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第2話「未知なる力」


遠坂亮馬(とおさかりょうま)は昔からトラブルに巻き込まれ体質だった。というか、自らトラブルに突っ込んでいくような……


過去にも、引ったくり事件に遭遇して、犯人を追いかけて足を滑らせ骨折したり、初めて訪れた街で見かけた迷子を、助けようとして自分も迷子になってしまったり、風邪を引いている時に、川で溺れた女の子を救助して、風邪をこじらせ高熱を出したり、それはもう、色々あった。


決して身体能力が高くない亮馬は、カッコイイ漫画の主人公やヒーローの様には助けられない。

大体自分も被害を(こうむ)る。


そうと分かっていても、困っている人を見ると、体が勝手に動いてしまう。

本当に困ったお人好しだ。


トラブルに直面した時の亮馬の心の声バトルは、勇気凛々(ゆうきりんりん)天使の連戦連勝で、亮馬自身もたまには悪魔が勝ってくれよ、と思うくらいだ。


助けを求めている人を見ると、亮馬の心の中にあった恐怖は、勇気という名の風であっという間に吹き飛ばされてしまう。


この根拠のない勇気はどこから来るんだろう?


自分でも不思議だった。


(僕って本当にバカだな……)



そんなことを考えながら家路に()く亮馬を、(なぐさ)める様に夕日が照らしていた。


不良達にボコボコにされた帰り道。

亮馬の足取りは重い。


(こんな顔で帰ったら、絶対母さん騒ぐよな……)


亮馬の頭の中では、母親の質問攻めをいかに(かわ)すかというシミュレーションがなされていた。


亮馬は母親と二人暮らしだ。

母親の正美(まさみ)は女手一つで亮馬を育てている。

明るく、優しい女性だが、少々心配症で、トラブル体質な亮馬をいつも心配している。



今日のことも絶対聞かれるに違いない。

嫌だなーと思いつつ、亮馬は自宅に着いてしまった。


「ただいまー」


亮馬はいつもと変わらぬ声で言う。


「おっ! おかえりー! 遅かったねー」


キッチンで調理中だった正美が慌てて玄関に出て来た。


正美はにこやかな表情だったが、亮馬の顔を見た途端、表情を変えた。


「アンタ!! その顔どうしたの!!」


「あっ? んん~ちょっとねー……」


亮馬はとぼけた。


「ちょっとねーじゃないでしょう! また何かやらかしたの?」


「いやぁ~大したことないから」


正美は亮馬を上から下まで見回した。

制服もボロボロになっている。


「とにかく、コッチに来なさい」


正美はそう言うと亮馬の手を掴み、リビングへ連れて行き、イスに座らせた。

そして、怪我の手当を始めた。


手当の途中、正美があまりにもしつこく聞いてくるので、亮馬は渋々、不良達や(はじめ)のことを話した。


手当が終わると、正美はポツリと言った。


「亮馬。あなたのやった事は間違ってない。でもね、自分のことも大切にして欲しいの。あなたが人を思いやるのと同じくらい、自分自身のこともね。あなたはあんまり体が強くないんだから、気を付けなさいね」


「ああ……分かったよ……」


顔を絆創膏(ばんそうこう)だらけにした亮馬が、決まり悪そうに言った。


「ヨシッ! じゃあ手当はおしまい。ご飯にしよ! 着替えておいで」


正美は明るく笑った。


そのまま亮馬が自分の部屋へ行こうとすると、正美が呼び止めた。


「アッ! そう言えば、明日のこと忘れてないわよね?」


「えっ? 明日?」


「ヤダ! やっぱり忘れてる……明日は先生の所に行くんでしょ」


「あ~病院のことか……忘れてたわ。行かなきゃダメかな?」


「ダメよ!」


正美は強い口調で亮馬に言った。


「でもさ……“発作(ほっさ)”が起きたのって小さい時だけだろ。一回だけだし……」


病院に行くのが面倒くさいと粘る亮馬に、正美は

「発作っていうのは、いつ起こるか分からないんだから。安心できないわ。それに、最近大丈夫なのも先生の所に通っているおかげかもしれないし……とにかく、行って来なさい」と説得した。


「アイよ」


正美の圧力に負けた亮馬は、少し肩を落として、自分の部屋へ入って行った。



★ーーー★ーーー★



翌日、亮馬は病院の待合室にいた。


雲島(くもじま)メンタルクリニック』


亮馬が幼い時から通っている病院だ。


亮馬がまだ五、六才の頃、一度だけひどい発作を起こした事がある。

母の正美いわく、手が付けられない程ひどいものだったようで、かなり大変な事態だったのだとか。


亮馬にはこの時の記憶が無い。

なので、発作がどういうものだったのかは分からないが、まあ、記憶を無くしてるくらいなのだから重体だったのだろう。


発作の時パニックになった母親は、あらゆる病院を回ったが、どこも原因を見つけられなかった。

『身体に異常が無いなら、精神的問題では……?』と原因究明に協力してくれたのが、雲島メンタルクリニック・院長の雲島晴彦(くもじまはるひこ)だった。


それ以来、この病院に通っている。

雲島と出会ってから、不思議と亮馬の発作は起こらなくなった。


雲島は精神医学の権威(けんい)で、凄腕ドクターとして有名だ。この日も、病院は彼に助けを求める患者でいっぱいだった。


長い待ち時間。ヒマな亮馬は待合室にあるテレビを凝視している。ニュース番組が流れていた。普通にあるようなニュースばかりだったが、あるニュースになった時、亮馬は目を見開いた。


「続いてのニュースです。都内にある月丘(つきおか)高校に通う生徒、二人が行方不明です」



(うちの学校じゃん……!)


亮馬はニュースの続きが気になり、食い入るようにテレビを見つめた。


が、ここで


「遠坂亮馬さーん。診察室へどうぞ~」


「あっ。はい」


亮馬は後ろ髪引かれる思いで診察室へ向かった。



診察室へ入ると、四十代くらいの男性医師がイスに深く腰掛けて、パソコンをパチパチしている。雲島(くもじま)だ。


「最近どう? 発作は相変わらず起きてない?」


優しい口調で雲島が亮馬に聞いた。


「はい。起きてないです。おかげさまで」


亮馬が答えると、雲島はにこやかに笑った。


「そうか。それは良かった。体調も安定しているし、メンタル的にも問題なさそうだね。ところで、その顔どうしたの?」


雲島の指摘で、亮馬は自分が絆創膏だらけの顔ということを思い出した。


「あーこれは、昨日ちょっと色々ありまして、それの副産物です」


亮馬は昨日の一件を誤魔化(ごまか)す様に目線をそらした。


雲島は再びニコッと笑うと

「そうなんだ。詳しい事は分からないけど、昨日は災難だったようだね。あんまり無理しちゃダメだよ。お母さんをあまり心配させないようにね。君は少し頑張りすぎる所があるから。何かあったら私に言いなさい。力になるから」と言った。


「……そうですね。気を付けます」


亮馬は少し素っ気なく返事をした。


「えーっと、それじゃあ……お薬出しとくから、今日も貰っていってね」


雲島がパソコンをパチパチしながら言った。


「えぇー、あの薬全然飲んで無いんで、いいですよ」


亮馬のこの一言に、雲島は顔を(くも)らせた。


「ダメだよ、亮馬君。確かに、あの薬は症状が現れた時にだけ使う物だから、常に服用する必要はないけど、持っていて損はない。いざという時に無いと、それこそ君が危険な状態に(おちい)るかもしれない。何かあってからでは遅いんだ」


「でも、小さい時に一回だけですよ……僕、元気ですし、さすがに気にしすぎじゃ……」


「ゴホン!」亮馬の話を(さえぎ)る様に雲島が咳払いをした。


「亮馬君が幼い時に発作を起こしたのは、当時の亮馬君に何か大きい精神的ショックがあった事が原因だと、私は思っている。実際、当時の検査でもそういう結果が出ている。精神的なものが原因となれば、身体的には元気でも、また発作が誘発されることも十分に考えられるのだよ。人の心は微妙なものだ。人の心の不調は、本人でも気が付かないうちに悪化することもある。


亮馬君はまだ十代だし、繊細(せんさい)な時期だ。たまたま君がタフに育ってくれたおかげで、発作が起こらずに済んでるけど、これから先、何があるかは分からない。私にも、君にもね。起こらないのが一番さ。だけど、起こった時に対象出来る(すべ)を持っておくのは、必要だよ。お母さんも私も君が心配なんだ。鬱陶(うっとう)しいだろうが、君の為なんだよ。な? 長年、君の主治医を務めた私に免じて……」


雲島の長い説得に面食らった亮馬は

「わっ分かりましたよ。何か、勝手なこと言ってすみませんでした」と申し訳なさそうにした。


「いやいや、コッチこそ、ゴメンね。長く話しちゃって。じゃあ、今日はこれでオッケーかな。また来月ね。じゃ、お疲れ様でした」


「ありがとうございましたー」


亮馬はバサッと丸イスから立ち上がると、ガラガラっとドアを開け、診察室を後にした。



待合室に戻った亮馬は、テレビに視線を向けた。


すでに、月丘高校の生徒の失踪事件の報道は終わっており、キャスターは次のニュースを伝えている。


亮馬は少し残念そうな顔で待合室の長イスに腰掛けた。



★ーーー★ーーー★




とある建物の長く薄暗い廊下を一人の男が歩いている。

片桐東吾(かたぎりとうご)だ。


片桐は、重厚な木製の大きな扉の前で立ち止まると、三回ノックし「片桐です」とだけ言った。


「どーぞ」


軽い口調の男性の声が響く。


その声を聞き、片桐は扉を開けた。


扉を開けると、そこには良質な家具が置かれたシックな部屋が広がっていた。


「悪いね。呼び出しちゃって」


部屋にはオシャレなイスに腰掛けた大柄な男がいた。見た目、三十代くらいだろうか。割と端整な顔立ちをしている。


男の前に置かれた木製デスクの上には、ネームプレートが置かれていて、そこには『特別組織ハイドシーク・保安課課長・一堂守(いちどうまもる)』と書かれている。


片桐はデスクの前までズカズカ進むと、ボソッと言った。


「課長、何の御用件でしょう」


固い表情の片桐に対し、一堂は「片桐はいつも固いなぁ。まあ、それもお前の良さだが……」と言って笑った。


「御用件は何でしょう」


片桐がアンドロイドの様に繰り返す。


「あぁ、悪かった、悪かった。お前を呼び出したのはな、佐藤(さとう)についてだ」


「何か吐きましたか」


片桐は渋い表情で聞いた。


「いや~、取り調べ大変だったぞ。アイツ取り調べ中ずーっと『片桐とバトらせろ!』ってうるさくてなー。お前、変な追っかけファン付いちゃったな」


一堂は片桐をからかう様に言った。

一堂の顔はニヤついている。


「課長、用件はそれだけですか? 失礼します」


「待て待て! 悪かったって。メンゴメンゴ。本当、片桐は冗談通じないんだからー。まったく……佐藤が事件を起こした理由を吐いたぞ」


「佐藤の目的は何です?」


片桐は鋭い目つきで一堂を見ている。


「“遠坂亮馬(とおさかりょうま)”という人物を探せ、とボスに命令されたと話している。探す途中に、街中(まちなか)のチンピラに絡まれて、事件を起こしたと。アイツ、単細胞だからな。頭に血が上ったんだろう」


一堂は頭の後ろで手を組み、くるーっとイスを回転させた。


「遠坂亮馬というのは、何者なんです?」


片桐の問いに、一堂は少し間を置いて答えた。


「当機関のデータベースを(あさ)ったが、そんな名前の“能力者”はいなかった。念の為、我々が拘束している能力者や監視中の能力者も調べたが、いずれも該当しなかった」


「非能力者ってことですか?」


片桐が(たず)ねると、(わず)かな沈黙の後、一堂が口を開いた。


「それはまだ分からない。未確認の能力者の可能性もある。一般人の可能性もあるが、“ヤツら”が探している以上、能力者達に関係があることは確かだ。我々は、ヤツらが遠坂亮馬という人物を探している理由を知る必要がある。片桐、お前を呼んだ理由は分かるな」


「遠坂亮馬を探れと……」


片桐は静かに(つぶや)いた。


一堂は真剣な眼差しで片桐の顔を見て、話を続けた。


「様々な事が不明確な中での捜査だ。一筋縄ではいかないだろう。でも、お前そう言うの好きだろ?」


一堂は少し笑った。


「別に、好きではないですが。仕事なので」


片桐は冷たく言った。


「フッ。そうか。とにかく、頼んだぞ、片桐」


「分かりました」


片桐はそう言うと、強い足取りで部屋を出て行った。






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