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その五

番外編、これにて終了です。

拙作へのお立ち寄り

本当にありがとうございます。

 医大病院を出てから、1990年の東京の彼方此方で寄り道をしながら、夕方になって八王子に戻ってきた。

 夕方にもなれば、暖かだった都心に比べて、肌寒さを感じる12月の八王子だったが、空には夕焼け空が広がっていて、明日も爽やかで良い天気が続きそうな気配はしている。


 “害獣事件” の影響で、都心に向かうJRが未だ不通のままだったので、自宅とはJRの駅を挟んだら反対方向になってしまう京王八王子駅から、徒歩で2倍以上の時間が掛かる家路を辿るのは本来ならば面倒なことだが、今は1990年の想い出に浸れているので、そんなに嫌な気はしない。

 2度と見ることは無かったはずの風景を、忘れないように、心残りの無いようにと、一つ一つ大事に実感しながら歩いているので、時間は全く気にならなかった。

 私の自宅は、JR八王子駅の北口を背にして左手に伸びる西放射線通りの商店街を抜け、甲州街道と環状16号線の交差点を北側に渡ってから何度か右折左折を繰り返し、2027年では公園整備されているはずだが1990年では草茫々のままの浅川河川敷に出る少し手前に建つ賃貸アパートの2階である。


 「ふう。」


 帰宅して、コンビニで買った夕食を一旦居間のローテーブルに放り出し、ダウンジャケットを脱いでから、一番奥にある寝室に入ってベッドに寝転がった。

 自室の間取りは2DK、ユニットバス、全室フローリング、出窓付き。

 八王子にあるという立地に目を瞑れば当時にしてはけっこうオシャレめな部屋であり、ここに川崎市多摩区生田に引っ込すまでの間を暮らすことになる? はずである。

 住み心地は悪くない。

 悪くは無いのだが、どうにも慣れないことが多くある。

 何といってもパソコンが無いのが辛い。

 ワープロ専用機はあるが、単なるタイプライター以上の使い道がない。

 テレビはアナログ地上波、BSは国営放送のみ。

 音楽を聴くときはレコードかCDを一々セットしなければならないし、カーオーディオ用にコピーする時はカセットテープしかなく、演奏時間分の手間が掛かる。


 「1990年って、こんなに不自由だったっけ? 」


 溜息を吐きながら、枕元に転がっていた固定電話の子機を取り、留守電を聞くことにした。

 これも2027年では、忘れていた習慣である。


 『1件です』


 ICに録音された既成の自動音声が聴こえたので、再生のためシャープボタンを押した。


 『ミノル君。』


 叔母の声だった。

 その声を聴いて、昼に会った叔父の衰弱した姿が頭を過った。

 一瞬、辛くなって思わずメッセージを停止しそうになったが、逃げちゃダメだと自分に言い聞かせ、再生を続けた。


 『ミノル君がお見舞いに来てくれて、あの人、とても喜んでいたわ。私も嬉しかった。本当にありがとう。また来て欲しいけど、あの人のあんな姿を見たらミノル君も辛くなっちゃうよね。

 だから、無理に来てとは言わないから、もし気が向いたら、また顔を出してね。

 ところで、電話したのは、あの人が突然思い出したように、“ミノルに伝え忘れたことがある” って言いだしたからなの。

 最近、すごく昔のことを思い出して話をすることがあって、私たちもその度に戸惑うことも多いんだけど。これも、そのうちの一つなのかな? 

 それでね、あの人が言うの。“俺はもう聞いてやれそうにないから、お前が代わりにミノルの話を聞いてやってくれ” って。

 何のことか尋ねてみたら、それは言わないって言うの。でも、“俺はミノルに約束したから” って言い張るのよね。

 そして、“あいつは我慢して黙っているけど、一人で全部胸にしまっとこうとしてるけど、それは良いことじゃない。ホントのことを誰かに伝えたいに決まってるんだ。いつか、それを俺が聞いてやるつもりだったんだけど、もう無理かもしれないからな。” って言ってたわ。

 ミノル君、何のことか知ってる? もし知ってて、私があの人の代わりに聞いてあげられることがあるなら、いつでも聞いてあげるから、いつでも言ってね。

 それじゃ、またね。今日は、本当にありがとう。』


 少し間を置いてから、『メッセージは以上です』との自動音声が聴こえた。


「叔父さん・・・ 」


 思わず呟きが漏れた。

 胸が締め付けられ、全身の血が熱くなっていく感じがした。

 それは、私が小学4年の頃の話ではないか。

 既にあの時の一件は、叔父が勉強部屋まで訪ねてきたくれたおかげで、私の中では解決してしまっていた話ではないか。

 もう、とうの昔に、叔父さんに救ってもらったじゃないか。

 私は既に大人になってしまっているのに。

 あれは子どもの頃に起きた様々な出来事の一つとして、遠い記憶になってしまっているのに。

 どうして、今、そんなことを言うんだよ。


 「そんな昔の話、叔父さんは、あんな昔のことを、ずっと忘れずに気に掛けてくれていたのか? 」


 私の手から離れた子機が、ベッドの下に敷いたカーペットの上に落ちて転がった。

 それを拾おうともせずに、私は両手で顔を覆った。


 「叔父さんに、俺も伝え忘れたことがあったよ。」


 だから、もう一度会いに行かなきゃならない。

 叔父の衰弱している姿を見るのか辛いとか、そんなことを思っていた自分が恥ずかしい。

 叔父は死を目前にしていても昔と何も変わっていない。

 私の信頼すべき大人の代表格。

 私を気に掛けてくれて、私の気持ちを一番理解してくれていたヒーローだった頃と変わっていない。

 そんな叔父に伝えなければならないことがある。

 私の運命が、私を1990年に遡行させてくれたことに感謝したい。

 今なら間に合う。

 まだ、一カ月もあるじゃないか。


 「ありがとう。」


 その一言を伝えることができる。

 何度でも伝えられる。

 それが嬉しくてたまらない。


 「あれ、私は泣いてるのか? 」


 2027年では感情の起伏に乏しく、

 人間関係に執着の無かったはずの私が、

 泣けなかったはずの私が、

 今は顔中をクシャクシャにして、涙に濡れまくっている。

 込み上げてくる止まらない嗚咽が、いつの間にか声になっていた。

 声を上げて泣くなんて、いつ以来のことだろうか。


 「そっか、泣けるんだ。」


 こんな小さく、些細で、個人的なことも含めて、

 未来は少しづつ変わっていくのかも知れない。

 変えていけるのかもしれない。

今後とも本編の


「癌で余命宣告された私が時を遡って、美少女を助けたり、仲間と一緒に怪獣と戦ったりするお話 ~ RETROACTIVE 1990」


を、よろしくお願いいたします。



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