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「小官のあの場における発言は、任務に就いた日々で醸成された考えに基づく言葉によるものであり、嘘偽りも政治的背景も微塵も無い小官自身の存念でありす。それが帝国を貶め、原住民の人々をいたずらに高ぶらせると言うのなら、銃殺も収監も甘んじてお受けいたします」
憲兵司令官は口をあんぐり開けてわなわな震え、少将閣下は呵々と笑って。
「だ、そうだ。しかしなぁ、自分は大尉のあの演説をもって反逆の煽動云々というのは聊か無理があると思うぞ、イェルオルコは我が帝国と共に同盟と戦う言わば友軍ども言える種族。その彼らを鼓舞することのどこが帝国の不利益になるのかね?」
額に本物の青筋を浮かばせ、憲兵司令官は抗弁する。
「少将閣下、問題の本質は何が語られたかよりも、誰が語ったかでありますぞ!この女は、角付の土人ですぞ!土人が土人を鼓舞する言葉を、全球中に垂れ流したのですぞ!」
少将閣下の表情が一変した。冷笑はすっかり失せて憲兵司令官を睨むその目には最悪級の軽蔑の相がにじんでいる。
そして、すっくと立ちあがり、実に美しい所作で皇帝陛下のおわします宮城の有る北に向かい腰を深々と折ると、低く硬くけど部屋の空気を打ち据える様な強い口調で。
「貴様!恐れ多くも畏くも皇帝陛下が発せられた『万族協和』の勅を何と心得るか!」
憲兵司令官も私も皇帝陛下の御名が聞こえた途端、直立し立ち上がり北に向かって頭を垂れる。帝国軍人の骨身に染みついた条件反射だ。
恐る恐る顔を上げてみると憲兵司令官はおじきをしたまま固まって、床の板にはポタリポタリと冷や汗の球が幾つも。
「彼女は私の部下だ。処分対象と言うならこちらで決めさせてもらう。行くぞ!シャルマ大尉」
そう言い残すと、少将閣下大股で司令官室を出て行った。私も敬礼一つを残して閣下に続く。
総軍司令部から寂峰荘に向かう車中で、私はやっとお礼の言葉を口に出来た「閣下、お助けいただきありがとうございます」
受けた少将閣下はこともなげに。
「あのような阿呆な理由で刑務所に放り込まれると言うなら、原住民とよろしくやらねば仕事のできぬ我が特務機関は、早晩壊滅だ」
確かにそうだ。けど、憲兵隊はそうは思っていないだろう。
私は心に決めていたことを口にする決心をした「閣下、小官は依願退役したく思います」
少将閣下は車窓に目をやり白い拓洋の街並みを見つめながら「先ほどの件でか?」
「それもあります、けど、この手では軍務を続けるには聊か無理があるかと存じまして」
と、私はなぜか苦笑いして少将閣下に両の手を見せる。
そう、私は凍傷で左手の小指全部と、右の人差し指を第一関節から上を失っていたのだ。
少佐は懸命の手当てをしてくれたけど帝国新領に帰還したころにはもうすっかり壊死していて切除しなきゃならない有様だった。
退役を思い立った理由はそれだけじゃない。
女性で原住民の私では、もうこれ以上の昇進は望めないだろう。つまり頭打ち。
おまけに今回は少将閣下の威光で助かった物の、憲兵隊に目を付けられたのは確実。
このまま軍に身を置けば、これから先どんな嫌がらせを受ける物やら・・・・・・。
血のにじむ思いで入営し、差別や偏見にも耐えて、妹を満足に看取れず、それでも歯を食いしまって勤め続けた帝国陸軍。未練は無いかと言われれば・・・・・・。微妙だけど。
「たしかに、その指では銃の引き金は引けんな。すまなかった。私の無謀な作戦で貴様の大事な体を損なわせるとは。不覚だった」
「いいえ、生きて帰ってこれただけ大もうけです。この指は天譴の山、オルコワリャリョに捧げたみたいなものです」
少将閣下はふと寂し気な笑みを見せた後、私の両手を取られ短くなった人差し指の有る右手の甲にそっと口づけされた。
!心臓が、止まっちゃう!
驚きで固まった私に優しいほほえみを見せながら少将閣下は。
「依願退役の件、承知した。受理しよう。シィーラ・ルジャ・シャルマ大尉、ご苦労だった」




