフィーナの後ろから控えていた男が彼女の肩を押さえる。
「っ?! 痛っ!!
触んないでよっ!? 止めてよっ!!」
暴れるフィーナが床に押さえつけられてわたくしからは彼女の顔は見えなくなる。
そこまでされてやっと彼女は現状が理解できた様だった。
「え?! ま、待ってよ!? こんなの脅しなんでしょ?! 私を怖がらせて手を引かせたいのよねえ?! ねえってば?!?
や、 止めてよっ!! 止めさせてってば!! 離してよっ!!」
男に押さえられて暴れるフィーナにわたくしは冷めた目を向ける。
この世界の舞台となった乙女ゲームの悪役令嬢の末路は、平民落ちか娼館行き。
どちらのルートになっても、わたくしは今のフィーナの様な扱いをどこかでされていたと思う。
平民落ちで喜ぶのは力のある者だけ。普通の女、それも貴族の令嬢として育った女が一人、保護する者も側に居ない状態で平民街や貧民街を歩いていたら直ぐに人に騙されるか人攫いに遭うでしょう。娼婦に落ちたらその時点で人権は無いのも同じ。
ゲームをスタートさせたという事は、この子は、ヒロインフィーナはわたくしをそんな目に遭わせる気があったという事。
自分の幸せの為にわたくしを蹴落とし踏みにじる気満々だったという事。
そんな人に、何故わたくしが情けを掛けなければいけないのかしら?
……フィーナがゲームを始めなければよかった。
もしこの世界に『ゲームの強制力』があったとしても、それに抗う素振りがフィーナにあればよかった。
攻略対象者にフィーナ自ら近付く事も、攻略対象者に声を掛けられて嬉しそうにする事も、しなければよかった。
わたくしを見て申し訳なさそうにするなら兎も角、勝者の笑みを浮かべるべきではなかった。
ゲームの攻略対象者だからといって、
わたくしの婚約者に手を出した貴女を、
ロデウス侯爵令嬢であるわたくしが野放しにはできない。
高位貴族である侯爵令嬢を悪役に扱うならそれ相応の報復を覚悟しなきゃね。
悪口? 物を隠す? 令嬢たちに囲まれる? 叱られた? 足を引っ掛けられる? 水を掛けられた? 噂話をされる? 階段から突き落とされる??
どれも伝手もお金も無い平民がやる事ね。
高位貴族の令嬢が、わざわざ自らの手でそんな事をするなんて、それこそ『聖女の様な所業』だと思わない?
お優しすぎて欠伸が出るわ。
そもそもなんで『ゲームの展開が進む』のを、悪役側が見守らないといけないのかしら?
「わたくし、断罪されるのも、自分の婚約者を格下の女に取られるのも、どちらも受け付けないのよね。
ゲームを始めた自分を恨んでね」
その言葉にフィーナは無理やり首を捻ってこちらを見上げた。
「っ?! 貴女、転生者ね?!!」
「だったら何?」
わたくしは扇を頬に当てながら聞き返した。
「っ?! だったら、自分の立場を弁えなさいよ?! 自分が悪役令嬢だって分かってるんでしょ?!」
「えぇ、分かっているわ」
「だったら!!!」
「だからこうやって『悪い事』してるんでしょ?」
「っ?!?!」
小首を傾げてそう言ったわたくしに、フィーナは驚愕した顔をして言葉を失った。
彼女は何を期待したのかしら?
悪役令嬢だからその役を全うするとでも?
将来断罪されると分かっていて抵抗しないとでも?
婚約者が獲られるのを黙って見ているとでも?
ヒロインを陰ながら見守るとでも?
大人しく平民落ちや娼館落ちを受け入れるとでも?
自分ならそうするとでも言うのかしら?
「わたくしは『悪役令嬢』なの。
だから、わたくしはわたくしらしい悪役令嬢をしっかりと演じて見せるわ」
ヒロインを見下ろしてニッコリと笑う悪役令嬢を、フィーナは恐怖に染まった目で見上げてくる。
「ま、待って?! こんな展開無いっ?! 無いから!!?
は、話っ! 話し合いましょ?!? 私もちゃんと話聞くからっ! だ、断罪とか、しない様にするからっ! ね?! そうよ! 平和的に行きましょ?! 現代人だったんですもの?! 話し合いで解決しましょうよ!?! わたしヒロインだけど、悪役令嬢の事も好きだったの!! だから、ちゃんとできるわきっと!! ね!! だからね!! 話、はなし合いましょ!?!」
自分を押さえる男の手に力が入ったのか、顔を痛みで歪めながらもこちらに媚を売る様な笑みを必死に浮かべて、フィーナはわたくしに訴えかける。
現代人って、この場合、どんな人を指すのかしらね?
なんて、どうでもいい事を考えるくらいには彼女の言葉はわたくしの頭に入ってこない。
話し合うも何も……
「今更無理よ?
だってわたくしはもう『悪い事』、してるんですもの。
貴女が“誰にも話さない”と言ったところで信じるに値しないし……
ここまでやっておいて『貴女を何事もなく帰す』なんて、むしろできると思う?」
聞き返したわたくしにフィーナの目からは滝の様に涙が流れ出した。
彼女の中でも答えが出たのだろう。
あ、いや、と小さく呟きながらわたくしを見上げる彼女の目の中に芽生えた絶望の色に、わたくしは満足げに笑った。
「貴女がゲームを始めたからいけないの。
悪役令嬢が本気になったら家格が下のヒロインなんて何もできないと気づくべきだったわね、おバカさん。
わたくしは物語の中の悪役令嬢の様に『可愛らしい抵抗』をしながら断罪の時を待つなんて面倒な事はしたくないわ。
邪魔者は消す。
それだけで終わるの。
ロデウス侯爵家を敵に回した事、後悔しながら死になさい」
「いやあああああっ!!!!!!」
フィーナの悲鳴が響くけど、ここはそんな悲鳴が誰の耳にも届かない場所。
そして『誰にも見られない、知られない場所』。
ロデウス侯爵家はこの国では侯爵の中でも最上位に位置する。その家に喧嘩を売ったのだ。本人にその自覚は無くてもロデウス侯爵家の者は、それに連なる者たちは、ロデウス侯爵家の敵になる者を許さない。
わたくしはキャサリーナ・ロデウス。
ロデウス侯爵家の唯一の姫。
そしてこの国の第一王子の婚約者。
ロデウスの血を持つ者が『次期王妃』となる事を邪魔する者を、ロデウス侯爵家の者たちは許さない。
たかだか男爵家の分際で、侯爵家の婚約を邪魔したのだ。『芽生えた愛』を育むのを待ってやる必要はこちらには無い。
転生者の癖に、そんな事も分からないなんて……ねぇ……
わたくしがもし『ヒロイン』に転生したとしたら、絶対に『家格が上の悪役令嬢』には近付かないわ。
身分制度なんて、『切り捨て御免』が許される、怖い世界なんですもの。
◇ ◇ ◇
ヒロインが事切れて、しっかり処分されたのを見てからわたくしは家へと帰った。
最後を人に任せて目を離したりしない。
ちゃんとこの目で確認しないと安心できないわよね。
フィーナは、この世界のヒロインは、小さく切られて穴に捨てられ、炎に焼かれて炭になった。
土葬文化のこの世界で火葬はもしかしたら良くなかったかもしれないけれど、フィーナの魂は前世で火葬されてるんだから問題ないわよね?
わたくしは侍女たちに怪訝な目で見られながらも両手を合わせてナムナムと言っておいたわ。
これでフィーナはもう二度とゲームを再開出来ない。
彼女は行方不明で人々の記憶からも消える。
それが『わたくしが悪役令嬢になった』乙女ゲームの結末。
ヒロイン退場で終わり。
ヒロインが居なくなれば全ての問題が解決する。
婚約者の居る令息に絡みに行く下位貴族の令嬢は居ないし、貴族のマナーも知らないような生徒が学園の中を荒らす事も無い。
高位貴族の令嬢に逆らう下位貴族の令嬢も居なくなるし、注意された事をイジメられたと曲解して怯える生徒も居なければ、その子を一方的に庇って騒ぎを大きくする正義気取りの令息も出て来ない。
婚約者に対して「嫉妬したから」などと、自分の立場も忘れて騒ぐ下半身脳みそ男も生まれる事もないし、婚約者が奪われる恐怖に怯えてヒステリックになる令嬢も現れる事はない。
あら?
やっぱり諸悪の根源は『ヒロイン』だったんじゃないかしら?
彼女が居ないだけでこんなにも平和。
令嬢たちは大人しく慎ましやかに、令息たちは将来の為に勉学に励む。
『真実の愛』などという『不貞行為』に走る若者は居ない。
これが、『まともな学園生活』なのよねぇ……
◇ ◇ ◇
「……最近、彼女を見ないんだが、キャサリーナは何か聞いていないか?」
少し躊躇いがちに聞かれた言葉に首を傾げる。
わたくしの隣にいたわたくしの婚約者、ジェイド・L・カーフィス第一王子殿下は、自分がわたくしに質問した内容があまり褒められたものではない事を自覚しているのでしょう、後ろめたそうにしながらも、それでもわたくしにそんな事を聞いてきた。
「彼女……とは?
どなたの事でしょうか?」
わたくしは不思議そうな顔をして殿下に聞き返す。当然分かっていて聞き返している。でも殿下の言う『彼女』が誰の事を言っているのかを直ぐに分かる程に『わたくしが彼女の事を記憶している』なんて殿下に思われたくもない。
殿下の気になっている『フィーナ』の事は、『殿下が気になる』のであって、わたくしは『覚えてもいない』くらいでないといけない。
『フィーナを気にする殿下がおかしい』のであって、『フィーナの事は気にも留めていないわたくしの方が平常』なのだと、殿下に理解してもらわないといけない。
「っ…………」
後ろめたい気持ちのある殿下は言葉に詰まってわたくしから視線を逸らした。
まだヒロインに落とされてはいないけれど、心はもう引き寄せられていたのでしょう。乙女ゲームの“出会い”からいくつかのイベントはすでに行われていたはず……殿下の中では彼女との好感度が平均よりは上に行っているのかもしれない。
それでも……『真実の愛』だと思い込む前まではちゃんと当人にも『それがいけない事』だという自覚があった事に安堵した。
罪悪感があるのであればこちらが優位に立てる。
「……ジェイド様には、気になるご令嬢が居られるのですね……」
そう言って寂しげに目を伏せれば、ジェイド様はあからさまに動揺して視線を彷徨わせた。
わたくしはそれを見逃さない。
「いいのですわ、ジェイド様。
所詮わたくしたちの関係は政略結婚。互いの立場をちゃんと理解し、表向きの関係さえちゃんと取り繕っていれば、ジェイド様は次期国王なのですもの……寵愛を向ける女性が他に居ても誰も貴方様を責めたりいたしませんわ」
「なっ?! 何をっ……?!」
動揺するジェイド様にわたくしは畳み掛ける。
「わたくしはちゃんと立場を理解しております。
ジェイド様の婚約者として、次期国王の伴侶として、貴方様を側から支える事がわたくしの使命。
……そこにジェイド様のお心までもを求めるのは、強欲が過ぎるというものですものね」
寂しそうに眉尻を下げて笑ってみせれば、本来は優しく紳士的なジェイド様は、逆に傷付いた様な顔をして唇を噛んだ。
「……そんな事は、ない……
…………すまなかった……無神経な質問をしたな……」
そう言って一度言葉を切って目を閉じたジェイド様は、少しだけ大きく息を吐いた後に、目を開けてしっかりとわたくしと目を合わせた。
「私は政略結婚だからと互いの関係を義務的に行おうなどとは思ってはいない。
私は……少し貴女を誤解していた様だ……
キャサリーナ。貴女が嫌でないのなら、これからはもう少し互いに踏み込んだ関係になれるだろうか?」
「まぁ……っ!
それこそ、こちらからお願いしたい事ですわ!
……可愛らしさなどない女ではございますが……ジェイド様に寄り添える様に努力いたしますので、どうぞ、ジェイド様のお側に居る事をお許し下さいませ……」
窺う様に、あくまでも控えめに……こんな事を言って許されるのかしら? と怯える幼子の様に、見た目がキツい女のその内面は、とても弱く儚いものだと思われる様に……、わたくしは少し瞳を潤ませてジェイド様を見上げた。
そんなわたくしを見て、少しだけジェイド様が驚いた様な表情をしてそして少しだけ頬を染めた。
見た目は百点満点の悪役令嬢の顔ですもの、そのわたくしが『相手の好みに合わせれば』、惚れない訳がないのよね。
「あ、貴女は、私の婚約者なのだ。
そんなに控えめにならずとも、私と向き合ってくれればいい……」
照れているのかわたくしから視線を逸らしたジェイド様に、わたくしは幸せそうに笑って、そして、そんな“素の笑顔”を見せてしまった事を恥じらう様にわたくしもジェイド様から視線を逸らして顔を下に向けた。
モジモジと恥じらう女子……
男性って、好きよね? そういう女。
『運命で結ばれた女性』が居なくなってしまえば、恋愛特化の乙女ゲームの攻略対象者を落とす事は、案外大した事ないのよね。
◇ ◇ ◇
早々にヒロインが退場した乙女ゲームほど、つまらないものはない。
起きるイベントも無く、平凡な学園生活を送り、予定通りの卒業式を済ませて、乙女ゲームは終了した。
わたくしも悪役令嬢ではなくなり、来年にはジェイド様と婚姻を結び王太子妃として王族となる。
ここで三流映画なら、わたくしの悪事がどこからかバレて、悪役令嬢は罪人として処刑されるかもしれないけれど、ロデウス侯爵家がそんなチンケなヘマをするはずが無い。隠し事がバレるのは無能の証拠。ロデウス侯爵家にそんな無能は存在しないの。
だからわたくしは王妃となる。
別になりたい訳じゃないけれど、なりたくない訳でもないから敷かれたレールに乗り続けるわ。
ジェイドは最推しってほどではないけれど、前世から好きだった男だし?
わたくしの前世は乙女ゲームよりバイオレンス映画やスプラッター映画が好きだっただけの面白味のない一般人だった。
乙女ゲームも悪役令嬢が出る『ざまぁ系乙女ゲーム』ばかりやっていたから悪役令嬢なんかに転生しちゃったのね。
前世ではざまぁされた悪役令嬢の行く末を妄想したり与えられた罰の内容を妄想したりして楽しんだんだけど、自分がその立場になってそれをされたいかって言われたら、誰だってそんな目には遭いたくないわよねぇ。
こういうのって「ざまぁ返し」っていうのかしら?
ヒロインになっちゃったあの子には申し訳なかったけれど、拷問もせずに殺してあげたんだから許して欲しいわ?
スプラッター映画を見ながら焼き肉ホルモン食べる女を悪役令嬢に転生させちゃあダメよねぇ(笑)
でもわたくしは自分に牙を向けない者には何もする気はないの。
だから何事もなければわたくしが『悪役』になる事は二度と無い。
相手を『悪役』にしてしまう、
『自称善人』の存在っていうのも、
ほんと、やっかいよねぇ……
[完]