第10コース 勘違いからの最初の入団
夕方になり、牛太郎は共同トレーナー室をでて家路につく。
「(はあ……今日も誰も来なかったなあ……期日まではまだあるがさすがに一人もいないと……)」
いい加減、共同トレーナー室で一人デスクで資料や動画を見るのも限界に近い。
周りからの視線や小声の話声がじわじわと牛太郎を追い詰めていた。
そんな中、目の前に誰かが立ちふさがった。
「ようやく見つけたわ!」
その姿は間違えようがない。牛乙女の中でありえないほどの絶壁の胸を持つクリカラビッグだ。
「(なんだ? もしかして測定を再度やり直せとか?)」
警戒している牛太郎の心配をよそに、クリカラビッグは一枚の紙を差し出した。
そこには「入団申請書」と書かれており、クリカラビッグの名前も書かれている。
「ようやく見つけたわ! 私を存分に活かせるトレーナーを! だから、貴方の団に入ってあげる!」
牛太郎は申請用紙とクリカラビッグの顔を交互に見る。クリカラビッグの顔は真剣で誰かにいたずらで強制されているといった感じは見られない。
「(や……やった! なんでか知らないけど、ようやく一人! まだまだ全然足りないけど……0と1じゃあ全然違う!!)」
うまくいかないことだらけだったがようやく一歩前に進めた。
そのことが、牛太郎の心に満足感を与える。
「こちらこそよろしくお願いする!」
牛太郎が手を出すと、クリカラビッグはその手を握り満面の笑みで答える。
「まかせなさい! 貴方がAと測定した私の実力見せてあげる! A5競技で一等を取って見せるわ!」
ふくらみのない胸を張ってこたえるクリカラビッグに牛太郎は首をかしげる。
「(え? いまなんて? なんで胸をAカップと測定したのが実力? それと一等と何が???)」
なにか、彼女と自分とでは大きなすれ違いがあると感じた牛太郎は恐る恐る質問する。
「そ……そうか……。ところで君はどうして俺の団に? 他の団に入ろうとは思わなかったのか? プレアデスとか……」
「クリカラビッグよ。決まってるじゃない。他のトレーナー全員、私のBSは『D』だって言って出たい競技にださせてくれないんだもの!」
その言葉に、牛太郎は何か間違っていると確信した。
「(え? なに? この子がD? そんなまさか……BSってバストサイズのこと……はぅっ!!!)」
頭に、急にかき氷を食べたときのような鋭い痛みが走った。
そして、今まで知らなかった知識が沸き上がってくる。
BS。それはバストサイズのことではない。それは「Beef Soul」。簡単に言えば牛乙女に宿る牛女神から分け与えられる魂の力。
これにより、牛乙女たちは見た目がか弱くてもとんでもない力を発揮できる。
そしてこのBSは基本的に胸が大きいほうが強い。
「(い……今更思い出しても……しかし、これが本当ならこのクリカラビッグ……BSがAだなんてありえない……)」
クリカラビッグの胸はおっぱいといえるほどのふくらみもない。今までの測定結果が『D』なのは当然の結果だろう。
それなのに牛太郎は『A』と判定してしまったのだ。しかも、正式な書類なうえ、ほかの牛乙女が見ている前で……。
「(やっぱ違いました……は無理だよな……。え……ほんとどうしよう……)」
思い出した記憶ではタウロスピアでは各競技には適正BSというものがある。競技内で行われる障害や走る距離に合わせて必要なBSがあるのだ。
ちなみにBSはEが一番低くてAが一番高い。適正があっても出れなくはないのだが、不利なことは変わりない。
自動車レースで排気量が足りないのに出場しているようなものなのだ。
「私はいずれタウロスピアの歴史に名を遺す牛乙女になるの! そのためには有名競技に数多く出ないといけないのに……BSがDだからって……」
A5競技の中にも適正BSがE、Dの物はある。しかし、そういう競技は障害が少なかったり、内容が地味だったりとあまり人気がないのが事実だ。
一番有名な12天賞は適正BSはA。そのほかにも有名どころは大体AかBだ。
つまりこのままではクリカラビッグは普通自動車でF1レースに参加するくらいの無茶な挑戦をすることになる。
「でも、花輪トレーナーはAと測定してくれたからな! 当然、適正BSがAの競技にでてもいいんだろ?」
クリカラビッグはキラキラした瞳で牛太郎を見ている。
「(い……いえない……勘違いでしたなんて……おまけに、俺のせいでこの子は全然適正に合わない競技に……)」
牛太郎は絞り出すような声でつぶやく。
「あ……ああ……でていいよ。ただし、ほかのメンバーを集めてちゃんと団として成立したらね……」
まるでいけにえのヤギを崖下に投げ落とすような気分で牛太郎は答える。
「やった! 言質とったからね! そうなったら、急いで他のメンバーを集めなくちゃ! やるぞー!!」
大はしゃぎで駆け出すクリカラビッグの後姿を見ながら牛太郎はこっそりと手を合わせる。
「(ごめんなさい……だましたうえ利用するようで悪いけど、団が成立しないと話にならないんだ……団が成立したら何とか説得して……できるよな?)」
心の中で謝りながら、牛太郎はこっちの世界に来てから何か悪いことしかしていないような気分になった。




