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 天幕に戻ると、シスルは早々と寝袋に潜り込んで「オヤスミ」と言うなり小さな寝息を立てて眠ってしまった。

 その横で私も寝袋に入り一応目をつぶるが眠れない。

 横に目をやると、彼女の横顔が寝袋の頭巾から覗いているのが影になって見える。

 こうしてまじまじ見ると、綺麗な顔だと改めて思う。けど、ピニタの方がもっといろいろ小さくて可愛かった。

 紅色のほっぺ、茶色のくりくりした目、小さな鼻にいつもいい色の唇。それに真っ白いつやつやした角・・・・・・。

 なんでだろう?急にピニタの事を思い出した。

 今まで色々忙しくて目まぐるしくて大変で精いっぱいだったからほんの少ししか思い出さなかったけど、今、シスルの横顔を眺めていると故郷の事と一緒にピニタの事も次から次へと頭の中に浮かんでくる。

 深々と雪が降る夜。産気づいたお母さんに驚いたお父さんが、凍えて死にそうになったお産婆さんを馬に乗せて連れてきたこと、汗が出るほど暖められた石積みの家の中で、族長さんの家から慌てて借りて来た大鍋でグラグラお湯を沸かしたこと、天井からつるした縄につかまり顔を真っ赤にしていきむお母さんから、ピニタを取り上げたお産婆さんが『可愛い女の子だよ!』と言ったこと、妹が出来てうれしくてたまらなくて、ゆりかごの中を見たら小さなおサルさんみたいのが入っていて怖くて泣いたこと、伝い歩きできるようになり、私の服の帯を掴ませ家の近くの牧草地に連れ出し、羊に追いかけ回られて一緒に泣いたこと、その後お父さんにこっぴどく叱られたこと、私が学校に行くようになり、私が家を出るのを嫌がるので仕方なく一緒に行ったら、友達も自分の小さな弟を連れて来ていて、一緒に遊ばせたこと、ピニタも学校に行くようになると、まほらま語の成績が私より良くてなんか悔しかったこと、幼年学校に入るため家を出る朝、指を豆や傷だらけにして私の為に硬くて綺麗なコウゲンブナの木の実で作った数珠を造って渡してくれた事、その数珠を教官のに取り上げられ便所に捨てられたこと、悔しくて悔しくて手紙に書て送ったら、なんとピニタが校長宛に抗議の手紙を送り付けた事、その手紙のことで校長室に呼び出され、怒られるのかと思ったら丁寧なお詫びを頂いたこと。

 そして、全球大戦休戦の年、雪降のりしきる朝の事、ピニタとの永遠の別れの日の事。

 色々と思い出している内に眠っていたようで、その間夢を見ていた。

 場所は、あの滑落防止訓練をしていた五三〇二峰だ。

 今着ているのと同じ防寒服に身を包んだ私は、ピニタをしっかり抱きしめている。そうしていないと、ふわりと宙に浮いて飛んで行ってしまいそうなのだ。

 たっぷりと羽毛の詰め込まれた防寒服越しにも、彼女の体温が伝わる。異様に熱い。そう、あの別れの朝の様に。

 困ったように笑いながらピニタは私に向かって。


「お姉ちゃん、もういいよ、しんどいでしょ?放していいよ。私、行くよ」


 そんな事聞ける訳がない!私は更に力を込めてしがみつき。


「ダメ!絶対に行かせない!ピニタは行くにはまだ早いんだ。早すぎるんだ行くな!行っちゃ嫌だ!」


 不意に足元が滑り、思わず腕を解いてしまい、私は氷の斜面を滑り落ちてゆき、ピニタはふわりと宙に浮き、あの深い深い蒼い空に登っていく。

 いつの間にか私の手には氷斧ピッケルがあり滑落防止姿勢を取って我が身を止める。

 慌てて氷の斜面を駆け上がり、飛び上がって浮き上がったピニタの体にしがみつく。


「ピニタ!行かないで!お姉ちゃんを置いて行かないで!」


 自分の大声で目が覚めた。

 目の前には苦しそうな迷惑そうな顔で私を睨むシスル。

なれよ、苦しい、放してくれ」寝ぼけて彼女に思い切り抱き着いていた。慌てて手を離し、寒さを思いだして寝袋に両手を戻して「ごめんなさい」

 彼女はその後別にとがめる事も無く、あの黒い瞳で私をまじまじ見つめて「ピニタってなれいもか?」

 思わず「イモ?」と聞き返すと「イモウトの事だ」との返事。ああ、じゃぁこの前言ってた『ネェ』は「お姉さん」の事か。

 一人で納得している私を相変わらず見つめてくる。質問の答えを待っているのか、失礼な事をしたんだし、訳を話さなきゃ。


「そう、私の妹。十六の時に流行性の肺炎で死んじゃった。可愛くて頭が良くて優しくて、いい子、本当にいい子だった」

「可愛がってたんだな」

「うん、大好きだった。兄弟姉妹の中で一番大好きだった」

「死に目には会えたのか?」

「休戦の年だったから、なんとかね。でも、病院についたらもう危なくて、話は出来たんだけど、あの子がね『雪を取ってきてほしい』って言うもんだから、慌てて病院の中庭に走って、軍帽に雪を詰め込んで戻ったら、もう」

「そうか、生きている内にいもに会えたのか」


 そう言った後、彼女は黙り込んでしまった。もう寝たのかと思い寝袋の頭巾を引っ被ると不意に彼女が言った。


ねぇいもは必ず傍にてねぇを見守っている。だから明日も頑張ろう」


「うん」と答えるが、すでにシスルまた小さな寝息を立てていた。

 本当に、強い子だ。

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