第15コース 妥協しても形になることが大事
「トレーナー! いったい、いつになったら練習をはじめられるんだ!」
一応、入団希望者が2人になったので会議室を借りてこれからのことを話しあおうと考えていた牛太郎だったが、ドアを開けるなりクリカラビッグが叫んだ。
集合時間まで、まだ早いのだが待ちきれなかったのだろう。
机の上に雑誌やお菓子が広がっており、かなり待っていたのがわかる。
「……3人そろわないと団として活動できないって話しただろ? ようやく2人になったんだ。顔合わせもかねてるんだ……練習はその後だ」
毎日毎日、練習を催促されるといい加減うんざりしてくる。
早く練習したいのはわかるが、もうちょっと落ち着いてほしい。
「というか、お前の知り合いに入ってくれるっていう子はいなかったのか? そうすればすぐにでも開始できるぞ?」
牛太郎の言葉に、先ほどまで勢いが良かったクリカラビッグが目をそらす。
「……いなかった。というか、トレーナーの名前を出すと知り合いみんないやな顔をされたぞ……嫌われ者だな」
クリカラビッグの言葉に牛太郎の心が切り付けられた。
「うぐっ……そうか……。ところで話は変わるが知り合いって何人だ? 10人?」
牛太郎の言葉にクリカラビックが後ろを向くぐらい首をひねって視線を合わせようとしない。
一応、入団希望者ということでクリカラビッグの様子をたまに見に言っていたのだが、このクリカラビッグ。
誰かと、一緒にいることが少ない。という見たことがない。
昼ご飯も一人で食べてたし、体育の授業の柔軟体操ではは他の牛乙女が同級生とペアでしているのに先生としていた。そのことを聞いてみたら、むきになってこう叫んだ。
「私は一人で食べるのが好きなだけだ! 体育の授業は他のことは体形が違いすぎるからしょうがなくだ!!」
そのセリフで牛太郎は察した。体がちっこい癖に態度がでかい。
おまけに、全然能力と実績がないのにA5競技に出て勝つなどと宣言している。
これで仲良くなろうと思うものは少ない。つまり、ぼっちなのだ。
入学時にデビューに失敗したのだろう。それが今も続いている状態だ。
「……この話はやめるか……未来のことを考えよう……」
牛太郎は情けと言わんばかりに話をそらした。
クリカラビッグも素直にうなづき席に戻る。
「……ともかくあと一人……いい加減見つけないとたわわ会長や他のトレーナーからの無言の抗議がきついからなあ……べラドホルンのほうに期待するしか……」
牛太郎は新しく入ったべラドホルンの顔を思い浮かべる。あちらはまだ、クリカラビッグより、コミュニケーションが取れそうだった。ヒーリングドリンク中毒さえ発生させなければ……。
「どんな牛乙女なんだ? この雑誌にも載っていないから大した奴じゃあなさそうだけど……はむ!」
クリカラビッグはお菓子を食べながら雑誌をぺらぺらめくっている。
「いや……お前と違ってタウロスピアで一勝してるんだから……って雑誌?」
実は、あれから調べてみたがべラドホルンはタウロスピアで一勝……つまり勝ったことがあった。といってもA1で団に所属していない駆け出しの牛乙女が一回だけできる通称「お試しタウロスピア」だ。
これによりいろいろなトレーナーやファン、スポンサーに対してアピールできる。
もちろん出るためには選抜競技があるが、これはタウロスピアみたいに待機時間が長くない。
つまりべラドホルンでも十分実力が発揮できる。そして、本番のお試しタウロスピアの時、トラブルなどでスケジュールが詰まっていたのか待機時間がさらに短かったため、べラドホルンは本来の力を出せたという。
A1競技はA5などと比べランクが低く、収入も低いため、しわ寄せがくることもあるが、そんなことは滅諦にない。
競技のランクが上がれば上がるほど厳密になるため、再び勝つことは禁断症状を克服しない限りないだろう。
ちなみにクリカラビッグは選抜競技にすら勝ててないのでべラドホルンとは比較ができない。
「ふーん。そんなことよりこれを見ろ! 購買に売ってたぞ! 今年話題の新人牛乙女特集だ!」
クリカラビッグが広げたページにはムサシプリンセスが大きく載っていた。
「ヤマトクイーンの後継者……期待の超新星……まあ、A5競技で一等をとってるんだからなあ……今年の春からが本番なのに……」
普通、養成校に入学した最初の年は所属する団を決めたり、評価競技やA1のお試しタウロスピアに出て実績と実力をつけていくものだ。
そうやって言った結果、上位の者だけが2年目の春に新人としてA4やA5競技に出場できる。
その前にA5競技、謹賀新年杯にムサシプリンセスが出れたのはヤマトクイーンの妹であることが多い。
謹賀新年杯は人気とスポンサーの意向が出場牛乙女選定に大きく表れるため、話題づくりとして出場できたのだ。
「まあ、私が出ていなかったから勝てたみたいなものだからな! それにしても、なんで私が載っていないんだ……?」
クリカラビッグが本気でそんなことをつぶやきながらページをめくる。
「(本気だから質が悪いよなあ……原因は俺がAだなんてつけちゃったからかもしれないけど……)」
普通なら突っ込むところだが、原因が自分にあるため、なかなか言い出せない。
そして、クリカラビッグがめくった先のページには、同じく新人で話題の牛乙女の写真が載っていた。
「グランドファイバー……ゼファイオン……ベンテンロック……どの子もなかなか早そうだな……はあ……この中の一人でもいいから来てくれないかなあ……」
雑誌に載るくらいの実力があるなら大歓迎な牛太郎だ。
実際、いったん入った団が合わず、タウロスピア本番前にフリーになり自分に合った団を探す牛乙女もいる。
「なにをいっているんだ? 私がいるだろ?」
クリカラビッグはふくれっ面になりながらあからさまに不服そうだ。
そんなやり取りをしていると、ノックがあり、扉を開けてべラドホルンがはいってきた。
あの時のような禁断症状は出ておらず、普通の牛乙女だ。
しかし、ヒーリングドリンクが切れたときはかなり危ない牛乙女となる。
「あ……あの、ここでよかったんですよね? 牛太郎トレーナー?」
少しびくびくしているが、自分の秘密を知っている相手だ。警戒されても仕方がない。それは、これから解いていこうと思った時、べラドホルンの後ろに一人の牛乙女がいることに気が付いた。
「ああ。って……その後ろの子は?」
「あっ! はい。実はこの子。牛太郎トレーナーの作る団に興味があるって……ベンテンロックっていうんですけど……」
べラドホルンの言葉に思わず、クリカラビックの持っていた本を奪い取る。
「あっ! こら!」
怒るクリカラビックを抑えながら、特集のページを見ると確かにいた。黒髪のロングヘア。そして立派な胸を持って走る姿。服装は違えど間違いなく同一人物だ。
「(まっ……まさか、知り合いだから誘ってくれたのか! しかも、こんな有望株を! すごい! 本当にあのドリンクが絡まなければできる子だ!)」
牛太郎の中で、べラドホルンへの感謝ポイントがどんどん押されていく。
だが、そのベンテンロックは牛太郎ではなく、廊下から別の牛乙女を引っ張ってきた。
「ほら! しっかり挨拶して! マジンターボ!」
そう言って引っ張り出されたのは、けだるげな表情でいかにもやる気なさそうな顔をした青い髪の牛乙女だった。
「私と一緒のレースに出るんでしょ? 他の団から断られたのに! もう、ここくらいしか当てがないのよ!」
ベンテンロックがそういうと、少しだけマジンターボと呼ばれた牛乙女が背筋を伸ばした。
しかし、それでもやる気は見られない。どうしたらいいかわからず、牛太郎はとりあえず部屋に入ってもらう事にした。
「……それで……いったいどういうこと?」
全員が椅子に座り、牛太郎が問いかけるとベンテンロックが話し始めた。
なんでも、このマジンターボ。ベンテンロックと幼馴染だった。子供のころからいつも一緒でいつもベンテンロックの後をついてきたらしい。
だらしない妹みたいなものらしい。ベンテンロックがタウロスピアを目指すのを夢見てこの養成校に入ることを決めた際も、さも当然というようについてきた。
「そうして入学して……同じチームに入っていたんですけど……この子トレーナーから団を追い出されて……」
「追い出された? それは穏やかじゃないな……いったい何したんだ?」
牛太郎がそう聞くと、ベンテンロックが言いずらそうに答えた。
「出場予定の競技への出走を拒否したんです。しかも、トレーナーや主催に何も言わず……競技場にすらいかなかったんです……」
その言葉に、マジンターボ以外全員が信じられないといった顔をした。牛太郎ですらそれはまずいと思ったのだ。養成校に通う牛乙女にとってありえないことだ。
「えぇぇ……それまずくないか? というか……なんで、そんなことを?」
牛太郎はマジンターボを見る。目の前の牛乙女がそんなことをするとは思えなかった。というか普通に競技に参加する覇気すらなさそうなのに。
「えっ? だってベンテンロックが出てなかったから。一緒に走れないのに競技に出る意味ない」
さも当然というセリフにベンテンロックは頭を抱えた。詳しく聞くと、当初所属している団のトレーナーはベンテンロックとマジンターボ。適正が微妙に違うことに気が付いたらしい。
だから、マジンターボがより成績が残せる競技に登録した。そのトレーナーの判断は間違っていない。しかし、マジンターボは違った。
「ベンテンロックと一緒に競技をするためにここに入ったのに、そうじゃないなら走る意味がない」
そう考えて出走しなかった。その結果トレーナーが怒り狂って団を追い出されたらしい。
さすがにこれは、マジンターボを擁護できない。
「悪いのはこの子なのは違いないんですけど悪気があったわけじゃないんです!」
張本人はどうでもいいという雰囲気なのに、巻き込まれたに近いベンテンロックの方は必死だった。
「でも、この事が広まって他の団にはなかなか入れてもらえないし……かといってこのままだと……」
このベンテンロックは面倒見がいいのだろう。昔からついてきているマジンターボを見捨てられないのだ。
「そこで、花輪トレーナーのことをお耳に挟みました! 新しい団を作るために、入団希望者を探しているんですよね!」
ここでようやく、ベンテンロックの意図が分かった。要するにどこの団にも入れてもらえない妹分を入れてほしいということなのだろう。
しかし、こちらとしても出走指示をぶっちするような牛乙女を入れたくはない。何せこちらはただでさえ問題ありまくりを2人抱えているのだ。残りの一人はせめてムサシプリンセスと戦える……とまではいかなくても真面に戦える子が欲しい。
「(で……肝心のマジンターボはこっちのことなんて気にしてない……部屋の中の虫を追いかけてる視線だろ……あれ……)」
正直入れたくない。かといってここで断れるほど余裕もない。
「ちなみに……マジンターボと一緒に君もこっちの団に……」
「あ! すいません。私は今の団を抜ける気はないので!」
有無も言わさずきっぱりと宣言される。一瞬、仕返しにマジンターボの入団を拒否して困らせてやろうかと思ったほどだ。
「え~と。それで君……マジンターボ? 入団するってことでいいのかな?」
「ん。ベンテンが出るレースに出してくれるならいい」
まるでそれ以外のことには興味がないといった風に返事をする。
「そうか……ちょっと待ってくれ」
そう言って牛太郎はPCを取り出し、データを探る。調べるのはマジンターボの情報だ。
言った通り、ベンテンロックと同期で本当に同じ競技に出続けている。
「(能力は悪くない……いやちょっと待て! この成績全部ベンテンロックの次点じゃないか!)」
ベンテンロックは雑誌にも載る有望株だ。そのベンテンロックについていくだけでもすごいのに、出場競技順位すべてがベンテンロックのすぐ後。
つまり一等は取れなくても入賞をしているのだ。もしかしてこの子はベンテンロックの影に隠れていただけですごい才能があるのではないかと。
「よし! いいだろう! ベンテンロックが出る競技に出る許可をだそう。ただ、そのために必要な成績を取れないときはあきらめてくれ!」
「わかった。ありがと」
そういうと、必要書類にマジンターボはサインをする。
長かった。だがようやく、団に必要な3人がそろった。
クリカラビッグ。べラドホルン。マジンターボ。
お世辞にもヤマトクイーンのような牛乙女と言い難い……いや、不安点しかない子たちだが、彼女たちがいればトレーナーとして活動できるのだ。
「ふっ! これでようやく活動できるな!」
無い胸を張って自信満々に言うクリカラビッグ。
「よ……よかったですね!」
大事そうに水筒を抱えながら喜ぶべラドホルン。
「…………」
何も言わず座っているマジンターボ。
3人の牛乙女がそろい、ようやく牛太郎のトレーナーとしての真価が問われる。だが、それは想像以上の困難になることを彼はまだ知らなかった。




