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演目 婚約破棄  作者: 光頭無稽
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第一幕

 冬の寒さも遠くなり、夏の訪れと言うにはまだ早い、風が草木の薫りを運ぶ春の陽が暖かい日の出来事である。

 場所は貴族の子供達が通う学園にある庭園。そこには季節ごとに花を楽しめる四つの広場があった。

 春はバラが咲く通称“蜃気楼”夏は睡蓮が咲く“遠雷”秋はダリアが咲く“流星”冬はシンビジウムが咲く“霧氷”。花と友人との一時を十分楽しめるよう置かれたテーブルはわずか5脚。上位の者と運の良い友人以外楽しむことが難しい場所である。

 そして上位貴族と仲の良い、運の良い友人である中位貴族のストロベリーが今回の主役である。



 上位貴族のカラメリゼに誘われ、ストロベリーは中位・下位貴族の憧れの広場“蜃気楼”で楽しい一時を過ごしていた。咲き誇るバラを楽しみつつ、二人は午前の講義について意見を交換している。


 そこに突如一人の男が現れる。男の名はチョコレート。ストロベリーの一歳下で二人は婚約関係にある。チョコレートが卒業する二年後に結婚とまで話は進んでいる。ところが現れたチョコレートの表情は婚約者に向ける甘い笑みではなかった。ストロベリーの側に立つことで、会話に集中していたストロベリーはチョコレートの訪れに初めて気づく。


「チョコレート様、ごきげんよう。どうなされまさしたか?」

 ストロベリーは嬉しさを滲ませ、チョコレートに挨拶の言葉をかける。


「やぁ、ストロベリー。カラメリゼ様もごきげんよう」

 チョコレートもとても機嫌良さそうに挨拶を交わす。

「実は今日、君に紹介したい女性がいるんだ」


 言葉と共に後ろにチョコレートの手が大きく振るわれる。その先には広場の入り口があり、彼の友人が四人立っていた。

 武官見習いのキャラメルとザッハトルテ、文官見習いのクッキーとクリーム。四人がチョコレートの言葉を合図に横並びに歩き出す。チョコレートの数歩後ろに着くと四人は二人ずつ左右に分かれる。すると開いた場所には一人の令嬢が立っていた。四人は前に進むよう促すと、令嬢は微笑みながら歩きチョコレートの横に並び立つ。


「同期のミント様だ。私は君との婚約を破棄して、ミント様と婚約するつもりだ。良いね」

「初めましてストロベリー。ミントです」

 四人の背に隠れてしまう程の小柄な女性が挨拶をする。目は大きく、あどけなさがまだ残る顔つきで年若く見える。明るいミルクティー色で肩までの波打つ髪は彼女の容貌に合っており、周りの皆を笑顔にさせる雰囲気を出していた。対してストロベリーは目は細く大人びた顔つきである。真っ直ぐな黒髪は、一見重い雰囲気を与える。並べて見るとストロベリーとミントの容姿は全く違う。チョコレートの好みのタイプがストロベリーとは真逆であることが一目でわかる。


 すでに決定事項を伝える一方的な二人の態度に、隣で聞いていたカラメリゼが口を開く。

「チョコレート様、差し出口申し訳ありませんが、婚約といった重要な事柄をこのような場で一方的に破棄するのはいかがなもでしょうか。何より婚約者であるストロベリーに対しての礼節が感じられませんが」


 至極当然のカラメリゼの言い分にチョコレートは自分勝手な論理を振り回す。

「私とミントは共に上位貴族です。中位貴族のストロベリーは反論を唱えられる身分ではありません。カラメリゼ様が上位貴族としても、私達と同格です。カラメリゼ様の言葉を聞く理由がありません。それにこれは個人的なことですので、部外者には口を出してほしくありません」


 確かに部外者であるカラメリゼは、ストロベリーからの求めがなければこれ以上口を出すことができない。様子を窺うとストロベリーは小さく首を振る。当事者から拒否されてしまい、カラメリゼは仕方なく口を噤んだ。


「ところでストロベリー。上位者の私達が立っているのに下位のそなたが座ったままというのはどうであろう」

 あくまで自分たちが上位者であり、身分関係を絶対的なものとして、反論の余地を奪い従うだけの存在であることをストロベリーに言い放つ。


 この言葉を受けストロベリーは立ち上がろうとする。しかし脚に力が入らない様子で、テーブルに手をつき懸命に立ち上がろうと震えていた。友人のあまりの姿にカラメリゼはストロベリーの元に寄り、手を添え支える。

「チョコレート様。これ以上の差し出口は致しません。しかし友人を支えるくらいの手助けは問題ありませんね」


 ストロベリーの弱った姿を見て満足したのか、チョコレートは「上位者の支えがなければ下位の者は立つことができないようだ」と蔑み、四人の友人達と下卑た笑いを上げた。


 目の前の男達のあまりの態度に、カラメリゼはストロベリーが傷ついていないか心配するが、俯いているため表情は窺い知れない。反論しようにも、口出ししないことを自ら言ってしまった為、支える以外友人を助けることができない。


 チョコレートは無理矢理婚約関係を結ばされたことで内心ストロベリーを嫌悪していた。しかし自分の望み通り事が進み、彼女がが一人で立つこともできない姿を見ると胸がすいていき、器の大きさを見せようとする。

「ストロベリー。君との縁もこれで途切れる。最後に言いたいことがあるならどうぞ」


 これまで全く喋らず俯いていたストロベリーがゆっくりと顔を上げ、震える声で話しかける。

「チョコレート様、何故このような仕打ちをなさるのですか?そこまで私が憎いのですか?私に向けられた笑顔は偽りだったのですか?」


 ストロベリーの縋るような言い様に男の矜持を満たされたチョコレートは、愉悦に浸りストロベリーを罵る。

「私は其方のを好いたことは、これまで一瞬たりともない。仲が良かった互いの領主、祖父達が望んだことで、私も父上も望んではいない。親同士は仲が良くないことは其方も知っておるだろう。当主の決定ゆえ従っていただけだ」


 あまりの告白にストロベリーは目を大きく見開き、口に手を当てる。何とか叫ばずにいられたのは、広場でこちらの様子を注目している人達がいるからで、もし周囲の目がなければ感情のまま叫んでいただろう。叫び声を何とか呑み込み、ストロベリーはさらに問いかける。

「そんな。毎月私に花を贈ってくださっていたのは、私を好いていてくれていたからではないのですか?」


 チョコレートはストロベリーの言葉に侮蔑を込めて返す。

「月に花1本で満足するような愚鈍な女を好む者などいると思うか?」


 チョコレートの言葉に、カラメリゼの支えも耐えきれずにストロベリーは崩れ落ちる。俯き肩を震わす姿にカラメリゼは絶句し、チョコレートは恍惚の笑みを浮かべる。


 そしてこれまで静かに隣で様子を窺っていたミントがトドメとばかりに言い放つ。

「ストロベリー。同じ女性として申しますが、努力もせずに愛されようなど傲慢ではないでしょうか。これは貴女の傲慢さがもたらしたものです。しっかりと向き合いなさい。愛されればこのように素敵な物を贈られたりするのですから」

 そして学生がつけるには少々華美なペンダントに手を添える。


「まさか」


「そう、貴女の想像通りです。こちらはチョコレート様にいただきました。貴女ではなく私を愛してくれている証として」


 ミントの言葉にストロベリーは顔を上げることができず、肩を大きく震わせ周囲で見守る者達の同情を誘った。


「もう良いのか?」とストロベリーに声をかけるが、返答がないことからこれ以上話を続けることはできないと判断したチョコレートはミントをエスコートして立ち去ろうとする。しかし広場入り口で様子を窺っていた一人の男が歩き近づき、二人の前に立ちはだかる。


「貴様何者だ」

 行く手を阻まれ、颯爽と去る演出を邪魔されたチョコレートは不快感を露わに男に問いかける。しかし男は応えようとせず、無言で立っている。男の様子に苛立ったチョコレートは睨みつけるとその顔に見覚えがあることに気づく。

「貴様、ストロベリーの義弟ではないか?確か下位貴族だった筈。下位貴族の分際で私達の行く手を遮るとはどういうつもりだ?」


 貴族において身分は絶対である。下位貴族が上位貴族に逆らうことなど許されることではない。この行動が正義だとしても正当性はなく、感情的なものとして判断され即処分されるだろう。それ故、義弟のパンプキンは一言も発しない。ただその場に立っているだけである。


 大勢の者が見ている場で殴り飛ばすのはさすがにマズいと判断し、チョコレートはどのように家を通じて抗議してやろうかと顎を指でつかみ考え始めた。その様子を感じ取ったのか、ストロベリーはかすれた声で道を空けるようパンプキンに言い聞かす。そして義姉の言葉に従い道を空ける義姉弟のやり取りを見て、パンプキンの想いを察したチョコレートは執拗に今度は義姉弟を傷つける。

「ストロベリー良かったではないか。愚鈍な其方を好いている者がいて。其方には下位貴族がお似合いだろう」

 友人四人と大きな笑い声を上げて、チョコレートはミントと共に去って行った。


 彼らの去る姿を睨みつけていたパンプキンは、非道な行いに絶望している姉を思い出し駆け寄る。地面に座り込み肩を震わせる姿は貴族と言えるものではない。しかし両肩を震わせ、俯く彼女を非難する目はここにはなかった。寄り添っているカラメリゼもストロベリーの手に自身の手を重ねるだけで、慰めの言葉もかけられないでいた。あまりの義姉の痛ましい姿にパンプキンは言葉をなくし天を仰ぐ。数秒後、意を決したパンプキンは隠していた想いを打ち明ける。

「義姉上。私はこれまで貴女の良い義弟であろうとしておりました。しかし傷つけられる義姉上を見て、私はこれ以上自分の気持ちを隠しておくことができませんでした。私は貴女の剣となり楯となり貴女と共に生きていたい。どうか私に貴女を支える役目をいただけないでしょうか」

 言い終わるとパンプキンは跪き、ストロベリーへと右手を差し出した。


 震えながらストロベリーは手を取ると顔を上げ、突然大声で笑い出した。それは貴族の笑いではなく、口を大きく開けて笑う平民のものであった。続いてストロベリーに寄り添っていたカラメリゼも同様に笑い出す。その様に見ていた者全てが唖然とする。手を取ったパンプキンも予想していなかった目の前の義姉達の様に考えていた言葉を失ってしまっていた。


 ようやく落ち着いたのか、笑い止めるとストロベリーとカラメリゼは立ち上がり、舞台俳優が行うお辞儀(ボウアンドスレープ)を見せた。

「皆様、楽しんで頂けましたでしょうか?これで「舞台 婚約破棄」は終わりになります。演じましたのは私、ストロベリーと」

「カラメリゼ、そしてパンプキン」

 ストロベリーがパンプキンに手を差し出し立ち上がらせる。今何が起こっているのか理解できていない困惑の表情を浮かべるパンプキンにストロベリーは小声で、同じように観客に向かってお辞儀をするよう囁く。義姉に言われた通りパンプキンがお辞儀をすると、周囲から大きな拍手が巻き起こる。


 目の前の状況について行けないパンプキンは、ただその場に立ち尽くし周りを見渡していた。義姉が自分を呼ぶ声にわずかに意識が戻り、そちらに顔を向けると義姉が周りの人達に向かって話しかけていた。

「ラストシーンで見事熱演したパンプキンに大きな拍手をお願いします」

 大きな拍手が巻き起こり、義姉がこちらを向いて話しかけている。

「パンプキン、告白の熱演見事でしたよ。良くやりました」

 義姉が何を言っているか理解できなかったが褒められたことだけはわかり、義姉達と同じように手を大きく振り始めた。


 拍手がようやく落ち着き、ストロベリーは観客に向かい驚きの事実を告げる。

「それでは私、これからチョコレート様有責での婚約破棄の手続きをしなくてはなりません。急を要することですので、名残惜しいですが本日はこれで失礼させて頂きます。なお、チョコレート様とミント様の暴言や浮気については、必要に応じて皆様に語って頂きたいと考えております。それではありがとうございました」


 ストロベリーとカラメリゼが最後にもう一度お辞儀をし、遅れてパンプキンもお辞儀をすると三人は広場を去って行った。

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