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皇紀八三七年華月十五日(西暦一六三―年八月十五日) 十五時00分

スーパイプカラ・オルコワリャリョ間鞍部


 日没まであと二時間弱であの切戸キレットの北側の縁にたどり着いた。

 雪庇に気を付けつつギリギリ縁まで近づいて底を覗き込む。

 八十 メートル?そんなもんじゃ絶対に効かない。間違いなく百は行ってる。

 おまけに北側も南側も常に風に吹かれているせいか雪は殆どついておらす、上の方には硬そうな氷の壁、それから下は襞に氷が挟まったのっぺりとした岸壁が底まで続いている。

 こんな所、どうやって突破しろって言うのよ!

 高山病と絶望で気分が悪くなり、我慢しきれず切戸キレット底目掛け今朝食べた物を全部吐き出してしまった。


「対岸の氷塔セラックとこっち側の氷塔セラック氷杭アイススクリューを使って綱を上下で二本固定すりゃ、簡単な橋が架けられるんだが、問題はどうやって向こう側に行くかだなぁ」


 と誰に言うとでもなくつぶやく少佐。

 ラチャコ君が「脚さえまともなら行くけどなぁ!」と悔し気に自分の足元を睨んだ。イヤイヤ、いくらアンタでも十二 メートルは無理よ無理!

 切戸キレットの縁に座り込む私と立ち尽くす少佐の間に、突然シスルがぬぅと割り込んで対岸を目を細めて睨みだした。

 それから後ろ歩きで下がってゆくと、今度は全力疾走で縁まで戻って来る。そんなことを三回ほど繰り返したあと、少佐を見つめると。


あががあっちへ飛ぼう。綱を二本と氷杭アイススクリューを何本かくれ」


「おい、マジか?」と少佐。わたしも「それ無茶よ!」と半ば悲鳴の様に言うが、本人は涼しい顔で。


「昨日はみんなに迷惑を掛けた。何かで返さなきゃと思ってたがいい機会だ。飛ぶよ。任せて」


 ラチャコ君が進み出てシスルの手を手を取ってガッチリと握り込むと「姉っちゃなら出来る」

 少佐もシスルの安全帯に綱を取り付け、氷杭アイススクリューを四本ほど手渡す。


「綱二本付けて飛ぶのは無理だ。先ず一本渡して、それの先っぽに開閉鐶カラビナを括り付けたもう一本を付ける。その開閉鐶カラビナに細引きを括り付けて、その端を向こうに渡ったお前さんに錘を付けて投げてよこすから、そいつを手繰れば二本とも対岸に着く」


 黙って話を聞いていたシスルはコクリと頷き「承知した」もうやる気満々だ。

 たまらず私は助走のため引き下がる彼女の前に立ちはだかった。

 そこで何かを言おうと口を開いたけど、また吐き気が襲ってきて思わず口を噤んでしまう。

 そんな私を突然、シスルは抱きしめた。


「姉ぇ、あがを思って止めてくれようとしてるんだろ?ありがと、でも行くよ。行ける気がするから。なぜって姉ぇのいもが守ってくれてるからな」


 そう言って私を見上げ微笑む彼女の顔に、元気なころのピミタの笑顔が重なった。

 思わず抱きしめ返す。そして羽毛服の頭巾を外し、彼女の小さく黒いカモシカ角の右側にそっと口づけをする。

 それから頭巾をもどして彼女を解放し「行っといで!」

 更に数歩下がった彼女は、胸元からあの彼女の姉の角を引っ張り出し、目を閉じぎゅっと握って再び胸元に戻すと、氷斧ピッケルを左手に持ち替え、おもむろに右手で腰からクッラを抜きはらい、雪を蹴立てて猛然と駆け出す。

 あっという間に切戸キレットの縁へ、そして!

 宙を舞う小さな体。両の脚は空を掛けるように蹴り、まるで背中に羽が生えたように虚空を泳ぐ。

 綺麗だ。本当に綺麗な姿勢だ。

 と、思ったのもつかの間、急に高さ失いやがて縁の陰に姿が消えた。

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