第6話「野獣〈ビースト〉」
片桐と佐久間は月丘高校に向け、車を走らせていた。
「何とか無事だといいッスね……」
助手席に座っている佐久間が言った。
「あぁ」
片桐はハンドルを握りながら返事した。
的確なドライビングテクニックで、車を最短ルートで飛ばしている。
すると、片桐が身につけていたレーダーが反応した。
「能力暴走を感知、暴走を感知。能力名:野獣〈ビースト〉」
機械的な音声アナウンスが車内に響く。
「ビースト? 初めて聞く能力ッスね。てか、暴走してんスか。何か、ヤバそう……」
佐久間はこれから行く現場の様子を想像し「ゲッ」という顔をした。
「能力……ビースト……もしかして……とにかく、現場に急ぐぞ」
片桐は真っ直ぐに前を見つめ、アクセルペダルを踏み込んだ。
★ーーー★ーーー★
月丘高校の教室では、インフィニター同士のバトルが今にも始まろうとしていた。
静間は野獣を前に、武者震いしている。
「キャハハ……行くぞ!!」
静間は体中をスパークさせ、両手に電気をためて、野獣に飛びかかった。
帯電した手で、殴りかかろうとしている。
が、野獣の体に触れる前に、野獣の大きな拳が静間の腹部にクリーンヒットし、静間は遙か遠くへ吹っ飛ばれた。
ズゴゴゴゴゴ……! バゴーン!!
静間が激突した壁は放射線状に亀裂が入り、ひび割れている。
野獣の攻撃の威力を目の当たりにした田部は、口をあんぐりさせて言葉も出ない。
鷺村はいざという時に備えて、身構えた。
かなりのダメージを食らった静間は、フラフラになりながらも立ち上がった。
「ハァ……ハァ……シビれるねぇ~。すんげぇ威力だ。こんなに楽しめそうなヤツは久しぶりだぜ……」
頭から血を流し、体中傷だらけだが、野獣を見つめるその目からは、狂気と興奮が溢れ出している。
静間は心の底からバトルを楽しんでいた。
完全に戦闘モードとなった野獣は、もう誰にも止められない。
「グァルルル……ガルル……」
田部の作った机やロッカーなどの化け物を、爪や牙で引き裂いたり、噛みちぎったりしている。
「ひっ……ひぃ……」
田部は恐怖で腰を抜かし、後ずさりながらも、なりふり構わず物に触り、化け物を増産している。
必死の抵抗だ。
田部に生み出された化け物達は、一目散に野獣に飛びかかっていく。
しかし、どれも一瞬で木っ端微塵にされ、野獣は、化け物の陰に隠れていた田部と目が合った。
「ヤッ、ヤバイ……! た、助けて……!」
田部の心臓は縮み上がり、命の危機をヒシヒシと感じた。
野獣は田部を目がけて迫ってくる。
田部はやっとの思いで化け物達に号令をかけ、道を塞ぐようにスクラムを組ませた。
化け物達は徒党を組んで、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
しかし、野獣はものともせず、次々と化け物をなぎ倒していく。
バシュッ!! ドゴッ!! ザギッ!!
「ヒャハハ!! 良いねぇ~♡ 良いねぇ~♡ ファンになっちゃうなぁ~♡」
仲間の危機にも関わらず、静間は野獣の圧倒的な戦いっぷりに惚れ惚れしていた。
何事も無いように猛スピードで走ってくる野獣は、あっという間に化け物達の障害を越え、田部の目の前にやって来た。
「もう……ダメだ」
襲いかかってくる野獣に対し、田部はすくみ上がり、顔を覆った。
バサッ!!
野獣の爪が田部に届く寸前、間一髪の所で、翼を生やした鷺村が田部を抱えて飛び、攻撃を避けた。
「ああ~……助かった~……」
田部はもう涙声だ。
「ギリギリだ。いち早く退散するぞ」
鷺村はそう言うと、田部を抱えたまま、教室を突っ切り、窓を突き破って外に出た。
そしてすぐに、大きな鳥に変身した。
「静間! 今日のところは引くぞ。 早く乗れ!」
鳥となった鷺村は、窓の外から呼びかけた。
「えぇ~。せっかく楽しくなってきたのにぃ~?」
静間は残念そうな顔をした。
「バカ! このままじゃ俺達全員やられるぞ。 早く乗れ」
鷺村は切羽詰まった様に言った。
「ハ~イよ」
静間は気だるそうに返事をすると、教室を突っ切り、窓際へ行こうとした。
そんな静間を野獣は追いかけた。
「キャハハ!! ヒリつくね~! 俺もバトりたいけど、またな♡」
野獣の攻撃を何とか躱し、静間は窓から鷺村の背中に飛び乗った。
野獣は窓から手を伸ばし、三人もろとも切り裂こうとした。
野獣の爪があと数センチと迫った所で、三人は飛び去った。
命からがら逃げ出した三人。
少しずつ遠くなっていく月丘高校を見つめ、静間は「また会おうな。遠坂くん……」と呟いた。
一方、一人残された野獣は、教室で暴れまくっていた。野獣に変身した亮馬には、理性は残っておらず、獰猛なモンスターと化している。
田部の作った化け物の残党を蹴散らし、有り余るパワーを発散している。
このままでは、いつクラスメイト達に被害が及んでもおかしくない……。
そんな時、
ダッダッダッダッダッダッ……
足早にこちらへ向かってくる足音が聞こえた。
野獣となった亮馬の前に現れたのは、二人の男。
一人は黒髪の長身で、精悍な顔立ちをした男。もう一人は外ハネツンツンの髪型で、チャラそうな風貌の男だった。
現場に駆けつけた片桐と佐久間だ。
佐久間は野獣を見るなり
「ヒャェ~~!! 何スか!? この化け物!! こんなのいるって聞いてないッスよ!!」
と、驚嘆した。
片桐は野獣を見つめ、落ち着いた声で言った。
「コイツが能力名:野獣〈ビースト〉…… そして恐らく、“遠坂亮馬”だ」