第11コース 普通が何よりありがたい。
牛太郎は、共同トレーナー室へ向かいながら、昨夜見ていた資料を思い出していた。
「クリカラビッグ……両親がともにアメリカ国籍だが日本のタウロスピア養成校に留学……理由は両親が日本びいきでクリカラビッグも子供のころから日本を訪れ日本文化にあこがれているから……」
アメリカといえば近代タウロスピアの発祥の地であり、本場だ。当然、アメリカのほうがレベルが上であり、日本の牛乙女が渡米して挑戦することはあってもアメリカから牛乙女が挑戦しに来ることはほぼない。
ただ、クリカラビッグは言葉遣いもそうだがアメリカの牛乙女らしくない。
アメリカの牛乙女は有名処は全員体格も大きく胸も日本のより立派でこれが世界レベルかと言葉ではなく体でわかる。
しかし、クリカラビッグはアメリカどころか日本ですらも体、胸共にサイズが小さい。胸に至っては干拓地レベルといっていい。
「身体テストの結果を見ても……軒並み低かったしな……」
タウロスピアに必要な身体能力を測るテスト結果をみてもクリカラビッグは平均以下と言えた。
スピードは平均よりちょっと上だが、そのほかの能力がダメダメだった。
筋力、ジャンプ力、持久力、反射神経……。
特に筋力が低く、それなのにタウロスピアの適性Aの競技で出る障害は乗り越えるのに筋力……瞬間的に引き出せるパワーで乗り越えていくものが多い。
スタートゲートの扉の重さだったり、落ちてくる鉄球だったり……そういう障害を圧倒的なパワーで粉砕して駆ける姿を観客は見たいのだ。
もちろん、牛乙女全員が筋力があるわけでもない。そこで役立つのがBS……BeefSoulだ。
「牛女神から分け与えられる不思議な力……これを使えば見かけより大きなパワーを出せる……けど、クリカラビッグはなあ……」
入学時のBSの計測結果は堂々の『E』。BSも鍛えれば多くなるがそれでも一年で一段階上がればいいほう。
また、AやBといったレベルになるほど上がりにくくなる。
クリカラビッグが入学からの努力が実ってEからAに奇跡的になっていた……なんて、思えるほど牛太郎は楽観視していない。
「(ったく! BSってなんて紛らわしい略語なんだよ!! 普通バストサイズだと思うだろ!!)」
BSをてっきり胸の大きさと勘違いし、ペタンコのクリカラビッグにA判定をつけてしまった牛太郎。
このままでは、クリカラビッグはF1レースにスクーターで出場することになりかねない。
おまけに、本人はスクーターをF1マシンだと思い込んでいる。
なので、無謀とも思えるF1レースに出ること望んでいるため始末に負えない。
本当なら、すぐさま修正し、適性がEかDのA5競技を目標にするべきだ。障害が一つだけでいかに早くゴールまでたどり着けるかを競う競技もある。
「(でもそれをすると、俺が判定を間違えたことになる。なんだよ! 特級判定免許って!!)」
この免許。測定する機械ができてほぼすたれているのに、過去の功績からか権威がものすごく高く設定されていた。
これを持っているだけで、給料が1.5倍になるだけでなく、一等絞りを絞る際、機械ではなく牛乙女が望めばそれを直接搾り取ることも許可される。
持っているだけで人間国宝レベルの扱いになるのだが、その分取得にはとんでもなく厳しい試験があるうえ、ミスも許されない。
公式記録などを間違えてしまったら、査問委員会が開かれ、本人の技術の劣化などをがあればすぐにでも資格が剝奪される。
はるか昔は免許と共に短刀が授与され、もし間違えたらそれで自害するべしとまで言われるほど厳しい物だったらしい。
「(そんな免許持ってるせいで間違っていましたなんて言ったら騒ぎになるうえ、調べられてぼろがでる! ……つまり、どうやってもクリカラビッグを適正Aの競技に出させないといけないわけで……)」
最上級難易度のゲームで縛りプレイをしなくてはいけなくなった現状に、めまいがしそうになり、牛太郎は気づかなかった。
曲がり角から出てきた牛乙女がすぐそばにいたことに。
「きゃっ!!」
「うお!!」
正面からぶつかり、牛太郎の体は柔らかい物からくる弾力によって跳ね飛ばされる。一方、牛乙女のほうはバランスを崩す程度ですんだ。
地面に倒れる牛太郎の横に水筒が転がる。
共同トレーナー室には備え付けの自販機などがあるのだが、使用の際、ほかのトレーナーと顔を合わせることが多かったため用意したものだ。
何を話したらいいかわからないし、専門的な話などもっとできない。その為の水筒だ。
しかし、問題なのはそれが分裂していることだ。同じ形、色の水筒が転がっている。
「あ! あの……すいません!!! だいじょうぶですか??」
顔を上げると、緑かかった髪を一本の三つ編みでまとめた牛乙女がいた。前髪をきれいに切りそろえ、目がほとんど隠れている。
制服は胸の部分が綺麗に盛り上がっていた。クリカラビッグの衝撃が強かったせいか、とても立派に見え揺れる姿がこれぞおっぱいと太鼓判を押せる。
「あ……ああ。こちらこそ済まない。君は……?」
「わ……私はべラドホルンっていいます!!」
目の前の牛乙女。べラドホルンはいきなり姿勢を正して自己紹介をした。
「え……あ……名前を聞いたわけではなく、ケガとかしていないかって聞いたんだけど……」
牛太郎の言葉に勘違いに気づいたのかべラドホルンはどぎまぎしだす。
「そ……そうだったんですね! す……すいません!! ケガはないです!! 持っていた水筒を落としただけで……ってあれ? 2つある!!」
べラドホルンは落ちてた2つの水筒を拾い上げ、混乱していた。
牛太郎は立ち上がると、すぐさま水筒分裂の謎を理解した。
目の前で慌てる人がいると人は冷静になれる物なのだ。
「片方は俺のだよ。偶然だけど君の水筒と同じものだったみたいだ」
分裂したのではなく、まったく同じものがであっただけだった。
べラドホルンもすぐ理解したようで、片方を君に渡しすぐさま距離を取る。
「そ……そうだったんですね! すいません! すいません!! 私急いでいるので!!」
そういって、まるで逃げるように走り去っていった。
あまりの拒否っぷりに軽くショックを受ける。
「もしかして、俺のこと悪いトレーナーだと思ってるのかな……評判悪そうだったし……こっちの世界の俺……」
今までは、遠巻きに噂や視線を浴びるだけだったが、ああもはっきりと行動で示されるとやはりくるものがある。
自分のせいではないから余計だ。
しかし、ここで愚痴を言っても仕方がない。今の自分にできるのは新しくできる団に入団してくれる牛乙女を探すことだけだ。
現状、確保できたのはクリカラビッグのみ。このままでは最弱キャラ+装備無しで最高難易度クリアをするといった縛りプレイをしなくてはいけなくなる。
「か……可能な限り次の子は普通の! 強くなくてもいいです! ちゃんと適性に合って能力もそれなりの子を探し出せますように!!」
牛太郎は心の底から牛女神に祈りをささげた。




