第5話「覚醒」
目の前に広がる凄惨な光景。突然現れた見知らぬ男達。
この状況が理解出来ない亮馬には、パンク男が言った言葉など、頭に入らなかった。
(能力者……? インフィニター……? 迎えに来た……だと?)
「一体何を言ってるんだ? アナタ達、何者だ?」
言葉を返すのが精一杯だった。
亮馬が絞り出した言葉を聞いて、パンク男は
「あぁ? そうか、名乗るのが礼儀か。俺の名前は静間来土。雷を操るインフィニターだ」
と言って、自己紹介をし、続けて他の二人のことも紹介した。
「そんで、コッチの背の高いのが鷺村流次。鳥になれるんだ。便利な能力だよ。あと、ソッチの背の低いのが田部則人。通称、タベちゃん。タベちゃんは弱そうだけど、結構強いよ。触れた物を化け物にできるんだ~。凡人退治用に連れて来ちゃった♡ 今、暴れてんのは、み~んなタベちゃんの作品さ」
紹介を終えると静間は
「紹介も終わったし、じゃ、行こっか。凡人どもといると、空気悪くてさ~。さっさと出よう」
と亮馬に背を向け、歩き出した。
しかし、亮馬は未だ呆然として、座り込んでいる。
すると静間は振り返り
「ハッ? 何やってんの? ホラ行くぞ」
と言って、亮馬の腕を掴み、無理矢理連れて行こうとした。
しかし、それを鷺村が止めた。
「やめろ、静間。そういう事はするな。お前の話は全く説明になってない」
そう言うと、鷺村は亮馬に近づいてきた。
鷺村は静間より頭二つ分ほど背が高く、かなりの大男だ。
ド派手なパンクファッションを身にまとい、ツンツンヘアーのいかにもヤバそうな静間とは違い、鷺村は落ち着いた服装と物腰で、まともな大人といった感じだった。
しかし、どこか恐ろしく、静かな迫力が鷺村にはあった。
長身の鷺村は、座っている亮馬と目線が合う様にしゃがみ込んで、話し始めた。
「君が混乱するのも無理はない。悪かったな。俺達は、君と同じ能力者、インフィニターだ。君はとても強い能力の持ち主らしいな。その力を借りに来たんだ。俺達の仲間になって欲しい」
鷺村の話に亮馬は顔をポカンとさせた。
「仲間……?」
「あぁ、そうだ。その為に俺達はここに来た」
鷺村は亮馬の肩に手を置いた。
「俺達は『レボルター』という組織の一員だ。非能力者が支配するこの世界で、インフィニターの尊厳を守る為に戦っている。ぜひ、君も共に戦ってほしい。だからわざわざ君を迎えに来た。騒ぎを起こすつもりは無かったんだが、つい、こんな事になってしまった……」
鷺村は周りを見回しながら、悪びれもせずに言った。
鷺村の言葉に、亮馬は顔を伏せ、拳を固く握り締めた。
「手荒なマネはしたくなかったんだが、俺達は凡人が嫌いでな……心配するな、君には危害を加えるつもりは無い。俺達のボスがお待ちかねなんだ。話を聞いてもらうだけでもいい。俺達のアジトへ行こう」
鷺村はそう言って、スクッと立ち上がり、亮馬に手を差し伸べた。
亮馬は顔を下に向けたまま、小さく
「分かった……」
とだけ、呟いた。
「良かった。さあ、行こう」
鷺村が亮馬の手を取ろうとすると、その思いとは裏腹に、亮馬は鷺村の手を振り払った。
「一つだけ……分かったぞ……クラスメイトを傷付けたのが、お前達だってことがな!! 仲間……だと!? フザけるな! 能力者とか、インフィニターとか、お前達の話はさっぱりだが、僕はクラスメイトを傷付けるようなヤツの仲間になんかならない!!」
亮馬は声を荒らげた。
亮馬の予想外の答えに、その場には少しの静寂が流れた。
が、すぐに静間の「キャキャキャキャ」という笑い声が響いた。
「お前さぁ、さっきから黙って聞いてりゃ、ナメたことばっか言ってんじゃねーぞ。クラスメイトを傷付けただと? お前はこんな凡人どもの肩を持つのか? コイツらは弱いからこうなってんだ。自分達が弱いから、抵抗も出来ずに無様に倒れてる。それだけだ。それよりもお前……俺とバトルしろよ」
静間は不敵な笑みを浮かべている。
「何を言っている。静間!」
鷺村は静間を制止したが、静間は聞かなかった。
「うるせーな。いいだろうが。俺は最初から疑問に思ってたんだ。コイツが本当に強いのか……組織に入るのに相応しいヤツかどうか、俺がテストしてやらぁ! インフィニターならインフィニターらしく、能力で勝負しろや!」
「おい! 静間! いい加減にしろ!」
鷺村が必死に止めようとする。
一触即発のピリついた空気の中、今まで黙っていた田部が「あの~……」と呟き、恐る恐る手を上げた。
「何だよタベちゃん!」
静間がイラつきながら言った。
「いやぁ~、お取り込み中悪いんだけど、俺のベイビーちゃん達が腹減ったってうるさくてさ~。だよなぁ? ベイビーちゃん!」
田部がそう言うと、大人しくしていた化け物達が「グワァ~」「ゴォ~」などと、唸り声を上げた。
「たくっ……そんなことかよ……」
静間はマイペースな田部に呆れていたが、何か思い付いたという顔をして
「いいんじゃない? お食事タイムにすれば。そこら辺にい~っぱい“食い物”ならあるんだからさ~」
と言った。
静間は教室に倒れている生徒たちを見回してから、亮馬に悪意に満ちた笑顔を向けた。
「あっそう。ベイビーちゃん達、良かったね。ご飯だよ!」
田部が号令をかけると、化け物達は奇声を上げ、暴れ出した。
化け物達はまるでバイキングで料理を選ぶ様に、倒れている生徒たちをジロシロ見て、物色している。
その様子を見て、静間はゲラゲラ笑っていた。
「ホ~ラ、どうした? 遠坂くん? 助けないの~? 目の前でクラスメイトが食われてもいいのか~?」
亮馬を挑発する様に言った。
鷺村は渋い表情をしている。
クラスメイトの危機を前に、亮馬の心の中では、様々な感情がひしめき合っていた。
(どうしよう……助けなきゃ……僕が……僕だけが頼りなんだから……でも、何でだ……体が……動かない……)
今までの人生でトラブルにあった時だって、全く怖くなかった訳じゃない。勝ち目があった訳でもない。それでも、亮馬は立ち向かってきた。
でも、今回はレベルが違う。
今までのトラブルとは全然違う。
立ち向かえば、確実に死ぬ。
免れない死のにおいを、亮馬は感じ取っていた。
この時、初めて亮馬の心の声は、悪魔が勝ちそうだった。
亮馬が動けないでいる間にも、化け物の魔の手は迫ってくる。
化け物はついに今夜のごちそうを決め、襲いかかろうとしていた。化け物の目線の先にいたのは、意識を失い、力無く倒れている健太と大助だった。
亮馬の鼓動が早くなり、自らを奮い立たせる。
(動け……動け……動け……!)
化け物が二人に手をかけようとしたその時
「ウオォ~!!!」と亮馬が走り込んできた。
そして、化け物に勢い良く体当たりした。
化け物は少しヨロけたが、すぐに体勢を立て直し、亮馬を弾き飛ばした。
亮馬はすっ飛ばされ、教室の壁に強くぶつかり、その場に倒れ込んだ。
「ウッ……ウッ……」
あまりの痛みに、すぐには立ち上がれない。
「ウオッホ! ダッセェ~! アヒャヒャヒャ!」
静間は手を叩いて笑っている。
「お前、やっぱり弱いじゃん。何で能力使わねーの? もしかして、使えねーの? それなら、俺が引き出してやろーか?」
静間はそう言うと、近くに倒れていた女子生徒の腕を掴んだ。
その様子を見て、亮馬の目が変わった。
女子生徒は美代里だった。
「おい、遠坂くん。さっき、俺は雷を操れるって言ったよなぁ。俺は雷で色んなことが出来るんだ。雷を落とすだけじゃない。帯電したり、ショートさせたり、“人を感電させたり”なぁ…… こんな可愛いお嬢ちゃんじゃ、一発だろうなぁ」
静間は美代里の腕を強く握り締めた。
「や……やめろ……」
亮馬は声を振り絞った。
「んあ? 聞こえねーな。悔しかったら自分の力で守ってみろよ。それとも、目の前で大切なお友達が丸焦げになってもいいのかな~? 十秒だけくれてやる。い~ち、にぃ~……」
静間は数を数え始めた。
「クソ……クソッ……」
亮馬は何とか立ち上がろうとするが、足に力が入らない。先ほど打ち付けた背中はヒリヒリと痛み、呼吸も荒くなってきた。
「さ~ん、しぃ~、ごぉ~……」
カウントダウンは進む。
(動け、動け!!……このままじゃ、このままじゃ……)
「ろ~く、し~ち、アレェ? いいのかな~? は~ち……」
(ダメだ! 守るんだ!!……クソッ……僕が強ければ……弱くなければ……強かったら!!)
亮馬は拳を握り締め、美代里を見つめた。
恐怖、悔しさ、焦り、怒り……
亮馬の心は様々な感情でゴチャゴチャになり、“何か”が沸点に達した。
「きゅ~う、じ……」
静間がカウントダウンを終えようとした、その時
「やめろおぉぉぉぉ!!!!!!!」
亮馬の獣の様な叫びが響いた。
そして、その声はいつしか、本当に獣の咆哮となった。
「ガアアアァオォォォ……」
亮馬は見る見るうちに姿を変え、その変貌ぶりに静間、鷺村、田部の三人は、息をのんだ。
体は二倍、三倍にも大きくなり、亮馬の面影を残していなかった。むしろ、人でもなかった。
その姿は大柄な獣人の様で、二足歩行ではあるが、体は完全に獣である。手足には鋭い爪があり、体は青黒い毛で覆われ、所々に鮮やかな水色の毛も混じっていた。
顔は狼の様な、獅子の様な、龍の様な……
野性的な顔立ちで、険しい表情を浮かべ、その眼はとても戦闘的で、どこか哀しみを宿していた……。
恐ろしい姿をした野獣は、すべてを飲み込む様な迫力と、独特な威圧感を放っている。
「化け物……」
体長、三メートルはあろうかという野獣を見上げ、鷺村は呟いた。
田部は恐れをなして、自分の作った化け物達の陰に隠れて、怯えている。
静間は野獣となった亮馬を見て「キャハハ」と高笑いし、目をランランと輝かせた。その目は狂気に溢れている。
「これかぁ……これがお前の力か! ハハッ、ハハハハハ…… 面白くなってきたじゃねーか!!」