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霜月の巻(四)

 かなり怖い夢を見ました。通勤中、空満本通りでおじさんの悲鳴が聞こえたのです。こっちに向かって、おじさんと、その他通行していた人が数人、半狂乱になって走ってくるではないですか。逃げるべきだ、と脳が命令してきます。果物ナイフを握りしめた男が、誰でもいいから切りつけようと、目をぎらぎらさせて走っていたのです。

 夢でも出くわしたくない状況、僕も周りにならって逃げました。だけれど、夢特有のだるさが、僕を俊敏に動かしてくれません。肉がいっぱいついているからね、とか冗談言ってられなかったのですよ。僕は皆についていけず、ナイフの男に獲物認定されました。振り返ると、口ひげがだらしない、やせぎすの男が、目をむき、よだれを垂らして切っ先を僕の胸に向けて、まっすぐ下ろしました。現実じゃないのに、刺されるって、どれだけ不運なんだよ。夢で刃物見せられてショックなのだから、こんなこと本当に起きたら外に出歩くのが、吐きそうになりますよ。

 倭文野、凶刃に倒れるかと思いきや、間一髪で助かりました。なんと、腹巻きをした白髪のおやっさんが、日本刀を二本 (ギャグじゃないですよ) 持って、食い止めてくれたのです。おやっさんは、その筋の達人だったのか、兵役の経験があったのか、ナイフの男を瞬時に気絶させたのです。頭を強く打たれたみたいで、男はのびていました。柄で叩いたのかな。速すぎて、どうおとなしくさせたのか、分かりませんでした。おやっさん、ありがとう。

 刺される夢は、運命を切り開く良い夢らしいですよ。いろいろ解釈はあるみたいですが、プラスな方に考えておきたいでしょう? ついでに、その夜だけ、僕は枕の代わりに漫画本を敷いて寝ていました。『元陸軍兵士のおじいさまに忘れられない初恋の娘に見間違われて困っています!? ~恋人は二刀流のオールド・ボーイ~』ベタ惚れ恋物語が好きで、悪いか!


   霜月二十五日 金糸雀と錦糸卵、どちらも黄色くて、うまいでしょう。

 「足袋」と書いて、たび。「金糸雀」と書いて、カナリア。普段と違う読みをする漢字の組み合わせに、倭文野、舌に甘酸っぱい味が広がります。

 今日は、僕、一時間早退きをもらいました。帰る三十分くらい前に、三回生の上田(うえだ)()(そら)さんにトレーナーの端っこを引っぱられ、びっくりしましたら「ちょっと言わせてもらうぞい」と。蟹を想像させる短めのツインテールに、草食な男を本気にさせてしまう小悪魔な服装のキューティな娘さんなのですが、声はなかなかダンディで、おじさん言葉というギャップがまた、ガチな恋をコミカルな恋にさせてしまう、倭文野の中ではジワジワきている学生さんです。

「真淵先生は、わしと本居氏、どちらがタイプやと思うかね? ん」

 うほー、小学生くらいに流れていたコマーシャルが脳内で再生されたわ。恋する乙女のためのシャンプーとリンス、色気か愛嬌か? だったと覚えています。()(ぶち)丈夫(ますらお)先生か……上田さんと本居(もとおり)夕陽(ゆうひ)さん (日文二回生です) の二択? それ、僕が答えても差し支えない質問ですか?

「わしの魅力は、本居氏に(まさ)っていると確信しておうる。ん」

 蟹爪デザインのボールペンを指先で器用に回し、上田さんは自信を持って言いました。み……魅力ですと。上田さんは、父性を刺激する感じでしょう。お家に持って帰って大事にお世話したくなるような、お人形さん。本居さんは、あれは……男として、戴きたくなるような据え膳系だ。で、でも、なんだかそれは逮捕されそうだから、お母さんになってもらって、養ってもらうので妥協せざるを……おい倭文野、おまえというやつは。

「およおよ。おだまき氏、わしでは真淵先生に釣り合わないのかね。わしは、幼女だから無理だと。そうか、養子になればいけるとみた。ん」

 よよよよよよよよよよよよよよよよ、養子!? なにそれ、この子怖い。いや、真淵先生結婚されてないですけれど。あれ? 養子は未婚でもなれるのか? カミさんはそこらへん詳しいから、訊いてみるか(職場で児童福祉担当なのです)。養子は、なにかと届け出が大変そうじゃない? 先生あんまり嬉しくないよ。正攻法で、想いを言葉にした方が、健全ですよ。

「それができないから相談しておろう。最近、本居氏の抜け駆けが目立つ。わしは全力をもって止めたいんだぞえ」

 抜け駆け……しているのかな。真淵先生、本居さんを「夕陽さん」呼びしていましたね。あれは、名字より名前の方を先に記憶してしまったから、抜けきれないとか、卯月の花見の会で仰っていたかも。でも、上田さんは真淵先生の講義、今のところ全部取っているじゃないのよ。近づけるチャンスは、ごろごろあるのにね。

「かくなるうえは、ヘアゴムを黄色リボンに換えるか。本居氏と見紛わせて、あわよくば『威空さん』と呼ばせよう。ん」

 本居さんのファッションを真似したところで……。上田さんは、上田さんのスタイルを貫けば、真淵先生を振り向かせることできると思うけれど。上田さん……愛くるしい顔していますよ。ワインレッドやカーマインのはっきりした色に飲まれていないから。メイクも…………赤リップ、いかしているじゃありませんか。僕、一日だけ別の人になれるなら、上田さんを選びますよ?

「恩に着るぞい、おだまき氏」

 上田さんの心が晴れやかになれたなら、僕は嬉しいですよ。恋する人は、応援したくなってしまうんだ。毎日燃えているじゃないですか。誰かのために、あれこれ考えて、行動してみて、お友達とかに相談して、また頑張る。夫婦になっても、カミさんには、恋してます。


 ところで、真淵先生は、いつも何を追いかけているのでしょうか。

 歌を思い出せなくて捨てられた金糸雀が、主人を探すように。

あとがき(めいたもの)

問:倭文野さんは、自販機のコーンポタージュとおしるこ、どちら派ですか。

答:究極の選択に丸一日悩んだ結果、おでん軍へ裏切りました。大根とこんにゃくは、カロリーゼロだから、いくら食べても太らないよね!


 クラリネットおじさんとヴァイオリンお姉さんと音楽の化身ピアニストが、遅刻ばかりの駅員さんと世界の恋人とカルチャーセンターのなんでもおじさんと、共演をしているじゃないか。こ、こいつは冬から縁起がええぞえ。……そういえば、学報、今年は発行されないのだろうか。いつか、ちょっとした文章を載せていただくことを夢見ているのだが。


 …………すみません、内々のことをひとり語りをしておりました。改めまして、八十島そらです。

 先日、公園のベンチにて執筆しておりました。海苔みたいな襟巻きと、温かいレモン飲料で小一時間キーボードを叩いていました。急に暑くなったり寒くなったり、間の「ちょうどいい」ところが来なくて、身の回りの仕度に頭を抱えております。

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