第一話 最強の魔術師、ただし喪女
公爵家の長女として生まれた私は大層ちやほやされて育てられたらしい。
若草色の髪は豊穣の女神のようだと持て囃され、本を読めば「将来は大魔術師だな」と褒められて。
まあ、それだけ聞くと大層傲慢な娘に育つだろうと考えられるのだが少しだけ待ってほしい。
かの伝説の豊穣の女神のようだ、将来は大魔術師だといわれたのであれば、その期待に応えましょうお父様。
物心ついた私は家中の魔術書を読み漁るだけでは飽き足らず、王立図書館の魔術書にも手を出した。
禁書庫にも不法侵入した、まさに「魔術の申し子」と称するに相応しく7歳にして宮廷魔術師に肩を並べるほどの実力を得たのだった。
俗にいう「天才型」だったのかもしれない。1/300を引いたご両親おめでとう。でもまあリアルだとそれ以下の可能性なのかもな。
こうして「豊穣の女神のような容貌の魔術の才媛」という最高に痛い肩書をゲットするはずだったのだが10歳になる頃には悲しい事実が発覚してくる。
生まれて数年は髪の色が明るい子供っていますよね。加えて成長期に本の虫をしてしまうと視力って悪くなりますよね。
髪の色は苔か藻のような深い緑色に変化し、瓶底のように分厚いレンズの眼鏡がなければ何も見えない程のド近眼。
それが10歳の私、ダナン公爵家の令嬢クロエ・ダナンだった。
ちなみにいうとコミュ障で、「この令嬢がヤバい!ランキング」2位にランクインした。なんだこれ。
クロエ・ダナンは傲慢ではなかったし、誰かを虐める悪役令嬢ムーブもかましていない。
ただただ無関心を決めこんで、読書と魔術の研鑽に精を出していただけ。
ではここでいう「私」とは何で誰なのか。
私はクロエ・ダナンが11歳の時より、クロエ・ダナンをしている19歳の大学生である。
何がどうなって11歳のクロエ・ダナンになったのかはわからないし、クロエ・ダナンがどこにいったのかすらわからない。
目を覚ましたら心配そうにこちらを覗き込む、ダナン公爵と公爵夫人の顔は今でもよく覚えている。
名前をたくさん呼ばれて抱きしめられたが、私はクロエ・ダナンの記憶をぼんやりとしか引き継いでいない。
THE貴族っぽい屋敷の内装、THE貴族みたいな服装の両親、あとたくさんのメイド。
それらがよくある剣と魔法のファンタジー世界であることを訴えかけてきて、なんとなく私は理解したのだ。
「11歳の異世界の少女に転生した」という事実を。
クロエ・ダナンになった私は記憶喪失として処理された。
見た目はどうであれ、魔術の申し子で才媛な私が記憶喪失になったのは国としても痛手である。
はじめはたくさんの医者や魔術師がやってきて、クロエ・ダナンの記憶と魔術の才を復活させようと手を施したが全て徒労に終わった。
いまはのんびりと窓の外を見て、お菓子を食べて、「剣と魔法のファンタジー世界だぁ」などと考えて一日が終わる。
率直に言って退屈だった。
貴族的なルールや作法なんては知るか。箸の扱いが上手だねって褒められることはないが、こんなファンタジー世界では役立たずの死にスキルだ。
それに本に書いてあることはチンプンカンプン。この世界の文字はよくわからない。一から学ぶ必要があるとか面倒だと思う。
出される菓子は美味しかったけれど、時々鯛焼きみたいな菓子が懐かしくなる。我、和菓子ヲ所望ス。
すなわち私は帰りたかった。肩身が狭すぎて辛い。
知らんおっさん(公爵)と美魔女(公爵夫人)は私を見るたびに悲しそうな顔をするのだからね。
そりゃ齢7つにして国宝級の魔術師だったのだからね。
人間国宝がボケればインターネットの掲示板に「【悲報】人間国宝○○さん、ボケる」なんてスレッドが上がるだろう。それと一緒だ。
頼むーッ! クロエーッ! 早く戻ってきてくれーッ! ……と何度星に願ったことか。
あと大学の単位はどうなるのか。つか入学したばっかりなのにこの仕打はあり得ないだろう。
そもそも大学生の私はどうなったのだ。まさかクロエ・ダナンと入れ替わった?
クロエ・ダナンという天才少女と入れ替わったのならなんとなく安心ができる。
このようにさまざまな仮説を立ててはいるが実証する方法はない。
情報が少なすぎる。
ん? 情報が少ないのであれば探せばいいのではないか。
推理ゲームは情報収集が命。そして裁判で検事に付きつけるのだ。まあ裁判パートはないのだが。
まず第一に聞き込み調査。
Q.クロエ・ダナンに怪しい動きはなかったか?
「1年ほど魔術研究房にこもりきりでしたからね」とメイド長。
早速アブねえエピソード来ましたね。こんなの外に知れたら令ヤバのランキング1位になってしまうね。
魔術研究房か……覚えておかなくちゃ。
「記憶喪失になる前のお嬢様? 宮廷魔術師とモメたのが一番おもしろかったな!」と庭師。
宮廷魔術師と……モメた……だと……?
令ヤバランキング殿堂入りが見えてきました。
クロエ・ダナンが天才的な魔術師だとしたら嫉妬される可能性も出てこよう。
しかも7歳でその宮廷魔術師と肩を並べてしまったのなら、10歳11歳ならば……いや。
早とちりはよくない。宮廷魔術師がどんな人なのかも知らないのだから。
「王子との魔術対決に圧勝して公爵に怒られたのが一番ファンキーだろ」って、厩番。別にクロエ・ダナンの面白エピソードを聞いてるわけじゃないぞ?
とにかくクロエ・ダナンは私の思っていた以上に危険な人物だったらしい。
知識欲旺盛な上に、魔術の研鑽に明け暮れる。
同時に敵を作りやすい子供だったのかも知れない。
使用人に聞き込みを行ったことから私はひとつの結論に至る。
クロエ・ダナンが所謂「いじめられっ子」だったということだ。
小学校のクラスに一人はいる、勉強はできるけれど不器用な子。
見返すために魔術の勉強をしたが、なまじ才能があった為に宮廷魔術師に目をつけられてしまう。
きっとクロエ・ダナンの才能は公にされていなかった。
褒めてもらいたくて、認めてもらいたくて魔術対決で勝ったのに父親に怒られた。
しかも「将来は大魔術師だな」なんて煽った本人にだぞ。へこむどころの話じゃない。
それに他人への無関心も一種の自己防衛ではないか?
令ヤバなんて晒しスレみたいなものだろう。
自分が知らないところで笑いのネタになっているだなんて知ったら、傷つくに決まってる。
だからこそ、私は。
クロエ・ダナンが大好きだった場所、魔術研究房に立ち入ったのだった。
屋敷の外れにある古そうな倉庫がそれにあたる。
この場所はクロエ以外には入れない術がかけられているとメイド長が言っていた。
中の人こそ違えど、体はクロエ・ダナンである私はすんなりと入ることができた。
不慮の事故で帰らぬ人になったら開かずの間になっていたのかもしれない。
本と埃だらけの不衛生な部屋の中心には魔法陣のようなものが描かれている。
魔術研究房らしいといえば、魔術研究房らしい。
何度も消した跡がある黒板には私に馴染み深い文字で一言。
ごめんなさい、と書いてあった。
ああ、やっぱり思ったとおり。クロエ、お前は優しい子だ。
消えてしまいたいと思いながらも、自分が消えたとき両親が悲しむことをわかっていた。
そして選んだのは自分が消えながらも、自分を生かす方法。
原理はわからないが、異世界から魂を呼び寄せて自分の体に定着させる。
異世界召喚も何度かやっていたのだろう。
なんかところどころに私がいた元の世界の物(特に日本のもの)があるもん。
オ○マトーンとか、アーーーッて鳴く鳥の玩具とか、スマホさえも。
この「ごめんなさい」という言葉も国語の教科書を召喚したときに学んだのか。
何度も何度も試行錯誤して、誰も悲しませないような手段を選んだクロエ・ダナン。
私はこの子の気持ちを無下にしてはいけないような気がした。
「クロエ、わかったよ」
一人、自分の胸に語りかける。
私の中で眠っているのか、消えてしまったのか。
そんなのを今追求したって、意味がない。
「クロエ・ダナンのことはまかせろ」
私がクロエ・ダナンになってやろう。
私がクロエ・ダナンという令嬢を幸せにしてやろう。
地味でメガネで緑髪で心優しいお嬢様。幸せになれないわけがな……
……ん?
地味でメガネで緑髪でお人好し? ついでにお嬢様?
これって所謂負けヒロインの特徴では?
だいたいこの特徴を持つ女の子は報われない。
「いや、いやいやいやいや」
クロエ・ダナンはそれだけじゃないだろう。
ほら、最強の二文字を持つ天才魔術師。
「はは、はははは」
地味でメガネで緑髪で心優しい、ただし最強。
面白いじゃないか。
最高にアガるじゃんか。
「いいぞ、いいぜぇ」
「緑のメガネが負けヒロインだと誰が決めた?」
ごく普通の19歳のオタク大学生である私、大前柊一はクロエ・ダナンとなることを決意した。
クロエ・ダナンという可愛い女の子を幸せにするのが私のミッションだ。
この運命に反逆するようなシナリオに今風のタイトルを付けるのであれば、そうだな。
「緑の眼鏡が負けヒロインとか誰が決めたんですか??〜地味で喪女な公爵令嬢ですけど実は王国最強の魔術師です~」
うん。痛いし香ばしい(笑)
でもまあ、スーパー勝ち組の偉人の生涯なんてそんなものだろう。
次回「【悲報】妹、悪役令嬢ルートまっしぐら」
3~4日くらいで更新予定です。