第6コース 義姉で師匠
牛太郎は、登校する牛乙女に混ざって、勤め先にに向かっていた。
先にあるのは「日本タウロスピア養成校」。
ここは日本全国からタウロスピアに参加するために集まった牛乙女たちが通う学校。
基本的にタウロスピアに参加する牛乙女たちはこの学校に入学しなければいけない。
学校なので教育機関となり、勉学を教える教師もいる。しかし、牛太郎はトレーナー。教員業務ではなく、タウロスピアに参加する牛乙女を専門に育て上げる。
「(まあ、その専門知識は俺は持っていないんだけどね!!)」
もはや開き直りに近い気分で職場に向かう。うだうだ悩んでも仕方がない。ともかくやるしかないのだ。
できるだけぼろを出さずに……。
そんなことを考えながら歩いていると、周りから視線を感じる。気のせいではない。それどころかヒソヒソ声が聞こえる。
「ほら……あの人……」
「え……もう復帰なの? ヤマトクイーンさんはまだなのに……」
「新しく団をつくるって。 私、トレーナーが言ってたのを聞いたよ」
「うそ! できるの? だって……」
有名人だからある程度は覚悟していたが、思った以上の注目にいたたまれなくなる。これがキャーキャーうれしそうな声ならまだ救いはあったが、どう聞いても犯罪を犯して釈放された後の反応に近かった。
「(うぐっ! え? こっちの世界の牛太郎ってこういう風な扱いなの? もしかしてアンチが多かった? 正面玄関からはまずかったかなぁ……)」
しかし、もう来てしまったものはしょうがない。牛太郎はスピードを上げて足早にこの場を立ち去ることに決めた。
向かう先はたわわ会長の所だ。正式に復帰の挨拶と新規に団を作るための手続きをするのが目的だ。
その時に、入団希望者のことを聞いてみようと牛太郎は意気込んで向かった。
「え……ゼロ……誰もいないってことですか?」
「ゼロというか……まだ誰も返事が来ない状態だ。まあ、昨日メールで連絡したから当たり前だな」
たわわ会長に言われ、牛太郎も納得する。
「つまり、連絡が来るまで俺はトレーナーとして活動できないということですか?」
「いや! そんなことはない。連絡がなければ自分で探せばいい。というかそれが普通だぞ?」
会長曰く、どの団に入るか、どのトレーナーと契約するかは牛乙女本人の意思が重要が特に重要らしい。
だから、どこかの団に所属していても本人が願えば所属する団を変更できるし、トレーナーはそれを拒否することができない。
「団の有力牛乙女を引き抜くのはあまりいい顔はされないのだが……そこは牛乙女を引き留めれないトレーナーが悪いとされるな。あとは、無所属をねらうかだ。君がヤマトクイーンを見つけてきたように」
養成校にいる牛乙女すべてが団に所属しているわけではない。団が求めるレベルに達していない。トレーナーの主義が合わないなど無所属の牛乙女もある程度いる。
もちろん、無所属はタウロスピアに出れないのだが、そういう牛乙女の中からスカウトし、タウロスピアで勝たせることこそトレーナーの実力というものもいるらしい。
「我々としては、第2のヤマトクイーンを生み出してくれることを期待しているがな! まあ……あれほどの牛乙女はそうそう現れないだろう……おっと、君からすれば侮辱かな?」
たわわ会長の言葉は、ヤマトクイーンがすごすぎて君のトレーナーとしての腕はたいして影響ないともとれる。
「いえいえ。彼女の素質がすごかったことは事実です。自分はその手伝いをしただけですので」
こっちの世界の牛太郎だったら怒るかもしれないが、自分は本当に何もしていない。
だから、素直に受け入れた。
「……ふむ……いろいろ整理がついたというのは本当かな? 以前の君ならもっとこう……自分は間違っていないというか唯我独尊という感じだったが……まあ、あの大記録がかかっていたのだから気が張っていたのからかもな」
その言葉に牛太郎はドキッとする。ほんの少ししか会っていないが確かに、こっちの世界の牛太郎はなんか……こう……偉そうだった。
「はは……そういうことにしておいてください」
本当なら、周りから怪しまれないので偉そうにするのが正しいのだろう。
しかし、今の牛太郎はそんなことできない。なぜならそれができる知識や能力、経験や結果が全くないのだから。
偉そうにして事態が好転するならしたかもしれないが、現状そんなことはない。ならば無理にする必要はない。
「それでは失礼します。とにもかくにも牛乙女がいないとトレーナーができる仕事などありませんので……希望者から連絡が来たら教えてください」
「うむ! おっと……そうだ。一つ連絡事項があった。ムサシプリンセスが君に会いたいのでアポを取ってほしいと頼まれてな。今いる団をぬけて新規の団を作るのだ。挨拶がてら行ってくるといい」
その名前に、牛太郎は一瞬誰だと首を傾げ、思い出した。昨日見た謹賀新年杯で一等を取った牛乙女だ。
「えっと……それはなぜ?」
「なぜとは? ムサシプリンセスが今所属している団は君が抜けようとしている団『プレアデス』だろう? 抜けることへの挨拶ついでによればいいんじゃないか?」
たわわ会長は何を言っているんだという顔でこちらを見る。
君は慌てて首をふって声を上げる。
「いえいえ、そういうことではなく! なんで……そのムサシプリンセスが俺と会いたいと……」
「ああ、そっちか。理由は聞いていない。もしかしたら契約のことかもな。何せ彼女は姉であるヤマトクイーンにあこがれてプレアデスに入ったのだ。その姉のトレーナーが独立するなら話を聞きたいと思うのは当然だろ?」
その言葉に、牛太郎は喜んだ。たしか、こっちの世界の牛太郎もヤマトクイーンがいなければムサシプリンセスをとも言っていたらしい。
おまけに、テレビで中継されるレースで一等を取る実力者だ。それが自分の団に入ってくれるなら即戦力といってもいい。
「(まあ、指導に突っ込まれるかもしれないけど……メインがいないよりましだ!)」
牛太郎はにやけたくなる気持ちを抑え、たわわ会長に返事をする。
「そうですか! わかりました! 早速向かいます!」
そう言って、足早に会長のもとから去った。
「ええーっと……お! 思い出した。プレアデスの指導室はこっちで……トレーナーは……胡蝶……蘭義姉さん!!?」
意識をすることで、こっちの世界の牛太郎の記憶がよみがえる。といっても地理や人の名前と顔程度だが。
常識の範囲なら思い出しても脳に負担がないということなのだろうか?
そんなことよりも、プレアデスのトレーナーが自分の兄の結婚相手……つまり義理の姉であることに牛太郎は驚いた。
「(向こうの世界じゃあ一人っ子だったけど……まあ、世界が違えばそのくらいは誤差なのか?)」
もともと牛乙女がいる世界だ。元いた世界と多少違っていてもおかしくない。
それよりも、もともと所属していた団のトレーナーが身内だったことに驚いた。
こっちの世界の牛太郎はそのコネでトレーナー見習いになったり、新人になった時の所属にして世話をしてくれていたようだ。
「え? ちょっと待て……。今から俺は身内でお世話になった人の所でいろいろルール破りして、その上、超有力選手を引退させた挙句、自分の団を立ち上げるために出ていくの?」
はたから見たら、恩をあだで返しているとしか見られない。というか、牛太郎自身そう思ってしまった。
そう思うと行きたくなくなる。だが、今後のことを考えると行かないという選択肢はあり得ない。
「だ……大丈夫! きちんと話せばわかってくれる! それにムサシプリンセスと会わないと!」
牛太郎は自分に言い聞かせるように歩き出した。