オリンピック返上
遠い昔、はるか彼方の銀河系で....。
(SF映画のテーマ曲が流れる。)
ジャーン、ジャーン、
ジャジャジャジャーンジャン、
ジャジャジャジャーンジャン、
ジャジャジャジャーン。
ここは辺境の星、アース。
銀河の中心からは少し離れているが、この惑星系の中では最も文明の発達した星である。
そのアース星に存在する一番大きなエイジア大陸から東方に少し離れたところにヤパン連邦と言う島国がある。
そのヤパン連邦で、今一番の関心事は、今年の夏に予定されているオリンピックの行末だ。
開催都市はヤパン連邦の首都であるトキオシティ。
ここはその中心部にあるホテルオープラの会議室。
その会議室内で、トキオ首長国のオイケ首長とヤパン連邦のガース大統領が深刻な面持ちで向かい合っている。
オイケ首長は白いスーツに淡いピンクのコサージュとパールのネックレス。
アナウンサー時代から培ってきたファッションセンスは今も健在だ。
その清楚な装いとは裏腹に、公務に接しての彼女のハートはメチャ熱く、そこから繰り出される権謀術数は、ダカシマヤデパートにも負けない品揃えの多さ。オリンピック後の政界復帰を誰もが予想している。
一方のガース大統領はグレーのスーツに青い無地のネクタイ。いつでも人混みの中に紛れることができる地味な装いだ。
七三に分けたロマンスグレーの下に光る眼差しと眉のシワは、アギダ人特有の強い意志とこれまでの並々ならぬ苦労を物語っている。
宇宙一キレッキレのオイケ首長が切り出す。
「ガース大統領、どうするんですか。感染元のシャイナでは半年前に撲滅宣言したというのに、あなたの中途半端な態度のおかげでヤパンは未だにコロリ感染症の真っ只中。
今オリンピックを開いても、選手も観客も誰もヤパンに来ませんよ。」
ガース大統領が官房長官時代と同様、冷静沈着に無表情で応える。
「しかし去年の段階では先進国の中で最も感染者が少なく非常事態宣言を出すような状況ではなかった。
むしろパブル崩壊から30年、未だに低迷している経済、特に中小企業を救うためにも経済活動を止めない事がヤパンの方針だった。」
「大統領、あなた原稿でも読んでるの?いま目の前に国民はいませんよ。そんなきれいごとは国会答弁だけにしてちょうだい。
とにかくその甘い見通しのおかげで、新規感染者数は大波小波の繰り返し。
他の先進国は第三波で収束したのに、我がヤパンは今、第五波。西方のナニワ首長国は第12波、カリユシ首長国に至っては第17波。
今や世界はコロリ流行前に戻ったのに、ヤパンだけが鎖国状態。
パゴダ星オリンピック委員会が大会返上の意思確認をしてくるのももっともな話しだわ。いったいどうしてくれるんですか。」
ガース大統領は少しばかりムッとする。
「あなたは全ての責任が私にあるような言い方をしているが、そもそも政府の対応を引っ掻き回してきたのはオイケさん、あなたでしょう。
あなたこそ反省の念はないんですか?都市の開催なんだから決定するのはあなただったはずでしょう。」
将来中央政界に戻り、大統領の座に着こうと画策しているオイケ首長も譲らない。
「もちろんあなたを信頼して対応してきた自分に大いに反省してますよ。誘致が決まったら政府主導でスポンサーの選定から建設業界からの厚い接待までそちらが受けていたのに、コロリ感染症の流行が最悪の状態になってから急に、決断をするのはトキオだなんてシャーシャーと口に出すこと自体、呆れ返るわ。これまでいくつの決断を逃して来たことか。」
ガース大統領の語気が強まる。
「結果論だったら誰でも人のせいにできる。あなた、当事者意識はないんですか!あなたの態度は、Bクラスに落ちた要因をフロントと選手のせいにしている監督みたいなものだ。フロントを信じた私がバカだったと答えている監督を想像してごらんなさい。滑稽でしょ!」
オーイケ首長も黙っていない。
「今の質問をそっくりあなたに返しますけど、あなたはあなた自身にこれっぽっちも責任がないと言うんですか?」
「そうは言ってない。あなたの次に責任はあると思っている。だから一生懸命やっているじゃないか。」
2人とも責任逃れは得意中の得意だ。しかしガース大統領の「一生懸命」的な発言も、就任直後は情緒的な一般国民に受けていたが、最近は、勉強時間は長いのに試験の点数が取れない中学生のように見られていることを本人も薄々感じている。しかも今、相手は良識と謙虚さを持つ一般ピープルとは180度乖離しているオイケ首長である。
案の定、すかさず首長の反撃が炸裂する。
「何ですって?あなた大統領でしょ!首長より大統領の方が責任は無いって言うんですか。それに第一「一生懸命」って何よ。いま必要なのは、発想力や行動力のない真面目なおバカじゃくて、多少倫理観が欠落しててもいいから問題解決能力のある強いリーダーでしょ。」
ガース大統領もかなり開き直ってきた。
「私が国民から選ばれたのは、多少問題解決能力が希薄でも、真面目で国民から慕われる倫理観を持ってるからですよ。私を冒瀆するのは私を選んだ国民を冒瀆することになりますよ。」
オイケ首長は笑い出す。
「30%の投票率で、投票数の40%の相対的多数で選ばれたあなたが、まあご立派な物言いを。要するに私は全国民の12%を冒瀆したのかしら。でも、だったら私、残りの88%の国民の意思を代弁しているんじゃ無いかしら。試しに大統領選をやってみたらいかが?」
「もちろん、この感染症の問題が解決されたら、直ちに実施しますよ。」
「あら、解決出来ないからさっさと選挙したらといってるんでしょ。」
議論が本題からどんどん離れているのを察知したのか、隣室に控えていた秘書たちが入ってきた。
ガース大統領の公設第一秘書、ダメスエが口を開く。
「大統領、ここはオイケ首長のお立場を尊重して、大統領自ら国民に謝罪した上で、オイケ首長の決定に従うのがよろしいかと。」
「おい、ダメスエ君、君はいったい誰の秘書だね?」
「もちろん大統領の第一秘書です。あなたの利益を第一に考えての提案です。」
オイケ首長が笑い出す。
「あなたの秘書とは思えないしたたかそうな人ね。さすが、元ヤパン陸上連盟会長の御曹司。あなたの思惑は見え見えだけど、でも気に入ったわ。どう?アサッパラ、この提案どう思う?」
隣に控えていたオーイケ首長の公設秘書、アサッパラがニコリと微笑んで言う。」
「良い譲歩案ですが、大統領だけが国民に頭を下げるのはいかがかと。」
「私も頭を下げろと言うの?」
「大統領が頭を下げている中、頭を下げないあなたをトキオ市民は何て思うか、想像できるでしょう。ここは本音と立前をわきまえる事が肝要かと。」
「わかったわ、ちゃんと本音と立前を使い分けるわ。」
更にアサッパラが続ける。
「しかし、悪者は作らなくてはなりません。」
「どういうことだね?悪者は私かオイケさんだろう。」
「大統領、本音はやめましょう。」
「アサッパラ君、今日は本音の会合だろう。」
オイケ首長が口を出す。
「ダメスエさん、大統領よりあなたと会話がしたいわ。」
ダメスエ秘書がニコリと笑みを浮かべ、大統領に言う。
「大統領、このレベルの話は私で充分です。大統領には最後に仕切って頂けたらと思います。」
「わかった、ダメスエ君、君の智略に任せよう。」
ダメスエ秘書が神妙な面持ちで、オイケ首長に訊ねる。
「オイケ首長、そもそも、今回の感染症の発端は何でしたっけ?」
「もちろん隣国シャイナのボカンで発生したことでしょ。」
ダメスエは続ける。
「アサッパラさんの言われる悪者にうってつけですよね。」
アサッパラも口を出す。
「ダメスエさん、恐らくあなたの思惑は私と同じだ。」
「オイケ首長。どうです、悪者はシャイナの集金兵で決まりでしょう。」
「私は、いえ、トキオ首長国としてはその線でいいわよ。多分しばらくは、アカクサやアラジュクにシャイナ人観光客はやって来ないでしょうけど。」
「首長、コロリの最中、外国人の受け入れなど所詮無理だ。オリンピックはどうせ無観客。全世界の観光客を入国させることが出来ないのだから、シャイナが癇しゃくを起こして自国民のヤパン入国を禁止しても何の影響もありません。」
「悪者に出来る背景はわかったけど、具体策はあるの?」
「シャイナ人観光客の、入国を禁止しましょう。理由は発生源のシャイナが発生原因の究明に非協力なこと。自ら開発したワクチンをアブリカ諸国には無償提供しているくせに、ヤパンには化粧品と交換でないと提供しないと威張っていること、ついでにヌイグル自治区で非人道的な弾圧が続いていること。いかがですか?」
「いいわね。発表は政府がすることだし、トキオ首長国が表に出ることはない。あの官房長官、どうせ長居はできない玉だから、大統領に代わって責任取ればいい。」
アサッパラも同意の構えだ。
「トキオがオリンピックを返上した場合に代替都市として開催を表明しているロンパリも、人道的見地からのシャイナへの強行措置を評価するはずです。オイローパ首長国全体としても、シャイナの非人道的な対応を以前から強く非難していますから、ヤパンの味方です。」
オイケも賛同する。
「最近政権交代のあった、一番の強国ヨーエスエーも必ず賛成するわ。」
翌日、政府とトキオ首長国の共同発表が行われた。
始めにガース大統領が挨拶をする。
「この度は、私の決断の遅れもあって、未だにコロリ感染症が蔓延していることに心からお詫び申し上げます。以上。」
続いてオイケ首長。
「トキオ市民の皆様にはご苦労をお掛けしますが、今は我慢です。去年からずっと言っていますが今は我慢です。路上飲みは止めましょう!以上。」
いつも穏やかなアトウ内閣官房長官、カリユシ基地負担軽減担当、拉致問題担当大臣が、神妙な面持ちでシャイナ批判を始める。
「我がヤパンは改めてシャイナを非難します。そして民間人のヤパン入国を当面の間、禁止するとともに次の経済制裁を行います。
1 .アニメキャラクターのフィギュア他類時商品の輸出禁止。
2 .フラーノ、ニセッコ地区にあるシャイナ人資産の凍結。
3 .キヨト、オサカ、フジヤマ地区へのシャイナ人の立ち入り禁止。
4 .シャイナ製電化製品、衣服、日用雑貨の輸入禁止
以上。」
記者たちの質問が始まる。
「官房長官、現在ヤパンにはシャイナ人どころか、他国の人間はコロリを嫌がって、入国制限を解除したにも関わらず、誰も来ない状況です。こんな状況の中でシャイナ人の立ち入り禁止に何の意味があるんですか?」
官房長官はキッパリと答える。
「表明することに意義があるんです。」
「長官、ですからどういう意義があるんですか?」
「君、記者会見で真実は言えないよ。」
別の記者が尋ねる。
「長官、シャイナからの輸入品の禁止で一番困るのはヤパン国民です。これは制裁じゃなくてヤパン国民への抑圧になりませんか?百均のガイソーやハイリスク・コーヤマの家電製品は殆どがシャイナ製ですが、品質も良くコスパ最高です。ここの商品が消えたら国民は高価で立派なペソナの電気圧力鍋を買わなくてはなりません。暴動が起きますよ。」
「私はヤパン国民の良識を信じています。」
「長官、ちょっと意味がわかりません。回答を逸らしていませんか。」
「私は極めて真面目に真摯に回答しています。」
翌日、ヤパンの同盟国ヨーエスエーとオイローパ首長国がヤパン支持を表明した。一方シャイナは、即座にヤパン批判を行い、良質なちょっとお手頃価格の商品のヤパンへの輸出禁止を発表した。
大統領官邸。
官房長官が慌てて執務室に駆け込んでくる。
「大統領、大変です。」
「アトウ君、どうしたんだね?百均のガイソーが民事再生法の適用を申請したことは知っているよ。大丈夫、ゼリアは輸入先を全てエトナム共和国に変えたらしいから。」
「違いますよ、大統領。オイローパが選手団の派遣を取りやめるそうです。」
「何だって?オイローパはこの前、我が国のシャイナに対する制裁措置を支持してくれたばかりじゃないか。理由は何だね?」
「もちろんコロリ感染症です。未だに自国でワクチンが開発できず、国民の大半がワクチン接種を受けていないような国に選手を派遣することはできないとのことです。」
「それじゃ、ボイコットじゃないか。先日、シャイナと仲良しの北商船民主主義人民共和国がボイコットしたばかりだが、オイローパがまさか同調するなんて信じられないが。」
「大統領、オイローパは「我々は友好国であるヤパンに対しボイコットはしない。国家元首のエリザベート3世も開会式には出席するし、元サッカー選手のゲッカムや歌手のエルトン・ピアフもイベントに参加する。」と言っていますら。」
「それはまたすごい理屈だな。」
「大統領、感心してる場合ではありませんよ。」
そこに外務大臣のコーノトリが顔を真っ赤にしてやってきた。
「大統領、いまヨーエスエーからオリンピックの参加者について連絡がありました。」
「まさかボイコットじゃないだろうな。」
「はい。ヤパンの同盟国であるヨーエスエーはボイコットも選手派遣中止もしないそうです。ただ…。」
「ただ何だね?」
「ただ派遣人数を削減するそうです?
「それは仕方のないことだろうな。どのくらいだね。」
「選手15人と言ってます。」
「そうか。致し方ない。逆にヨーエスエーの協力に感謝しないといかんな。」
「しかし大統領。15人というのは、同盟国としていかがなものですかね。」
「いや、確か500人前後の派遣人数だったはずだから15人なんて何の影響もないだろ。」
「大統領、違いますよ。15人です。たったの15人。」
「えっ、削減する人数じゃないのかね?」
「違います。参加人数です。」
「最初にはっきり言ってくれよ。もう少しでヨーエスエーに心から感謝するところだったじゃないか。」
「とにかく、ほぼボイコットの状態です。」
「しかし15人しか派遣しない理由をヨーエスエーは何と言ってるんだね?」
「感染防止のため、室内競技はすべてキャンセルだそうです。」
「半分以上は屋外競技だろう。」
「感染防止のため、団体競技もすべてキャンセルだそうです。」
「団体競技を除いたって、例えば陸上競技なんか、ほとんどが屋外の個人競技だろう。」
「感染防止のため、用具を使う競技はすべてキャンセルだそうです。恐らく投てき競技やバトンリレーやハードルではないかと。水上なんか、ヨットやカヌー、サーフィン、全て道具の上に乗っていますからね。」
「おいおい、ヨーエスエーはいったい何の競技に出場するんだね。」
「陸上の短・中・長距離に男女各々1名ずつ。マラソンと競歩に男女各々1名ずつ。スポーツクライミングに男女1名ずつ。スケートボードに女性2名、男性1名。それから、屋外競技に変更するのであればアーティスティックスイミングのソロの選手を派遣してもよい、と言ってます。」
「そんなの無理に決まってるだろう。
アーティスティックスイミングは我がヤパンのメダルがかかる大事な競技。新たに建設したトキオ・アクアティクスセンターで開催するに決まっている。
ヨーエスエーは本当に同盟国なのかね?」
「大統領、大変です。」
「今度は何処のボイコットかね?」
「財政赤字が続いているエージャン・ウロシア連邦が総勢300人の選手団の渡航費を負担してくれと。さもないと3万人の観光客を送り込むと言ってきました。」
「全く意味がわからんな。それは脅しになるのかね。」
「あそこが開発したコロリワクチンがかなり怪しいんですよ。現在、3ヶ月以内にワクチン接種した者は全世界どこでも入国フリーパスですが、どうもエージャン・ウルスア人からの二次感染が多発しているようなんです。なにせ国家元首自身が自国のワクチンを接種しないんですからね。」
「だから何なんだね?」
「いきなりウロシア人が3万人も入国したら、まだコロリが終息していない我が国では油に火を注ぐようなものです。」
「だからといって飛行機代を出せとは、なんてセコイ話だ。断固、断りたまえ。」
「ちなみにエージャン・ウロシアは代替案も用意して来ています。」
「どんなセコイ代替案なのかね?」
「彼らが得意なフィギュア・スケートを夏のオリンピックにしてくれたら、懸案だった領土問題を解決してもいい。ガース大統領の低迷している株も上がる筈だと言ってます。」
「それは検討の余地が十分あるな。おい、至急オリンピック担当大臣を呼んでくれ。」
1週間後、トキオシティ、シビア公園近くにあるエンペラーホテル。
ここでまた秘密会議が開かれている。
トキオのオイケ首長が刺々しい口調でガース大統領に迫る。
「大統領、あなた何を考えているんですか。いまトキオはエージャン・ウロシア人で溢れかえっていますよ。」
「そんなこと言われても、フィギュア・スケートの夏のオリンピックへの変更案が、スケート連盟会長アサ・ダマオの大反対にあって頓挫したし、かといってウロシア人選手だけ飛行機代おごる訳にもいかなかったんだから。」
「とにかく、ここ2週間のウロシア人観光客増大のおかげで感染者が倍増。トキオシティは第五波に突入しているんですよ。」
「私のせいじゃないよ。エージャン・ウロシア連邦とアサ・ダマオがいけないんだ。」
「大統領、誰が悪いかなんてどうでもいい。オリンピックの開催の是非を決定しなくては。」
隣席のアサッパラ秘書が追随する。
「アース星オリンピック委員会からも最後通牒が来ています。チュー・バッハ会長も親ヤパンではありますが、いっこうにコロリ改善の兆しが見えない状況に痺れを切らしたようです。一度キレたら銀河一の野獣だからフォースの力でもないと収まりませんよ。」
「だからどうすればいいんだね?私に決断力が無いのは知ってるだろう。」
横にいるダメスエ秘書が口を開いた。
「オイケ首長。決断しましょう。ここでの開催はあきらめましょう。」
ガース大統領が口を挟む。
「おいおい、我々は10年間、ロビー活動をしたんだ。バッハに何回お寿司を奢ったことか。56年振りのヤパン開催をそう簡単にあきらめてたまるものか。」
オイケ首長がテーブルを叩く。
「あなたは黙ってなさい。コロリ対策に失敗したあなたに何も言う資格はないわ。ダメスエさん、あなたが単純な返上を提案する訳ないわよね。いったいどんな策なの?」
ダメスエはニコリと笑みを浮かべて話す。
「私はオリンピック委員会を通じて、北の隣国、エージャン・ウロシア連邦とは太いパイプを持っています。特にウロシア連邦オリンピック委員会のブルシェンコ会長とは旧知の仲で、先日も愛犬マモルの子供2匹を、彼と愛人のザトギワさんに贈ったところです。」
「だから何なんだい。」
「大統領、ウロシア連邦に占領されている北方領土をトキオシティに編入できませんか?」
「どういうことだね?」
「あそこでオリンピックを開くんですよ。」
「しかし、あそこはウロシアの....。」
「戦争前からヤパン固有の領土でしょ。」
黙っている筈のガース大統領が口を挟む。
「固有の領土だとして、返還されたとして、でもあそこはエーゾ首長国のものだ。トキオシティになっちゃったら、ズズキ首長が黙っちゃいないでしょ。エーゾどころか周辺国の女性たちからも人気の高いズズキ首長を敵に回したら、私の人気はますます下がってしまう。」
オイケ首長が笑っていう。
「大統領、安心なさい。あなたの人気なんてゼロなんだから、これ以上さがりようが無いわ。ダメスエさん、ズズキ首長は元々はトキオシティの職員。私が圧力、いえ、説得するわ。」
ダメスエが軽くお辞儀をして続ける。
「ウルシア連邦にしてみればホームゲームでメダル量産。大会経費はヤパン持ち。
名を捨てて実を取ることを決断さえすればウロシアにデメリットはない。確かに北方領土は現在ウロシア連邦が占拠して統治しているが、住民は毎年年末には紅白雪合戦を観てるし、ヤパン語堪能だし、あそこでヤパン旗を掲げても違和感ないでしょう。」
「しかし、そうは言ってもそう易々と占領地を手放す訳がない。あちらがイエスと言える条件なんてあるのかしら?」
「オイケ首長、とりあえず短期間だけ返してもらいましょう!」
「短期間?」
「そうです。一定期間だけヤパンがウルシアから北方領土を返還するんですよ。」
オイケ首長が空を見上げながら確認する。
「要はオリンピックの期間だけ、土地を借りるという訳ね?」
「お言葉ですが、首長、あくまで返還です。
ヤパンとしては一定期間返して貰うんです。
ここは交渉になりますが、準備期間と撤退期間を考えて、1年間くらい返還してもらってはどうでしょう。
ウルシアの今の経済情勢を考えると、外貨はいくらでも欲しいはず。必ずうんと言うはずです。」
大統領が口を出す。
「ヤパンにはどんなメリットがあるんだね。トキオシティはオリンピックが開催できるから面目が保てるかもしれないが、オリンピックの費用は7割が国家予算だ。いずれウロシアに返す北方領土に多額の資金を費やすメリットが政府にあるのかね?」
「大統領、あなたはこのコロリ感染症の最中、オリンピックという国家事業を成功させた1番の功労者になります。次の大統領選での再選はほぼ確定。与党も磐石。
一年間の北方領土での住民への貢献が認められれば、ヤパン国民長年の夢であった恒久的全面返還への第一歩となるのは確実です。」
ガース大統領が少し笑みを浮かべる。
「あのアンべ大統領もオトヤマ大統領もなせなかった領土返還か。」
オイケ首長の秘書、アサッパラが発言する。
「実は、私もウルシア連邦の副大統領、ボボカとは陸上競技を通して先代から家族ぐるみの付き合いで、彼は一時貸与での開催なら全面的に支持すると言っています。」
オイケ首長も乗り気だ。
「北方領土が全てトキオシティに編入されるなら、トキオ市民も承諾するでしょう。
施設だけでなく、住民の環境整備にも尽力しますよ。」
「これで決まりだ。トキオオリンピックは無事開催。」
オイケ首長が大統領に言う。
「大統領、ズズキ首長にはよろしくね。北方領土は全部トキオだって納得させてね。」
「えっ?あなたが説得するんじゃなかったのかね。」
「だから、いつでも助けてあげるわよ。」
「私は助けてもらうのか?」
「とにかく功労者のダメスエさんの給料、上げてあげなさいよ。」
オイケ首長の高笑いは止まらない。
半年後、トキオオリンピックは、トキオシティから1.000km以上離れた北の大地で無事開催された。オイローパの選手派遣見送り、ヨーエスエーの派遣大幅削減、シャイナへの制裁措置の結果、メダルはヤパンとウロシアがしこたま奪取する形となり、両国のみが満足する、ある意味オリンピック史に残る大会となった。
ウルシア連邦は「返還」という言葉の不使用を誇示したため「貸与」という言葉に変更するハメになったが、交換条件として貸与期間が99年に伸びた。北方領土はトキオの潤沢な資金とザーマ・カリユシから移転したヨーエスエー海軍・空軍基地の設置によりヤパンで一番裕福な地域となった。
その後の政争は知るよしもない。
なお、重ねて言うが、これは、遠い昔はるか彼方の銀河系の出来事である。
(SF映画のテーマ曲が流れる。)
ジャーン、ジャーン、
ジャジャジャジャーンジャン、
ジャジャジャジャーンジャン、
ジャジャジャジャーン。
to be continue