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第7コース 勝てばいいのだ

記憶を頼りに歩いていくと、プレアデスの指導室……といっていいのかわからない場所についた。

指導室となってはいるが、ちょっとした小さいビルだ。

なぜなら、このプレアデス。数ある団の中で、日本有数の団の一つだからだ。

入団を希望する牛乙女はそれこそ後を絶たないし、数々の有力牛乙女を算出している。

中に入ると、受付があるくらいだ。受付には話が通っていたらしく、こっちが何か言う前に返答がきた。


「胡蝶トレーナーは本日第3グラウンドで一軍の指導中です。花輪トレーナが来たらそちらに来てもらうよう伝言を預かっております」


それを聞いて、牛太郎は素直にそちらに向かう。ムサシプリンセスも多分そこにいるだろう。

大丈夫とは思いながら怒られることを想像して重くなる足を動かしグラウンドに向かう。

グラウンドには何人かの牛乙女がトレーニングをしていた。

筋トレ、ランニング、柔軟などスポーツ競技の訓練という感じだ。

そんな中、スーツを着た女性と目が合う。見た感じができる女オーラ前回の彼女こそ胡蝶 蘭。牛太郎の義理の姉であり、プレアデスを作ったトレーナーでもある。


「きたか。わざわざ足を運んでもらい済まない」


「え……っと。いえ! こちらこそ、急な話になってすいません」


牛太郎が挨拶をすると、一瞬怪訝な顔をするが、すぐ元に戻る。


「ふっ……。もう、プレアデスを出て一人のトレーナーとなったから対外交の顔もする……か。私としては以前の慇懃無礼のほうが好きだったぞ」


そういって生きのいい獲物を見る肉食獣の笑みを胡蝶トレーナーは浮かべた。


「(え? 何? これは怒ってるの? それとも喜んでるの??)」


どう反応していいかわからず、考えていると向こうから話しかけてきた。


「たわわ会長から話は聞いている。手がかからず可愛げがない教え子だったが、むしろこれからは楽しみだ。何せ全力で競えるのだから。覚悟しておけ。教えたことが私の全てではないぞ」


そう、腕を組みながらこっちを見る胡蝶トレーナーからは闘志というものが感じられた。


「(なに? バトルジャンキー? この人トレーナーだよね? 牛乙女じゃないよね?)」


何か、闘牛に目をつけられたような錯覚を覚えたが、下手に慌てるわけにはいかない。

中身がどうあれ、牛太郎はこのプレアデスを抜けて、新しく団を設立するトレーナーなのだ。


「ええ。その全てを楽しみしています。勝っても負けても恨みっこなしです」


この手の相手に謙虚に出るのはマイナスだ。なぜなら望んでいるのは真っ向勝負。求める相手は自分より互角か強い相手なのだ。


「(口が裂けても……未熟者なのでお手柔らかに……なんて言えない……そんなことしたらぶん殴られる……ってあれ?)」


牛太郎はなぜかその光景が頭に浮かんだ。しかも映画のようなリアリティで。もしかしてこれはこっちの世界の牛太郎の記憶なのだろうか?

そんなことを思っていると胡蝶トレーナーが高らかに笑う。


「ははは! 勝っても負けても……か。私と私が育て上げたプレアデスに勝つつもりか! そうでなくては! ヤマトクイーンがいないお前の実力、見せてもらうぞ!」


上機嫌に笑っているところを見ると、牛太郎の選択は間違っていなかったようだ。


「はい。今までお世話になりました。それとは別の話なのですが……」


牛太郎は、ここに来たもう一つの理由を胡蝶トレーナーに話そうとすると、それを大きな声が遮った。


「あー!!! こんなところにいた! どれだけ探したとおもっているのよ!!」


声がした方を振り返ると、そこには一人の牛乙女がいた。黒髪のポニーテールに、制服がくるしそうに突き出した胸。

立派な角とブンブンを動く尻尾をもつこれぞ牛乙女という女の子が桐でできた箱を持って立っていた。


「ムサシプリンセス! どうした? 今日はお前はレース明けなので休みにしたはずだか?」


胡蝶トレーナーの言葉に牛太郎は思わず見返す。

いわれてみれば同じだ。あの謹賀新年杯で一等を取り、カメラに向かって手を振っていたあの牛乙女。


「そこの野郎を探していたんです!! ほんとは顔も見たくないけどどうしても会わないといけない理由があったんです!!」


そう叫ぶ、ムサシプリンセスは牛太郎をギロリと睨みつける。


「(え? あれ? なんか怒ってる? 確かに俺を会いたがってるって話だったけど……)」


牛太郎は会いたがっているのは自分が立ち上げる団に入りたいとかそういう話をするためだと思っていたが、どうも違ったようだ。

それどころか敵意を見せられている。

ムサシプリンセスは鼻息荒く、牛太郎の前まで歩いていくと持っていた桐の箱を突き出した。

箱には「第60回 謹賀新年杯 一等絞り」と達筆で書かれている。


「これをあんたに譲渡するわ! その代わり……この前の12天賞杯……お姉ちゃんの一等絞りを返して!!」


ムサシプリンセスは譲渡というか押し付けんばかりだ。

しかし、訳が分からない牛太郎は受け取らなかった。


「いや……いったいなにを……」


「受け取りなさいよ! この私……今年の最優秀牛乙女になるムサシプリンセスの一等絞りよ! ほんとはあんたなんかにあげたくないんだからね!!」


「そ……それなら、別に上げなくても……というか、一等絞りって……最優秀牛乙女……?」


箱の押し付け合いのような形になったが、徐々に押されて始めた。

当然だ。力は牛乙女のほうが断然強い。このままではわけがわからないものを押し付けられてしまう。

そんな時、ピンク色の髪をしたお団子ヘアの牛乙女が顔を出した。


「説明しましょう! 最優秀牛乙女とはその年のタウロスピアで最も活躍した牛乙女の与えられる称号です! 大抵はその年でもっともA5等競技に勝った牛乙女が選ばれます!!」


いきなりの説明に押し付け合いをしていた牛太郎とムサシプリンセスは思わず後ずさった。


「え? は?」


「い……いきなり出てこないでよ! ワールドアナウンス!! びっくりするじゃない!!」


ムサシプリンセスがピンクの髪の牛乙女に突っかかる。


「いや~すいません。ついつい私のため込んだ知識を伝えられる匂いがしたので……えへへへっへ♡ えっごぶぶぉ!!!」」


嬉しそうににやけていたワールドアナウンスが首根っこをつかまれ吊り上げる。


「こら! ランニング中に抜け出すなんていい度胸だな! ん? ムサシプリンセス? どうしてここに? 休みじゃなかったのか?」


ワールドアナウンスを仕留めた獲物のように担ぎ上げた褐色の牛乙女がムサシプリンセスに話しかける。


「休みだからこいつからお姉ちゃんの一等絞りを取り返しに来たのよ!」


「取り返すって……あれはヤマトクイーンが自分の意志で譲渡したと聞いたぞ。それを私たちがとやかく言う資格は……」


「だから、代わりを持ってきたのよ! 謹賀新年杯で取った私の一等絞り! これと交換なら文句はないでしょ! ほら!」


再び箱を押し付けられそうになり牛太郎は混乱する。


「いやいや……いきなり渡されても……いったい何の話をしている? 交換?」


「なによ! これじゃあ不満なの? 私の売れば一億円の一等絞り!」


「え……はぁああ!?! 一億???」


いきなり出てきた金額に牛太郎は思わず、声を上げる。


「そうよ! この私……ムサシプリンセスの一等絞り! しかも、今年最初のA5競技のだからプレミアがつくわよ。出すとこ出せばもっといくわ!」


ムサシプリンセスは胸を張って箱をあける。そこには豪華な装飾がされた瓶に入ったミルクが梱包されていた。

それを見て牛太郎はどこかで見たような感じを思える。


「あれ? ……いや……そんなのが1億……?」


牛太郎は思わず声に出てしまった。その言葉にムサシプリンセスは顔を怒りに染まった。

怒りを越えに出そうと瞬間、ワールドアナウンスがそばに駆け寄り騒ぎ出した。


「そんなのって!! 一等絞りですよ! 一等絞り! 私たち牛乙女がタウロスピアで走る理由なんですよ! 数多くの牛乙女を踏み越え一番を取った牛乙女から絞り出される母乳! その中でも一番最初に出るのが一等絞り!」


天に向かって手を広げ神託を受けたかのように語るワールドアナウンス。


「(え? ……まて……いま……母乳って言った? 母乳? 牛から絞ったものじゃなく牛乙女から絞った??)」


特殊プレイの領域の物が億越えという事実に、文字通り世界の違いを感じ混乱している牛太郎をほっておいてワールドアナウンスの声は止まらない。


「はるか昔、牛女神様に捧げる供物として優れた牛乙女たちが互いの魂をぶつけ、競い合った結果生み出される命の雫を作るために始まったのがタウロスピア! まあ、今ではトロフィーみたいなものですが、優れた牛乙女同士が競い合うA5競技の物となるとそれは至高の物!」


体をくねらせ興奮させながらワールドアナウンスの一人ステージは続く。


「味は極上なのはもちろん! 疲労回復など下手な薬より効果抜群! 売買するとなればそのくらいはいくでしょう!! ですが……」


興奮していたワールドアナウンスが急に興奮を抑えムサシプリンセスに歩み寄る。


「ムサシプリンセスさん……貴方は一つ間違ってます……」


ムサシプリンセスの眼前まで近づいたワールドプリンセスの顔は名探偵が犯人を追い詰めるときの顔だった。


「な……なにがよ……私ななにも嘘なんて……」


「ええ。その一等絞りが1億……まあそのくらいはするでしょう。ですが……貴方が欲しがってるお姉さん……ヤマトクイーンの12天賞の一等絞りと交換……価値が違いすぎてもはや交換ってレベルじゃあ成立しないんじゃないですか?」


ワールドアナウンスの言葉にムサシプリンセスの顔が引きつる。アリバイの穴を突かれた犯人の顔だ。


「12天賞……同じA5競技ですが謹賀新年杯より格は上。おまけに最優秀牛乙女であるヤマトクイーンの最期の一等絞り……もし価値をつけるなら5億……いや、それこそほしい人なら10億くらい出しますよ?」


「うっ……」


ワールドアナウンスの言葉にムサシプリンセスは言葉が出ない。

本人もそう思っているのだ。


「(確かに一億もらって10億以上の物を譲るなんて詐欺もいいとこ……ん? なにか……思い出しちゃいけないような……)」


警告音が脳内で響いている。だが、考えが止まることがない。視線の先にはムサシプリンセスが持っている謹賀新年杯の一等絞り。

豪華な装飾が施されたガラス瓶に入ったミルクだ。

あれと似たものを牛太郎は見ている。最近というか昨日。

風呂上がりにあけた冷蔵庫の中。そこまで思い出して牛太郎は全身の穴から一斉に汗が噴き出た。


「(あれ……確か、12天賞って……ヤマトクイーンって……)」


その光景を完全に思い出した。風呂上がりにちょっと高級なミルクだと思って一気飲みしたあれだ。

知らず知らずのうちに腕が震えだしている。


「た……確かに、お姉ちゃんの一等絞りならそれくらいするわ! でも、私の一等絞りも今後価値はそれくらい上昇するわよ!!」


「そうですねえ。一等絞りの瓶は開けなければ中を完全に保存するので時間をおけば置くほど熟成されて価値が上がりますから。でもそれはヤマトクイーンさんのも同じでは?」


もうすでに開けちゃっておいしくいただいたので熟成もくそもないですとは口が裂けても言えない状態だ。


「う……だからこそ、今なんじゃない! それに一等絞りは出した牛乙女が所有できる権利があるのよ! だからあれはお姉ちゃんが持っていないと!」


「確かに一等絞りの所有は勝利した牛乙女が持つ権利。それは国でも犯すことができません。だから、それを売るのも他人に譲渡するのも自由なのでは?」


ワールドアナウンスの言葉にますますムサシプリンセスは言いよどる。


「ううぅう……。だ……だめなの!! あれはお姉ちゃんの物なの!!」


もはやムサシプリンセスの主張はただの子供のわがままだ。やけくそになりながらまくしたてる。


「あれをこいつが持っていたらどうせ自分のためにそこら辺の金持ちに売ったり、賄賂につかったりするわ! それかいやらしい顔をしながらなめまわすように飲んで頭の中でお姉ちゃんを汚すに決まってる!!」


もはや誹謗中傷に近いのだが、牛太郎の心には言葉の矢が刺さった。

何せ、いやらしい顔はしていないと思うが飲んでしまったのは確かだ。


「はっはっは。まっさか~♪ いくら何でも飲むなんてないでしょ? 仮に飲むとしたら、大体的に発表して、お偉いさんとか関係者とは呼んで全員で飲まないと大暴動ですよ」


ワールドアナウンスの言葉に牛太郎は血の気が引いた。


「(みんなで飲むどころか一人であっさり飲み切って今家には空瓶しかないんですけど!!!!)」


多分、今牛太郎の顔を見たら警察官に職務質問された危ない薬の運び屋と同じ顔をしているはずだ。

ばれたら終わる。そんな顔だ。


「いいかげんにしろ! 2人とも。こいつもトレーナーだ。一等絞りの価値くらいはわかっている。あれだけの品をそう簡単に手放すわけがないだろ。ましてや、それを一人で飲むなど……そんなことしたらこの業界にいられなくなるぞ」


胡蝶トレーナーの言葉に牛太郎は悲鳴を上げそうになる。もはや自宅で殺人を犯してしまった気分だ。


「(違うんです! わざとじゃないんです! 知らなかったんです!!!)」


焦る牛太郎のそばでムサシプリンセスは歯を食いしばって今にも暴れだしそうだ。


「だって! だって! 自分の評価のためにお姉ちゃんに無理させて! 挙句の果てに無理な訓練でケガさせて引退に追い込んだ奴が持ってるなんて!!!」


その言葉に、牛太郎は思はず反応する。

やましいことをしたが、言われない罪まで咎められるのは我慢できない。


「ちょっとまってくれ。ヤマトクイーンのケガは階段から落ちそうになったところ助けたときにしたものだ。ヤマトクイーンもそう言ったのでは?」


「はあぁあ? 誰がそんなあからさまなウソに騙されるのよ!! どうせあんたが言わせたんでしょう! 騙されないわよ!」


ムサシプリンセスは今にも襲い掛かりそうなうなり声をあげてこちらをにらんでいる。


「(え? あ? そうなの? いやいや……ほんと? だから、ほかの牛乙女たちがヒソヒソしていた?)」


それが本当ならこっちの世界の牛太郎はとんでもない野郎だ。

だが、今はそのとんでもない野郎は自分でもある。

おまけに詳しい記憶がないため、どう弁明すればいいのかわからないのだ。

そんな中、怒りで爆発しそうなムサシプリンセスの肩を誰かが抑えた。


「そこまでだ。証拠もないことを大ぴらに言うものじゃない」


先ほど、ワールドアナウンスの首根っこを押さえた褐色の牛乙女だ。身長も高く思わず『あねさん』と叫んでしまいたくなるオーラをまとっている。


「あ……ローゼンツヴァイさん……」


暴れだしそうだったムサシプリンセスが怒りを抑えおとなしくなる。


「花輪トレーナー。すまない。ムサシプリンセスもしたっている姉が引退するので気が立っているだけなんだ」


「ん……ああ……大丈夫だ。気にしていない」


本当ならお礼とそれは嘘だというべきなのだが確証がない。ひとまず無難な返事を牛太郎はしておいた。

だが、そんな牛太郎にローゼンツヴァイも先ほどとは打って変わってきつい視線を向ける。


「だが、覚えていてほしい。大抵の牛乙女はムサシプリンセスと同じ気持ちだ。肝心のヤマトクイーンが否定し、証拠もないので口には出さないがな……」


ローゼンツヴァイの言葉を裏付けするように、トレーニングをしていた牛乙女達は足を止めこちらを見ている。

そのどれもから好意というもは感じられなかった。


「中には貴方をクビにしろという牛乙女もいる。それくらい、貴方の指示は常軌を逸していたし、ヤマトクイーンしか見ていなかった。表立って行動していないのはヤマトクイーンが貴方をかばっていたからだ」


ローゼンツヴァイの言葉に牛太郎は心の中でこっちの牛太郎ななにしてくれてんだという苦情でいっぱいだった。


「我々は貴方には何の恩義もないが、ヤマトクイーンにはある。彼女はライバルであり我々の支柱でもあったからな。だから、貴方のすることに口出しはしない。だが、彼女がたどり着いた頂の先へ貴方が登るのは認めない!」


ローゼンツヴァイは牛太郎に指をさして宣言する。


「貴方の新しく作る団から誰が来ても正々堂々と叩き潰させてもらう! 貴方の栄光はヤマトクイーンの力であって貴方自身の力ではないことを証明して見せよう!」


堂々とした宣戦布告に牛太郎は思わず後ずさる。


「おお~さすが、ヤマトクイーンの永遠のライバル! 謹賀新年杯はケガで出られなかったですがヤマトクイーンの後釜を狙う気満々ですね~♪」


ワールドアナウンスが拍手をすると、ローゼンツヴァイが少し照れ臭そうにする。


「ふっ……当然だろ。ヤマトクイーンはいないが、奴の記録を塗り替えるのは私だ!」


「よっ! さすが、万年二番手! ヤマトクイーンに全戦全敗! 二等の星!」


ワールドアナウンスの言葉に牛太郎は思わす突っ込んだ。


「え? 勝ったことない? ライバルなのに……?」


「ライバルですよ? いい勝負をしたってことで。結局勝ったことはないんですけどね。『ヤマトクイーンがいなければ日本を代表する牛乙女になれた』って言われてます。実際去年の二等獲得最多牛乙女……っぶっほっ!!!」


ぺらぺらとしゃべっていたワールドアナウンスはローゼンツヴァイに後ろから捕まれ見事なバックドロップを喰らうことになる。

頭から地面に突き刺さったため、角で頭部が固定され足をばたつかせる結果となった。


「いだっ!! ……あっ! これ! やばい!! 首!! 首があぁあ!!!」


体の重さの大半を首で支えることになったワールドアナウンスだが誰も助けに来てくれない。

肩で息をしながら怒っているローゼンツヴァイが怖くてできないのだ。

皆がどうしようか悩んでいると、ムサシプリンセスが我に返り牛太郎に詰め寄ってきた。


「これでわかったでしょ! あんたにお姉ちゃんの一等絞りを持つ資格なんてないの! だから、返しなさい!!」


何がわかったというのかと言いたい所だが、そんなこと言われても牛太郎にはどうすることもできない。

何せそれはもう飲んでしまっているのだから。


「それは……できない……」


牛太郎はその言葉を絞り出すのに精いっぱいだった。譲渡できるならできれば譲渡したい。

10億円以上の価値がある物などを所持していると知られているだけで気が気でないし、それが理由で多くの人に憎まれるのはもっといやだ。

だが、肝心の物はもうこの世に存在しないのである。

そんな事情を知らないムサシプリンセスは、さらに怒り狂い、声を上げた。


「なによ! なによ! ……いいわ! なら、勝負よ! 私は今年でるタウロスピアのA5競技の一等絞り全部賭けるわ! もし、あんたが新しく作る団の牛乙女達のA5クラスの一等絞りより少なかったら全部上げる! その代わり、私一人のほうが多かったらお姉ちゃんの一等絞りを返しなさい!」


ムサシプリンセスの言葉に牛太郎は動揺する。


「なっ……いきなり何を言ってるんだ? なぜそんなことを!!」


「あら? 自信がないの? あんたに有利なのに? 私一人対あんたの団の牛乙女全員なのよ? やっぱり、あんたの評価は全部お姉ちゃんの力だったってわけ?」


「う……」


その言葉に、牛太郎は言いよどる。実際、今牛太郎に与えられている評価は全部他人の物だ。

しかし、そんなことを認めるような発言をしてしまうわけにはいかない。

なぜなら今の牛太郎にあるのは「ヤマトクイーンを育て上げた天才トレーナー」という評価だけなのだ。

それがなければ、新しく作る団に入ってくれる牛乙女などいない。


「そ……そんなことはない! ヤマトクイーンから譲り受けたものを賭けの対象にしたくないだけだ!」


「おいおい。私の弟子のくせにそんな野暮なことをいうなよ。これはもう賭けではない。互いに譲れないという思いをぶつかり合い……勝負だ! 勝負から逃げるような牛乙女にタウロスピアに出る資格はない!」


端で見ていた胡蝶トレーナーが牛太郎とムサシプリンセスの間に入る。


「よし! これは私からの最後の指導だ! お前もプレアデスから出て新しく団を作るならこの挑戦をうけろ!」


「なっ……いや……それは指導でもなんでも……」


「おや? 珍しいな? お前は私のどんな厳しい指導でも自信満々にやってみせるといって実行してきただろ? それとも何か? もう、ヤマトクイーンの一等絞りを手放したのか?」


胡蝶トレーナーの言葉に牛太郎の心臓が飛び跳ねる。


「うっ……いえ……そういうわけでは……」


「ならよかった。絶対てきな所有権を持つ一等絞りを出した牛乙女ならまだしも、それを譲渡された者は所有権を移す際はいろんなところに届け出をしないといけないからな。そうしないと税金関係で厄介なことになる」


胡蝶トレーナーの言葉に牛太郎の顔色はさらに悪くなる。


「何せ、何億もの価値がある品だ。飲むにしろいろいろ手続きが必要だからな。おまけにあれほど大きな記録となった一等絞りだ。1人で飲んだなどといえば大炎上をこえた大災害だ。まあ、トレーナーなら知ってるだろ?」


そういって、笑いながら胡蝶トレーナーは君の肩をバシバシ叩く。


「(ま……まずい! まずい! まずい!! 飲んじゃった! 一人で全部飲んじゃった!)」


いくら焦っても一度胃の中に入ったものは戻せない。弁償するにも10憶など払えるものではない。


「ムサシプリンセス! ということだ! 内容はさっき言った事でいいな! A5競技の一等絞りが多かった方が勝ち! おまけが勝てばヤマトクイーンの一等絞りを返してもらう! その代わり負けたら今年の一等絞りをすべて渡す!」


「ええ! 問題ないです!」


胡蝶トレーナーとムサシプリンセスが牛太郎の方を振り向きみる。

もう、勝負を受けませんなどと言える雰囲気ではない。


「え……あ……わ……わかりました。受けましょう。その代わり、勝負が終わるまでヤマトクイーンの一等絞りの譲渡については何も言わないこと! もちろん私も、他から話が出てきてもこの勝負が終わるまで話を聞く気はありません!」


牛太郎はやけくそ気味に返答した。


「いったわね! もう取り消せないんだから! せいぜい、一年間大事に保管してなさい! 割ったりしたら命を生贄にしてでも弁償してもらうんだから!」


ムサシプリンセスが息巻いているが、牛太郎はそれどころではない。

何せ、ムサシプリンセスが欲しがっている物はすでに牛太郎のお腹の中だ。

腹を掻っ捌いても取り出すことはできない。

しかし、そんなことを言えば身の破滅だ。死んで地獄で牛裂きの刑を受ける前に、生きたまま体を裂かれそうな雰囲気になっている。


「(か……勝つしかない!! 勝てば飲んだことは絶対にばれない! 大丈夫! もともと世界一の牛乙女を育てなくちゃいけないんだ! 何が何でもやるが命を懸けてやるに変わっただけ!!)」


切羽詰まった状態から最悪の状態になっただけでやることは変わらない。

ある意味悟りに近づいた牛太郎は気づかなかった。

彼にとってはムサシプリンセスとの勝負だと思っているが、タウロスピアのA5競技は牛乙女にとって最も名誉ある勝負の場所。

そしてそこで一等を取ることは、誰もが憧れ、努力したのにほんの一握りしか手に入れることができない物。

同じ牛乙女ならまだわかる。たとえ、口にしても実際の勝負でねじ伏せればいい。

しかし、ようやく自分の団を持とうというトレーナーがそれを取ると宣言したのだ。しかも一つではない。取れるだけとると。

牛太郎にその意思はなくても、プレアデスに所属し、この場で訓練していた牛乙女たちはそうとらえた。

このため、今回の話は養成校中に広まることになる。

結果、多くの牛乙女が牛太郎に敵対心を抱き、入団希望者が減ることとなったのを知るのはまた後日の話だ……。

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