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 煙が変なところに入ったのか、ワリシロフは大いにむせ、フルベ局長は火を消したはずの葉巻をまた加え直す。


「き、貴官は、何と言われましたかな?」


 あの同盟の軍人が問いただす。


「貴同盟の者が誰も登れぬというなら、何処かの酔狂な冒険家がオルコワリャリョの頂を征服してしまえばどうなるのかという話です。その者の足が頂きに立ったと同時に彼の山は『死の山』で無くなる」

「登っただけでは意味がない!測量をせねばならんのだぞ!」


 同盟側から上がった声にトガベ少将。


「一度登られてしまえば、道が出来ます。道が出来てしまえば測量に必要な建材機材を荷揚げできる経路も確保される。あとは天候の安定している機を突いて逐次資材を上げ、暴風下でも耐えうる測量用の櫓を構築、測量を実施すればよいのです」

「蛮族共はどうするのだ」

「一時停戦を持ち掛け、測量の邪魔をしないことを条件に捉えている政治犯を何人か釈放し家族の元に返せばよろしいでしょ?」


 そう意味ありげな笑みで頬をゆがませトガベ少将は答えた。


「万が一、その様な事態に成れば、我が帝国は測量に全面協力いたしますし停戦交渉の仲介もお引き受けしましょう。しかし、トガベ少将、その冒険家はどうやって自分がオルコワリャリョを征服したことを証明するのですか?」


 フルベ局長の問いに、トガベ少将は空かさず応じる。


「周囲の風景が写り込んだ写真を撮影すれば証拠になります。また、登頂と同時に無線放送を、いいや、いま各国で研究開発が進んでいる映像電送行えば鉄壁の証拠です。それこそ科学技術の進歩は日進月歩、近いうちに技術が確立されるかもしれません」


 咳もすっかり落ち着き、撒き散らした灰も片付け終わったワリシロフはブリキで出来た兵隊用の点火器ライターで新しい紙巻煙草に火を付け言い放つ。


「もし何者かが登頂を果たせば、君の言うとおりになるだろう。しかしその『何処かの酔狂な冒険家』とやらは必ず死ぬ。あの山は人間の登れる山ではない。思い上がりも甚だしい」


 驚いたようにその鳶色の瞳を見開きおもむろに立ち上がったトガベ少将は、帝国や同盟の随員が止めようとするのにも関わらず、毅然たる足取りで会議卓を回り込むと、ワリシロフの背後に立ち、驚いて振り返る彼の顔に自分の顔を近づけ、囁く。


「そのご発言『科学的活民主義』を掲げる活民党の綱領に反していませんか?同志ワリシロフ。綱領曰く『科学的活民主義は必ずや信仰を凌駕し自然を支配し人類を全球の主人たらしめる』人類は山ごときの前に立ち止まるわけにはいかないのでは?」


 茫然とし、言葉を失うワリシロフ。

 反論が起きなことを確かめると、彼女は来た時と同じ様な足取りで自分の席に戻る。

 凍り付いたワリシロフにリルシア陸軍からの随員が囁く。


「同志ワリシロフ!煙草、煙草!!」


 半ば灰になり、持ち主の手を焦がしかけた煙草を慌てて灰皿に擦り付けると。


「『酔狂な冒険家』がもし壮挙を成し遂げたら、まさにそれは人類の勝利だな・・・・・・。ただし、成し遂げたらの話だ。本日は休会し現地時間明朝九時を持っての再開としたいが、フルベ局長、如何かですか?」


 それを受け局長は笑いを必死で噛み殺しつつ。


「結構です。異議は有りません」



 同盟租界を離れる公用車の車中でフルベ局長は新しい葉巻の口を切り、火を付け一服吸うと。


「イヤハヤ、少将、今日は貴官のお陰で実に愉快な思いが出来ましたよ。休戦からこの方めったになかった痛快事です。あのワリシロフの呆け面は全く持って見ものでした!実現不可能だろうと思ってみても、貴官の着想には胸がすきましたよ」


 愉快気に笑う局長の横でトガベ少将は取り澄ました顔で答えた。


「さて、本当に実現不可能でしょうか?」


 局長は目を丸くし、葉巻を取り落としそうになった「どういう、コトですか?」


「世の中には己の技量を頼みに命知らずの冒険を精緻な計画に基づき実行してのける輩が居るのは事実であり、小官もその様な人物を一人知っております。今その者はこの大陸の南の果てで多毛族の兵士と共に退屈極まる国境警備の任についておりますが、間もなく昇進しこの拓洋にやって来る予定です。また、画像を電波に乗せ瞬時に送る技術は我が帝国航空軍によりすでに実験段階に入っており、同盟や連合もそのような技術の完成は目前であるとの情報も得ています。あとはこれを応用する才を持つ者が現れるのを待つばかりですが、それも近々現れると確信して居る所です」


 そして、彼女はそのその鳶色の瞳で局長の眼鏡の奥を覗き込み。


「局長、オルコワリャリョ初登頂は間もなく『何者か』の手によってなされるでしょう」

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