4
皇紀八三七年穂月二十五日(聖暦一六三―年七月二十五日) 八時00分
民主国同盟海外共同統治領南部ワカパンパ高原西端部
イェルオルコ族武装組織『インティキル』拠点『オリャンタン砦』
バンバマヨからイェルオルコの人々が『ワカオルコ』と呼ぶ毛長牛の背に揺られ四日。
これから私たちがオルコワリャリョ登頂の為に通過するワカパンパ大圏谷の入り口にたどり着いた。
この長さ約百 粁最大幅約四十 粁の、おじゃもじで牛酪をえぐり取った様な底の丸い長大な谷は、少佐の話によると大昔に氷河が地面を削り取ってできた物らしい。
昔は厚さ数百 米もの分厚い氷がジワリジワリと西に向かって流れていたが、今は灰色の大岩がゴロゴロと転がり、所々に根雪を抱いた広大な谷に成っている。
「谷の手前ん方は夏時分は色んな花が咲いて綺麗なんだぜ、今は岩や氷ばっかで面白くとも何ともねぇけどな」
と、バンバマヨから私たち『禿鷹挺身隊』に付き添ってくれた『インティキル』の少年戦士、ラチャコ・ウパンキが圏谷を指さし教えてくれる。
歳は十五、確かに大人たちから見ても小柄で顔立ちも幼いが、こう見えても九つで初陣を飾り以降六年間もウンハルラント軍を始めとする同盟軍と戦い続けて来た歴戦の勇士だ。
当然ながら戦いに関する技術は中々の物で、道中、食料の節約のためにラックトと呼ばれている大型のげっ歯類を狩る際も、愛用のウンハルラント製十型歩兵銃で瞬く間に人数分掛ける翌朝の分まで仕留める腕前。(因みに私も挑戦してみましたけど、収穫は零でした・・・・・・)
徒手格闘も流石で、毎夕食後は大人の仲間たち相手に彼らの伝統的な格闘技であるウチャ・アマル(蛇の様に絡みつくの意味)の組み手で時間を潰すのが日課だったのだけれども、一回たりとも引けを取ったところを見たことが無い。一度「子供だから手加減してるんじゃない?」と、仲間の戦士に聞いてみたところ。
「そう言いたいところだけんど、あいつには敵わねぇですよ。いやマジで」
と、苦笑いされながらの返答が帰って来た。
確かに、相手と向き合い間合いを取る様、一気呵成に突進し組みあう素早さ、激しい拳と手刀の打ち合いの末に転倒させ手足の関節を固め込み、喉笛めがけ噛みつき牙を突き立てる(あくまでも恰好)までの苛烈さは、必殺の気迫をひしひしと感じる。
徒手格闘も銃剣術もおよそ格闘とか体術とかが全然ダメな私なんて一 粍も敵うはずがない。
一応、年長者で軍事援助してくれている帝国の将校さんだと言う事で一目を置いてくれてるようだけど・・・・・・。
ところが、シスルの場合はそうは行かない。初日は一応お客さんの目で見てたけど、拠点のオリャンタン砦まであと一日の場所まで来たとき、ラチャコ君はついに彼女にちょっかいを掛けた。
大勢の仲間と合流する前に異性とは言え同い年の相手との優劣をつけておきたかったと言う事か?
そこはやっぱり力が支配する男社会の子なのね。
「お前も戦士って聞いたけど、いっちょ俺と勝負しねぇか?」との挑発の言葉にシスルしばらく迷惑そうに困っていた風だったけど、少佐に「ライドウ、コイツとやって構わんか?」
聞かれた少佐はインティキルの人たちからご馳走になっているイモから作った火酒をクイッと煽り「怪我させねぇ程度に遊んでやれぃ」
登山訓練中にイノシシを見事に仕留める様を見たけど、人、それも訓練も実戦も積んだ戦士相手にダイジョウブ?
少佐の返事を聞いて立ち上がるシスル。それを見るなりラチャコ君は猛然と突進しそのまま組み付いた。
土煙を上げ倒れ込む二人、シスルにのし掛かり彼女の右肩と左脇を両腕でガッチリ抱え込んだラチャコ君は「大丈夫か?怪我してねぇか」と余裕の笑顔。
ところが組み伏せられ絶体絶命のはずのシスルも不敵に笑い「汝よ吾が女だと侮ったか?固めが甘いぞ」
ラチャコ君が目を見開き驚いた途端、素早く脚を繰り出し彼の脚を絡めとるシスル。それと同時に弾帯を掴み腕を返すとあっというまに二人は入れ替わり、今度は彼女がラチャコ君に馬乗りに。
そしてがら空きになった喉元に固めた拳をチョンと当て「これが本気なら、汝はのどぼとけが潰れてあの世行だ」
しばらく何が起きたか理解できなかったラチャコ君だったけど、シスルが彼の上からどいた途端にバネ仕掛けの様に跳ね起きて「もっぺん相手してくれ!頼む!」
ねだられたシスルは「ヤレヤレ」と言った雰囲気で相手してやるが、今度は組み付くどころか触る事すらできず、突っ込んでゆくたびに手を取られ、弾帯を掴まれ、脚を絡められて地面にブッ倒されるだけ、その度に踵が鼻やのど、胸や金的に叩き込まれる(無論、これもその恰好)。
さっきのは彼女の方が手加減してたんだ。
一体、本当に今までどんな暮らしをして来たの?シスル?
半時間ほどラチャコ君のシスルに対する挑戦は続いたけど、結局一回も勝つことは出来ず可哀想に彼の誇りはズタズタになって落ち込むのかと思いきや、逆に爛々と目を輝かせ頬の鬚をピンと尖らせ。
「姉っチャすげぇ!すげぇよ!メチャクチャ強ぇじぇねぇか!おいら達といる間その技教えてくれ、その代り身の回りの世話みんなしてやるから!」
シスルの方も。
「汝は筋が良い、良いよ教えてやる。お返しに身の回りの世話なんぞはしていらんから、ここの土地の事、生き物の事草木の事なんでも教えてくれ」
それからという物、ラチャコ君はまるで子分のようにシスルにピッタリ付き添うようになった。
あの子、ああ見えて結構人望あるんだなぁ。




