如月の巻(四)
シイ・ズウ・ノーダ・マッキーは考えました。心に迫る歌詞は、鼻をほじりながら生まれるものなんじゃないの? 真剣になって「良質の歌詞を」と思い詰めるよりも、軽い気持ちでさらさらさらって書けば、それっぽくなるんだよ。鼻ほじる年頃じゃないので、ノーダ・マッキーは孫の手で背中と臀部を掻きながら、ルーズリーフにボールペンを走らせました。
空が青く見えるのは 君が新鮮だからなんだぜ
食べごろの僕を ほら いただきます
ノーダ・マッキー、プレゼンツ「俺の賞味期限は君しだい」どう? 傑作でしょう?
如月二十四日 ペンネームは、戦士鬼人
「おだまき氏、おだまき氏」
どきっとしました。共同研究室には僕ひとりだと、ずっと思っていたのです。卒論も落ち着きましたし、来月の登校日までは1回生から3回生はここを訪れないだろうと。僕を呼んだのは、3回生の上田威空さんでした。ごめんね、真っ赤なルージュが、これまたホラーな雰囲気を醸し出していたもので、僕、ビビったのよ。
「根を詰めすぎては、いかんぞい。ん」
蟹の爪みたいな短いツインテールの上田さんは、A4サイズ用紙の束を僕の前に置きました。
「息抜きに読んでみるといいぞい。戦士鬼人の人気作だぞえ。ん」
新進気鋭のネット小説作家だそうです。プロじゃなくても、自分の書いた作品を読んでもらえる時代になったのか……。それじゃあ、僕のさ、ボブカット乙女との淡い恋物語を投稿してみたら意外とウケるかしら。講義で発表したら問題作だったけれど、時間があればやってみたいな。
「別に、すぐ感想をもらいたいとは、思ってなんかおらんぞい。おだまき氏のタイミングで、構わんよ」
上田さんに「いつでもいいよ」と言われると「はい! ただいま!!」とお答えしたくなるのが恐ろしい。あんさん、モテるで。
戦士鬼人作『カモルノ・マスライナの自由な恋愛』ね。ふむ、建国以来、平和が続くコ・クガーク王国の次期女王、カモルノ・マスライナの婚約者を全世界に募ることとなった。数百万人の婚約希望者に、試練を与えたところ、2人が生き残った。試練えぐすぎやろ。全裸で逆立ちして城の周りを百周しろ、が予選? 選定委員会、とち狂っているぞ。
生き残った2人とは、王国の最高裁判事、ユーヒー・モットールと、どこの馬の骨か分からない庶民、イソル・ウエーダ。権力と金でマスライナを支配しようとするモットール判事と、何の力も無いけれどマスライナに寄せる愛は最大級のウエーダ。マスライナは選ぶのは、どっち? え!? どっちも破棄すんの!? マスライナ、高飛車じゃないの!? いい女なのかは知らんけれど、過酷な試練をやっといて結婚しませんは違うんじゃありませんこと!?
「ここまでは、第一部だぞい。第二部もやっとおる、ん」
あいよ……。拒否されたウエーダは、マスライナを諦めきれず説得に向かう。それを快く思わないモットール判事は、4人の刺客をけしかけて、ウエーダの恋路を阻む。あの、刺客の方々ってさ……。
「化学スパイのコードネーム113、爆薬の申し子ミスター・ファイヤーワークス、変装の達人Y・アキオ、失われたと偽装されたジパングの朝廷の指導者フミコ、強者ぞろいでっせ」
戦士鬼人て、上田さんではないのですか? へたに訊かないでおいて、読んでいくか。困窮した生活を乗り越えてきたウエーダは、そのサバイバル知識と体力で刺客をやっつけ、マスライナのもとへ辿り着く。決死の土下座でマスライナの心が揺らぎそうになったのだが、モットール判事がマスライナを「謀叛者」の罪を着せようと動き……。
「第三部の投稿が、止まっているんだぞい。おだまき氏は、どんな展開を希望するかね。ん」
そうさなあ…………。ウエーダが踊って、万事ハッピーな方向へ結んでいけば、この混沌としたストーリーを緩和できるのでは? 某国の映画みたいに、敵も味方も踊りまくってアッハッハーとね。すみません、作者の苦しみを察していないような発言で。
「戦士鬼人に伝えておくぞい。おだまき氏は、創作の神なり! ん」
用紙をひったくるように取って、上田さんはドタドタ廊下を駆け抜けてゆきました。
『カモルノ・マスライナの自由な恋愛』は、ディープなファンには大ヒットしたそうです。ガムランを叩いて自ら踊ってみせるウエーダに、皆つられて踊り、国の利益や、恋の打算、その他もろもろの憂い事は吹っ飛んでいき、マスライナ、ウエーダ、モットール、4人の刺客、コ・クガーク王国、他国はいつまでも幸せにシャカシャカ踊りましたとさ。
あとがき(めいたもの)
問:戦士鬼人の新作が出ると聞いたのですが、本当ですか。
答:『国学四天王・マスラオー』です。王道の格闘コメディだそうです。
※戦士鬼人の元ネタは「剪枝畸人」です。誰の別名だって……? それは…………だめ、あまりにもスキャンダラスで、言えない!
改めまして、八十島そらです。学生の多数は「クラスが一緒だから」「部活が一緒だから」という理由で「友達」と認識するようですが、あくまで多数なので、別に同じクラスだから、同じ部活だから「友達」でいる必要は無い人もいるわけです。ですが、多数決の世の中ですから、それが社会人になっても延長してしまい「同じ会社だから」「同じ部署だから」「同じ組合だから」というだけの理由で「俺たち/私たち、友達だよね、仲間だよね」という意識が消えなくなります。群れていないと、落ち着かないのでしょう。あぶれてしまうと「さもしい人間」「残念な人」だと指さされるのが怖いのでしょう。私は、少数派の心情にも、傾けられる耳を、表現できる力を、持ち続けていたいです。




