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二時間後、旅団司令部作戦指揮所用天幕にデンツァー少佐を含む八人の将校が召集され、作戦会議が始まった。

 張り出された大判のオルコワリャリョ概念図を背にシュタウナウ大佐は全員の顔を見渡し。


「さて諸君、今回与えられた任務は、尻尾を生やした毛むくじゃらの叛徒を地べたを這いずり回り追いかけまわすと言う、我々にとって聊か役不足な物ではない、我が旅団に相応しい、いや、我が旅団にしかできない物ものだ」


 そして、愛用の氷斧ピッケルの石突でオルコワリャリョの頂きを指し示し。


「登れば天罰が下ると恐れられ、事実極めて敵対的な環境と治安上の理由で何人たりと踏むことが許されなかったオルコワリャリョの頂を、我らが宿敵、アキツ帝国の工作員が狙っているとの情報がもたらされた。目的は登頂が可能である事を身をもって世界に知らしめ、我が同盟が登頂不可能を理由に実施を先延ばしにして来た測量を強要せしめること、我々の任務はその阻止だ」

「天下無双のアホンダラですな。その工作員は、しかし小官はその様はアホはすきであります」


 と、愉快気に笑いながら鬚面を、凍傷で小指を無くした手で扱くのは第一山岳猟兵大隊長。


「とは言え、工作員を送り込んだのはあの『銀髪の女狐』トガベ・ノ・セツラ少将率いる新領総軍特務機関。自軍の有能な将兵を遠慮なく引き抜き怪しげな軍団を作り上げたと聞き及びます。そんなところからやってくる奴ですから、ただの命知らずのアホではありますまい」


 そう口を挿むのは旅団司令部参謀。銀縁メガネを中指でクイと持ち上げた。


「アキツ帝国も豊かな登山文化を誇る国だ。貴族の嗜みとして登山が広く推奨されていると聞く。あの北方大陸第二の高峰、エムシヌプリを征服したのも名門貴族であるアキル家の人間だったぞ、間違っても侮れない・・・・・・」


 腕組みしそう言うのは第二山岳猟兵大隊長。

 シュタウナウ大佐は応えた。


「君たちの言う通り、おそらく我々は相当練度の高い高所登山の専門家を相手に追いかけっこをする事になるだろう。物量を頼みに正攻法で攻めても、指の間をすり抜けられ取り逃がすだけだ」


 ここで言葉を切ると、氷斧ピッケルの石突を南下させ、複雑に稜線が入り組む渓谷で止める。


「そこで我々は、このプキュウ渓谷を東進し直接オルコワリャリョを攻め、敵より先に山頂を落とす」


 期せずしてどよめきが起こり、第三大隊長が声を上げた。


「確かにプキュウ渓谷は最短の経路ではあるでしょうが、渓谷が複雑に入り組み迷路の有様と聞き及びます。正確な地形図も無く、案内も期待できない様な状況でその様な場所に飛び込むのはいささか冒険が過ぎるのでは?」


 不敵に頬を笑みで歪ませ大佐が言う。


「確かに、渓谷の底を這いまわる者にとってはそうだろうな。しかし、我らには航空機という文明の利器がある。高高度では気流が邪魔で航空支援は有られんが、低空なら飛行は可能だ。上空からの誘導と物資補給で移動の速度は確保できる。すでに敵はワカパンパ大圏谷に入っている状況だと考えても十分間に合うと私は考えている」

「つまり、旅団長殿は敵と交戦するつもりは無いと言う事ですか?」 

 

 デンツァー少佐の詰問口調の言葉に大佐はすぐさま切り返した。


「今回の任務に戦闘はほぼ必要無いと思うがね」そして少佐のチリ一つついていない軍服と、天幕内を埋め尽くす大隊長たちの着古しくたびれ最早皮膚の一部の様になった灰色の軍服や冬季迷彩色の防風上衣パーカーを交互に見比べながら「所で、君も我々に同行するつもりかね?」

 少佐が「当然です」と憮然として答えると「山の経験は?」


「『ブゲル青少年団』で夏のテッフェンベルグに三度、それから防衛隊の訓練で冬のロンガー山に三度、他にはリルシア軍との合同訓練で冬の中央大山脈での演習に参加しています」


 胸を張って答える彼に、大佐は遠慮なく冷笑を浴びせつつ。


「ワリャリョ連峰から比べれば、遠足程度の山ばかりだな。ま、足手まといにならんよう頑張ってついくるんだな。その前に、そのカッコいい軍服では山は無理だ。今すぐ補給部に行って山岳猟兵の装備一式を受領してきたまえ。ただし、戦闘帽にはちゃんとそのイキった帽子から金ピカな『火を吐くトカゲ』の帽章をしっかり移植するように。我らの『ウスユキソウ』の帽章をつける事は許さん。紛らわしいからな」


 殴りつけんばかりの表情で大佐を睨む少佐。他の将校は必至で笑いをこらえ、中には分厚い登山靴の踵で自分の向う脛蹴ってまで我慢する者もいる始末。

 そんな中で大佐は平然と命じた。


「大隊長各位は自隊より分隊規模で精鋭を襟抜き選抜部隊を編成せよ。出撃は二十五日〇六〇〇とする。さて諸君、帝国からやって来る勇敢なる不埒者どもに、我ら山岳猟兵流の最上級のもてなしを味わってもらおうではないか!」


 七人の将校は一斉に立ち上がり、大佐に向かって敬礼を送った。

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