第12コース 悪いことをしなさそうなおとなしい子こそ犯人
牛太郎は、共同トレーナー室の自分のデスクで牛乙女たちのデータを見ていた。
クリカラビッグが入ったとはいえ、まだ新しく団を設立できる人数に達していない。
あと2人。最低でも入団してくれる牛乙女を探さないといけないのだ。
「(……やっぱり……クリカラビッグのデータを見た後だと、どれもいけると思えてしまうな……)」
牛太郎が見ているのはまだ、どの団にも所属していない牛乙女のデータだ。
現時点でどこかの団に入団している牛乙女に対して、牛太郎がそこから引き抜けるはずがない。
なら、フリーの牛乙女から探し出すしかないと結論付け、それ等のデータをあさっている。
フリーというのは他のトレーナーの目につかなかったわけなので能力的に優れている者は少ないはずなのだが、牛太郎にはそのどれもがいけそうな感じがしていた。
しかし、それは勘違いだ。クリカラビッグの能力と適性が低すぎるだけなのだ。
「目についた子を片っ端からスカウトしてみるか? 誰かくらいは入ってくれるかも……ん?」
そんなことをつぶやきながら、データを流し見していると、見た顔があった。
先ほどここに来る前にぶつかった牛乙女。べラドホルンだ。
「彼女もフリーだったんだ……どれどれ……んん?!?」
データを見て驚いた。能力の測定結果がどれも平均以上なうえBSはB。
今まで見てきたフリーの選手の中でもダントツだ。
「おいおい……なんでこの子がフリー? 普通にどこかの団に入ってもおかしくないだろ……?」
べラドホルンの能力にどこか間違いはないかとPCを立ち上げ、再度調べなおしても間違いは見当たらない。
代わりに、一つの項目を見つけた。
「評価競技出場予定……あ……今日出る予定になってるな……」
評価競技とは養成校主催の練習タウロスピアだ。校内の練習スタジアムを使い、本番さながらで行う。
フリーの牛乙女達にとってトレーナーに自分の実力をアピールする場でもあるし、すでに団に所属していても、本番の予行練習にもなる。
このため、スケジュールを組んで順番に出場することになっているのだ。
「せっかくだから見てみるか……」
牛太郎はPCを操作すると、画面はLIVE会場のように定点カメラからの画像をいくつか分割したようになった。
トレーナーは特定のIDを使えば、養成校内で行われる競技をカメラで見ることができるのだ。
自分が担当している牛乙女の様子を確認したり、スカウトの材料にするのだ。
「えーと。あの子は……やっぱりどの子もはりきっているなあ……んん?!?」
ゲートに入っている牛乙女たちはそのどれもが気合が入り、今にも走りだそうなのに、べラドホルンの所は違った。
カメラに写っているべラドホルンはブルブル震え、視線もあちこち動いている。
スタート前だというのに肩で息をし、顔も真っ青だ。
「え? なに? 医務室のカメラじゃないよね?」
ありえないのだが、そんなことを思ってしまうほどべラドホルンの様子は尋常じゃなかった。
やがて、掲示板に赤いランプが点灯した。スタートの合図だ。他の牛乙女たちは一斉にゲートの扉をこじ開けるが、べラドホルンだけは周りの音に驚いておろおろしている。
眼が開いていただけで周りが見えていない。ようやく、競技をしていることを思い出したのか、何とかゲートを開けて走り出す。
しかし、そのフォームはめちゃくちゃで陸上を走っているはずなのにおぼれているように見えた。
「ん? ああ……その子きになりますか? 花輪トレーナー」
背後からかけられた声に反応して振り向くとそこにはジャージを着た牛男がいた。筋肉モリモリの体の上に牛の頭。
彼は隣のデスクを使っているトレーナー。牧 猛だ。
ゲームのミノタウロスばりのその姿に最初は驚いたが、意外と気さくで牛太郎にも普通に話しかけてくる。ちなみに実家が焼き肉屋らしい。
「相変わらずですね。彼女」
「知っているんですか? 牧トレーナーは」
牛太郎が話しかけると牧トレーナーはうなづく。
「私も以前能力を見てスカウトしようかと考えたんですが……どうやら、彼女は極度のあがり症なようで……練習では問題ないんですが、実際の競技になるとご覧の有様なんですよ」
画面を見ると、べラドホルンはヘロヘロになりながら最後にゴールしていた。
「いい物を持っているけど……能力以前の問題ですか……」
いくら力があっても実際の競技で発揮できなければ意味がない。
「(誰もスカウトせずフリーなわけだ……ちょっとかわいそうとは思うけど……これはもうトレーナーの仕事じゃなくて心理カウンセラーだな)」
牛太郎はそう思って持ってきた水筒を開けて中に入れてあるコーヒーを飲もうとする。
こっちの世界の牛太郎はインスタントコーヒーもいい物を買っていたらしく、おいしいので楽しみの一つでもあった。
だが、口に入ってきたのはコーヒーではなく全くの別物だった。
「ぶっごおこほおはほおぉ!!!」
まずは甘味。そして次に来たのは猛烈な薬品臭。思わずむせるが、炭酸によって広がった匂いと舌に突き刺さる刺激がいつまでも牛太郎の口内を苦しめる。
「はっ……花輪トレーナー?? どうしたんですか???」
いきなり椅子から転げ落ち、むせている牛太郎を見て牧トレーナーが思わず駆け寄る。
だが、あまりの味……まずさに声が出ない。
床に落ちた水筒からは半透明の青いメタリックな色合いの水がこぼれていた。
「(へ? は? なんだこれ!! 俺は朝確かにコーヒーを入れたはず……洗剤でも入れ間違えた?? いやいやそんな!! あれ……でもこれ……)」
このまずさ。牛太郎は似たようなものを飲んだ記憶がある。
そうあれは学生の頃、とある清涼飲料水メーカーがノリでゲームに出てくる回復薬をイメージした商品を売り出した。
商品の見た目はまさにゲームから出てきたような出来で話題に上がったのだが、中身が不味すぎた。
クセがあるレベルなどではない。成分的に毒ではないのに毒を飲んでいるような味に仕上がっていた。
牛太郎もクラスメイトと飲んで、もだえ苦しんだ記憶がある。それにそっくりなのだ。
「(なんでそれがこっちで?! いやいや……そもそもあれ、あまりに不味すぎてすぐ生産中止になってるから手に入れられるはずが……っは!!)」
牛太郎は転がっている水筒をみた。そこに大きく「べラドホルン」と書かれている。
「(あ……あの時か……あの子、こんなものを飲んでるのか? そりゃあ好みに文句は言わないが……いや待て!)」
ようやく収まりだした刺激を抑えながら牛太郎は考える。
本当にただ間違えただけなのだろうか?
この飲み物。あまりの不味さに誰も飲まず、現在残っているのは過去にこういうものがあったよという骨董的な目的で保管している物しかない。
はっきり言えば、人が飲めるものではないのだ。成分的には問題ないにもかかわらず。
だからある意味、嫌がらせで人にのませるには最適の物ともいえる。
「(最近、俺が水筒を持ち歩くのは大勢の人に見られているから周知の事実……だから、同じものを事前に用意するのは簡単だ……)」
そして、牛太郎は牛乙女達からの好感度はヤマトクイーンとのことがありマイナスといっていい。
普通に話してくれるのは、名前を憶えている限りではワールドアナウンスとクリカラビッグくらいだ。
それだけヤマトクイーンが慕われていた証拠でもあるのだが、そうなると中には牛太郎を害しようと考える者が出てくる可能性は0ではない。
ムサシプリンセスみたいに正面から堂々と喧嘩を売るのではなく、陰からこっそりとしようとする輩もいるはずだ。
「(いきなり背後からざっくり……じゃなくてよかったが……こういう嫌がらせか……)」
毒薬に近いジュースをこっそり入れ替えるという陰険な方法をあのおとなしく引っ込み思案そうなべラドホルンがやってきたことに牛太郎はどうするべきか悩んだ。
何せ、牛乙女は普通の人間とはけた違いのパワーなのだ。見た目がかわいくても牛太郎は絶対にかなわない。
直接文句を言っても返り討ちに合いそうなのだ。
しかし、べラドホルンは先ほどの競技の姿を見ていた。だからだろう。あのビビり具合なら追い詰めれば行けると思ってしまった。
「(今後もこういうことされるのはいい迷惑だ。今はこのくらいでもほっとけばエスカレートする可能性がある。ここはびしっと決めなければ!)」
牛太郎はべラドホルンの名前が付いた水筒を拾い上げる。中身はだいぶこぼれてしまったが少し残っていた。
物的証拠としては十分だ。
犯人、べラドホルンは競技が終わったので練習スタジアムにいるだろう。
「きっちりと叱って、二度とこういうことをさせないようにしないとな!」
牛太郎は急いで練習スタジアムに向かった。
クリカラビッグという最弱ではあるが自分が導く存在ができたことで、牛太郎にリーダー意識が芽生えたのだろう。
自分の団とそこに所属するものを守るという気概が。
しかし、今回はそれが裏目に出た。
牛太郎はこの後、牛乙女が一筋縄ではいかない存在だと改めて認識することになる……。




