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夏詩の旅人

デッシマン ビギンズ「夏詩の旅人新章5」

作者: Tanaka-KOZO

 2010年 5月

東京 竹芝桟橋


 ボーーー……、ボーーー……、ボーーー……。


午前11時

竹芝から、おがさわら丸が出航した。

僕は、小笠原諸島の父島へ向かう為、この船に乗船したのだった。


僕の、長い24時間の船旅が始まった。




父島に着くのには、まるまる1日かかる。

今日の朝11時から、明日の朝11時までかかる長い船旅となるのだ。


 出航してしばらくすると、僕は第7デッキにある展望ラウンジへと行った。

そこで珈琲を飲みながら、窓から見える東京湾を眺めていた。


そして僕は、あの日の出来事を、再び思い出していた。





 4年前の2006年10月、鎌倉国立大学での学園祭ライブ当日の事だった。

僕は、ギタリストのカズと、歌手のジュンと、そしてドラムの小田さんたちと4人で、この大学の学園祭ライブに出演する予定だった。


ところが学園祭当日に、反原発を唱えるテロ組織グループが突然現れて来て、大学を占拠してしまうのだった。

大学構内では銃器で武装したテロ組織と、それを支援するデモ隊や、自爆テロを実行する信奉者たちによって大混乱を巻き起こす事となった。


そこで僕は、音楽イベント会社の社長、岬不二子に、僕の“旅の記録”が書かれた手帳を託すと、人質に取られているカズやジュンたちの救出に向かうのだった。




 僕は、カズやハリーらと協力し、テログループの制圧に成功するのだが、テロの黒幕が人質の中に紛れ込んでいたのには気が付かなかった。

そして僕は、その黒幕に左肩を銃で撃たれてしまうのだった。


 黒幕は、カズやハリーらによって捕らえられたのは分かったが、僕はその後、意識を失ってしまい、現場がどうなったのか分からないまま病院へ搬送された。

昏睡状態から僕が目を覚ますのは、それから3日後であった。


左肩を銃で撃ち抜かれた僕の左腕は、あれから4年経った今では、取り合えず動かせる様にはなった。

だがあの時、まったく動かせなかった左指は、未だにほとんど動かないままだった。


僕はあの時、医師から、もう2度とギターは弾けないだろうと宣告された。

弾き語りの旅を続けながら、ハルカを探していた僕にとっては、絶望的な宣告であった。


そして僕は、病院でのリハビリを受けるのを断り、強引に病院を退院すると、仲間たちに何も告げる事もなく隠れる様に姿をくらました。

弾き語りの旅が出来ないのであれば、ただがむしゃらにハルカを探し出す事に、僕は専念したかったのだ。




それから僕は、ハルカが現れそうな湘南の海岸と、伊豆の海岸を片っ端から回った。

きっとまだサーフィンを続けているであろう彼女が、もし現れるとしたら、必ずそのどちらかの海のサーフポイントになるだろうと、僕には分かっていたからだ。


伊豆の今井浜から東京の実家に戻ったハルカ。

ハルカは伊豆へ移り住む前は、茅ヶ崎や由比ヶ浜、稲村ガ崎などでサーフィンをよくやっていたと僕に話していた。


彼女がもし実家からサーフィンを続けるのなら、必ず千葉や茨城ではなく、神奈川の湘南に行くはずだ。

また、もし伊豆に戻って来たとしたら、ハルカは必ず今井浜海岸に還ってくる。


下田や吉佐美、宇佐美には行かないと僕は確信していた。

それはハルカが、今井浜の仲間たちと再び会う約束をしていたからだ。


 あれから4年が経った。

だが僕は、まだハルカと再会を果たすことが出来ていない。


人探しに、少し疲れが出て来た僕は、気分転換にと、小笠原諸島へ旅に出てみる事にしたのだった…。





 夕暮れの水平線。

船が八丈島を過ぎた頃、僕は再び展望ラウンジに訪れていた。


僕がカウンター越しの窓から海を眺めていると、美しい白人女性が1人、ラウンジに入って来た。

女性は、スラリとしたアスリートの様な均整の取れたスタイルで、セミロングヘアーを揺らしながら颯爽と歩いていた。


彼女はオーダーしたドリンクを手に取ると、僕の座る場所から1つ離れた席に着いた。


隣に座った彼女と目が合う僕。


「Hi !」

僕が笑顔で彼女にそう言うと、彼女の方も笑顔で「Hi !」と返して来た。


「Are you traveling alone?(一人旅ですか?)」

僕が、たどたどしい英語でそう訪ねると、彼女が笑顔で言った。




「大丈夫!、私、日本語話せるから…」


「驚いたな…」

余りにも流暢で、日本人と変わらない発音に僕は驚いた。


「子供の頃…、12歳まで、父の仕事の関係で日本にいたの」と彼女が言う。


「へぇ…」

僕が言った。


「それで日本が大好きで、大学はソフィア・ユニ…、あ、上智大に行ってたの」

「卒業後は国に帰って、就職したわ」


「そうなんだぁ…?、君はアメリカの人?」


「いいえ…イスラエルよ」


「イスラエル…!?、イスラエルの女性は、美人が多いっていうけどホントなんだな…!?」

僕は彼女を、まじまじと見つめながら言う。


「ふふ…、ありがとう」


「ガルよ!…、私は、ガル・シャルヒ」

そう自分の名を言った彼女が、僕に手を差し出した。


彼女と握手した僕も、自分の名を言った。


「あなたはビジネスマン?」

ガルが僕に聞く。


「に見えるかい?」

自分の服装を指しながら、僕が笑顔で言う。


「見えないわ(笑)」

「一応、失礼のない様に聞いただけよ…」


ガルが笑顔で、ポロシャツにアンクルパンツ姿の僕に言う。




「俺は…、そうだなぁ…、フリーターかな…?」


「フリーター…?」

どういう意味?という感じで、ガルが聞いた。


「まぁ…、失業中とでも思ってくれ」


「そうなの?、大変ね?」


「貯えがあるから、今のところは大丈夫だ」

僕が笑顔で、ガルにそう言った。


「ところで君は、何をしてる人なんだい?」

今度は僕が、ガルの職業を聞く。


「私はジャーナリストよ」


「ジャーナリスト…!?」

そうなんだ…と、少し驚く僕。


「意味は分かるわよね?」とガルが聞いた。


「そのくらいの英語は大丈夫だよ。ジャーナリストなんて言うから驚いたのさ」

笑顔で僕はガルに言った。


「今回、私が来日したのは、伊豆の鳥島へ取材に行く為なの」


「鳥島へ…?」

鳥島は、現在では無人島となってしまった島である。


「あそこは、天然記念物のアホウドリの生息地として知られる場所なの。

私は今回、鳥島に上陸して、アホウドリの観測取材をする為に、ここへ来たわけ」

ガルが言った。




「鳥島って、定期便なんてあったっけ…?、そもそも、あそこには、今は上陸なんて出来ないんじゃ?」

僕が彼女に言う。


「そうね、鳥島は1939年の噴火で港が埋まってしまったから、現在はヘリかゴムボートでないと上陸できないわね。あそこは暗礁が多いから…」

ガルが僕にそう説明する。


「よく許可が降りたな?」

僕がガルに言った。


「何年かに一度、あの島にアホウドリの観測研究の為にヘリで渡る時があるのよ。私はそこへ一緒に同行させて貰う許可を取ったの」

ガルが僕にそう言った。


「じゃあ君はどこで下船するんだい?、鳥島は八丈島の管轄だから、ヘリはあそこから出るんじゃないのか?」


「その通りよ。観測の時は、ヘリは八丈島から出るわ。でも、私は父島に寄りたかったから、そこである人と一緒に拾ってもらう様にお願いしたの」


「ある人…?」と僕。


「なんか警察の関係者が、当日に同行するらしいわ。理由は分からないけど…」

「その人が父島からヘリに乗るから、私も便乗させて頂いたってワケ!」


ガルが、いたずらっ子の様な笑みで僕に話した。


「ふ~ん…」

僕はガルの話を聞きながら、そう言うのだった。





 それからしばらくして、僕はガルとラウンジで別れると、自分が就寝する特2等室へと向かった。

特2等室はカーテンで仕切られた室内に、TV付きのベッドが2台ある部屋だ。


カップルで予約すれば個室使用になるが、僕は1人旅だったので、誰か知らない人が僕の隣で寝る事になる。


「こんばんは…」

僕がベッドで横になっていると、今夜、隣に泊まる男性が僕に挨拶をして来た。


「あれ…?」

挨拶をしようとした僕が、その男性を見て言った。


「あんたは確か…?」

目の前に立つ、自分と同い年くらいの男性に向かって僕が言う。


「あなたは…!?」

そこに立つ相手男性も、僕の顔を見るなりそう言った。


「奇遇だなぁ!?」(僕)


「まったくだ!」(目の前の男性)


その男性は、鎌倉国大テロ事件の日に知り合った、警視庁公安部の平松刑事であった。


「あなたはあの日、左肩を撃たれたそうだな?、もう大丈夫なのか?」

平松が僕に聞いた。


「いや…左指がもう動かない…。だからシンガーソングライターは、実質引退した様なものだ…」


「そうか…、気の毒に…」


「いいんだ…」

僕は彼を手で制止て、苦笑いで言った。


「ところで、あんたもバカンスかい?」

僕が続けて平松に言った。


「いや違う…、いいや!、そう!、そうだ!、バカンスだ!」

平松刑事が、たどたどしく言う。


「ふふふ…、あんた公安のくせに嘘がヘタだな…?」

僕がニヤッとして言う。


「私だってプライベートで旅行くらいするよ!」

平静を装って言う平松。


「公安のあんたが来たって事は、なんか事件だな…?、それも国際的なテロ関係の…」

僕がそう言いかけると、平松は慌てて辺りをキョロキョロしながら「シッ!」と、人指し指を口に運んで言った。


「誰がどこで聞いてるか分からん!、頼むから何も言わないでくれ」

平松が言った。


「分かったよ…」

僕はそう言うと、さっきガルが言っていた、父島で合流する警察関係者というのが、平松の事なんだと合点が行くのであった。


「甲板に出ないか?」

平松が僕に突然言う。


「あんたとかい?、男同士でロマンチックな星空を見に行くのか?」


「そうじゃない…ッ」

小声で言う平松。


「分かった…」

真剣な表情の平松を見た僕はそう言うと、寝台から起き上がり、おがさわら丸の甲板へ、彼と2人で向かうのであった。





「満天の星空だなぁ~…」


夜空を見上げた僕が言う。

平松はその後ろで黙って立っていた。


「そう思わないか?」

僕が彼に振り返り笑顔で言う。


「ここなら良いだろう…」

平松は神妙な顔つきで僕に言った。


「人に聞かれちゃ、まずい話をしに来たワケだな…?」

僕が聞くと平松は、「そうだ」と一言だけしゃべった。


「実は鳥島に中国共産党の連中が、極秘に前線基地を造っているという情報が入った」


「ええッ!、ほんとかッ!?」

平松の言葉に驚いた僕が言った。


「残念だが、そうらしい…」


「何のために?」


「今、日本と中国が尖閣諸島の領土権を争っているのは知ってるよな…?」


「まぁ…、ニュースで聞いてる情報くらいなら…」


「やつらは、それと同時に沖縄も日本から奪おうと本気で動いている」


「それは、沖縄米軍基地があるから無理だろう?」

平松の言葉に対して僕がそう言った。


「今はな…。だが今後は分からない。アメリカの大統領が中共寄りの民主党政権に変われば話は別だ」


「民主党の時期大統領候補者ハイデンの息子が、実は中国とのビジネスでベッタリくっついた、利権まみれの男だ」

「またそのハイデン自身も、中国から裏金をかなり受け取っているバリバリの左派だ」


平松が僕に説明する。


「民主主義国家のアメリカでかい?」と僕。


「アメリカは君が思っているほど民主主義国家でない、今でこそアメリカに共産党は存在しないが、今だって裏では左寄りの連中がうようよいる」(平松)


「じゃあ日本と同じだな」(僕)


「いや、それ以上だよ。今や半数近くは左寄りだ」

「前回のアメリカ大統領選を覚えているか?、民主党のサマリー候補が圧倒的優位と米メディアでは報道されていたが、蓋を開けたら共和党のトリンプが大統領になったよな?」


「ああ」と僕。


「あれは、アメリカのメディアがフォックス社以外、ほとんど左派に乗っ取られているから、サマリー優位という報道ばかりをしてたんだ」


「CNNやNYタイムスとかの、日本のマスコミが提携してるニュースメディアは、みんな左派系なんだ」

「だから、日本に入ってくる情報は、トリンプ叩きの情報しか入って来ない」


「じゃあ毎朝新聞と同じだな?」

僕が言う。


「さっきも言っただろう…?、アメリカでは、そんなレベルじゃないんだ」

「アメリカでは、トリンプ支持を口に出すと家族に危害を加えられるから、隠れ支持層が多いんだ。だから選挙結果が逆転されたんだよ」


「アメリカが今後、リーマンショック以上の経済不況となった場合、他国の秩序などに干渉している暇がなくなる。そうなれば、沖縄基地からだって撤退して行く可能性がある」


「アメリカが撤退となれば、沖縄がまず手始めに中共に狙われる事になる」

「実際、沖縄の基地問題で先頭に立って騒いでるリーダーは日本人じゃないしな…」


平松が、危機感の薄い僕に対して説明をする。


「それ、考え過ぎじゃないのか…?」(僕)


「そうでもないんだよ…。どうやらやつらは本気のようだ」

「公安は、中共のある人物に多額の賄賂を握らせて、今回の情報を得たんだ」


「よく公安に協力してくれたな、その人物は…」

僕が言った。


「彼らは金さえ渡せば簡単に国を裏切る。彼らだって本当は、中国共産党の独裁政治を快く思っていないからな…」

「俺はその人物から、中共が企んでる情報が入ったUSBを受け取る為に、父島へ行くんだ」


「企んでるって…?」(僕)


「驚くなよ…。中共の連中は、現在、南シナ海と東シナ海のサンゴ礁を埋め立てて軍用機の滑走路を造り、米艦を迎え撃つミサイル発射台も配備した」

「やつらがその気になれば、マラッカ海峡と日本を結ぶシーレーンを封鎖できるんだ」


「そうなれば東シナ海において、日本が沖縄や尖閣諸島を失い、台湾も中国に呑み込まれ、中共海軍は堂々と太平洋に出てくる事になるだろう…」

「ハワイ沖には米中の中間線が引かれ、西太平洋が『中国の海』となって、ハワイの目の前を中共海軍の船が運航するという訳だ」


黙って平松の話を聞いている僕に、彼は更に続けて言う。


「更にだ、もし日本が中国に呑み込まれれば、ウィグルの様に、日本は中華人民共和国の「ヤマト自治区」となって国家は消滅する」


「シーレーンを封鎖したやつらは、まず手始めに沖縄県庁を占拠するだろう…」

「事前に旅行者を装った大量の中共軍の兵士たちが、半ば強引に占拠した県庁で、知事に無理やり独立宣言の声明を挙げさせる。極秘裏にだ!」


「そして武力行使で占拠されたという事実が分からないまま、沖縄は世界中に独立宣言をしたと思わされる!」


「そうなると自衛隊や他国の軍隊は、国際法上、簡単には介入できなくなってしまうんだ」

「鳥島は、その計画を実行する為の前線基地として使われる様なんだ!」


平松の説明が終わった。


「あんたが受け取るそのUSBには、その辺の事が詳しく入ってるんだな…?」

僕が平松に聞く。


「沖縄だけじゃない。北海道のアイヌ民族の独立計画についても、対米政策や、中東における中共の戦略など、いろいろだ」(平松)


「恐ろしいな…」(僕)


「そこで公安は、アホウドリの観測研究の学者を装って、鳥島に潜入捜査をし、前線基地の位置を探し出すつもりだ」


「やつらに怪しまれない様に、一般にはアホウドリの観測研究に行く事をWEBで告知した」

「そうしたら、海外からのジャーナリストが1人、同行させて欲しいと言ってきてしまった…!」


(ガルか…)

平松の話を聞いた僕が思う。


「変に断れば計画がバレてしまう恐れがあるので、我々はそのジャーナリストの同行を受け入れる事にした」

「どうだい?、君も一緒に来るか?、一応、一般人も参加してるぜ」

平松が笑顔で言った。



「危険じゃないのか?」

怪訝そうな表情で言う僕。


「そういう場所に君ら民間人は行かないよ。君らは、沿岸からアホウドリがいる場所を見学するだけだからね」


「そうか…」

平松の話を聞き終えた僕が言った。


実は、僕は島全体が天然記念物に指定されている鳥島に、一度は行ってみたかった。

現在、鳥島にはクルーズ客船が近くを周遊するツアーなどはあったが、実際に上陸する事は出来なかった。


「危険がないのであれば…」

僕は平松刑事にそう言うと、同行する旨を伝えるのだった。





 翌朝8時

おがらわら丸船内 特2等室


もう目が覚めていた僕は、寝台に寝そべりながらTVを観ていた。


「歌手の櫻井ジュンさんが、昨夜結婚した事を発表いたしました!」(レポーター)


「ジュンが…?」

マイクを握ってしゃべる芸能レポーターを見つめながら、僕がボソッと言った。


「お相手は、元ロックシンガーで俳優の、キリタニ・ジョーさんです」

「2人は昨夜、マスコミ各社にFAXで結婚報告を伝える、直筆の文章を送って来ました」

レポーターが言う。


「おいおい…、ジュン。芸能人とだけは、一緒にならないって言ってたくせに…」


TVを観ながら僕は、「ふふ…」と、ほくそ笑む。


「おはよう…。よく眠れたかい?」

隣の寝台で寝ていた平松刑事が、身体を起こして僕に向かって言った。


「いやぁ…あまり…。夜中に何回も目が覚めたよ」

僕がそう言うと、「私もだ…」と、平松も言った。




「またこいつか…。こいつは一体何者なんだ…?」

僕が観ていたTVに向かって、平松が急に言い出した。


「え?」

そう言って、僕もTV画面に向いた。

ワイドショーは、ジュンのニュースから他の話題に変わっていた。



「デッシマンと名乗る人物が、また現れた様です!」

「デッシマンは、東京都福生市のコンビニ強盗犯を捕まえると、その犯人をコンビニの駐車場に縛り上げて、姿をくらました模様です」


「コンビニ強盗は現金5000円を奪いましたが、無事警察に逮捕される事となりました」


「しかしデッシマンが犯人逮捕をする際、デッシマンが乗る装甲車から発射された小型ミサイルで、店の入口が大破されてしまいました」

「店の損害は、犯人が奪った5000円よりも返って大きくなり、コンビニ店オーナーの怒りは収まらない模様です」


「そして現場には、またしてもデッシマンが残したと思われる、メガネマークのスタンプが壁に押印されていたとの事です」


ワイドショー番組のレポーターが、中継現場からそう言った。


「何だいデッシマンって…?」

僕が平松に聞く。


「バットマンの真似事をやってるイカレたやつさ。何故か東京23区外の都下で、大きな事件からしょうもない事件まで、警察の代わりに取り締まってくれてるやつさ」


「しょうもない事件?」


「ああ…、ヤクザと付き合ってるスナックの女に手を出して、命を狙われてた男を助けてやったりとか、いろいろだ…」


(ヤクザの女に手を出して追われるなんて…、中出(ナカデ)氏みたいな男が他にもいるんだな…?)

平松の説明を聞いた僕は、そう思った。


「警察もやつを捕まえようと、必死に頑張ってるんだが、デッシマンを捕らえる事が出来ない様だ」


「ふ~ん…」


平松の言葉にそう言う僕であった。





 午前10時30分


「父島が見えて来たな…」

平松が言う。


「そうだな…」

僕も言う。


僕ら2人は甲板に出ていた。

朝のヒンヤリとした海風が、僕の頬を撫でる。


もうすぐ、長くて退屈だった24時間の船旅が、終わろうとしていた。

おがさわら丸の上空には、3羽のカモメが旋回していた。





 午前11時半

父島 二見港


「何だと!?、楊がこちらにまだ来ていないだと?」

平松が部下の住友刑事に言った。


「はい、昨夜、楊からメールが入りました」

「どうやら脱走の途中で計画がバレた様です。海岸を先に封鎖されて、楊はゴムボートで脱出できなかったみたいです」

部下の住友刑事が言う。


「USBはッ!?」(平松)


「それは、まだ楊が持っているそうです。やつは鳥島のどこかに現在は身を潜めているとの事です」(住友)


「楊を救出しに、行かにゃならんな…」(平松)


「はい…」(住友)


「よし!、BK117を3機飛ばしてくれ!、パイロットと整備士を入れても、1機にまだ5名が乗れるからな」

「帰りに楊を拾うから、1機は念の為、2席空けとく様にッ!」


部下の住友刑事に、平松はそう言う。


「分かりましたッ!」

敬礼した住友刑事が、指示に従って走り出した。





 午後1時

父島ヘリポート


バラララララララ……。


到着したヘリ3機のプロペラで、強風が舞うヘリポート。


「ちょっと面倒な事になって来たが、来るのかぁッ?」

平松が大声で僕に叫ぶ。


「ここまで来て、そりゃないだろぉッ!、行くさッ!」

僕も大声で、彼にそう返した。


僕がそう叫ぶと、こちらに向かって来るガルの姿が見えた。

彼女はカメラを右肩、機材バッグを左肩に掛けていた。


「ガルッ!」

彼女に手を振り、声を掛ける僕。


えっ!?、と驚いた表情をしたガルが、僕に叫ぶ。


「あなた、何でここにいるのぉ~ッ!?」


「俺も一緒に行く~ッ!」


「あなた学者じゃなくて、失業者なんでしょ~ッ?」


「そうだッ!、でも行く事になったぁ~ッ!」


「何でぇ~ッ!?」


「君とまだ、一緒にいたくてね~ッ!」


僕の言葉を聞いたガルが、「ふふふ…」と微笑んだ。





バラララララララ……。


僕と平松とガルが一緒に搭乗したBK117ヘリが、鳥島に近づいて行く。


「では、アホウドリのコロニー上空を旋回しますよぉッ!」

インカムマイクから、ガルに伝える学者に扮した刑事が言った。


バラララララララ……。


鳥島南岸に位置する燕崎沖から、ヘリは島の中央からやや右下の位置を旋回する。


バラララララララ……。(斜めに傾きながらヘリが旋回した)


ガルが上空から、コロニーに戯れるアホウドリを連写する。


カシャシャシャシャシャシャ……ッ




再び、コロニー上空をヘリが旋回した。


バラララララララ……。


カシャシャシャシャシャシャ……ッ


それをガルが、また連写した。


バラララララララ……。


「では、これから海岸に着陸します」

ヘリが旋回すると学者に扮した刑事が言った。






 キュルキュルキュル……。


砂地に着陸した、3機のBK117機がプロペラをそれそれ停止する。


「では、ここから先はこちらでお待ちください」

平松刑事が僕とガルに言った。


「どうして!?、こんなところに残されたんじゃアホウドリの撮影が出来ないじゃないの!」

ガルが平松に言う。


「警護に2人残す…。あの女性の事、頼んだぞ…」

平松が僕に素早く耳打ちした。


「分かった…」と僕。


「ちょっと!、何2人でコソコソ話してるの!?」

少し離れた場所で、ガルが憤慨して言う。


「ガル、落ち着け…」

僕はそう言って彼女の方へ近づく。


「あなたは黙ってて!」

僕にそう言うと、「私も行くからぁ!」と、少し離れた場所に立っている平松刑事に、ガルが叫んで言う。


「ガル!」

彼女の両肩に手を置いて僕が言う。


「何よ!?」

僕に振り向きガルが言う。


「危険なんだ!」


「そんなの承知よ!」


「違うんだ!、君はここに残るんだ!」


「私は撮影する為に、イスラエルからわざわざやって来たのよ!」


ハァ…と、ため息をつきながら僕は言う。


「僕は君のような、鼻っ柱が強い女の子を散々見て来たよ…。だけど今回は君には無理だ!」


「あなた私の何が分かるっていうのッ!?」

「ほんと男のひとって、いつまでたっても“男の子”なのね…!」


「弱ったな…」

首の後ろに手を当てて言う僕。


「ガル・シャルヒさん!、ちょっと!」

その時、平松刑事がガルを手招きして呼んだ。


ガルが平松の方へ歩き出す。

僕も少し遅れて、その後ろからついて行った。


「何ですかッ?」

先に着いたガルが、平松を睨んで言う。


「分かって下さい…」

平松刑事がガルに困り顔で頼む。


「うあッと!」

その時、ガルの後からついて来た僕が、叢で何かにつまづいた!


足元を見る僕。

すると何かがゴソゴソと動く。


「嗯...」(うう…)

血だらけの男が横たわって言う。


「うわぁッ!、人だ!、人が倒れてるぞッ!」

驚いた僕が叫んだ。


「楊ッ!、伤口没事吧ッ!?」(楊じゃないかッ!大丈夫か!ッ?)

その様子を見た平松刑事が、慌てて走り寄って来てそう言った。


「我被枪杀了…」(撃たれちまったよ…)


血だらけの男が平松にポツリと言う。

僕にはその言葉の意味が分からなかった。


「来吧!」(しっかりしろ!)

平松が、血を流している男を抱きかかえながら言った。


「给…」(これを…)


男が平松に弱々しく、何かを渡す。

それはUSBメモリーの様に見えた。


「我受不了…」(すまない…)

平松はUSBを受け取ると、男にそう言った。


「我不好…」(俺はもうダメだ…)

ブルブルと、身体を痙攣させながらその男が言う。


「我现在帮你!」(お前を助けるからな!)


平松が男に叫ぶ、


「你一跑就跑…」(お前も早く逃げるんだ…)

男が最後の力を振り絞って言った。


「楊ッ!」(平松)


「嗯ッ…!」(うッ…!)

楊はそう言うと、その場にがくっと崩れるのであった。


「楊~ッ!」

平松はそう言いながら、男の身体を揺さぶった。


だが男は2度と目を開ける事はなかった。

僕とガルは、その様子をただ黙って見つめているのであった。


「この人は…?」

僕が平松に聞く。


「彼が協力者の楊だ…」

平松はそう言うと、その場からゆっくりと立ち上がった。


「これが例のUSBか…?」

右手にUSBを握っている平松に、僕が言った。


「ああ…、やつはこれを俺に渡す為に、追手に撃たれて死んだ」

「楊は、早く逃げろと俺に言った。敵はまだこの近くにいるはずだ!」


「何?、それ…?」

ガルが平松の手に持っているUSBの事を聞いた。


彼女が平松にそう聞いた瞬間、海岸に着陸していたヘリの1機が突然爆発した!


チュドーンッ!


「うわッ!」


びっくりした僕が、目の前の海岸を見る!

そこにはヘリが黒煙を上げて燃えている光景が見えた。


チュドーンッ!



チュドーンッ!



残る2機のヘリも続けて爆発した!

あっけにとられる僕ら。


その近くでは、ロケットランチャーを構えている兵士たちの姿が確認できた。

するとその周りから、軍服を着た兵士たちが更にたくさん現れた。





ガガガガガ……ッ!


「うわぁッ!」


ヘリの側に居た刑事たちが、兵士たちの構える機銃で撃たれた!


ガガガガガ……ッ!


ガガガガガ……ッ!



「ううッ…」


「わあッ…」


ガガガガガ……ッ!


ガガガガガ……ッ!



次々と機銃の餌食となる刑事たち。

そして刑事たちが皆全滅した。


刑事たちを一掃した兵士たちが、今度はこちらを振り返る。


「ヤバいぞ…!」

僕はそう言って、一歩後ずさりする。


機銃を構えた兵士が、こちらに向かって歩き出す。


その時、突然僕らの頭上に、スティルス機の様な飛行物体が現れた!


ボボボボボ……ッ!


空中で静止飛行飛行する謎の物体。


「那是什么ッ!?」(何だあれはッ!?)

その飛行物体を見上げる兵士たちが言った。


ガガガガガ……ッ!


すると突然、その飛行物体からマシンガンの様なもので、敵兵士たちを乱射した!


「哇ッ!」


ガガガガガ……ッ!


「哇~~~ッ!」


ガガガガガ……ッ!



 今度は兵士たちの方が、狙い撃ちにあった。

次々と倒れる兵士たち。


ガガガガガ……ッ!


僕たちは、あっけに取られ、その光景を見ていた。



シュゥウウウウ……ッ


敵兵士を殲滅させた謎の飛行物体が、海岸へ垂直に着陸した。


ガコンッ…。


飛行物体の上部ハッチが開く。


「大丈夫ですかぁッ!?」


ハッチから顔を出した、サングラスをかけた男が、僕らに叫んでそう聞いた。

そして男はハッチから出て来ると、砂浜へと降り立った。


謎の飛行物体から出て来た男は、全身黒ずくめで、野球のプロテクターを着込んだ仮面ライダーみたいな恰好をしていた。

頭には猫耳が着いた、変な被り物をしている。


がっしりしたその男は長身だった。

顔は色白で、顎が少しシャクレた感じの顔つきだ。


その顔に見覚えのある僕が、驚いて、その男に叫ぶ。


「おいッ!、お前…、中出(ナカデ)氏じゃないかぁッ!?」




「はい?…、あなたどうして私の名前を…?」

謎の男が、僕に向いてそう言った。


「俺だよッ!、俺ッ!…、お前、俺の事、忘れたのかよぉッ!?」

僕は、かつて“F誌”で一緒に働いていた中出氏にそう言った。


「あなたもしかして、弟のお知合いですか…?」

謎の男が僕にそう言った。


「弟~ッ!?」と驚く僕。


「はい…。私、中出ヨシノブの兄、中出ヨシムネと申します…」

黒づくめの男が、僕にそう言った。


「何ぃ~~~~ッ!?、お前ら双子だったのかぁ~ッ?」


「いえ…、私はヨシノブの1つ学年が上の、年子の兄です」


「でも、まったく同じ顔してるじゃないかッ!?」


「ええ…、私たち家族は、母親以外、みんな父と同じ顔をしているのです…」


「だけど俺は、以前、中出氏の結婚式に出席したけど、お前なんか居なかったぞッ!」


「あの結婚式には、私たち親族は出席していませんよ…」


「あ…!」

中出氏の兄を名乗るその男の言葉を聞いて、僕は思い出した。




確かにやつの結婚式には、親族を呼ばなくて友人関係だけでやっていた事を…。


「お前らは、みんな同じ顔なのか…?」

僕が男に聞く。


「はい…」

男が言った。




(ゴリラーマンの家族みてえだな…)※ヤンマガで過去に連載してた「ハロルド作石」作の漫画

僕がそう思う。


「おんなじ顔って、女もか?」

中出氏には姉がいると知っていた僕が、男に聞いた。


「はい…。私の2歳上に姉がいますが、同じ顔をしています」


「そいつあ、お気の毒に…」(僕)


「え?」(謎の男)


「いや、こっちのハナシ…」(僕)


「姉は若い時からワンレン、ボディコンを未だにやってますよ」

ニヤッとしながらヨシムネが言う。




「そうなんだぁ…?」

その姉の顔を想像した僕は、まったく興味が沸かないのでそう言った。



「それにしても、すごいなこれ…」

僕は、中出氏兄が乗っていた飛行機を触りながら、続けて言った。


「“デッシマン・スティルス”と言って、陸空に対応した兵器です。装甲車に変形して地上を走る事も出来ます…」

中出氏兄が、僕にそう説明すると…。


「何ぃ~ッ!、お前がデッシマンなのかぁ~~~ッ!?」

平松刑事が、謎の男がデッシマンだと分かると、懐から手錠を取り出して、突然叫び出したのだった。


「おお…ッ、おまッ…、お前を逮捕するーッ!」(平松)


「助けたのに、そりゃないですよ…」(デッシマン)


「黙れッ!、お前を逮捕する~ッ!」(平松)


「待てよ平松さん!、彼が現れなきゃ俺たちは死んでたんだぜ…」

僕が言う。


「そうよ。それに彼の協力がなきゃ、この島から脱出できないわよ…」

ガルも言った。


「うむぅ…ッ」(唸る平松)


「取り合えず逮捕するとかいうハナシは、ここから脱出してからにしてくれよ!」(僕)


「そうよ!、お願い!、そうして!」(ガル)


「うう…、仕方ない…。分かった…」

平松が僕らの言葉に、渋々賛同するのであった。


「お前、こんな兵器どうやって作ったんだ?」

僕がデッシマン・スティルスの事を、中出氏兄に再び聞いた。


「私が作ったんじゃありませんよ…。アメリカの、“ウェイン・エンタープライズ”に発注して作って貰いました」(中出氏兄)


「“ウェイン・エンタープライズ”って、バットマンの主人公、ブルース・ウェインの会社じゃねぇかッ!?」(僕)


「はい」(中出氏兄)


「あの会社って、ホントにあんのかッ!?」(僕)


「ええ」(中出氏兄)


「マジかよ…!?」(僕)


「ちなみに、デッシマン・スティルスに搭載されている武器は、軍事産業の“スターク・インダストリーズ”で大量発注して、安くしてもらいました」(中出氏兄)




「それって!アイアンマンに出て来る、トニー・スタークの会社じゃねぇかッ!?」(僕)


「そうです。あそこはamazonでも買えるんですよ」

「おかげでポイントが貯まり過ぎて、我が家のトイレットペーパーや洗剤、電池とかは、いつもamazonポイントで購入してます…」


中出氏兄が、澄まし顔でそう言った。


「お前…、何でもアリなんだな…?」(僕)


「私の人生、バーリトゥード(何でもあり)ですから…」

中出氏兄は、そう言うとサングラスのフレームを中指でくいっと押し上げた。


「お前は、その兵器で人を殺したなぁ…?、俺はここを脱出したらお前を絶対、逮捕するからな…」

平松がヨシムネを睨みながら、力強く言う。


「私は、人を殺してなんかいませんよ…」

デッシマンのヨシムネが言う。


「中共の兵士たちを、今さっき殺したじゃないかッ!」(平松)


「殺してませんよ…、これを見て下さい」

そう言うと、デッシマンは兵士たちが倒れている場所に行き、落ちていた弾を拾った。


「ほら…」

そう言って、デッシマンが平松に見せたその弾丸の先端には、針が飛び出ていた。


「何だこれは?」

手に取った弾を見つめながら、平松が言う。


「この弾の先端には、強力な麻酔針がついているのです。相手に当たった瞬間、弾の先端から針が出る仕組みになっています」

「この麻酔は象でも一発で眠らせます。人間だと刺さった瞬間に、24時間後まで目が覚めない状態になります」


中出氏兄が、平松刑事にそう説明した。


「そいつあ凄いな…、ただし相手に当たればのハナシだが…」(平松)


「この弾には、二酸化炭素に反応するセンサーが、1発ごとに埋め込まれてますから大丈夫です」

中出氏兄がそう言った。


「どういうこと?」とガル。


「発射した軌道上から、1番近い二酸化炭素に反応して弾が進むのです。つまり人間の吐く息に向かって飛んでいきます。これはウシアブの習性をヒントに考案しました」(中出氏兄)


「すげぇな…」(僕)


「でも、たまに車やバイクにも当たっちゃいますけどね…。排気ガスの主成分は二酸化炭素ですから…」(中出氏兄)


「弾1発に、ずいぶんカネかけてんだなぁ…?」(僕)


「ええ…、1発に1万円掛かってます」(中出氏兄)


「お前、どんだけ金持ちなんだよッ!?」(僕)


「弟のヨシノブからは、中出氏の謂れについては、何も聞いておられないのですか?」(中出氏兄)


「知らん…。あいつが金持ちらしいという話は聞いた事あるが、そこまでだとは知らなかった…」(僕)


「みなさんは、平氏と源氏はご存じですよね?」(中出氏兄)


「ああ…」

僕らが頷く。


「実はあの時代もう1つ、中出氏という家系が存在していたのは、ご存じありませんよね?」

中出氏兄が、僕らに言った。


「当たり前だろ!、そんなの教科書に載ってないからな!」(僕)


「平氏と源氏は、元々は天皇を始祖とする由緒ある家系でした。この2つの家系は、皇統というブランドを武器に、武士団の指導者としての地位を確立します」


「その後、平氏と源氏は、朝廷から国司を任命され、地方の武士集団同士が起こす抗争を平定しながら、勢力を拡大して行きました」

「やがて平氏は西国を、源氏は東国を支配下に治めます。こうして二大派閥となった平氏と源氏は、政治にも口を挟んでくる様になりました」


「ですが、朝廷も見す見す平氏と源氏を、好き勝手に、のさばらせるつもりなどありませんでした」

「そこで、この二大家系を陰から監視する役目を仰せ受ける氏族が現れます」


中出氏兄が説明する。


「それが中出氏だと…?」(僕)




「はい…。中出氏は現在でいうところの、アメリカのCIAか、イギリスのSISといったところでしょうか…」(中出氏兄)


「嘘にしちゃ、スケールがデカすぎねぇか?」(僕)


「嘘じゃありませんよ…。我が一族はずっと隠密行動を取っていましたので、歴史の表舞台には登場しないのです」(中出氏兄)


「それで、何で金持ちなんだよ?」

僕が中出氏兄に聞いた。


「中出氏一族は、その時に稼いだ莫大な金を上手に資産運用して、ここまで財を築く事が出来たのです」(中出氏兄)


「資産運用?」(僕)


「はい、近年では、スイス、シンガポール、バハマ、香港においてペーパーカンパニーを立ち上げ、タックスヘイブンを利用して莫大な遺産を管理しています」(中出氏兄)


「タックスヘイブンって、あの税金がかからない国での資産運用ってやつか…?」(僕)


「そうです…。日本は税金が高いですから…」(中出氏兄)


「でも最近はタックスヘイブンが問題視されて、ニュースで騒がれてるじゃないか?、そんな小細工で国税庁から逃れられないだろ?」(僕)


「だから海外でダミー子会社をバンバン立ち上げてるんじゃないですか!?、国税庁は、資産が余りにも増えてしまうと、税金の徴収額を算出できなくなってしまうんですよ」(中出氏兄)


「どういう事だ?」(僕)


「彼らが多額の税金を徴収している企業は、日本でそれなりに収益を上げている会社だけです」

「海外まで支社を出されてしまうと、訳が分からなくなってしまい、金の流れを追えなくってしまうんですよ」


そう言うと中出氏兄が続けて言った。


「あなた外国税額控除制度をご存じですか?」(中出氏兄)


「いや、知らん…」(僕)


「まぁ簡単に言えば、外国の支社が大赤字を出したと申告すれば、いくら国内で黒字でも、税額が免除されるというシステムです」

「その支社も、多国に渡っての支社ですから、国税庁もいちいちホントかどうかなんて、詳しく調べられないのです」


中出氏兄はニヤッとして、僕にそう言った。


「お前、ズルいよな?」(僕)


「私だけじゃありませんよ!、Hard Bankのヨンさんだって、ユニシロの柳さんだって、みんなやってますよ!、日本ではそうしないとお金持ちになれないんですからぁ!」

弁解する様に、中出氏兄は僕らにそう言うのだった。



「まぁ今は、お前の脱税のハナシなんてどうでも良い。それよりもこれからどうするかだ…」

平松が僕らに割って入り言う。


「とにかくこんな物騒なとこからは、さっさと逃げ出そうぜ」

僕がそう言うと中出氏兄が、かがんで何かを始めた。


「ん!?、お前何やってるんだ?」(僕)


「ああ…これですか?、今、デッシマンスタンプを押印してたんです。これやっとかないと、デッシマンの仕業だとわかんないでしょうから…」(中出氏兄)


そう言った中出氏兄は、Xスタンパーの様なスタンプで現場に押印した。

スタンプの絵柄は、メガネのマークであった。


「さてと…」

スタンプを押し終わった中出氏兄が、立ち上がって言う。


「ではみなさん、これから敵アジトを破壊しに行きましょう!」(中出氏兄)


「お前、何言ってんだよ。俺は嫌だね。こんなとこ、さっさと逃げ出さなけりゃ、命がいくつあっても足りないぜ」

中出氏兄の言葉に、驚いた僕が言った。


「そういうワケにはいきません!、この島は一応、東京都の管轄ですから…」(中出氏兄)


「だから何だってんだよ?」(僕)


「デッシマンは東京23区以外の、東京都下の平和を守るヒーローですから…」(中出氏兄)


「なんで東京都下にこだわるんだよ?」(僕)


「私が都下の青梅市出身なものですから…」(中出氏兄)


「バカヤロ!、そんな理由で付き合えるかよ!」

「大体お前、東京都下の平和を守るって、普段どんな活動してんだよ?」


僕が呆れた様子で、中出氏兄へそう言った。


「そうですねぇ…、たとえば電線に凧が引っかかったという要請があれば、ミサイルで電柱を破壊し、凧を無事に確保したりします」(中出氏兄)


「それ犯罪じゃねぇか!?」(僕)


「あとはですねぇ…、弟の命を狙っていた国分寺のヤクザを、デッシガン(銃)で眠らせてから裸にして、国分寺駅の南口前にある、“かがやき像”に磔にして放置しましたね」(中出氏兄)




「おいッ!、南口駅前の“かがやき像”って…、一体どんだけのやつが知ってんだよ?、そんな銅像の事!」

中出氏兄にそう言った僕は、(やっぱ、あのしょうもない事件は、中出氏弟の事だったんだ!?)と、合点がいった。


「ちなみに弟は、この前、“耳かき膝まくら”で働く女の子に手を出してしまい、また逃げ回っております…」

中出氏兄が付け足す様に言った。


「またヤクザの女だったのか…?」(呆れながら言う僕)


「いえ…、今度は、半グレのカノジョです!」


中出氏兄の言葉に、僕はガクッと崩れた。





「まぁとにかくだ!、日本は憲法で専守防衛しか認められていないから、こっちから敵基地に攻撃をしかける事は出来ん!」

平松が僕たちに割って入って言う。


「ふふふ…」(ガル)


「何がおかしい?」

平松刑事が、ガルに言う。


「だってそうじゃない?、自分の国を狙ってる前線基地が、自国の領土の、しかも目の前にあるっていうのに、憲法で禁止されてるから攻撃できないだなんて言うんだもの…」

ガルが冷ややかな笑顔でそう言った。


「日本は法治国家だ。憲法9条の精神に則って平和を守っている」(平松)


「あなたそれホンキで言ってるの?、オメデタイわね」(ガル)


「何!?」(平松)


「あなた達の暮らす日本が平和なのは、そんな憲法のおかげじゃないわ。アメリカの核が後ろについてるからじゃないの!?」(ガル)

「所詮、日本も核ミサイルで守られてる、潜在的核保有国なのよ!」(ガル)


「それもあるかもしれんが、平和憲法だって重要な意味を持つ!」(平松)


「そんな風に軍隊を持たないで、戦争をしないと言ってた国が1つだけあったわ。チベットよ。でも彼らはどうなったのよ!?」(ガル)

「中国人民解放軍に攻め入られても、無抵抗で話し合いを望んだ挙句、チベット国民は殺戮されて、あっという間に中国に呑み込まれたわ!」(ガル)


「……ッ」(言い返せない平松刑事)


「あなた達っておもしろいわね?、ガンダムやドラゴンボールの戦闘シーンが大好きで、大金払って年末に格闘技を観に行くのが好きで、TVゲームでは戦争モノが大好きなくせに、いざ自分たちが本当に痛みを伴い、血を流す状況が迫って来たら、途端に平和憲法を掲げて反対するんだから…」


「だけど本当は、子供の頃に読んだマンガで分かってるんでしょ?、大切なものを守る為には、戦うしかないって事を…?」


ガルは平松にそう言うと、更に続けて言う。


「あなた達は、のん気なのよ。今、世界でどんな事が起こってるのか!?って想像した事もないでしょうから…」

「世界は紛争だらけよ。話せば分かってくれる相手なんか、そうはいないわ!」


「私の国のイスラエルは、四方が敵国に囲まれてる。ある日、私の友達がカフェテラスで初デートの待ち合わせをしていたら、突然ミサイルが飛んできて死んだわ」

「私たちは、いつもそういう緊張感の中で生活してるの!」


「でもあなた達は違う!、まったくそんな感覚無いわよね?」

「だって日本のアニメマンガを観ればすぐ分かるわ。死んだ登場人物が、都合よく何回も生き返ったりして、あれじゃリアルな死というものを感じる事なんて、到底できないわよね?」


「イスラエルでは女性だって徴兵制があるのよ!、私も行ったわ!」

「いざ戦争となったら、女性だろうが老人だろうが、国を守る為、みんな戦闘に駆り出されるわ!」


「あなたちの大切な人に危険が迫ってるっていうのに、よく平気でいられるわね!?、私には理解できないわ!?」


僕たちはガルの話を黙って聞いていた。

すると中出氏兄が、突然僕らに言い出した。


「みなさん、一緒に前線基地を破壊しに行きましょう!、デッシマンの武器には殺人兵器はありません。相手を眠らせたら基地を破壊すれば良いのです!」


「さっき言ってた、24時間眠らせる麻酔銃の事か…?」

僕が中出氏兄に聞く。


「はい…」(中出氏兄)


「よし!、分かった俺も行こう。あんたはどうする平松さん?」(僕)


「仕方ない…私も行こう。確かに前線基地を、このまま見過ごす訳にはいかんしな…。どうせ政府は基地の事を報告したって、何も行動を起こさないに決まってるからな…」

不承不承という感じで、平松刑事が言った。


「では、決まりましたね!、みなさんデッシマン・スティルスに乗り込んで下さい!」


僕らはそう言った中出氏兄に続いて、ゾロゾロとスティルス機に乗り込んだ。


僕は、前列に座るデッシマンの隣に座った。

ガルと平松は後方のシートに座る。


「それじゃあ行きますよぉ~ッ!」




ボボボボボ……ッ


デッシマン・スティルスが海岸から浮上した。


「出発ぁ~つッ!」

中出氏兄がそう言うと、スティルス機が猛スピードで飛び出した!


バシュッ!


キィイイイイイーーーーーーンンッッ!


その時、機内から女性アナウンス音。


(急発進です。安全運転に心がけましょう…)


ガクッと崩れる僕ら。


「車かよッ!?」

僕が隣の中出氏兄に言う。


「いっけねぇ~!急発進しすぎたぁ~」

操縦桿を握る中出氏兄が笑顔で言うのであった。



「爺や、聴こえるか!?」

先程の海岸からデッシマン・スティルスが発進して間もなく、中出(ナカデ)氏の兄が正面モニター画面に話し掛けた。




「ふぁい、ふぁい…、ぼっちゃま…」

するとモニターから、推定年齢90歳を越えているだろうと思われる、ヨボヨボの老人が現れた。


「敵アジトの場所を赤外線レーダーで探知してくれ!」


「ふぁい、ふぁい…、え~とぉ…、10時の方向でございますぅぅぅ…」

レーダーを確認した老人が、デッシマンに伝える。


「そこまでは、どれくらいで到着する!?」


「少々お待ちくださいぃぃ…」

そう言うと老人は、ソロバンをパチパチとはじき始めた。


「爺や!、まだか!?」


「もう少々…お待ちを…、ふぇっふぇっふぇっ…」


(駄菓子屋で、じいさんからお釣りを貰うくらい遅せえなぁ…)と僕が思う。


「分かりましたぁぁ…。現在のスティルス機の速度ですとぉぉ、8秒で到着いたしますぅぅ…」


「もう島を飛び出しちゃったよ、爺やッ!」


ガクッと崩れる僕ら。

爺やは画面から「ふぇっふぇっふぇっ…」と笑っている。


「爺や、今から引き返す!、島からだいぶ離れてしまった!、どれくらいで敵基地に到着する!?」

中出氏兄が爺やに聞いた。


「少々お待ちを…」

そう言うと爺やは、またソロバンをはじき出す。


「まだか?爺や!」


「6秒あれば戻れますぅぅ…」


「もう島を通過ちゃったよ、爺やッ!」


ガクッとまた崩れる僕ら。

爺やは画面から「ふぇっふぇっふぇっ…」と笑っていた。




「おい、もう帰ろうぜこのまま…」

僕が呆れて言う。


「ダメです。敵基地を破壊しなければなりません!」

中出氏兄が僕にそう言った。


「なんでこんだけ最新鋭の設備が揃ってんのに、あいつはソロバンで計算すんだよ!?」(僕)


「爺やは、明治生まれなので機械が苦手なのです」(中出氏兄)


「明治って…ッ!、一体いくつなんだよッ!?」(驚く僕)


「ええと…、爺やが中出氏に仕えていた20歳の頃に、第一次世界大戦が始まって、そのとき爺やは出兵してるから…」

中出氏兄がそう言っていると、「126歳になりましたぁぁぁ…、ふぇっふぇっふぇっ…」と、ヨボヨボの爺やが笑いながら言った。




 「仕方ない!、ジェット飛行だと早すぎて通過してしまうので、ホバーモードに切り替えます!」

そう言うと中出氏兄は正面のボタンを押した。


すると水平尾翼が機内に折りたたまれ、ファンが回る別の翼が出て来た。


バラバラバラバラバラ……。


スティルス機は低空飛行となり、森林のすぐ真上を通過し出す。


「これならヘリと速度が変わらないから、少しは余裕が出て来るでしょう…」

中出氏兄が僕らに言った。


「爺や、僕は敵アジトの正面から単身突入する!、僕は機外に出て待機するから、今から操縦をドローンモードに切り替えてくれ!」

続いて中出氏兄は、爺やにそう命令した。


「え!?、ドローンモードでございますかぁぁぁ…?」と爺や。


「そうだ!、頼んだぞ!」(中出氏兄)


「ふぇっふぇっふぇっ…、かしこまりましたぁぁぁ…」

爺やがそう言ってスイッチを押すと、画面越しに映る爺やの座席正面からは、操縦桿がウィィィィンと、出て来る様子が見えた。




「ではみなさん、もうすぐ敵基地に到着しますので、私は機外に出て準備します…」

中出氏兄がそう言って立ち上がると、イキナリ機内に凄い衝撃が起こった!


バゴンッ!


ピーピーピーピーピー……ッ


(推力低下…、推力低下…)


無機質な女性音声が、高度が下がっている事を知らせる。


「爺や、どうしたぁッ!?、敵襲を受けたのかぁッ!?」(中出氏兄)




「ふぇっふぇっふぇっ…、申し訳ございません、ぼちゃま…。スティルス機の翼を木に当てて折ってしまいましたぁぁぁ…」(爺や)


「何ぃぃぃ~~~~~ッ!?」

僕が叫ぶ。


「爺や!、何やってんだよッ!」(中出氏兄)




「申し訳ございません、ぼっちゃま…。爺やは凧あげは得意でございますがぁ、ドローンの方は、ちと苦手でございますぅぅぅ…。ふぇっふぇっふぇっ…」(爺や)


「お前!、笑い事じゃねぇぞッ!」(僕)


キュゥゥゥゥゥンン…。


急降下するスティルス機。

機体が傾いて、搭乗してる僕らは、ひっくり返りそうな苦しい体勢で身動きが取れない!


「すみませんッ!、早く!、早くその赤いボタンを押して下さいッ!」

壁に掴まりながら、中出氏兄がスイッチから1番近い位置にいる僕に、そう叫んだ。


「うっ…、ダメだ…。俺は左指が動かない…」

苦しそうに腕を伸ばす僕。


「早くッ!、スイッチを押して下さいッ!」


「うわぁッ!、もうダメだぁッ!」

平松が叫ぶ。


「くそッ…」

僕は懸命に腕を伸ばす。


ピクッ…。


その時、僕の左指が4年振りに動いた!


パチッ…!


僕がスイッチを押した!


ボボボボボ……ッ


機体中央の下部からジェット噴射が出る。


ボボボボボ……ッ


シュゥウウウウ……。


体勢を立て直したデッシマン・スティルスが、無事、陸に着陸した。


やったッ!、やったぁ~ッ!


大騒ぎするみんな。


僕はそんな中、自分の左指をじっと見つめている。


「う…、動いた!、俺の指が動いた…ッ!」

「おいッ!、俺の指が動いたぞッ!」


僕はみんなに振り返りそう叫ぶが、みんなは無事着陸できた事に大喜びしていて、そんな事など聞いちゃいなかった。

僕は無言で、はしゃいで喜ぶみんなを見つめていた。


俺の指が動いたという、この物語において最大の感動的シーンを、こんなマヌケなエピソードで実現するとは…!?

なんとも納得のいかない、僕なのであった。




「どうするんだ?、スティルス機はもう飛べないな…」

平松が中出氏兄に言う。


「大丈夫です。この機体をデッシマン・モービルに変形させて、地上から敵基地を攻撃します!」

中出氏兄はそう言うと、目の前のスイッチを押した。


(変形モード…、変形モード…、デッシマン・モービルにチェンジします…)


例によって無機質な女性音声で、スティルス機が変形する。


ガシャンッ…、ガシャン、ガシャ、ガシャンッ…!


シュウゥゥゥ……。


(デッシマン・モービル…、変形完了…)


スティルス機が、装甲車の様な形に変形した。




「では、敵基地に向かいますッ!」

中出氏兄がみんなにそう言うと、デッシマン・モービルが走り出した!


ゴウン…ッ


ブロロロロロ……ッ


力強く走り出すモービル。


ゴウンッ


ゴウンッ


密林のデコボコ道を揺れながら、デッシマン・モービルは進む!


「見て下さい!、あれが敵基地の様ですッ!」

デッシマンが正面モニターを指差して言う。


そこにそびえ立つのは、岩壁をくり抜いて基地に改造された要塞であった。


岩壁には窓があり、そこから明かりが出ていた。

何とも異様な雰囲気の敵基地であった。




ガラララララララララ………。


その時、敵基地から戦車が続々と出て来た。


「あんなもの、いつの間に持ち込みやがったんだぁ!?」

平松が言った。


「おい!、向こうは戦車が何台も出て来てるが、こっちはこれ1台だけだ…。多勢に無勢だが大丈夫なのか?」

僕が中出兄に聞く。


「ご安心ください…。今からEMPキャノン爆弾を発射し、敵の動きを封じ込めます」(中出氏兄)


「何だいそりゃあ?」(僕)


「EMPキャノン爆弾とは、電磁パルスで100m四方の電子機器を麻痺させるものです」

「現代における兵器は、全てコンピューター化されています。EMP爆弾を頭上に打ち上げ爆発させれば、その時に発生したプラズマで、敵の兵器を全てブラックアウト…、つまり麻痺させます!」


「それッ!」

中出氏兄はそういうと、EMPキャノン爆弾のスイッチを押した。


バシュッ!




デッシマン・モービルの上部から、1発の小型ミサイルが発射された。


バーーーーーーーーーンンッ!


上空で爆破するEMPキャノン爆弾。

プラズマの閃光が走る!


ガコン…。


ガコン…。


すると、イキナリ動きが止まる敵戦車たち。


「みなさん、あれを見て下さいッ!」

そして中出氏が、モニターに映る敵基地を指差して言う。


モニターには、目の前の敵基地の明かりが、上部からパッパッパッと下部に向けて消え出す光景が見えた!


「成功ですッ!、敵の動きをこれで封じ込めましたぁッ!」

中出氏兄が喜んで叫ぶ。


ガクン…ッ


だがその時、デッシマン・モービルから妙な音がした。


「あれッ!?」と中出氏兄。


ヒュゥゥゥ~~………。


モービル運転席前にある計器の明かりが、次々と消え出した。


ガクンッ…。


「ああッ!」

イキナリ叫ぶ中出氏兄。


「どうしたぁッ!?」

僕が中出氏に聞く。


「EMPキャノン爆弾で、このデッシマン・モービルも制御不能になってしまいましたぁッ!」(中出氏兄)

その言葉に、ガクッと崩れるみんな。


「お前ッ!、何やってんだよぉッ!」


キレた僕が中出氏兄に言う。

だが、とりあえずモニターだけは、辛うじて生きている様であった。


「こうなったら白兵戦です。ここから身動きが取れませんので…」(中出氏兄)


「マジかよ…ッ!?」(僕)


ジャキッ!


すると僕の後ろから、銃を装填する音が聞えた。


振り返る僕。

そこにはガルが機銃を手にし、弾を詰め込んでいる様子が見えた。


「何やってんだガルッ!」

僕が彼女に言う。


「何って?、戦う準備をしてるんじゃないの」

ガルが言った。


「君は早くここから逃げろッ!」


「何を言ってるの?、私も戦うわ」


「まだ敵はここまで来てないッ!、さぁッ、早く、今のうちにここから出るんだッ!」


「私はイスラエルで、軍に徴用されてたのよ。悪いけど、あなたなんかよりも銃の扱いには長けてるわ」


「いいかげんにしろッ!、お前がいると邪魔なんだよッ!、そこまで言わなきゃ分かんないのかよぉッ!?」

ガルが、イキなり怒鳴り出した僕を驚いて見る。


「お前がいると、お前の援護で気を取られて戦闘に集中できないんだよッ!」

「お前がいるせいで、こっちまで巻き添えを喰うのはゴメンだって言ってんだよッ!」


そう言った僕を、ガルは黙って見つめてる。


「さぁッ!、早く出て行ってくれッ!」


「分かったわ…」

ガルが立ち上がる。


「待て!、これを持って行け!」

僕はそう言うと、ガルにデッシガン(機銃)を渡した。


「これは麻酔銃だから人殺しにはならない…。安心してぶっ放せる」

「もし逃げてる途中で敵に出くわしたら、迷わず撃て!、いいなッ!?」


「優しいのね…?」

冷ややかに言うガル。


「いいから早く行けッ!」


僕がそう言うと、ガルはデッシマン・モービルの天井ハッチを開けた。

車外に出た彼女は、そこからヒョイと飛び降りる。


僕は彼女の後ろ姿を、ハッチから身体半分ほどを出して見つめていた。


外に降り立った彼女が一旦、こちらを振り返る。


「早く行けッ!」

僕がそう言うと、ガルは林の中へと走り去って行った。




彼女を見届けた僕が、車内に戻る。


「なぜあんな酷い言い方をした…?」

戻った僕に平松が言った。


「仕方ない…、ああでも言わなきゃ、彼女はここに残っていた」

「これは俺たちの国の問題だ。他国の彼女を巻き沿いにする事はできない…」

僕が言う。


「そうか…」

平松はそう言った後、「大丈夫だ。彼女にはその真意が伝わってるよ…」と言い、僕の肩に手を置いた。


「あッ!、敵兵が出てきましたよッ!」

その時、デッシマンが僕らに突然言った。


こちらに向かって走って来る、兵士たちがモニターから見えた。


「練習しましょう。さあ、これで撃ってみて下さい」

中出氏兄が僕に、ライフル使用のデッシガンを握らせた。


「こうか…?」

車外から顔を出した僕が、スコープを覗きながら言う。


「さあ!撃って下さい」

中出氏兄がそう言うと、僕は引き金を引いた。


ガンッッ!


弾が兵士の額に命中した!

その時、兵士の額から血が溢れ飛び、相手はその場にバタンと倒れこんだ。


「うわぁッ!、血が出たじゃないかッ!?」

スコープから顔を外した僕が叫んだ。


「大丈夫です。この白兵戦用の弾には、血糊が飛び出す仕掛けにしてあります」(中出氏兄)


「ええッ!?、お前、ホントだろうなぁッ?、悪趣味だな…?、なんでそんな事する?」(僕)


「血が出て倒されたら、敵は仲間が撃たれて死んだと思います。そうやってどんどん仲間が倒されていけば、敵の戦意を喪失させて、早く降伏させる事が出来るのです」

中出氏兄がそう言った。


「なるほど…」(僕)


「その血糊オプションが付いてる弾は、1発2,5000円(税込)です!、その弾は高価なので、後で拾っておいて下さいね!」(中出氏兄)


「お前この状況で、よくそんな事いえるよな…?」

僕が呆れて、中田氏兄に言った。


ガーン!、ガーン!


僕と中出氏兄が話してる間にも、敵が向かって来ていた。

僕の隣にいる平松刑事が、中共軍の兵士をデッシガンで迎え撃っていた。


「では、私は今からあの基地の出入口まで行って、敵の出鼻を挫いて来ます!、ここは頼みましたよ!」

「それからお互いの連絡は、このインカムマイクでお願いしますね!」


そう言って僕らにインカムを渡すと、デッシマンは車外に出て、デッシマン・モービルの上に立ち上がった。




バシュッ!


デッシマンが前に向けた腕の手首から、ワイヤーロープが飛び出す!


ガッ!

敵基地の壁に、その先端が突き刺さった!


「それッ!」

デッシマンはそう言うと、デッシマン・モービルの上から、空中に飛び出した!


シャーーーーーーーッ!


縮むワイヤーに引かれて、デッシマンが空を飛ぶように敵方面へ向かう!


「おおッ!、すげぇッ!」

マントを風になびかせながら飛ぶ、デッシマンの姿を見た僕らが言う。




バサバサバサ……ッ(マントがなびく音)


「那是什么ッ!?」(何だあれはッ!?)

敵兵が、向かって来るデッシマンを指しながら叫ぶ。


ズサッ…。


敵兵たちがいる真ん中に、降り立ったデッシマン。

敵に囲まれるかたちとなった。


驚いた敵兵が、銃を脇に抱えながら慌てて後退りする。

瞬間、デッシマンが相手兵士に横蹴り!


「哇ッ!」

蹴られた敵兵が叫ぶ。


続いてスッと沈んだデッシマンが、右足を軸に時計回りに素早く回転!

囲んでいた敵兵4人の足を、デッシマンの左脚が刈って倒した!




デッシマンが倒れた相手にフック!

そして膝蹴り!


デッシマンの拳や膝の先には、例の麻酔針が仕込んであった。


次々と相手をなぎ倒すデッシマン!

至近距離の為、相手兵士は同士討ちを避ける為、機銃を使う事が出来なかった。


「すげぇ…」

モニターを眺めながら、あっけにとられる僕と平松。


「あいつ、あんな技どうやって身に着けたんだぁ…?」

僕がそう言うと、モニターから爺やの笑い声。




「ふぇっふぇっふぇっ…、あれはグリーンベレー(アメリカ陸軍特殊部隊)の、軍隊格闘技でございますぅぅぅ…」

「アメリカからグリーンベレーのコーチを招聘して、ぼっちゃまに指導していただきましたぁぁぁ…」

爺やが言う。


「それで、マスターしたのかぁッ!?」

驚く僕。


「いえ…、いくらトレーニングしても、ぼっちゃまは、一向に技をマスターする事は出来ませんでしたぁぁぁ…」(爺や)


「なんだよそらぁッ!?」

ガクッと崩れた僕が爺やに言った。


「それで仕方なく、そのコーチの技術をデータ化し、脳へインストールする事にいたしましたぁぁぁ…」(爺や)




「マトリックスじゃねぇかそれッ!?」(僕)


「ぼっちゃまは、脳に直接データを取り込む手術は嫌がりましたのでぇ…、あのデッシ・ハットに取り込む事にしたのでございますぅぅぅ…」(爺や)


「デッシ・ハット?」

何だそりゃあ?と僕。


「ぼっちゃまがかぶっている、あの帽子でございますぅぅぅ…」

「あれを被った状態のぼっちゃまは、グリーンベレーの格闘技術を完璧にこなすことができるのですぅぅぅ…」


爺やが僕らに説明する。




「それで、あんな変な帽子をかぶってたのか!?」(僕)


「さようでございますぅぅぅ…」(爺や)


「じゃあ俺も、あれをかぶれば同じように戦えるという事か!?」(僕)


「理論上ではそうなりますぅぅ…、ですが、なかなかそういうワケにも、いかないものでしてぇぇぇ…」(爺や)


「どういうことだ?」(僕)


「ぼっちゃまを、ご覧くださいぃぃぃ…」(爺や)


「ん?」

僕はモニターを見る。




するとデッシマンが、今度はヌンチャクを手にし、相手を次々と倒している光景が見えた。


「あの技は、ジークンドーで、ございますぅぅぅ…。ぼっちゃまはブルース・リーがお好きなので、映画『燃えよドラゴン』もインストールしたのでございますぅぅぅ…」

爺やが言った。


「すげぇなあいつ…」

中出氏兄の戦いぶりを見て、僕が言った。


「ですが、映画の様に動くには、身体をブルース・リーと同じ状態にしておかないとなりませんん…」


爺やがそう説明した時、中出氏兄がブルース・リーばりのハイキックを決めようと脚を高々と上げた!


グキッ…!


「……ッッ」

脚を上げた中出氏兄が、蹴りを途中で止め、股の付け根を押さえて苦しみ出した。


「あれでございますぅぅぅ…、脳から身体へ技を出そうと指示しても、身体が固いぼっちゃまでは、ブルース・リーの様な蹴り技は出せないのでございますぅぅぅ…」


中出氏兄が股間を押さえながら、しゃがみ込み、プルプル震えている。

その中出氏兄に向けて、中共軍の兵士が機銃を向けた!


「危ねぇッ!」

僕は慌ててハッチから飛び出して、その兵士に向けて撃った!


ガーンッ!


「うッ!」


首筋を押さえるデッシマン。


「わ~ッ!、あいつに当たっちまったぞッ!」(僕)


バタンと倒れるデッシマン。


「まずいぞ…、デッシマンが眠っちまったぞ…」(僕)


「ふぇっふぇっふぇっ…、心配ございませんんん…」

「ぼっちゃまには、麻酔剤を中和させるワクチンを注入しておりますぅぅぅ…。だからすぐに目を覚ますでしょうぅぅぅ…」

モニター越しから爺やが言った。


「どのくらいで目が覚めるッ!?」(僕)


「ほんの10秒ほどあればぁぁ…、ふぇっふぇっふぇっ…」(爺や)


うつ伏せで倒れているデッシマンを、恐る恐る覗き込む敵兵士たち。


その時、デッシマンの右手がピクッと動く。

次の瞬間、バッと飛び起きたデッシマンが、相手兵士を叩き伏せた!


「おおッ!」

その光景を見て、声を上げる僕と平松。


復活したデッシマンが、再び中共軍の兵士たちを次々と蹴散らす!

すると敵基地から、援軍の敵兵が続々と出て来る姿が見えた!


「デッシマンが危ねぇッ!、援護するぞ!」(僕)


「おうッ!」(頷く平松)


僕ら2人が発砲した。


ガーン!、ガーン!


「うッ…!」


首筋をまた押さえるデッシマン。

バタンと倒れた!


ガクッと崩れる僕ら。


「なんでいつも、あいつに当たるんだよぉッ!?」

僕がそう言うと、モニターから爺やが、ふぇっふぇっふぇっ…」と笑っていた。




「もう、やつの援護は止めよう。あいつには1人で頑張ってもらう事にして、こっちはこっちで敵を防ぐんだ」(平松)


「そうだな…」

その言葉に、僕も頷いた。


「ほら!、こっちにも敵が向かって来たぞ!」

平松刑事はそう言うと、デッシガンを発砲した。


ガーンッ!


「哇ッ!」

こちらに向かって来る敵兵の中の1人が、そう叫んで倒れた。


ガガガガガ……ッ


敵の集団も、こちらに機銃を撃って来た!

急いで、ハッチから出てる身体を沈める僕ら。


カカカカカン…ッ


デッシマン・モービルに弾が当たる。


「そらぁッ!」(ハッチから手だけを出して僕は撃った)


ガーン!、ガーン!


「哇ッ!」

ハッチの下に隠れている僕に、敵兵の声が聞えた。


「こりゃあ良いな…。敵を見て狙わなくても、相手の方向へ撃つだけで、勝手に弾が当たってくれる…」

僕はそう言うと、また、ハッチから手だけを出してデッシガンを発砲した。


ガーン!、ガーン!


「哇ッ!」

「哇ッ!」


やられた敵兵の叫ぶ声が聞こえる。


「撃っても相手を眠らせるだけだから、安心して撃てるな…」

僕が言う。


ガーン!、ガーン!


「哇ッ!」


「なんか恐ろしいな…、このゲームの様な感覚が…」

平松が僕にボソッと言った。


「え?」

僕が、そう言った平松を見る。


「まるでTVゲームの様な感覚で俺たちは撃ってるが、これは紛れもない戦争だ」

「ガル・シャルヒが言ってたよな?、俺たちは、リアルな死というものを実感できていないって…」


僕は平松の言葉を黙って聞いている。


「知ってるか?、アメリカではオンラインゲームバトルをやっている若者で、優秀なやつがいたら国防総省がスカウトするらしい…」

「そしてスカウトした若者を、軍用ドローン機のパイロットとして、危険なシリアや、アフガンなどでの攻撃任務につかせているんだ」


「でも、そのパイロットたちは戦地ではなく、アメリカの国防総省内にある個室でモニター画面を見ながら、衛星通信を介して軍用ドローンを操縦して敵を攻撃する」




「彼らは、リアルな戦争を感じないまま安全な場所から敵を殺し、ランチの時間になったら部屋を出て、休憩時間が終わったら、また部屋に戻って続きを行う…」

「それはまるで、ゲーム機で遊んでいるのと同じ様な感覚なんだろう…」


「目の前で、人が苦しんで死んでいくところを見ない戦争は、人を殺しているというリアルな感覚を奪ってしまう」

「ただゲームで遊ぶように、何の罪悪感もなく、人々をどんどん殺していくといった狂気が横行する」


「ハイテク化が進む事で、人間の心から正常さが失われていってしまうんだ…。恐ろしい事だ…」


平松は僕にそう言うのだった。


「嫌だな…、世界中でそんな事が、当たり前になる時代が来たら…」(僕)


「でも俺たちは、それを望んでいる。自分だけは安全で、傷つかないで、相手を倒したいという気持ちがな…」(平松)


「平松さん…、俺たちは幸い人殺しは、まだしていない。気持ちは分かるが、今は戦わないと自分たちが殺されてしまうよ」

僕が平松に言った。


「そうだな…」

平松がポツリと言う。


「俺たちは、戦争が現実になるのを阻止する為に今は戦うんだ!」(僕)


「君の言う通りだ…」

平松はそう言うと、敵の侵攻を防ぐために、再びデッシガンを撃ち続けるのであった。


ガーン!、ガーン!


ガーン!、ガーン!


ガガガガガ……ッ


ガーン!、ガーン!


(そっちの状況は、どうですか!?)

その時、デッシマンからの無線が入る。


「キリがねぇよ…」

僕が撃ちながら、インカムマイクに向かって言った。


(私の方は、やっと片付いたので、今から敵基地の司令部に向かいます!)

(あともう少し頑張って下さい!)

中出氏兄がそう言った。


「分かった…。気をつけろよ!」

僕がそう言うと、中出氏兄は「はい」と言った。

僕らは、互いの交信を切った。


「おい!、あれを見ろッ!」

すると隣にいる平松が、前方を指しながら僕に言った。


そこに見えたのは、ロケットランチャーをかついで向かって来る、中共軍の兵士たちであった!


「あんなのを喰らわされちゃ大変だ…。なんとかしなきゃだな…?」と平松。


「コノヤロッ!」(僕)


ガーンッ!


「哇ッ!」


ロケットランチャーを担いだやつが倒れた。

しかし、すぐ他のやつがロケットランチャーをかつぐ。


「それッ!」(平松)


ガーンッ!


キンッ!


弾が岩壁にはじかれた!

中共軍の兵士たちが岩壁に隠れたのだ。


「ヤロウ…」(僕)


ガーンッ!

ガーンッ!


キンッ、キンッ!(岩壁に当たるデッシガンの弾丸)


「おいッ!、中出氏!、敵が岩壁に隠れると弾が当たらん!、どうすりゃいいッ!?」

インカムマイクで、僕がデッシマンに言う。


(あの弾は、敵が隠れちゃうと当たりません…)

中出氏兄が言う。


「何だとッ!?、二酸化炭素に反応すんじゃなかったのかぁッ?」(僕)


(無理ですよ、誘導ミサイルじゃないんですから…)

(デッシガンの弾は、進行方向に1番近い二酸化炭素に反応するだけです)

(相手が隠れちゃったら、弾は通過するだけです)


中出氏兄がマイク越しに説明する。


「じゃあどうすりゃ良いんだッ!?」(僕)


(どうしょうもないです。相手が出て来るまでは…)

(今、敵司令部を制圧しましたので、もうちょっと待ってて下さい!)


中出氏兄がそう言うと、敵兵が岩壁からロケットランチャーだけを出して、こちらを狙っている様子が見えた!


「早くこっち来て、なんとかしてくれッ!」

すがる様に叫ぶ僕。


(ダメです。今、取り込み中です…)と中出氏兄。


「取り込み中~ッ!?、だってもう制圧したんだろぉッ!?」(僕)


(はい…、でも少々お待ちを…)と中出氏兄。


「敵は待ってくれねぇんだよぉッ!」(僕)




「目标ッ!」(構えッ!)

敵の将校が言う。


「うわぁッ!、撃ってくるぞッ!」

平松が仰け反って言う。


「准备拍摄~!」(撃ち方、用~意!)


「うわぁああああッ!!」

叫ぶ僕ら。


ピカッッ!!

バァアアアアンン…ッ


「うッ!」


その時、目の前で閃光が走ったッ!

そして物凄い衝撃音!


キィィィィィィィン……。(耳鳴り)


僕と平松は、完全に視界を奪われた。だが、敵からもミサイルを発射した様子が無いッ!?

そして僕らは、耳鳴りが酷くて状況が把握できない!


シュルルル……ッ


すると上から何かが、滑り降りて来る様な感じがした!


ガガガガガガガ……ッ!


続いて機銃の音が響く!


「哇ッ!」

「哇ぁ~~ッ!」


ガガガガガガガ……ッ!


敵兵が狙撃されてる様だが、まだ視界がはっきりしないので分からない!?


ガガガガガガガ……ッ!


「哇ぁ~~ッ!」


僕の視界が、ようやく見えて来た。


「ッ!?」


すると僕の目の前に、戦闘服を着た人物の後姿が、ブラブラと揺れていたッ!

ロープでぶら下がったその人物は、機銃を撃ち続けている!


ガガガガガガガ……ッ!


「哇ぁ~~ッ!」


僕は急いで上を見上げると、そのロープは頭上を覆う密林から伸びている様だった。


機銃を持った戦闘服の人物が、もう片方の手で腰から手榴弾を取る!

口でピンを抜いて、敵兵に投げつける!


ドーンッ!


「哇ッ!」


ガガガガガガガ……ッ!


続いてまた機銃を撃つ!

戦闘服の人物は足元を蹴り、ロープに反動をつけて横に移動しながら撃つ。


ガガガガガガガ……ッ!


「哇ぁ~~ッ!」


次々と倒れる中共軍の兵士たち。


その光景に、あっけにとられる僕と平松。


「大丈夫だったッ!?」


戦闘服の人物が振り返る。

その人物は、ガル・シャルヒであった!




「ガルッ!?」

「一体、どういう事だぁ~ッ!?」

驚く僕。


「ごめんなさい。騙すつもりはなかったの…ッ、私は、イスラエル諜報特務庁…、通称「モサド」の工作員なのッ!」

ガルが僕にそう言った。


「なんだってぇええ~ッ!?」

更に驚く僕。


「実はモサドも、中共の動きをずっと探ってたの!」

ガルが説明する。


「そうだったんだぁ…?」(僕)


僕と話しながらも、ガルは片手で手榴弾のピンを口で抜く。

それを相手に投げる!


ドーンッ!


「哇ッ!」


ガガガガガガガ……ッ!


「それ…、デッシガンの機銃だな…?」

機銃を撃ち続けているガルの後ろから、僕が言う。


「ええ…、あなたは私を、人殺しにさせたくない様だったから…」

そう言いながら、ガルは撃ち続ける。




ガガガガガガガ……ッ!


「哇ッ!」


ガガガガガガガ……ッ!


「驚いたな…」

「なぁ、さっきの光は何だったんだ?」

僕が言う。


「M84 スタングレネードよ」

「閃光発音筒と言えば分かるかしら?」

ガルが言った。


「いや、まったく…」(僕)


「起爆と同時に約180デシベルの爆発音と、15m四方で100万カンデラ以上の閃光を放つ、非致死性兵器よ」

「一時的に敵へ、目の眩み・難聴を発生させ、相手の攻撃力を封鎖するの」

ガルが説明する。


「へぇ~…」

僕がそう言うと、ガルは残りの敵を掃射する。


ガガガガガガガ……ッ!


ガガガガガガガ……ッ!


それから間もなく、ガルが中共軍を殲滅させた。





「君はモサドだったんだ…?」

平松が静かに言う。


「ええ、そうよ…」

ガルが静かな口調で言った。


「お~い!」

すると敵基地の中からデッシマンが出て来て、こちらに駆け寄って来る姿が見えた。


「なんとかなった様ですね?」

僕らのもとまで戻って来た中出氏兄が、微笑みながら言う。


「お前さぁ…、俺ら危なかったんだぞ!、何だよ、さっきの取り込み中って?」

僕が少し怒って、中出氏兄に言う。


「いやぁ…、敵基地を制圧したので、映える様に、デッシマン・スタンプを押してから、スマホでインスタにアップしてました!」(笑顔の中出氏兄)


「てんめぇぇぇ…、ふざけやがってぇええ…!」


「うぐぐぐ…ッ」


中出氏兄が僕に首を絞められ、うめき声を上げた。





「彼女は、モサドだそうだ」

ひと段落してから平松が、中出氏兄に言った。


「え?、そうだったんですか?、名前言っちゃってましたけど、大丈夫なんですか?」(中出氏兄)


「偽名よ…」

ガルがそう言う。


「子供の頃、日本に住んでいたってのは?」

僕が言う。


「ごめんなさい。あれも嘘よ」

ガルが申し訳なさそうに、僕へ言う。


「いいんだ。仕方ないよ。でも日本語上手いよな、ホント…」(僕)


「ふふふ…、ありがとう」(ガル)


「じゃあアナタとLINE交換できないという事ですか?」(中出氏兄)


「当たり前じゃないのッ!」(ガル)


「ちぇ~…」

肩を落とす中出氏兄。


ははははは…。

僕と平松は、その様子を見て笑った。


「いいんですか?、こんな美人と連絡先の交換しなくても?」

中出氏兄が僕に言う。


「交換したくても出来ないよ俺は…」と僕。


「と言いますと…?」

中出氏兄が僕に聞く。


「俺、携帯持ってないんだよ」(僕)


「今どき珍しいですね?」(中出氏兄)


「ああ…、でも今の俺には、もう必要ないんだ。だから解約した」

「携帯だけじゃない、家も車もみんな処分したよ」

僕が言う。


「なんでまた?」(中出氏兄)


「いろいろあってな…。だから煩わしいモノは全て処分さ(笑)」(僕)


「へぇ~…」

僕の言葉に中出氏兄が、不思議そうに言うのだった。





「平松さん、さっきのUSBの中身を見てみない?」


ガルはそう言うと、しょっていたリュックからノートPCを取り出した。

あれから僕たちは、最初にこの島へ着いたときの海岸まで戻って来ていた。


「そうだな…。ちょっと見てみよう…」

そう言うと、平松はガルにUSBを手渡した。


PCにUSBを差し込むガル。

すると中国語で書かれた文字が、画面にたくさん出て来るのであった。


「読めるか…?」

しゃがんでPC画面を見つめているガルに、平松が背後から聞く。


「ええ…大丈夫よ…」

そう言って、ガルは画面をじっと見つめている。


しばらくするとガルの表情から、緊張の面持ちが見えて来た。


「なんて書いてある?」

平松が言う。


「恐ろしい計画が書いてあるわ…」とガル。


「恐ろしい…?」

平松が聞いた。


「まず中国共産党は、私が住む中東へ武器を大量に送り、混乱を起こさせようとしてる」

「サウジとイランに、それぞれ戦争をけし掛けようと企んでる」

ガルが話し出す。


「何の為に?」と僕が聞く。


「今、アメリカのトリンプは中東に派兵しているアメリカ兵を撤退しようとしてるのは、ニュースでご存じよね?」(ガル)


「ああ…」

平松が言った。


「中国共産党は、それをさせない為に、中東の治安を悪化させ、現在手薄になっているアジアに、米軍の数が増えない様にしようと考えてるの」

「その隙に環礁地帯へ、どんどんミサイル基地の建設を進める気ね…」

ガルが僕らにそう言った。


「あんたが、この前言ってたハナシだな?」

僕が平松に向いて言う。

頷く彼。


「話はこれで終わりじゃないわ。この続きが恐ろしいのよ」

「中国と同じ共産国のロシアが、音速の8倍の速さで飛ぶ、極超音速ミサイル「ツィルコン」を数年後に完成させるらしいわ」

ガルがそう話すと…。


「音速の8倍の速さで飛ぶミサイルだとぉッ!?」

平松が驚いて言う。


「そうよ!、それが完成すれば、世界のパワーバランスが大きく崩れるわ!」(ガル)


「パワーバランス?」

僕が言う。


「現在、世界はアメリカ一国の軍事力に対して、どの国も敵わない。だからアメリカが世界の警察の様に、多国の情勢を監視してる」

「だから世界制覇を目論んでる中国共産党は、莫大な資金を手土産に、ロシアと軍事同盟を結び、「ツィルコン」を手に入れるつもりよ!」

声を少し荒げて、ガルが言う。


「そうなると…?」

僕が彼女に聞く。


「対空防衛ミサイルが無力化される!、日本が配備するイージス・アショアも意味がなくなるって事よ!」

ガルが言った。


「日本が中国に呑み込まれて、ヤマト自治区になるのが、いよいよ現実身を帯びて来たというワケか…ッ!?」

ガルの言葉に対し、僕がそう言った。


「そこでアメリカの上院議会では、こんな話が出てきていると書いてあるわ…」(ガル)


「どんな話だ…?」(平松)


「アメリカは、日本を、中国とアメリカとで分割統治しないか?と持ち掛けるみたいよ」(ガル)


「何だってッ!?」

驚いた平松が言う。


「西側を中国、東側をアメリカという風に、話し合いが進められてるみたいよ…」(ガル)


「日本が分断されるのかッ!?」

僕がガルに聞いた。


「ええ…、でも、ここには書いてないけど、私の推測では三分割ね…」(ガル)


「三分割…ッ!?」(僕)


「ロシアが、ツィルコンを中国に提供しておいて、黙っているはずがないでしょう!?、彼らは当然、北海道の領土権を訴えてくるわ」(ガル)


「大変だ…。そんな事になったら、日本も朝鮮やベトナムの様に、同胞同士で殺し合いが始まるッ!」

平松が蒼ざめた表情で、そう言った。


「日本の北海道と西側は共産圏となって、憲法9条は廃止となるわね…?、そして日本国内で戦争が始まるッ!」

ガルがそう言う。


「こッ…、これを急いで外務省へ渡さなければ…ッ!」(平松)


「ムダよ…」(ガル)


「え!?」

平松がそう言うと、ガルは堰を切った様に話し出した。


「あなたの国に渡してもムダよ…。『尖閣諸島中国漁船衝突事件』を忘れたの?」


「あのとき日本政府は何をしたの?、何もしなかったわよね?、だから海上保安官が、内部告発者としてYouTubeにその映像を公開した」

「だけど、それでも日本政府は何も対応せず、しかも、事もあろうに、その海上保安官を辞職させたわよね?」


「北朝鮮に囚われている拉致被害者もそのまんま…、その北朝鮮の将軍様の長男を、成田空港にいたところを密入国の現行犯で捕まえたときも、拉致問題の取引材料にせず、そのまま送還させてるわ…」


「世界的に見ても、あり得ない事をする国よね?、日本って…」

最後は呆れた様に、ガルは言い終えた。


「拉致被害者に関しては、動いてくれている政治家だっている!」

平松が反論する。


「でもほとんどの政治家は、拉致被害者の救出に協力なんかしてないじゃない?」


「日本の政治家は、与党も野党もほとんどが左派でしょ?」

「親中・親朝派議員ばかりじゃない!?」


「日本の政治家は職業政治家ばかりだわ。議員報酬を得る為に、耳障りの良い言葉を並べて国民を騙してるだけよね」

「本気で国を良くしようと思ってる人って、ほとんどいないみたいな感じだわ」


「政治家なら、Twitterでパフォーマンスなんかしてないで、その呟いたツィートを実際に法案にして提出するのが、政治家の仕事だと思うけど…」


ガルはそう言うと、黙って僕らを見つめた。


「それは言えてるな…。確かにTwitterで人気取りしてるやつに限って、法案なんて一切作ってないもんな…」

僕が言う。


「ねぇ…、このUSBを私に預けてくれない?」

ガルが平松に言い出した。


「え?」と平松。


「モサドに任せて欲しいと言ってるの」(ガル)


「モサドに…?」(平松)


「この計画は、我がイスラエルにとっても脅威な事よ!、中東の治安悪化は我が国にとっても深刻な問題なの…」

「悪いようにはしないわ…、このデータをアメリカ議会と連携して、中東の紛争を早々に解決したら、その軍備をアジア方面に向かわせる様にするわ」


ガルが平松を説得する。


「分かった…。どうせこんなデータを政府に渡しても、親中派議員に揉み消されるのがオチだ…」

ガルの言葉を聞いた平松が、すんなり受け入れた。


「ずいぶんとあっさりしてるんだな…?」

僕が平松に言った。


「仕方ないさ。だって日本政府では、内閣総理大臣に伝える重要な対中政策が、伝えてから15分後には、中国の人民大会堂へと話が行ってしまうらしいぜ…」

平松が諦め顔で僕にそう言った。


「そりゃ大変だ!、なんでそうなるんだ?」

僕が彼に聞く。


「政府内の、しかも大物議員の中に、スパイがうようよいるって事だよ…」(平松)


「それじゃ渡しても意味ないな…」(僕)


「そういう事だ…。じゃあガルさん、あとの事は頼むよ…」

平松はそう言うと、USBをガルに託すのであった。


「分かったわ…」

ノートPCを閉じたガルが、平松にそう言った。


「さて、君はこれからどうするんだ?」

平松がガルに聞く。


「私はさっき仲間に連絡して、迎えのヘリを呼んだわ。それに乗って国に帰るつもりよ…」(ガル)


「そうか…、俺たちは一体どうしよう?」(平松)


「私がさっき、爺やに連絡取ってヘリを呼びました」

中出氏兄が平松にそう言った。


「ふむ…、では申し訳ないがお前を逮捕する…」

平松は中出氏兄に向いて、そう言った。


「え?、まだそんな事いってるんですか!?、私はあなた達を救ったじゃないですか?」(中出氏兄)


「それとこれとは、ハナシが別だ…!」(平松)


「ああ…、もう!、しょうがないなぁ…」

「あの、お二人はこれ掛けてて下さい…」


中出氏兄はそう言うと、自分が掛けている物と同じ様なサングラスを僕とガルに渡した。

それを掛ける僕とガル。


「いいですか?、平松さん、これを見て下さい…」

中出氏兄はそう言うと、胸ポケットから1本のペンライトの様な物を取り出して平松に見せた。


「ん?、何だそれは…?」

平松がそう言った瞬間、閃光が走った!


ピカッ!


ちょっと間を置いてから、キョトンとした平松に中出氏兄が語り掛けた。


「いいですか?平松さん、あなたは今日、この場所で奥さんに内緒で愛人と密会しにやって来ました」

「バレたら大変です。あなたは奥さんに殺されます」

「だから、あなたは今日、この鳥島にやって来た事を、誰にもしゃべれません…。分かりましたか?」


「ああ…、そうだ…。女房にバレたら俺は殺されるッ!」

中出氏兄の言葉を聞いた平松は、蒼ざめた表情でそう言い出した。


 (“メン・イン・ブラック”のアレじゃねぇかぁ…ッ!)

その状況を見ていた僕は、そう思うのだった。





「じゃあ私は、これで失礼するわね!」


迎えのヘリがこちらへ向かって来た。

ガルは、その方向へ歩き出し言うのだった。


「お…、俺も…、ガルのヘリで一緒に帰る事にするよ…」

僕は中出氏兄に、おどおどしながら言う。


「え?、何でですか?」

中出氏兄が僕に向いて言う。


「だって、爺やのドローン操作のヘリだろ?、ご遠慮させていただくよ!」(僕)


「そうですか…」(中出氏兄)


「お~い!、ガル~!、待ってくれぇ~!、俺もそっちに乗せてくれぇ~!」

僕はそう言うと、ガルの方へ砂浜を走り出す。




「あ、こちらも来ましたよ平松さん!」

中出氏兄が指差す方向にも、ヘリが確認できた。


バララララ……。


夕日を背に浴びたヘリが近づいてくる。

それを見つめる中出氏兄と平松刑事。


するとそのヘリは、突然、空中でキリモミ回転をし出した!


キュンキュンキュンキュン…ッ


ヒューンン…。


ドボーンッ!




「わあああああッ!」

目の前で、海に墜落したヘリを見た中出氏兄が叫ぶ驚いて叫ぶ!


 唖然と海上を見守る中出氏兄。

その横に立っていた平松刑事が、おずおずと言い出した。


「わわ…、私もあちらに乗せてもらうよ!」

そう言うと平松が走り出した。


「お~いッ!、お~いッ!、待ってくれぇええッ!、置いてかないでくれぇ~~ッ!」

そう叫んだ平松が、僕とガルの方へと走って来る姿が見えた。


鳥島の海岸には、夕日を浴びて茫然と立ち尽くす、デッシマンの長い影が砂浜に、くっきりと映っているのであった。






 2020年10月7日


ロシアが、極超音速ミサイル「ツィルコン」を完成させたというニュースが、日本に飛び込んで来た。

ついに世界のパワーバランスが崩れる日が、現実となってやって来た。


更に、中国共産党が世界中に蔓延させたコロナウィルスの影響で、アメリカは経済不況となり、政権与党だった共和党が支持率を落としてしまった。

その結果、翌月に行われたアメリカ次期大統領選挙では、共和党が民主党に敗れるという事態が起きてしまうのだった。


これまで中国共産党の横暴を、強硬姿勢で押さえつけていたアメリカが、来年度からは親中派の民主党政権へと変わる。

ようやく前進し出していた尖閣諸島の領土問題や、拉致被害者問題が、これで全て元の木阿弥へとなってしまうのである。


今後、日本の運命は、どうなってしまうのか!?

我々の暮らす、すぐ側では、国家を消滅させる重大な危機が、じわじわと迫りつつあるのであった。




fin.



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