第14コース この飲み物は安全です(成分だけは)
あれから後、べラドホルンと牛太郎は練習スタジアムのベンチに座っていた。時刻は夕暮れ。練習グラウンドならまだしも、スタジアムにはほとんど人は来ない。
「(……あれから、ずっとだんまりだけど……もう逃げたい……けど、下手に逃げたら……)」
先ほど投げられた記憶がよみがえり、逃げ出すこともできない。
かといってこのまま座り続けることはできない。意を決して話しかけようとべラドホルンのほうを牛太郎はみた。
「あの……いったいなにが……うぉっ!!!」
牛太郎は思わず声を上げた。肝心のべラドホルンが水筒を握り締めたまま、小刻みに震えている。
血の気も引き明らかに尋常じゃない様子だ。
「あ……あれ……やっぱり……量が少なかったから……ど……どうしようぅうぅ……」
こちらの方がどうしようといいたかった牛太郎だが、何とかしないといけない。
「(あれ? ……この様子……さっきのゲートの中でと同じ……いや……それとは別にどこかで……)」
あがり症と聞かされたが、牛太郎はそれに違和感があった。もっと別の症状の……。だが、それを思い出す前にべラドホルンの症状は悪化していく。
「だ……だめ!! たりないい!! どうしよう……あれがあるの家なのに!! うぇええ~ん!!」
取り乱して、涙目になりながらからの水筒を振っている。
「お……おい! 落ち着けって!!」
牛太郎が、思わずべラドホルンを押さえつけようとする。だが、あっさり外され今度はこちらが突き飛ばされそうになる。
「いや! やめて!! 邪魔……邪魔しないでえぇえ!! ……!?!?」
叫びながら、突き飛ばそうとするべラドホルンの動きが急に止まった。
鼻をクンクン嗅ぎながら、何かを探し始める。やがて鼻先が牛太郎の来ているシャツの前まで来た。
「??? ……あ……あの……」
牛太郎が混乱していると、べラドホルンはいきなりシャツに噛みついた。正確に言えばシャツを口に含み吸い付いている。
「ふぎゅ~~~(これこれ~♪)」
「え? へ? あ……ああ……やめてええぇええ~~!!!!」
牛太郎のシャツは抵抗もむなしく引きちぎられ、乙女のような悲鳴があたりに響いた……。
「……依存症……?」
「……はい……」
べラドホルンが牛太郎から奪い取ったシャツを口に含みながら申し訳なさそうに答える。
牛太郎は上半身が素肌にネクタイと背広といったロックな格好になってそれを聞いている。
「……子供の頃飲んだジュース……『ヒーリングドリンク』なんですけど……これがめちゃくちゃおいしくて……しょっちゅう飲んでたんです……」
べラドホルンの言葉に牛太郎は信じられないという感想を抱く。あの水筒に入っていた飲み物。確かにそんな名前だったが、あれをおいしいという人を見たのが初めてだったからだ。
「けど……すぐに店で売ってない状態になって……飲む量を減らしたんですけど……そしたら、調子が悪くなって……手が震えたり、息が上がったり……飲みたい飲みたいって思うようになって……」
べラドホルンの言葉に牛太郎はようやく、思い出した。アルコール中毒だ。
大学の同級生に酒の飲みすぎでなったやつと症状がそっくりだ。
「(この子の場合、ヒーリングドリンク中毒だけど……)」
回復薬で体の調子が悪くなるなんて味覚と言いどっかこわれてるのかなぁ……この子っと思った牛太郎だが一つの疑問が浮かぶ。
「あれ……でも、あのドリンクってすぐ生産中止になって……在庫だってもう賞味期限が……」
いくら密閉してるジュースでも賞味期限はとっくに切れているはずだ。
「あ……はい……なので、自分で作りました」
べラドホルンは牛太郎のシャツ……こぼしたヒーリングドリンクがしみ込んだ部分を口に含みながらとんでもないことを口にする。
「材料表記から調べて……わからなかったので試行錯誤でいろいろ加えて……ばっちり再現できました!」
とんでもない行動力だとおもったが、それだけ必死だったのだろう。
「それでいつでも飲めるようになったんですけど……そしたら、飲んでない時間が長くなったら……禁断症状……じゃなかった! 調子が悪くなって……」
自分でも中毒になってるのはわかっているのだろう。もはや病気だ。
しかし、それを認めると、ヒーリングドリンクを取り上げられてしまうと思っているのだ。
「きょ……今日は評定競技だから、競技待機時間ぎりぎりまで我慢して……終わったら飲もうと思っていたら中身が違って……あの時取り違えたんだと思って急いで返してもらおうと思ったんですけど……こんなことになってごふぇんなひゃい!!」
謝るならシャツを口に含みながら言ってほしくはないのだが、そうでもしないと自分を律せないのだろう。
シャツにしみ込んだヒーリングドリンクがぎりぎりべラドホルンの理性を持たせている。
「待機時間……あー。そういうことか……」
タウロスピア競技前、出場する牛乙女はドーピング対策として、主催が用意したもの以外口にできない時間が存在する。
持病の薬などは事前に申請すれば大丈夫だが、まさか自家製の清涼飲料水を申請できるはずがない。
つまり、べラドホルンのゲートの中の状態は上がり症ではなくヒーリングドリンクの禁断症状だったわけだ。
「れ……練習なんかは飲めるから問題ないんです!! でも、競技は待機時間が長くて……お願いです!! このことは秘密にしてください!! 何でもしますから!!」
体をつかまれ必死の懇願をされる牛太郎。
「い……いや……別に俺は……っは!!」
別に、牛太郎は誰かに言うつもりはなかった。まあ、本当なら人として病院に連れていくべきなのだが、牛太郎は今それどころではない。
自分の団に入ってくれる牛乙女を探さなければいけないのだ。だから、思いついてしまった。
「(あれ……それなら、この子に秘密にする代わりに団に入ってもらえばいいんじゃないか? ……いやいや!!)」
確かに、後ろめたいが今のこの様子から嫌とは言わないだろう。
しかし、牛太郎が欲しいのは勝てる牛乙女だ。
何せ、今いるのがクリカラビッグ……はっきり言って戦力とは言えない子だ。
「(この子は……能力はあるけど禁断症状があるじゃないか……とても勝負にならない……)」
そんなことを考えているとべラドホルンが抱き着いてきた。
「おねがいします!! 私、タウロスピアをやめたくないんです!! 今は無理でも我慢できるようになります!!」
そのせいで、べラドホルンの胸が牛太郎の皮膚に接触する。シャツがない分その弾力と温かさが直に伝わってきた。
「(ふ……ふおおぉ……すごい!! これが牛乙女の!! って……いかん! いかん!)」
以前から柔らかく触ったらすごそうだと思っていたが実際に体感してみるとすごかった。
こうなると、同じ牛乙女のクリカラビッグのあれは何なんだろうと牛太郎は思ってしまった。
「(……いったん落ち着こう……胸の大きさとかは置いておいて……。今、入ってくれる牛乙女が必要なのは事実。ただ、この子はこの子で問題がある……)」
べラドホルンは抱き着きながら鼻を引くつかせ牛太郎の体にこぼれたヒーリングドリンクの匂いを必死で補充している。
かなりの重症だ。
「(だけど、クリカラビッグと違って自力はある。……禁断症状さえ押さえれば……)」
いい勝負ができる。べラドホルンの能力は数値上ならかなり高いのだ。
「(……それに、あと一人分枠がある。……1人、問題がある牛乙女がいるんだ。それが2人になったところで問題はない)」
団設立に必要なのは3人。あと一人がまともなら……それに、誰も集まらず団設立が失敗する方が怖い。
クリカラビッグよりまし。クリカラビッグよりまし……っと自分に言い聞かせながら牛太郎はべラドホルンを肩をつかむ。
「わかった! 誰にも言わない! その代わり、俺が作る団に入ってくれ!!」
「ふー! ふー! ……ふぇっ? あ……あの……」
ヒーリングドリンクの匂いにうっとりしていたべラドホルンが驚く。当然だ。
欠陥品だと告白した自分を自分が作る団に入れようとしているのだから。
「そのかわり、俺の団に入ったら必ずタウロスピアに出て勝ってもらう!」
牛太郎生の言葉にべラドホルンは混乱していた。しかし、いきなり目が開き、手が震えだす。
「あひっ!! ああ……だめ……やっぱり足りない!! ……と……トレーナー……すいませんけどぉ……胸についてる匂いだけでもお……もうシャツのじゃあ……ひっぐぅ!!」
ぶるぶる震えるべラドホルンに対し、牛太郎はとっさに角をつかんで体を引きはがす。
「あ……ああぁ……!!」
べラドホルンが腕を伸ばすが腕の長さなら牛太郎のほうが長い。むなしく空を切るだけだ。
「ほ~ら~ほ~ら~♪ 匂いを嗅ぎたかったら『はい』というんだ……それとも物があるお家まで我慢するか?」
禁断症状が出て目が血走りだしたべラドホルンに牛太郎の本能は生き残るために最適解を導き出した。
あのまま、おとなしく待っていたら暴走したべラドホルンに押し倒されていただろう。
しかし、無防備な所に角をつかまれ、力を出しにくい態勢で押さえつけられたことによりそれができなくなった。
「(うおおおぉ……すごい力……しんどい……でも、耐えられないほどじゃない!)」
ここが踏ん張りどころだと牛太郎は全力で抑え込む。今べラドホルンは禁断症状で判断力が低下している。
「俺はそれを飲むのをやめろとは言わないぞ……。そのうえで、タウロスピアに出られるよう努力してもらう。何が何でもだ……うぐぐぐ……」
「えっ? えっ!?! ああぁ……ううぅう……」
べラドホルンは必死に手を伸ばすが、届かない。牛太郎の声は聞こえているがそれどころではないといった感じだ。
「いいのか? 他のトレーナーなら絶対ヒーリングドリンクを飲むのをやめさせるぞ?」
当然だ。べラドホルンのあれは普通の人でも止める。タウロスピア出場を目指す牛乙女を育てるトレーナーなら、今のべラドホルンを知れば無理やりにでもやめさせるだろう。
だが、牛太郎は違う。
「俺は別にやめさせないぞ。その代わり我慢はしてもらうがな……」
別に、ヒーリングドリンクが違法薬物というわけではない。確かにちょっとあれだが、今は目をつぶれる。
今は、牛太郎の作る団に入ってくれる牛乙女を集めることのほうが重要だ。
「あっ……あっ……ううぅう……だめ……もう……我慢できなぃい……は……はいり……ますぅ!! はいりますううぅう!! だからぁあああ!!!!」
とうとう我慢の限界になったべラドホルンが、絶叫した。
入団うんぬんより、目の前のヒーリングドリンクを口に入れたい為のようだが……。
しばらくして、べラドホルンは牛太郎の背広やネクタイを口元に当てて匂いを嗅いでいる。
牛太郎は上半身裸のままべラドホルンと書かれた入団希望用紙を握り締めていた。
「(なんだろう……ストーカーを実際に見たというか……はたから見るとやばい光景だな……早まったかな……)」
光悦の表情でヒーリングドリンクがしみ込んだ衣服に顔をうずめるべラドホルンを見て、一抹の不安を覚えた。
だが、これで2人。あと一人で新しく団を作ることができる。
「(と……ともかく、これであと一人! もうひと踏んだりだ!! 大丈夫!! いくら何でももう変な子はいないはず!!)」
牛太郎は不安と後悔を押し込み、次こそ普通の牛乙女をスカウトできるようにと牛女神に祈った……。




