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海の青  作者: 凪理恵子
8/21

3人で夢をみている


僕たち3人は、出来上がった歌詞に音をつけるために、いろんな歌手の歌を聞いて参考にした。

そして、歌手のそれぞれの特徴や、どういう時にどういう表現をして歌っているのかを研究した。


出来上がった「アローン」の歌詞に音を載せるのは、割と早くできた。

だけど、3人ともなんだかしっくりこなくて、それで話し合いが続いた。


8月下旬になると、曲作りをする場所が、さっちゃんの家のあの快適な部屋から、学校の前の海岸に変わった。

海を目の前にすると、思い切り声が出せていいだろう、と言い出したのは青だった。


僕は素人なので、たとえ気心知れた友達の前でも歌うのは恥ずかしかった。

だけど、そんなんじゃ歌はできないぞ! と、なぜか躍起になっている青が、海の前でなら声を出しやすいんじゃ?ーーと、そうやって、僕らの練習場所は変わった。


盆を過ぎた辺りから、夏の空は急に変わり始める。

いままでの鮮明さが嘘のように、ゆっくりと陰っていく。

生命力に満ち溢れるような光だったゆえに、その陰りを感じると、妙に寂しくなってしまう。

僕は毎年この頃になると、訳もなく死にたくなる。


夕暮れの海に向かって、ああだこうだ言いながらの作曲は続く。


青は独学でギターを始めた。そのギターは一時的にさっちゃんのお父さんに借りているもので、年季の入ったアコースティックギターだった。

表面の艶がすっかりなくなったオンボロのギター。それを大切に弾く青。

歌詞に音を載せると、歌ってみろ! と青に言われる。歌ってみると、さっちゃんが横でなんか違う、とダメ出しをする。


「うーん・・・・・・。ねえ、ヒーロー」

さっちゃんは黄色いワンピースを着ている。顔の大きさに合わない馬鹿でかい麦わら帽を被っている。度のきついメガネをクイっと上げる。

「心を込めて歌ってみてよ」

「はあ!?」

つい苛立ってしまい、僕は声を上げる。

「歌は真心よ。心なの」

なんにも知らないくせに、なんだかそれっぽくいうさっちゃんに僕は抗議した。

「だいたい、インドでカレー盗まれて激怒したポエムを、なんとかこうして歌詞にしたけど、それ知ってて心なんて込められるか!」

「いや、違うよ。インドでチーズナン横取りされた話だったろ?」

青はギターをジャラーンと鳴らしてみせる。

「違うわよ! ジュース盗まれた話! なんで日本人はインド=カレーになるのよ!」

「カレーは辛え」

ジャラジャラと気ままにギターを弾きながら、何の気なしに口にする青の、めちゃくちゃダサい駄洒落にもムカついてくる。

「もうインドなんて行くなよな」

青がいう。

「なんで? また行きたいわ。元気かしら。この歌の元になった、あの馬鹿野郎」

「なんだよ!? 好きなのか!?」

2人のくだらないやりとりを横目に、僕は砂浜に腰を下ろした伸びをした。そして、以前よりも冷たくなった潮風を浴びる。

「帰る」

そう一言残して僕は家に帰ることにした。


砂浜には、3人分の足跡が残っていた。

背後で、青とさっちゃんが僕を呼び止める声がするけれど、関係ない。僕は家に帰りたかった。

そんな僕の足元は、だけど、情けなくビーチサンダルに変わってしまっていた。

いつの日か、青に言われた「足元くらい気楽に生きろよ」が反映してしまっている。

どこまでも青は僕に影響を与えてしまうんだと思う。いつまでも、影響され続ける、とも。


安いビーチサンダルは、確かに気楽だった。汚れを気にしなくていいし、汚れたとしても水に晒せばすぐに落ちる。


もう夏休みが終わる。


***


家に帰ると、玄関で母親が仁王立ちで待ち構えてた。

最近はいつもこうだった。

そして、言われることもいつも同じだった。


「ねえ、あなた、本当に大丈夫なの?」

「なにが?」

と、僕はわざとあっけらかんとしてみせる。

「勉強!」

母親は語気を強めた。

「私はあなたのことを信じているけど、付き合うお友達がなんだか変わっているらしいじゃないの」

勉強だけではなく、友達の付き合い方にまで口を挟んできたのは初めてだったので、少し驚いた。

「変わってるって? なにが?」

「だって、その子たち、みんな高校行かないんでしょ?」

母親は手持ち無沙汰に手をこまねいている。

「今どき、高校行かない方が珍しいわよ。そのうち、あなたまで高校行かないとか言い出しそうで。子供って周りの影響を受けやすいし」

「たとえば、高校に行かないとしてさ」

僕は言い、洗面所までの廊下を歩く。後ろを母親がついてくる。

「どうなるの?」

そう言い終えるよりも少し前に、母親に平手打ちをくらってしまった。

「どうなるもなにもないわ! ろくでなしになるのよ!」

「ろくでなし? じゃあ、僕の友達はろくでなし決定って言いたいの?」

「そうよ! 高校行かないでなにするのよ! 働くってなっても、子供に働き口なんてないわよ!」

「それで?」

僕は言った。

「それで? って・・・・・・。働き口もなく、生きていけないから、ずっと誰かのお荷物になって生きていくのよ」

「前から聞いてみたかったんだけどさ」

僕は手を洗いながら訊いてみる。

「僕ってなんで弁護士を目指してるんだろう」

もうすでに洗い終えているはずの手のひらを、いつまでも水に晒している。

「立派な大人になるためよ。弁護士になれば、困っている人を助けられるじゃない」

「困っている人って、母さんのこと?」

僕は蛇口を止めて、ハンドタオルを手に取る。

「なにが言いたいのよ!?」

「だって、母さん、全然幸せそうじゃないから」

僕はそう言い終えるなり、洗濯機にタオルをわざと激しく音を立てて放り込んだ。その足で二階の自室まで引き上げる。階下から母親の声がする。

僕はなにもかもたまらなくなって、ベッドに突っ伏した。

進路に対しての口出しなら、あそこまで怒らない。青とさっちゃんを「ろくでなし」と言ったのが許せなかった。

しかも、ろくでなしの理由が高校に行かないからで、高校に行かないとまともに働けないからで、さらに人を頼るようになるらしい。


「バカらしい」

僕は頭にきて、その晩はずっと自室に篭った。夕飯を早く済ませるように催促されても、僕は動かなかった。

そして当てつけのように、3人で作った歌を歌った。大きな声で、何度も。

中学3年生、夏休みの終わりかけ。

僕の友達を馬鹿にするな! という意味を込めた、中3らしい、小さなストライキだった。


***


8月31日。

この日を嫌わない学生はいない。

長い夏休みが終わり、明日から二学期が始まる。そして、ほとんどの中学3年生たちは志望校合格に向けてラストスパートで勉学に勤しむのだ。


僕たち3人は、なんとかまあ形になった歌を、立案者であるさっちゃんのお父さんに披露することにした。

さっちゃんのお父さんはこの日のために、いつもより張り切ってスペシャルウェルカムドリンクを作ってくれるらしく、楽しみだった。


「なあ、ヒーロー」

青がいう。校門の前で待ち合わせ、さっちゃんの家に2人で向かっている。青は夏休みの間に少しだけ背が伸びたみたいだった。彼の顔を見上げるとき、いつもより首を向けるのが難しくなっていることに気づいたのだ。

「なに?」

「歌がさ、もし軌道に乗ってさ、人気なバンドになったらどうする?」

青はソワソワしている。夢を見ている。

「そりゃあ、もう、毎日美味いもの食うよ」

「ヒーロー、上京できるの? もしも。もしものことだけどさ」

「ん? 上京?」

「つまり、ガチなのかって」

「うーん。ピンとこないな・・・・・・」

夢は叶わないものだ、と思っている自分がいつもいる。自分の願望はどうせ叶わないと。どうしてだかわからないが、僕はそういった大きな欲望を信じられないタイプだ。


「もしも、3人で・・・・・・」

青はウキウキしている。

「そうなるといいな」

僕がいうと、

「そうじゃなくて、マジで目指そうぜ!」

と、青は僕に少し怒る。

夢を見つけた青の輝きがどんどん増していく。それが、少し怖かった。


***


さっちゃんのお父さんが用意してくれたスペシャルウェルカムドリンクは、確かにスペシャルだった。

まるで大人が飲むカクテルのように洒落ていた。

ブルーとピンクが入り混じったノンアルコールの上に、コットンキャンディが添えられていて、上からレモンのシロップをかける。すると、そのコットンキャンディがしゅるしゅる萎む。それを下のドリンクと一緒に飲むと、酸っぱさと甘さで絶妙に美味いのだ。


「よし、じゃあ聞かせてもらおうかな」

一通りの雑談とドリンクを嗜んだあとに、さっちゃんのお父さんは急に真剣な顔になる。

その瞬間にその場の空気がピンと張り詰めて、僕たち3人は萎縮する。


「聞いてください。アローン」

僕は始まりの挨拶をする。青がギターを鳴らす。さっちゃんがトランペットで音に絡める。

僕は声を張って、歌い出す。


誰も知らない秘密がある

自分しか知らない秘密の欲求

みんな私をいい人だという なにも知らないから

みんなのいう「良い人」の定義が知りたい

それに私はピッタリ当てはまるのか知りたい

ひとりぼっちじゃない確認をしたい

ねえ 手を貸して


ーー歌が終わると、息を切らしている自分がいた。いつの間にか我を忘れるほどに、声を張り上げていたのだった。

はっとして、前を見ると、さっちゃんのお父さんと目が合った。真顔だったので怖かった。


「最高だ!」

と、いきなりニカっとはにかんでさっちゃんのお父さんは僕たちに拍手をした。

「素晴らしいな。本当に夏だけで仕上げたなんて!」


その言葉に感動して、パッと後ろを振り返ると、青とさっちゃんが抱き合って感動の涙を流していた。

「あの・・・・・・、良かった、な? 褒められて」

と、2人の感動を邪魔しないように小さな声で話しかけると、青とさっちゃんがものすごい勢いで同時に抱きついてきたので、僕は後ろに倒れた。そして、気づいたら僕も泣いていた。


「いいな。本当にいい!」

「プロになれますか!?」

青が訊く。

「いけるかもしれないぞ」

と、さっちゃんのお父さん。

「それホントなの? パパはいつも、なんかテキトーだからなあ・・・・・・」

涙声のさっちゃん。

「そんなことない! 音楽のことなら、僕は誰よりも知ってる!」

さっちゃんのお父さんは、知り合いのレコード会社のマネージャーに僕らのデモテープを送ってもいいか訊ねてきた。

答えはもちろん、決まっている。


「お願いします!!!!」

僕たちはほぼ同時にそうやって懇願していた。涙を拭ったあとは、みんな笑顔になっている。それがいつもの笑みよりも一層美しいと感じた。


僕たちは曲を作った。

夏休みをめいっぱい使って。

3人で。

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