第8コース 解説動画は下手な教科書よりわかりやすい
あれから数日後。
牛太郎は共同トレーナー室の自分のデスクで動画を見ていた。
プレアデスに所属していた時はそこにデスクがあったのだが、退団したのでそこはもうなくなっている。
このために用意されたのが、プレアデスのような自前で団専用の建物を持てないなどのトレーナーのために用意されたのが共同トレーナー室だ。
ここには、多くのトレーナーにそれぞれ一つのデスクが割り振られている。
職員室といったイメージだろう。
『そもそもタウロスピアというものは古代モーロッパで行われた神事。牛女神様の神殿までに設置された12の試練を牛乙女が乗り越えていくのがモチーフになってるんだぜ!』
『へー。あ! もしかして年末にやっていた12天賞ってそれの再現?』
『そうだぜ。日本でタウロスピアが開催されるときにその神事をもとに作られたのが12天賞だぜ!』
動画の中で、魔法使いと巫女っぽい女の子が合成音声で解説している。
あれから、タウロスピアやトレーナーについて勉強しようとしたが家にある本や資料を読んでもちっとも頭に入らない。
あれこれ模索した結果、一番理解できたのがこうした動画だった。
教授が小学生向けの教育番組をみるようで情けないのだが、ここまでレベルを落とさないと牛太郎は理解できない。
『現在のタウロスピアは各競技にA5からA1までランク付けされていて一番格式が高いのがA5だぜ』
『毎月テレビでやってるわよね?』
『そうだぜ。月に1~2回。多いときは3回くらい日本のどこかで開催されてるぜ』
『結構開催してるんだね? これなら私も出れるかも?』
『おいおい。A5競技に参加するにはそれ以下の競技で好成績を残したり、主催者が行う選抜競技に勝たないと出れないんだぜ。まさに厳選された牛乙女の競技なんだ』
知っている者からすれば当たり前のことでも丁寧に説明してくれるのでとても分かりやすい。
牛太郎は、残っている資料とにらめっこしながら動画を見る。
『そして、年末の最期の日曜。今まで開催されたA5競技で一等を取った牛乙女だけが参加できる特別な競技が12天賞だぜ! これで一等を取ったものが名実ともに日本一の牛乙女といっても過言じゃないんだぜ!』
解説を聞いて、牛太郎はその賞を獲ったヤマトクイーンがとんでもない牛乙女なんだと理解する。
記録を見ても、過去最多数A5競技一等獲得をして出場権を得ての勝利だ。話題に上がらないはずはない。
『ねえねえ。私、タウロスピアで一等を取った牛乙女は大金を手に入れられるって聞いたんだけどそれはホント?』
『おいおい……一応神事で神聖なスポーツ……と言いたい所だが、本当だ。といっても賞金がもらえるわけじゃないぞ。一等絞りだ』
『一等絞り?』
『ああ。競技に参加した牛乙女たちは互いに競い合ったのが原因か、神事によって牛女神の力が宿るのかわからないがなぜか胸が張るんだ』
解説によれば、もともと牛乙女は胸が張って母乳が出やすい体質らしい。ホルモンのバランスだとか理由はいろいろ議論されてるがよくわかっていないが……。
ただひとつわかっていることは、タウロスピアで競い合った直後に出る母乳はとんでもなく栄養価が高くうまいということだ。
おまけに、それは順位に比例し、一等を取った牛乙女から出たものは牛女神の雫として味、栄養素、美容効果、薬膳としてどれも一級品になる。
なので、出たものは高額で取引されるのだが、その物を生み出した牛乙女に敬意を表して最初に出る一瓶分は出した本人に贈呈される。
もちろん一番おいしく効果が高いのが最初に出る分だ。残りは競売にかけられてタウロスピア運営資金に回されたり、配分券を購入した人に抽選で与えられたりする。
ちなみに一等以外の牛乙女の出した乳は絞られてた後まとめて加工されていろいろな物の原材料になるらしい。
「(改めて聞くととんでもないよなあ……いくら神事でもあんな若い子たちの……)」
動画では、若い女性の母乳を商品みたいに扱うのは問題になった過去があるのだが、タウロスピア事態が神事なこと。
問題よりも受けられるメリットの方が大きかったことで今では誰も文句を言っていないらしい。
特に、美容や健康にも効果があるとわかってからは、今まで批判的だった女性の意見もがらりと変わったようだ。
その分、効果が高いA5競技の一等絞りの価値は天井知らずらしい。
『A1でも牛乙女がもらえる一等絞りが数十万。A5なら数千万、下手すりゃ億なんて単位になるんだぜ』
『お……億ぅう? 億ってあの億?』
『そうだぜ! それに加え、とった牛乙女の人気や時期によってさらに上がるんだぜ!』
動画の解説に牛太郎は気分が沈む。いやでも自分が10億の一等絞りを飲んだことを思い出すからだ。
『なんせA5の一等絞りは天にも昇るくらいうまいらしいからな』
『いいな~。私も飲みたいよ』
『あ~かわいそうだが本物の一等絞りは無理だな。そういうのは飲む場合関係者など集めてパーティーを開いて飲むのが一般的だぜ。そういうところにコネがないと。ちなみにそういうパーティーに一般人が招待されることもあるが……参加するためのパーティー券でさえ何百万だ』
『ふぁっ!!!』
『おまけに運よく参加できても、飲めるのはほんのちょっとだけらしいぜ。一般人が飲むならホントの一等絞りよりだいぶ薄くなるが配当券を買って抽選に回る分にかけるしかないぜ』
要するに、向こうの世界の馬券みたいなものだ。一等の牛乙女を当てたら、買った分だけ一等絞りをもらえる可能性がアップする。
それで運よくもらえたらそれを飲んでもいいし、売りに出して一儲けしてもいい。
ただ、一番高い部分は勝った牛乙女に所有権があるというわけだ。
だから、ムサシプリンセスは自分の一等絞りを好きにできた。
そして、ヤマトクイーンもだ。牛太郎の部屋にあったあれは関係者に配られるものではなく、ヤマトクイーン自身の一等絞り。
「(だったらもっとはっきり書いておいてくれ!! でなければ飲んじゃうこともなかったのに!!)」
牛太郎は頭をかきむしる。この世界でだれもが欲しがる10億相当の物を飲んでしまったのだ。
ばれたらとんでもないことになる。おまけにその品をかけて勝負することになってしまった。
もし負ければ、飲んでしまったことがばれ、どんな目に合うか……。
牛女神から課せられた「世界一の牛乙女を育てる」という使命を達成する前に、人生が終わってしまう。
なので、絶対に勝たなくてはいけない。それなのにだ……。
「(新しく作る団に誰も入ってくれない!!)」
勝負するにはムサシプリンセスと戦ってくれる牛乙女が必要だ。
だが、それが全く集まらない。
なぜなら、大半の牛乙女がこっちの世界の牛太郎のことをよく思っていないのだ。
彼女達はヤマトクイーンが立ち上げた記録やその人柄も尊敬していた。
だから、こっちの世界の牛太郎がヤマトクイーン以外の牛乙女をないがしろにしたり、厳しい指導をしても文句はなかった。
尊敬するヤマトクイーンを最優秀牛乙女に育て上げ、なにより彼女自身がしたっていたからだ。
それなのに、ヤマトクイーンのいきなりの引退だ。
怪我はたまたまで、元から決まっていたなどと言われても誰も信じなかった。
なぜなら、ヤマトクイーンは今が最盛期でこれから世界に羽ばたてる存在だとともに競い合って実感していたのだから。
結果、今まで不満を抑えていた防波堤がなくなり、牛乙女たちの評判は最悪だ。
「(おまけに、ムサシプリンセスとの勝負の話が広まっている……)」
あの時の話は今では養成校中に広まっている(主にワールドアナウンスが広めた)。
結果、牛太郎が新しく作る団はあのムサシプリンセス……いや、プレアデスに所属する牛乙女たちからライバル視されることが広まってしまったのだ。
プレアデスはタウロスピアの中では屈指の団だ。そこに所属する牛乙女たちはどれも一級といっていい。
そんな彼女たちから敵対視されるというのは自分の勝ち筋を狭めることになりかねない。
実力が下の者は格上の意識外から攻めないと勝ち目がないのだ。
団に所属していなくても養成校にいる牛乙女達は皆、タウロスピアで勝つことを目指している。
「(その結果……ヤマトクイーンのような有名牛乙女をケガでつぶしたって噂のトレーナーの団にデメリットありまくりなのをわかって入る牛乙女なんていないってわけか……)」
牛太郎は頭を抱える。なぜなら、彼女たちの考えが痛いほど理解できるからだ。
牛太郎だって同じ立場なら入らない。
しかし、このままでは団として活動できない。そうなればムサシプリンセスとの勝負は不戦敗の上、ニート状態のトレーナーとしてクビになっていろいろばれて身の破滅。
そして、トレーナーを続けられなくなって牛女神から理不尽な天罰コンボを喰らう光景が目に浮かんだ。
「(こ……こうなったら、有力選手なんて贅沢は言ってられない!! 誰でもいいから入ってもらわないと……)」
そう思っていると共同トレーナー室のドアが開いて女性のトレーナーが叫んだ。
「すいません! 花輪トレーナーはいらっしゃいますか? 至急来て手を貸してほしいのですが!!」
その言葉に、室内のトレーナーたちは牛太郎を一斉に見る。
牛太郎を慌てて顔を上げ、ドアをみた。
これ以上問題を増やさないでほしいと思いながら席を立つ。
しかし、これが牛太郎の依頼を決める運命の出会いの始まりだった。