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師走の巻(二)

 嫁ーガーは、敵を作りやすいタイプの人間でありまして。嫌われる行動をとっているわけではないのです。嫁ーガーが自分から「仮想の」敵を生み出すのです。職場の人について、ちょっとしたところが気になったら、「あいつはこれこれこういうところで私に対抗しようとしている」や「あれこれそういう理由だからあいつは私を逆恨みしているんだ」と苦しい妄想をしています。癖というものは、なかなか直せないので、僕は無理に「やめなさい」とは言えませんが、聞き続けていて僕が攻撃されているんじゃないかと胸に痛みを感じます。全体の奉仕者であり、厳しい競争に勝ち残った人々は、意外にも自分に甘すぎるそうです。人倫に外れることを平気でやってのけるのだとか。僕、そんな人達にせっせと税を納めているのか。ちょっとは空満(そらみつ)を良くしてくれる政策をやっているのなら、不満は減るのですけれど。


  師走八日 万年筆を動かしているだけなのに、長い距離を泳ぐか走っているみたいなんだ。

 この週間がついに来てしまった。卒業論文提出期間です! 四回生にとっては、大きなイベントですよ。今まで学んできたこと、やりたかったテーマへの情熱、資料探しに流した汗、就職活動など学校の外でも傷ついてこぼした涙、一部では先生に打たれた「お言葉の鞭」による精神的ダメージ……が形になった縦書き原稿用紙の束を、この一週間に学生課の窓口へ出すのです。倭文野(しずの)も数年前に、赤いバスタオルをマフラーにして鼻水たらして「お願いします」と、職員さんに手渡ししましたよ。

 昨日から始まっておりますが、日本文学国語学科で一番に出したのは、額田(ぬかた)きみえさんでした。うん、予想通りですね。宗教学科の人に先を越されたとのことで、少し悔しがっていました。まあ、順番を競うものではないし、睦月の口頭試問が本当の戦いだから、一旦落ち着こう。お疲れちゃん!

 提出期間内の共同研究室は、三回生以下の学生さんの入室を遠慮してもらっています。なぜだろう、僕の現役時代、そのまた昔からそうなっているんだよな。修正作業と最終確認で四回生がほとんど詰めていて、ぴりぴりしているから妙な刺激を与えないようにするため、でしょうか? 僕も修正作業のお手伝いしています。空満大学の文学部は、卒業論文は指定の原稿用紙で提出する決まりなのです。三文字程度のミスがあった時、ミスした箇所に修正液を塗るかテープを貼って(テープの方が乾かす手間が省けるのでおすすめ)、その上にミスした分のマスをのりでくっつけて、新たに書きます。修正のために使うマスは、歴代の四回生が余らせた原稿用紙または早めに提出した同級生の持っているものを拝借しています。はさみでマスの線より数ミリくらい外側を切ってね、一から三マス量産してあげるのですよ。レアものとして、一行分のマスを若干、用意しています。空き箱に「一マス」 ・ 「二マス」 ・ 「三マス」 ・ 「その他」と分けて、共同研究室中央の机に設置! そしたらもう、奪い合いですよ。昼ぐらいに、二マスが無くなって、顔を真っ青にしていた人がいたから先生を巻き込んで作りました。宇治先生、ご協力ありがとうございました。

 急いでいるいないに関わらず、間違いをおかしてしまうんだよな。倭文野くんは、五行ぐらい書いて気分が乗りはじめたら、下書きとかなりずれてしまい、その一枚を処分して書き直していました。原稿用紙ね、五十枚セットで300円ぐらいしたかな。基本は縦書き用、横書きは国語学で書く人が使うことが多いかな。僕、最初に間違えて横書きを買ってしまって、購買部の前で四つん這いになっていたら、心優しい国語学ゼミのおなごが、トレードしてくれたのですよ。「あのね、私、うっかり『縦書き』にしちゃったから……助かりました」むひゅううううううううう! つい両手を握って「ありがとう」連発したよね、アスファルトに接吻したよね、三回まわって遠吠えしたよね。まいまい (あだ名) さん、あなたのご恩は墓場の下でも覚えておくぜ。まいまいさん、今はどうしているのでしょうか。日文で共にマスを貼りあった仲間の近況が、知りたい。卒業してそんなに経っていないから、同窓会の話がまだ出ていないのです。皆に会いたいよ。仲良かった学科団のあいつに、電話かけてみようかしら。

あとがき(めいたもの)

問:倭文野さんは、卒業論文は提出期間のどのあたりに出しましたか。

答:最終日です。初日に提出しようとしたらゼミの先生に「そや、この章なんやがな、わたしの指導がちと足りてなかったさかい、大幅に加筆修正や」とえげつないことを言われたもので、泣きべそかいて提出済の同志に助けてもらいつつ間に合いました。


 改めまして、八十島そらです。万年筆でお話を書いていたことがありました。形から入りたかったのです。文豪の真似事をしてみたかったのです。言葉通り「筆を折る」なんてしたら、万年筆の場合、インクが飛沫をあげそうですので、絶対にしません。まだまだ筆は折れません。

 卒業論文は、提出したらはいおしまい、ではないのです。忘れた頃に、先生方からの質問責めが行われるのです。どの先生が来てもいいように、某育成ゲームの訓練場や四天王の対策みたいに、手持ちと属性の相性をですね(以下略)。作戦を練るのが本番より楽しい、悪趣味な八十島でございます。

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