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 オルコムリャから下山し、丸太小屋に戻ると大きな荷物が三包み届いていた。

 私とカク教授、オウオミ先生、そして技術者のみんなの努力の結晶である撮影機材一式の練習用だ。

 私が山と格闘している間にも研究施設では改良が重ねられていたようで、撮影機も送信機も発電機もさらに軽量化小型化がすすめられていた。

 これを使って少佐とシスルに設営方法と接続方法を覚えてもらう。

 最初に機材一式を見た少佐は。


「送信機っていうから、無線機みたいにもっと可愛らしいのを想像してたけど、これを担いでオルコワリャリョを登れってか?それにこれが発電機?戦闘機の発動機の間違いじゃねぇのか?」

 とあきれ返り、シスルは茫然と機器類を眺め「なんだかわけが解らんな」とつぶやいて黙り込んでしまった。

 ま、無理も無いか。

 翌日から私が講師になり接続法設置法の講義を始めた。

 最初は頭を抱えていた少佐だったけど、とはいえ特挺群で無線機とか写真機とかを扱って来た経験があるから結構の見込みが早く、一週間ほどで水平に設置する方法とか、どの導線がどの機材と機材を繋ぎ、それぞれの何処に差し込めばよいのかなどある程度習得する事が習得できた。

 問題はシスルだ。電気を使うと説明した途端、触るのさえ嫌がった、曰く「ビリビリが来るのだろ?あがは怖い!」

 ・・・・・・。何百 メートルもある氷の急斜面を滑るのが怖くなくて、しっかり絶縁されてそもそも電源も入れてない装置の何処が怖いのか??


「まぁしょうがねぇわな、つい数年前までは文明の恩恵なんて一切ねぇところで暮らしてた娘だからさぁ、おいおい慣れてもらうしかねぇゼ」


 そう言う少佐の意見も解らないことはないけど、私だって産まれたころは電気は通ってませんでしたけどね。

 中々触ろうとすらしないシスルに、私は恩返しと仕返しの意味を込め、耳元で囁いてあげた「怖がっちゃダメよ」

 驚いて振り返り私を見つめる彼女。その驚いた顔がなんか可愛いなぁと思いつつ。


「君が教えてくれたんだよ。怖がる心が行動を邪魔するって。今の君も恐怖が行動を邪魔してる。ねぇ、君ってたった一人で何十人もあっという間にやっつけるんでしょ?最強の戦闘民族、ネールワルの女の子なんでしょ?だったら大丈夫。すぐに恐怖心なんて克服できるよ。それに私が教える通りにすれば電気なんて来ないから」


 それを聞いた彼女は、小屋の居間に置かれた機材をまじまじと眺めながらしばらくじっとしていると、不意に立ち上がって私に向き直り。


「そうだな、姉ぇの言うとおりだ。あがはネールワルの女だ。怖がらずにやって見せる」


 そして、胸元から首飾りを引っ張り出し、それを固く握りしめうつむいて目を閉じる。

 お守りかな?

 胸元に戻すときに一瞬それが見えた。

 彼女の頭の上に生えているモノと同じ黒くて小さなカモシカ角。

 何だろう?


 その宣言以降、彼女は何とか心を奮い立たせ、機材に向き合うようになった。おかげで少佐ほどとはいかないまでも、私の手元を補佐できる位の作業手順を覚えてくれるまでになった。

 この子、本当に頭が良いんだ。


 訓練開始から七ヶ月。全過程が終了した時期を見計らったかのようにトガベ少将が訓練施設の丸太小屋にやって来られた。

 その日は何時もの様な純白の軍服では無く、帝国陸軍の将校用の冬服に上に黒い皮の外套を纏い、背嚢を背負って誰も連れず、あの結構過酷な山道を一人で登って来られたのだ。

 まだ積雪は無いものの、そこそこ身に染みる寒さのはずだけど、小屋の戸口に現れたその姿は、白磁の頬が少し紅色に上気しているだけで息も切らさず悠然と夕暮れの暗い森を背に立っておられた。


「一人で来られたんで?言ってくさりゃお迎えに上がりましたものを、熊やら狼やら出る森をご婦人の身一人でおこしなられるとは」


 そう言う少佐の口調は何処か冗談めかしていて、答える少将閣下も。


「熊や狼など可愛い物だ。姿を見せればこの『斬月』で一刀両断にし、今宵の宴の肴にしてやろう。拓洋ではそんなものよりもっと忌まわしいバケモノを相手にしておるのだ」


 と、腰に佩いた軍刀の、外套の裾から覗く柄をポンと叩いて言う。

 そして、少佐の横に立つ私の顔を見るなり。つかつかと歩み寄られ。

「シャルマ大尉。随分いい顔になったじゃないか」と言うなり黒革の手袋を外すと、そっとその手で私の頬を撫でる。ひんやりと冷たい。

 心臓が音を立てて鼓動する。

 硬直する私に意味ありげな笑みを見せた後、少将閣下は暖炉に歩み寄り中でぐつぐつ煮える鍋を覗き込んで「シシ鍋か?これは美味そうだ」


「猪はあがが獲った。少将さんが来ると言うのでなにか御馳走せねばと思ってな」


 と自慢げにシスル。しかし『さん』と一応尊称は付けるものの全くのため口に私の方が肝を冷やす。けど、当の少将閣下は愉快気に。


「それはご苦労だった。遠慮なく頂くとしよう。ところで得物は何を使った?弓か?」

「そうだ。ライドウと姉ぇに勢子をやってもらって仕留めた。毒矢を使ったが中々死ななかったんでクッラ(蛮刀)で首の動脈を切って止めをさした」


 そうだ。私もこの子が猪を仕留める所を見たけど、突進してくる猪を紙一重の所で身をかわし、すれ違いざまに矢を撃ち込む様は見ていて惚れ惚れするほどのカッコよさだった。


「その苦労に報いれるか解らんが、お前にはこれを持ってきた」と、背嚢の中から少将閣下が取り出したのは一個の木箱。表書きは『彩雲堂木ノ実焼菓子』

 拓洋でも一二を争う名店の看板商品。しっとりとしてずっしり重い生地に栗や胡桃、干し果物を混ぜ込み焼き上げた菓子で、一日五十個も作らないとか。すぐに売り切れるし軍人の薄給では手が出しようがなかったけど、まさかこんな山奥でその姿を拝めるとは!

 次に「あと、大人の我々にはこれだ」と言って出て来たのは一升瓶。その姿を見た途端少佐は。


「『薫風』じゃ無いですか!祖領の酒処鶴ノ池郷で年に十樽しか醸されねぇっていう幻の銘酒。良く手に入りましたねぇ」

「鵜ノ谷郷は我がトガベ家の領地の中だ。十樽の内の一つは我が家に献上されるために醸されるものだ、手に入って当然だろう」

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