すれ違わない二人
お目汚し失礼いたします。
「私、オーデル様が好きなんです」
授業が終わり、廊下を歩いているといきなり声をかけられた。金髪に青い瞳、小柄で可愛らしい女生徒だ。こちらを睨んでいるが全く迫力はない。
ちなみにオーデル様とはおそらく私の婚約者であるオーデル・メジェルダのことだろう。
公爵家の嫡男で紺色の髪に空色の瞳、涼し気な容貌とクールな性格から世間では氷の王子と呼ばれて令嬢たちの憧れであるらしい。
私には理解できないが。というのも私とオーデルはとっても仲が悪いからだ。
仲が悪いならこの女生徒の出現を喜ぶと思うだろう。
しかしここで私が「どうぞ、どうぞ」などと言おうものならオーデルはその発言を私の不誠実ポイントにしてくるだろう。
いきなり出てきた不誠実ポイントという言葉に困惑している人も多いことと思う。不誠実ポイントとは、自分が不誠実な行動をした場合に与えられるポイントのことだ。そして相手の不誠実ポイントが10ポイント貯まると婚約破棄を宣言できる。
なんだ、不誠実な行動をしまくって婚約破棄されればいいって?いやいや、そんなにこのシステムは甘くはないのだ。
自分の不誠実によって婚約破棄された場合、慰謝料金貨1万枚と謝罪そして相手の言うことを何でも1つ聞かなくてはいけないのだ。
何でも1つというが、もちろん自分と相手の両親の承諾も得なければならない。
そんなに辛い罰にはならない?それは大きな間違いである。
もし私があいつに何か言うことを聞かすとして、一生フルネーム刺繍入りのブリーフ着用だとか、私と話すときの語尾がでちゅ等という凶悪なものでも、うちの両親とおじさま、おばさまだったら許可してしまうだろう。
私が考える凶悪さでこれなのだ。あいつは、もっとえげつないはずだ。
つまり私が無事に婚約破棄するにはオーデルの不誠実ポイントを貯めるしかないのだ。
「ちょっと聞いてるんですかっ?」
女生徒が声を荒げる。おっと、忘れてた。ごめんごめん。
ちなみにここで私がオーデルとこの子が付き合っていると思ってオーデルの不誠実ポイントだと申請するとする。
それが本当ならオーデルの不誠実ポイントに加点されるが、嘘だった場合にはちゃんと確認しなかった私の不誠実ポイントになってしまうのだ。
ちなみにその審査もうちの両親とおじさま、おばさまが協議している。私たちの仲は悪いが家同士の仲はめちゃくちゃいいのだ。
あいつが自分の不誠実ポイントになるようなことをするはずがない。つまりこの子の片思いの可能性が高い。
そこで私が取れる行動はただ一つ。切なげな表情を浮かべて
「そうなのですか…」
これでよし。これで私に認められたと思って積極的にオーデルに絡んでいってくれれば御の字である。
なおかつ、自分からオーデルを薦めていないし苦悩していたと言える絶妙な返答なのだ。
興奮していた女生徒も私の返答を聞くなり「分かって下さればいいんです」と満足そうに去っていった。作戦成功である。
…あの子の名前なんなんだろう。まあ、いっか。帰ろうっと。
「オーデル様、お隣失礼してもいいですか?レナ様には許しを得ていますから」
休憩時間に裏庭で休んでいると、いきなり声をかけられた。制服のリボンは青色、同学年であろう女生徒だ。こちらを上目遣いで見つめてくるが意味が分からない。
ちなみにレナ様とはおそらく俺の婚約者であるレナ・ドルドーニュのことだろう。
侯爵家の令嬢で夕日色の髪に真紅の瞳、華やかな容貌と誰にでも公平な性格から世間では紅薔薇の姫と呼ばれて令息たちの憧れであるらしい。
俺には理解できないが。というのも俺とレナはすこぶる仲が悪いからだ。
仲が悪いならこの女生徒の出現を喜ぶと思うだろう。
しかしここで俺が「別に隣にいていい」などと言おうものならレナはその発言を俺の不誠実ポイントにしてくるだろう。
いきなり出てきた不誠実ポイントという言葉に困惑している人も多いことと思う。不誠実ポイントとは俺の祖父母の代に婚約破棄するカップルが多かったことから、俺の祖父母とレナの祖父母が簡単には婚約破棄できないよう考え出したシステムだ。
いいシステムじゃないかって?いやいや、そんなにこのシステムは甘くはない。
婚約破棄できるのは相手の不誠実によってのみ。俺とレナの相性がいくら悪いと主張しようが婚約破棄はできないのだ。
なら婚約してから別れればいいって?それは大きな間違いである。
この国では婚約式後の破局は認められない。しかも婚約式は学園卒業後に行う予定であると両親達によってもう決められている。婚約破棄のタイムリミットは後わずかなのだ。
つまり俺が無事に婚約破棄するにはレナの不誠実ポイントを貯めるしかないわけだ。
「隣、座りますね」
女生徒が隣に腰掛ける。存在を忘れていた。まったく面倒くさい。
ここで俺がこのまま一緒にいるとすると俺の不誠実ポイントに加点されるだろう。
ちなみに今現在のポイントは俺が3不誠実ポイントに2誠実ポイント。レナが2不誠実ポイントに1誠実ポイントである。
誠実ポイントは相手が喜ぶような行動をしたときに与えられる得点だ。3誠実ポイントで1不誠実ポイントが相殺できる。まったくふざけたことを考えるもんだ。
この女はレナの許可を取ったと言っていたが、あいつが自分の不誠実ポイントになるようなことをするはずがない。つまりこの女の思い違いである可能性が高い。
そこで俺が取れる行動はただ一つ。興味のかけらもないといった表情を浮かべて
「迷惑だ」
これでいい。これで俺に構っても意味がないと分かるだろう。誰かに見られるのも嫌なのですぐに立ち去る。
これで近づいて来なくなるといいが。
パーティーに行く準備をする。オーデルからはエスコートに行くという手紙とともに空色の宝石で彫られた薔薇の髪飾りが届いた。自分の瞳の色を使うあたり誠実ポイント稼ぎがすごいわね。
エスコート失敗を狙っていたのに、やっぱりオーデルは相当警戒している。
というのもオーデルの3不誠実ポイントの原因はオーデルが私をエスコートしなかったからなのだ。まあ狙ったんだけどね。
行動によって加算されるポイントも変動する。オーデルは1回の失敗で3不誠実ポイントも加算されちゃったんだから大変よね。…うそ、最高だわ。
私が誠実ポイント稼ぎと見せかけて送った13枚に渡る手紙の一行にさらっと、このパーティーに行くからエスコートよろしくねと書いておいたのだ。
思惑通りオーデルは来ず、私の手紙を無視したことエスコートしなかったことで不誠実ポイントに加点されてしまったわけだ。
エスコートなしでパーティーに行くと私の不誠実ポイントになるから結局欠席の連絡をしたんだけどね。
今回もそれを狙ってたんだけど、同じ手は通用しないみたい。
窓の外を見ると馬車が走ってくる。オーデルが迎えに来たようだ。
パーティー会場に到着した。レナは俺が贈った薔薇の髪飾りと紺色のドレスを身にまとっている。俺の髪色のドレスを着るあたり誠実ポイント稼ぎがすごいな。
婚約者の義務として2曲踊った後、レナと別れる。
友人たちと談笑していたが、飲み物を取りに一人離れたところにこの間の女が話しかけてきた。
おそらく俺より身分が下だろうに、こいつの頭の中はどうなっている。学園外だぞ。名乗りもしないしな。
「レナ様にオーデル様を譲ると言われました。大丈夫です。私達には何も障害はありません」
何が大丈夫なんだ。というかレナがそんなことをするはずがない。というのもレナの2不誠実ポイントの原因はレナが俺に令嬢をあてがってきたからなのだ。といっても令嬢を止めなかっただけだがな。
おおかた俺が引っかかればラッキーぐらいのつもりだったんだろう。しかし不誠実ポイントになるには十分だ。
あの件があるので二度とそんなことはしないはずだ。よってこの令嬢は嘘をついている。
万が一本当でも付き合わないけどな。
「嘘だな。…消えてくれ」
飲み物を給仕から受け取ると、さっさとその場を立ち去った。
「レナ様に会いたいと言っている人がいるんです。ついてきてください」
このあいだの女生徒が話しかけてくる。何を言ってるんだか。会うわけがない。会いに行ったら私の不誠実ポイントになってしまう。
「嫌です」
即答する。
「嫌でもついてきてもらいます」
女生徒は袖口にナイフを隠し持っていたようだ。ナイフを外からは見えないように突き付けられ、体が固まる。
パーティー会場を出た私が連れて来られたのは休憩用に用意された一室だった。
部屋の中には見知らぬ男性がいる。
「この方レナ様が好きなんですって。だから協力してあげることにしたの。お幸せに」
女生徒が笑って部屋を出ていった。
この状況、完全にやばい。不誠実ポイントどころじゃなく私の貞操の危機である。
ドアを開けようとするが鍵がかかっていて開かない。
男がにじりよってくる…万事休すね。
レナが見当たらない。友人たちに話を聞くとあの女と一緒にいた後どこかに移動したらしい。勝手に帰ったら俺の不誠実ポイントだ。しょうがないのであの女に話を聞く。
「レナを知らないか」
俺が話しかけたことがよっぽど嬉しかったのか笑顔で女が答える。
「レナ様なら男性と親しそうに休憩室に入っていかれました。お邪魔をするのは野暮ですわ」
レナがそんなことをするはずがない。
「…嘘をつくな。ことによってはお前もその男もただでは済まない。その部屋に案内しろ」
「本当ですっ。信じてください!」
「レナがそんなことするわけないからな。その一点では俺はレナを信じてる。分かったら早く移動しろ」
ばれる嘘をつく無能さに呆れる。レナと仲が悪いと言っても、幼いころからの付き合いだ。レナが傷つけばいいなどと思ったことはない。早く助けに行かないと。
女と共に速足でレナがいる部屋へと向かい鍵を開けさせる。
「ここよ。でも、どうせもう遅いわよ」
女が捨て台詞を吐くが、構わず部屋に突入する。
バルコニーに足をかける。地面まで何メートルぐらいあるかしら。
「それ以上近寄ってきたら下に落ちるわよ」
今にも落ちそうな私に男は焦った様子で言い募る。
「本当はレナさんも俺のことが好きなんだろう?あの女がそう言ってた。もうあんな男に操を立てなくていいんだ。こっちに来てくれ」
わけの分からないことを。どうして私があんたを好きになると思うのだ。
しかし、いつまで時間を稼げるか。男がしびれを切らして襲ってきたらどうしよう。
この男と結婚?死んでも嫌。じゃあ下に落ちる?そっちの方がまし。下は生垣だし上手くいけば大怪我で済むだろう。
私が下に落ちる決心を固めると同時に部屋のドアが開いた。
オーデルが入って来たかと思うと、男を殴り飛ばす。痛そう…あら気絶したみたい。
手すりから足を下ろしてオーデルの元へ向かう。
「レナ大丈夫か?」
その言葉に私は何だかすごく安心してしまって、ほっとしたと思ったら涙が止まらなくなってしまった。
オーデルはいきなり泣き出した私にすごく焦って困ってたけど、「もう大丈夫だ」と言って優しく背中を撫でてくれた。
なんだか、たまらなくなって私はオーデルに抱き着いて号泣してしまったのだった。
……完全に黒歴史だわ。
あの女生徒と男は家から絶縁され、王都から遠く離れた場所に送られたらしい。もう二度と会うことはないだろう。
オーデルとの婚約はまだ続いている。不誠実ポイントも。でもオーデルと私のポイントはあれから変わっていない。
実を言うと、私は積極的にオーデルの不誠実ポイントを獲りにはいっていない。だってオーデルも嫌だけどオーデル以外の人と結婚するのはもっと嫌だって思ったから。
私達はもうすぐ学園を卒業する。
周りから見たら二人は理想のカップルだと思われています。
何があってもすれ違わない二人、ありとあらゆるすれ違いが襲い掛かるも絶対にすれ違わない話にしたいと思ったんです。
それが何でこんなことになったのか。
深夜だからですね。正気になったら消すかもしれません。
こんな駄文を最後までお読みいただきありがとうございました。