卯月の巻(二)
桜とは、なんと儚い花なのでしょうか。ついこの間までは、満開だったのが、1週間経つとほとんど散ってしまっていて、代わりに小さな葉がついていて、ものさびしい様になっていたのですよ。盛んな時というのは、長くは続かないぞと教えてくれているようです。
3回生だったでしょうか、日本文学国語学会の会報で、『櫻史』が紹介されていたのです。先生方によるリレーエッセイのようなコーナーなんですが、どなただったか記憶が飛んでしまっているのです。実物を見ればいいのですが、僕、面倒くさがりなのでつい後回しにしてしまうのですよね。明日確認します!
話を戻して、と。当時、文学青年に僕はなる! と気合い入りまくっていた倭文野くんはバカ真面目に『櫻史』を借りにキャンパスを走りだしたのですね。図書室には置いていなかった例の本は、なんと敷居の高い「附属空満図書館」にしかなかったのですよ。巻物や江戸期の資料が収められている場所に『櫻史』が。なにも初めてじゃないのに、妙に緊張してしまって。1回生の講義で、大学施設案内として出入りしてきたというのにね。あの頃は、ウブだったのですよ。何もかも。スタッフさんに借り方を手取り足取り教えてもらいながら借りた『櫻史』は……ちんぷんかんぷんでした。万葉集の時代(上代、といいます)から現代(といっても昔書かれたものなので、そこまで最近ではない)まで、人と桜との関わりについて記されていた、と思います。読み終わるまでかかった期間は、2ヶ月。延滞していました、この場をお借りしてお詫び申し上げます。空満図書館のスタッフさんは、寛大なお方なので笑って「次は早よ返せよ」で許してくださいます。
サンチマンタリスムを誘う桜のためにも、日記を続けましょうか。今、1・2回生の間で「サンチマンタリスム」が流行しているのですよね。講義で変わった言葉を知ると、なんでもかんでも使いたくなる気持ち、わかるなー。僕の世代は「品詞分解」でした。「おまえ、品詞分解できるのか!?」「野郎、こうなったら戦争だ品詞分解してやる」という感じに。誤用なので、真似しないように!
卯月九日 「雅」の洗礼
さて、前期の講義が今週から始まりました。新入生にとって、初めての「大学生らしいこと」ですね。
ふふふふふ、新入生諸君、驚きたまえ。前期の日文必修科目には、避けて通れぬ「あれ」が待ち受けているのだ、ふはははは! それが、「日本文学概論A」だ! どうだ、まいったか! ……偉そうにいって新参者にボコボコにされる噛ませ犬役、のつもりでした。おふざけもそこそこにしておきますね。
日文でこれから勉強するために最低限わかっておかなければならない知識をここで身につけるんですけど、担当の先生が第1回目のガイダンスで必ず仰ることがあるんですよ。
「わたしは、『雅』そのものですからな。そちらは、下﨟や」
これね、僕も現役時代、先輩に半ばおどされるように教えられましたよ。絶対に先生が「おまいらは下﨟」て言うからね! 負けるなよ、単位もぎ取れよ、テスト簡単だぞ、毎年同じ問題だからな、おれらが答えみせてやるから心配すんなよ、とね。
担当の先生は、土御門隆彬先生、中古文学(『源氏物語』や『伊勢物語』の時代です)が専門分野です。四十年以上、日文で教鞭をとられています。いつも赤いネクタイをされ、「雅」と毛筆で豪快に書かれた扇を広げていらっしゃいます。
「雅」そのもの、はあながち間違いではないそうなのです。土御門先生は、華族でして、古都「陣堂」の宮中に住まわれています。天皇制は過去のものですが、宮中は機能を続けていまして、先生はそこで教育を担当されるそれは高い身分でいらっしゃる方(ご本人談)なのですって。ここだけの話ですが、お若い時はふさふさとした髪をなびかせていたとか。
え、現在? そ、そんな畏れ多いこと言えないじゃないですか。ええ、輝かしい頭をされていますよ。磨きがかかっています。もうこれ以上は、懇切丁寧に説明しなくても、察していただけますよね。あごひげは、ふさふさしていますよ。ね、誰か背後に回ってくるかとおびえているので、ここまでにします。
第1回目の感想は、だいたいの学生さんが
「なんか個性どぎついおじいちゃん先生だった」
「強烈なジョークかまされた」
なのです。僕も多数派の仲間でした。今月は、まだ慣れていないのか、遠慮しがちなのか共同研究室に訪れる新入生はいないのですが、キャンパスを歩いているとそんな声を拾います。毎年、人は変わるけど、変わらないものも確かにあるのですね。なるほど、僕も年をとったというわけだ。あと5年で三十路だからね。
変わる、といえば。和歌では、自然は不変のもの、人の世は移ろうもの、という表現をよくするのですが、それを逆手にとった歌もあるんです。
いま見ている月は去年の月じゃないのか、
この春は、去年の春と同じじゃないのか、
私の身だけが元のまま変わらないでいて、他は変わってしまったように思う。
「中古文学研究A」で最初に教わったものです。この講義も土御門先生が担当されています。解説が終わったらお花見に連れて行ってくださるのですよ。今年もあるのかな。楽しみなのは、桜じゃなくて、先生が宮中から持ってきてくださったお団子なのですけれどね。花よりなんとやら、ですね。
あとがき(めいたもの)
問:日本文学国語学科の共同研究室は空満大学のどこにありますか。
答:空満大学国原キャンパスの研究棟、2階にあります。
ドアの前に、十二単のデフォルメされたおなごが「ようこそ」というフリップを持っているポスターが貼ってあります。
改めまして、八十島そらです。桜が舞い散る様子を、窓ごしに眺めておりました。
春は、陽気がきつすぎなくて、空の色も淡くて心やすらぎますね。
お散歩に行けたらいいのですが、私の身体では10分が活動限界です。床に伏せっていた生活が長いと、なにかと不自由します。
次回も、乞うご期待、です。




