第二幕 舞台裏
「バニラ姫様、実習生のカラメリゼとストロベリーが来られました」
扉の前にいる護衛のソーヴィニヨンが入室の許可を求める。先日学園で計画していたことが起こったことはすでに報告を受けている。結末も確認済みである。しかし本人達から事の顛末を聞きたく、今日二人が来るのを心待ちにしていた。バニラ姫は、逸る気持ちを抑えて落ち着いた姿を整える。侍従のリッチミルクからため息が聞こえたが聞き流す。
「許可します」
返事を聞いたソーヴィニヨンが扉を開け二人を招き入れる。
「実習生カラメリゼ参上致しました」「実習生ストロベリー参上致しました」
「よろしく。では早速こちらに座ってお話を聞かせてください」
「バニラ姫様。二人は侍従となるためにこちらに実習に来ているのですよ。二人はお話し相手ではございません」
リッチミルクからお叱りの言葉が出る。当然バニラ姫もリッチミルクの言っていることはわかるし、二人の実習の妨げになることもわかっている。しかし二人に会える時間は限られている。何ヶ月か共に練ってきた計画が成功したのだ。二人から直接聞くのを楽しみにしてきたバニラ姫としても、ここは是が非でも引くわけにはいかなかった。
「リッチミルク、今回だけですので。どうしても二人から結果を聞きたいのです」
バニラ姫がリッチミルクの顔色を窺う。幼い頃から侍従として務めてきたリッチミルクには甘えた声は効果がない。むしろ説教が始まってしまう。それ故、誠実な態度が最も効果的なことをバニラ姫は経験から知っていた。
もちろんリッチミルクもバニラ姫の考えは読めている。姫と侍従が同席して歓談など褒められることではない。普通なら説教案件である。しかし同年代の二人と珍しく気が合い、とても楽しそうに過ごされていたことも知っているため仕方なしに許可を出す。
「わかりました。お茶をご用意致します」
「ありがとう、リッチミルク」
嬉しそうなバニラ姫とは対照的にカラメリゼとストロベリーは焦り出す。リッチミルクの許可が出たとは言え、本当に姫と同席して良いのか。カラメリゼとストロベリーは戸惑い顔でバニラ姫とリッチミルクの顔を行き来する。
「かまいませんよ。ただしバニラ姫様、この後面会の予約が入っていますのでそれまでです。実習の妨げにもなりますので長話はなさらないように」
「承知しています。それではカラメリゼ、ストロベリーこちらにお掛けになって」
カラメリゼとストロベリーが恐る恐るバニラ姫と同じ席に座る。リッチミルクから許されているとは言え、侍従と同席するなど姫としての沽券に関わる事である。しかしバニラ姫は楽しそうに微笑んでおり、リッチミルクはお茶を準備を始める。いたたまれなくなった二人は頷き合うと勢いよく立ち上がる。
「「リッチミルク様お手伝い致します」」
「かまいません。ただし今回だけです。それとわかっていると思いますが、このことは漏らさないこと。二人ともバニラ姫様の信頼を裏切らないように」
リッチミルクの言葉でバニラ姫から信頼されていることを知り、カラメリゼとストロベリーの顔は喜びに溢れる。放っておけば跪き忠誠の誓いをしそうな為、バニラ姫は二人に座るよう声をかける。
リッチミルクのお茶が用意されると、バニラ姫が一口飲み二人に話しかける。
「二人とも例のことを教えて。まずは順番にストロベリーから」
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そろそろ面会の時間が迫っている。しかし二人から話が聞くことができ、バニラ姫はとても楽しい時間を過ごすことができていた。何より三人で立てた計画が成功した達成感と二人が明るい未来をつかみ取ったことに大きな満足感を得ていた。
「二人とも大変だったわね。カラメリゼなんて予定外ですし。まして翌日ですから」
「はい。あの時は私もとても信じられない気持ちでした。ただ、これまでストロベリーの振る舞いを共に考えてきましたので、何とか演じきることができました」
「それでですね。バニラ姫様。その時のカラメリゼ様のお姿を見たミルフィーユ様が、お近づきになりたいと毎日お茶のお誘いに来られるそうです」
「カラメリゼ、そうなのですか?」
ストロベリーの暴露に部屋にいた皆が驚く。カラメリゼは恥ずかしそうに俯き、小さな声で「はい」と答えた。
「そう。何はともあれ、計画が上手くいき貴方たちの喜ぶ顔が見れて私も嬉しいです」
「バニラ姫様そろそろご面会のお時間です」
控えていたリッチミルクが終わりの時間を告げる。二人の話を聞いてリッチミルクも楽しんだのか、若干声が軽い。そのことに気づいたバニラ姫とソーヴィニヨンが顔を見合わせ微笑む。誤魔化すように軽く咳払いをするリッチミルクに促され、バニラ姫はドレスルームに入る。そんな二人のいつもとは違う雰囲気に、部屋で控えていた侍従のサクラアンが首をかしげ不思議がる。
「バニラ姫様整いました」
面会用の服に着替え化粧が終わる。鏡に映る自身の姿を確認しバニラ姫は立ち上がる。
「サクラアンご苦労様。それではこれから面会室に向かいますが、護衛はソーヴィニヨンとヘーゼルナッツ、書務はレモンパイ、侍従はサクラアンを連れて行きます。リッチミルクは部屋でカラメリゼとストロベリーの指導をお願いします。よろしいですか」
バニラ姫の指示に側近達が了承の返事をし面会室へと向かう。
面会室に向かう途中、バニラ姫がレモンパイに話しかける。
「面会の相手は、カラメリゼの父、アンノーイモでよろしかったですね?」
レモンパイに面会相手に間違いがないか確認する。カラメリゼの父親ということから婚約破棄についてであろう。カラメリゼからは両親とも喜んでくれたと先ほど聞いたことから、謝礼の挨拶と思われる。先頭を歩くヘーゼルナッツから声がかからないことから、他者には聞かれたくない質問を続けていく。
「それから今回の面会については、カラメリゼには内密と言うことでよろしかったでしょうか?」
レモンパイの肯定の返事を聞きバニラ姫に疑問が生じる。何故娘には秘密なのか。娘を助けたことで謝礼のために訪問するのは不自然ではない。ストロベリーの様な中位貴族ならば面会の許可はまず通ることはないので、彼女のように手紙を送るのが普通である。しかしカラメリゼは上位貴族。謝礼の為に面会することに違和感はない。それも娘にだけと言うのがわからない。他の者には知られてもかまわないのに娘にだけ知られたくないのは何故なのか。
「アンノーイモとカラメリゼの仲は良好で間違いないですか?」
「良好であると聞いています」
「アンノーイモは中立派と聞いていますが間違いありませんか?」
「はい、中立派です。最近、特定の派閥と接近していることもありません」
「金銭的な問題は?」
「聞いておりませんが。確認させます」
気になる点を聞いてみるが特に問題は見られない。そもそも実習生として王族の元に来る段階で身元調査は十分行われている。敵派閥、思想、金銭など害意を向けられそうな問題、危険な人物や家は完全に除外される。もちろん当然例外というものは必ず存在する。しかしアンノーイモも妻のグリーンティ、娘のカラメリゼに問題は上がってきていない。バニラ姫はわずかな不安を胸に面会室に入る。
「これからアンノーイモと面会します。扉の外ソーヴィニヨンに、内にヘーゼルナッツを配置します」
「「かしこまりました」」と二人が応え、側近四人がそれぞれ面会の手筈を整えていく。準備が終わるとレモンパイが待合室にアンノーイモを迎えに部屋を出て行く。娘の件での謝礼以外にどのような用件があるのか?カラメリゼ一人を助けるくらいなら何とか力になれるが、アンノーイモ上位貴族一家を救うだけの力はバニラ姫にはない。バニラ姫本人の意思もあるが、両親と兄が政治の世界からバニラ姫を遠ざけてきた。場合によってはカラメリゼとの縁も切れてしまう。少し憂鬱な考えが浮かんだところで、レモンパイがアンノーイモを連れて部屋に入る。
「ご機嫌ようアンノーイモ」
「本日は面会の願い、聞いていただきありがとうございます。バニラ姫様に主神マッチャマカデミアのご加護がありますように」
互いの挨拶が終わり、バニラ姫が席を勧めお茶を用意させる。これまでの所アンノーイモに不自然な所は見当たらない。護衛のヘーゼルナッツの姿勢も立ち位置も変わっていない。杞憂に終わればとバニラ姫はアンノーイモに話しかける。
「アンノーイモ、本日はどのような件で面会を?」
「はい。娘のカラメリゼと婚約相手であったザッハトルテとの一件でバニラ姫様のご助力があったと聞き、感謝を申し上げたくお時間をいただきました。バニラ姫様、この度は娘を救っていただきありがとうございました」
「カラメリゼにおきましては偶発的なものですから。元々はストロベリーの問題を解決する為に口を出しただけですので」
「偶発的なもだとしても、バニラ姫様のご助力がなければ娘とその友人のストロベリーの明るい未来を閉ざしてしまうところでした。バニラ姫様には感謝してもしきれません」
ここまでのやり取りで謝礼の為の面会というの間違いなさそうではある。特に含みのある表現も感じられない。聞いていた通り謀に長けている感じも見当たらなく、側近達が動き出すこともない。それならばとバニラ姫は自ら誘ってみる。
「カラメリゼは今日も実習で訪れていますがよくやってくれています。リッチミルクも見所があると言っていました」
「そうですか。娘がよくやっているようで安心しました」
「卒業は二年後でしたね。卒業後はこちらに来てもらえると考えて良いのでしょうか?」
これまで娘の成長をバニラ姫に褒められ、嬉しそうにしていたアンノーイモの顔が一気に沈む。卒業後についての話から様子が変わったことで、カラメリゼの希望であった側近入りができなくなったのかとバニラ姫は考える。しかしカラメリゼの場合は、相手のザッハトルテの愚行が酷すぎて嘲笑の的になっており庇う者すらいない。下手に庇おうものなら同類と罵られる。本人や親が逆恨みするにも行いへの対応が先であるし、カラメリゼの進路は二年も先である。今すぐカラメリゼに何か起こるとは思えなかった。
「アンノーイモ。どうしましたか?」
バニラ姫の問いかけに、俯いていたアンノーイモが縋るような顔を見せた。
「バニラ姫様、娘を庇護していただけないでしょうか」
予想外の言葉にバニラ姫だけでなく側近達も驚きの顔を見せる。そもそもアンノーイモは上位貴族であり庇護する側である。確かに王女の方が位は上ではあるが。
「詳しい話を聞かせてください」
アンノーイモは「はい」と答え、お茶で口を湿らせる。どこからどの様に話して良いのか逡巡するそぶりを見せ、ゆっくりと語り出した。
アンノーイモには10歳年上の姉がいた。彼女はとても賢く、気立てが良く美しい女性であった。誰からも好かれ、アンノーイモは姉を誇りに思っていた。彼女の夢は教師になること。学園での実習で訪れた初等教室では、子供達の憧れの女性となっていた。彼女が初恋の子供達も沢山いた。そのうちの一人がアンノーイモと同い年の親友ブラウニーである。ブラウニーは他の子達と同じく彼女に恋をした。しかし違ったのはアンノーイモと親友であったことで、接する回数が多かったことだ。その結果、ブラウニーは淡い初恋ではなく彼女に執着心を持つことになる。とは言え子供の10歳差は大きい。叶わない告白はできず、想いは内に秘めるだけであった。やがて実習期間が終わり、別れの時を迎える。普通なら初恋はそこで破れ、薄れて思い出になっていくだろう。ブラウニーは違った。
彼女は卒業後、無事教師となり家を出た。次は学園で教師となった彼女と会い、想いを告げ、成長した自分を見て欲しい。ブラウニーはその一心で勉学に励んでいく。しかしブラウニーとアンノーイモが入園すると同時に彼女は結婚して教師を辞めた。
自分の知らないところで彼女がいなくなってしまった。どんなに求めても彼女は手に届かない所に行ってしまった。ブラウニーが秘め続けていた執着心は昇華できず重く執拗なものへと変わっていった。昇華できない想いは隠し続けるしかなかった。誰からも。自分からも。
アンノーイモとブラウニーも卒業後はそれぞれ希望の仕事に就き、結婚し子供が生まれた。同じ年に子供が生まれたこともあり、親友達両家は共に子供の成長を見守ってきた。そんな中ブラウニーはカラメリゼに隠し続けてきた想い人の姿を見つけてしまう。
「もしかして、ブラウニーから庇護して欲しいということでしょうか?」
「はい。その通りです」
バニラ姫はにわかには信じられず質問を投げかける。
「しかし、ブラウニーは息子のザッハトルテとカラメリゼを婚約させていますよね。どういう事でしょうか?」
「実はザッハトルテは娘を昔から苦手としていました。しかしブラウニーの「合わなければ解消すれば良い」「時が経てば」という言葉に婚約関係を結んでしまいました。そして先日の出来事があり婚約解消の手続きを行おうとしたのですが、ブラウニーは同意しませんでした。その時の目が、姉が結婚したと聞いた時と同じ目だったのです。そこで私は初めて知りました。ブラウニーの初恋が姉であること、その想いが消えていないこと、その想いを娘に向けていること、娘を我が物にしようとしていることを」
「そうなのですね」
聞いていた誰もが、かけるべき言葉を見つけられないでいた。会話をしているバニラ姫ですら相づちの言葉しか出てこない。
「情けない話ですが、私では娘を守ることはできません。親友であるブラウニーが娘を手に入れようとしていることに全く気づくことができませんでした。偶然幸運が舞い込んできましたが、ブラウニーは本心を見せたことでどんな手を使っても娘を手に入れようと画策するでしょう。娘が卒業してバニラ姫様にお仕えするまでの二年は長過ぎます。是非ともバニラ姫様に娘を庇護していただきたく」
アンノーイモが言うべき事は全て言ったと頭を下げる。
その姿を見てバニラ姫は考える。アンノーイモ一家ではなくカラメリゼだけなら自分の力でも何とかなる。しかしブラウニーの偏執的な執念を考えると時間はかけていられない。ブラウニーも正体がバレたことでなりふり構わず動く。ブラウニーはカラメリゼを中心にアンノーイモ一家の情報は全て摑んでいると考えれば数手出遅れている。バニラ姫は政治とは無縁の立場故、味方は少ない。内容から父や兄に相談できない。一人の令嬢のために王や王太子が関わることはできない。カラメリゼは数少ない気が置けない相手である。せっかく見つけた人を渡したくはないといくつか策を考えるが、手札の少ないバニラ姫ではどれも時間がかかる。何かないかと部屋を見渡し、閃きを得るキッカケを探す。その目が扉の前に控えるヘーゼルナッツで止まる。バニラ姫は思い浮かんだ案を口にした。
「ヘーゼルナッツ、カラメリゼと結婚する気はありますか?」
一瞬の沈黙が再び部屋に訪れる。ただそこには先ほどの重苦しい空気はなかった。
バニラ姫の言葉を口の中で繰り返していたアンノーイモが我に返る。
「バニラ姫様さすがにそれは。“憂いの君”と名高いヘーゼルナッツ様と娘が結婚などとは」
「あら、そのように呼ばれているのですね。ただ良い案と想ったのですが」
バニラ姫の軽い口調に場を和む。誰もが冗談であると捉えた。実際バニラ姫も思いつきで口にしただけだ。しかし聞かれたヘーゼルナッツからの返事は。
「かしこまりました。カラメリゼと結婚致します」
時が止まった。
先の沈黙は口にする言葉が浮かばないものであったが、ヘーゼルナッツの言葉は部屋の全てを止めていた。いや唯一動いていたヘーゼルナッツが言葉を発することで時は再び動き始めた。
「姫様のご命令とあらば」
「ヘーゼルナッツ?私の命令で結婚するのですか?」
「はい。問題ありますでしょうか?」
ヘーゼルナッツはこれまで結婚する素振りどころか浮いた話さえなかった。その美貌と地位、家柄からすり寄る令嬢は多かったが相手にさえされなかった。結婚適齢期も過ぎそうな現在すり寄る令嬢もわずかとなった。令嬢達の間では観賞用とさえ言われ始めている。自分の命令ならば簡単に結婚するのかとヘーゼルナッツの感性にバニラ姫は唖然とする。
「えーと、私の命令ではなく貴方の意思で決めて欲しいのですけど」
「問題ありません。カラメリゼとなら上手くやっていけると思います。それに兄と姉からいい加減身を固めるよう強く言われてますので」
ヘーゼルナッツの返答から、それならばとバニラ姫は未だに唖然としているアンノーイモに顔を向ける。
「アンノーイモ。貴方とカラメリゼに問題なければヘーゼルナッツとの結婚というかたちでカラメリゼを庇護致します。いかがでしょうか?」
バニラ姫の問いかけに意識を取り戻したアンノーイモは慌てて了承の言葉を返す。
「願ってもない話です。つきましては、ヘーゼルナッツ様からお申し込みのいただけないでしょうか。家格からこちらが断りづらい雰囲気を出せ、娘を説得しやすくなりますから」
「わかりました。ヘーゼルナッツ、2,3日中に申し込みの手紙を出すように」
「かしこまりました」
「なお結婚の時期は卒業してから一年以上先としてください。こちらではカラメリゼを側近入りするつもりで動いています。今から代わりを見つけることはできません。一年は私に仕えてもらいます。結婚後も仕えるか否かはヘーゼルナッツとカラメリゼの都合で決めるように。こちらもカラメリゼが辞めても問題ないように後任を育てておきます。アンノーイモ、ヘーゼルナッツよろしいですか」
「「かしこまりました」」
バニラ姫のふと思いついた発言から、あっさり問題が解決してしまった。これまで心配していたヘーゼルナッツの結婚も合わせて解決することができた。面倒な問題をまとめて解決できたことにバニラ姫の内に高揚感が溢れてくるが、今はブラウニーとの面会中である。自身の立場を保つため、気持ちを落ち着けようとお茶を飲む。
カップを置いたところで、これまで静かに控えていたサクラアンが声をかけてきた。
「バニラ姫様。カラメリゼの件はそれで良いとして、ストロベリーはどういたしましょう?実習で来たのはストロベリーが先ですし、二人の結婚についてどう感じるのか。二人の仲が良い分、関係にヒビが入るのは私としても心苦しいです」
サクラアンも二人と良い関係をこれまで築いてきた。今後は同僚としてバニラ姫に仕える予定である。バニラ姫同様にサクラアンも二人の側近入りを楽しみにしていた。しかし仮に二人の関係にヒビが入ってしまっては、どちらかの側近入りはなくなってしまう。主人に心安らかな環境を与えるべき侍従が、悪感情を撒き散らしながら仕えることなど許されないのだから。
「サクラアンの心配はもっともですね。立場からストロベリーはカラメリゼを祝福はするでしょうが、内心どのように感じるかはわかりませんね」
問題が解決したところで新たな問題が生じた。今度は心情的なものであり、目に見えるものではない。問いただしたところで本心を隠されてしまうかもしれない。また現在は気にしていなくても、その時になってみないと本人ですらわからないだろう。さて、どうしようかと部屋の者が一斉に悩み始めた時扉の方から声がかかった。
「バニラ姫様。ストロベリーでしたら問題ないと思われます」
「ヘーゼルナッツ、なぜ問題ないのでしょう?それからあなたが問題ないと言える根拠はなんでしょう?」
ヘーゼルナッツは必要以上は話しかけない人である。言い換えればヘーゼルナッツの言葉は確かなものとも捉えることが出来る。主としてバニラ姫はヘーゼルナッツを信頼しており、今の言葉も信用している。しかし何故大丈夫なのか、何故知っているのかを確認しておかなければ問題解決とは言えない。信頼していても無条件に言葉を信じることは出来ない。
「はい。結婚を申し込んだ際に、バニラ姫様の側近入りする事が夢であり、ご満足いただける仕事が出来るようになるまで結婚も恋愛もする気がないと申していました」
時が止まった。
部屋の誰もがヘーゼルナッツの言葉が信じられなかった。恋愛に一切興味を持たず、先ほどはバニラ姫の言うまま結婚を決めた男が実は結婚しようとしていた。その事実に理解が追いつかない。
そして再びヘーゼルナッツが時を動かす。
「中位貴族がバニラ姫様の側近になるのは生半可なことではない。そのようなことにうつつを抜かして良い立場ではないと」
「そう、、、ですか。え~と。ではヘーゼルナッツは振られたということですか?
」
「はい」
「ちなみにヘーゼルナッツはストロベリーのどの様なところに惹かれたのですか?上位貴族のあなたがストロベリーと結婚したら身分は下がってしまうでしょう。そこまで決断できるほどの魅力をどこに感じたのですか?」
ただの恋愛話ではない。身近な人の恋愛話である。姫という立場を置き去りにして思わず尋ねてしまっていた。そしてそんなバニラ姫の振る舞いを本来なら正すべき側近達もヘーゼルナッツの答えを待ち構えている。側近達の中で朴念仁と呼んでいたヘーゼルナッツの恋愛感に興味を隠せないでいた。
「はい。バニラ姫様を信奉しているところが素晴らしいです」
先ほどまでの興奮が嘘であったかのように静まりかえる。置き去りにされるアンノーイモ。混乱するバニラ姫。そしてヘーゼルナッツの言葉に何故か納得してしまったサクラアンとレモンパイ。やがて二人は俯き肩を震わし始める。結婚条件にバニラ姫への忠誠心を求めるのかと。
その二人の姿と考えに気づき、バニラ姫は顔を赤くして命じる。
「二人とも笑うのをやめなさい」
二人が必死に笑いを堪え澄まし顔になったのを確認すると、微かに頬に朱を残しながらバニラ姫は強引に場を閉める。
「アンノーイモとの面会は以上です。退室して結構」
最後まで読んでいただきありがとうございます