第2コース 牛乙女という存在
「これは……どうすればいいんだろう……」
売店で買った新聞や雑誌の記事を見終わり、牛太郎はつぶやいた。
そしてこれまで得た情報を整理する。
この世界は大体、牛太郎がいた世界の歴史とほぼ同じなこと。
ただ、少し違うのは、この世界の人類は黄色人種、黒色人種、白色人種のほかに牛人種という牛と人をミックスしたような種類がいるということだ。
人類最古の文献にもその記述があり、ある一つ突然生まれたや宇宙からやってきたというわけではなく、古くから存在していたようだ。
起源としては神獣である牛と人が交わって生まれた子供が先祖といわれるが、よくわかっていないらしい。
外見が牛っぽくてもDNA的には人間なので交配も可能であり、古くから存在しているため、両親両方が人間でも生まれてくる子供が牛人種になることも普通のようだ。
そして、男が牛男、女を牛乙女と日本では読んでいる。
種族の特徴として筋肉が特殊であり、見た目が幼児でも大人よりも力が強い場合もある。
また、内に秘めた神の血を開放させとんでもない運動能力や耐久力を発揮できるらしい。
「少なくとも、見た目で差別されるってことはないみたいだから……見かけても普通の人としてみないと……できるかなあ……」
この世界の牛男は主治医のような外見はびっくりするがそういうものだと理解できれば大丈夫だ。人よりの場合ただの筋肉隆々の男なので問題ない。
問題は牛乙女だ。とくに若い牛乙女。病院内の統計だが、基本牛乙女は胸が大きい。牛だからといえばそれまでだがどうしてもそちらに目が行ってしまう。
何より問題なのが、牛乙女は胸を出すことに抵抗がない。乳輪とに首が見えなきゃOKといわんばかりさらけ出している。
「神様の血を引いてる証だからって……こうもブルンブルンが飛び交う光景は健全な男子に目に毒だろ……」
ロビーでマイクロビキニの上だけにジャケットを持って歩いてる牛乙女を見たとき思わず持っていたものを落としてしまったほどだ。
しかし、それでも周りはまるで気にしていない。季節は一月。それでもこの露出なので夏はいったいどうなるか……不安と共に楽しみを覚える妙な感覚に頭を抱える。
「そして、一番の問題は……」
牛太郎が買ってきた新聞の見出しを見る。何度も見て間違いではないことを確認する。そこには先ほど会見をしていたヤマトクイーンの写真が大きく載っていた。
「日本最高の牛乙女『ヤマトクイーン』電撃引退!! 元トレーナーとの確執が原因か!!」
こんなタイトルが大きくアピールしている。記事を読んでわかったことだが、この世界には牛乙女のみが参加できる競技「タウロスピア」というものがあった。
一言でいえば牛乙女のパワーとスタミナ……優れた運動能力を生かした総合運動競技。
彼女はこのタウロスピアの有名選手であり、日本国内でNo.1の成績を収める選手だということだ。
「何より問題なのは……このヤマトクイーンの元トレーナーって……間違いなく俺……だよな……」
記事に乗っている写真。それは間違いなく、花輪牛一郎だった。長年鏡などで見てきたから間違いない。
しかも、こっちの世界の花輪牛一郎は只者ではなかった。
タウロスピアに参加する牛乙女を育成するトレーナー。しかもただのトレーナーではない。
最年少で国家資格である牛乙女トレーナー認定を獲得した若き天才トレーナーだった。
「最高学府を合格したのに、トレーナー育成専門校に入学して卒業後一発で免許取得って……これすごいことなんだろ?」
普通、トレーナーになるには専門校の卒業試験に合格した後、タウロスピア関係の職場に就職したり、タウロスピア養成校にトレーナー見習いとして採用され、一定の経験を積んで推薦書をもらってから資格試験を受けるのが一般らしい。
しかし、こっちの世界の牛一郎は専門学校に通いながら、トレーナー見習いとして経験を積み、卒業後にすぐさま試験資格を獲得した化け物らしい。
おまけに資格試験も簡単なものではなく、専門校を卒業してからトレーナーになるのに3~5年。下手をすれば10年もかかる世界でこれなのだ。
とんでもない逸材ともいえるだろう。
「おまけに、トレーナーになって初めて指導することになったヤマトクイーン。それが、日本最高の呼び声が高いとなれば……天才といわれても仕方がないよな……」
改めて、こっちの世界の自分のすごさを実感する。
「しかし、なんでこれだけすごいのにヤマトクイーンのトレーナーをやめているんだ?」
記録だけ見ればこっちの世界の牛太郎とヤマトクイーンは一緒に頑張ってきたのだろう。結果も出てるし、問題がないように見える。
それなのにやめているのだ。記憶がない分、どうしてそうなったのかがわからず、怖い。
雑誌や新聞には、指導方針や、デビュー前から無茶な訓練を強制した、ギャラ問題などなどいろいろ書かれているがどれもマスコミが書きそうなことで確証がない。
「くそ! まずい……これ本当にこっちの花輪牛一郎が原因なら……」
日本トップ選手を自分が原因で引退に追い込んだことになる。質の悪いことに自分には記憶がないのでどう対応していいのかわからない。
「(謝る? ……いや、何も悪いことしていないのに……していないよな? ああ~~!!! なんでこんなことに!!)」
できれば、逃げ出したり、自分はこっちの世界の牛太郎ではないと主張したい。しかし、そんなことをすれば退院どころか精神病院に入院させられてしまう。
逃げ出したところで、あれだけマスコミが騒いでいるため、雲隠れもできない。というか、お金もなく住所不定で生活することになる。
どうあがいても、花輪牛太郎として生きていくしかないのだ。
「落ち着け……退院とはいえ大怪我をしかけたのは事実。すぐに職場復帰しなくてもいいはずだ。こっちの自宅にいろいろな記録があるはず! それで情報を集めよう!」
病院という限られた空間では集められる情報もたかが知れている。牛太郎はともかく行動を起こすにしても退院してからだと結論に至った。
しかし、週明け……退院の朝、その目論見はもろくも崩れ去ることになった。