After the snow
「あざいやしたー。お気をつけて」
ラーメンの湯気で曇った引き戸がガラリと重い音を立ててスライドし、最後の客が出ていく。これで店じまいかと道路を見やれば、いつの間にか白く分厚い雪が外を覆っていた。
今朝の天気予報で、今夜から明日の朝にかけて日本列島全土で記録的な大雪になるという情報が出ていた。帰りの足が無くなる前にと他の店員は早々に帰してしまったので、店の中には店長の俺しか残っていない。
もう誰にも気兼ねすることはないのだから、今日はさっさと切り上げて早く家に帰ろう。そう考えながら片づけ始めたその時、ガラス戸の外に黒い人影が映った。眉をひそめると、戸が開いて冷たい空気が吹き込んでくる。
「お客さん、悪いけど今日は――」
「おじさん、ごめんなさい。一晩だけ、宿を貸してくれませんか?」
か細い声でそう言ったのは、ダッフルコートを羽織った綺麗な顔立ちの青年だった。肩には雪が乗り、小刻みに体を震わせている。その様子がひどく儚げで、脇に置いた大きなスーツケースと全く釣りあっていなかった。
商売柄毎日のように様々な人と顔を合わせるせいか、俺は人の顔を見てもすぐに忘れてしまう。しかし、彼には見覚えがあった。
「君、確か上の芸能事務所にいた……」
「結城恭介です。いつもお世話になっています」
彼はそう言い、ぺこりと頭を下げる。このビルの上の階には小さなアイドル系の事務所があり、よく若い子たちが店にやってくる。その内の一人で、週に二、三度来ては一番安いラーメンを静かに食べていた。
その線の細そうな雰囲気からは想像ができないほど、今は切羽詰まった様相をしている。
「突然押しかけて、本当にすみません。ただお金が無くて、夜を越せる場所が無いんです。店の隅でもいいので、一晩置いてもらえませんか?」
「待った、待った。とりあえず、中に入れ。そこじゃ寒かろう」
店の中に招き入れ、ガラス戸とシャッターを閉める。ようやっと温かい空気に包まれたためか、真っ赤に強張っていた顔が少しだけ緩んだ。
客用のカウンター席に座らせ、ポットからぬるいお茶を湯呑に注いで渡す。彼はそれを一気に飲み干し、おかわりを三杯出したところでやっと手が止まった。俺は自分の分もコップに注いで、彼の横に腰掛ける。
「ちっとは落ち着いたな。じゃ、詳しく話を聞かせてくれるな」
「……はい」
「よし。じゃあなんで急に、文無し宿無しになっちまったんだ? 電車だってまだ一応動いているんだから、家に帰ろうと思えば帰れるんじゃないのかい?」
間引き運転をしているとはいえ、あと数本なら電車もあるはずだ。しかし、彼は目を伏せてぽつりと言葉を零した。
「……家、無いんです。事務所辞めて実家に帰るので、解約しちゃって」
「え、辞めたの?」
「はい。お金も引っ越し費用とかでほとんど無くなっちゃいました。それでいざ高速バスで帰ろうとしたら、この大雪でバスが運休になっちゃったんです。宿を取ったら交通費も無くなるし、事務所の人の番号は辞めた時に全部消しちゃったので残っていなくて。どうしようかって思った時にここを思い出して……」
「……それは、大変だったな」
かける言葉が見つからず、型どおりのことしか言うことができない。彼は唇を噛みしめ、下を向いてしまった。
と、そのお腹からくーっと小さな音がした。結城君はバッと両手でへその辺りを押さえる。
「飯、食べていないのか?」
「……お昼に、パンを一つ」
それでは腹も減るだろう。俺はため息を一つつき、前掛けを取りながら椅子から立ち上がった。
「そういうことならうちに来い。狭いし何もないが、簡単な飯と寝床くらいは貸してやれる」
「え、いいんですか? 本当に?」
「これだけ聞いて、放っておくのも寝覚めが悪いからな。向かいのアパートの二階だから、そのスーツケースは自分で運ぶんだぞ」
「はい! ありがとうございます!」
立ち上がって勢いよく頭を下げる様子は、いかにも体育会系だ。俺は苦笑して、手早く閉店作業を終わらせた。
裏口の戸を開けると、雪は一段と激しさを増していた。空を見上げると薄黒い空から次々に白い塊が降ってきており、音もなく視界を遮る。人通りのない、普段では考えられないほどの静けさに、脳がバグを起こしそうだ。
かじかむ手でどうにか店舗の鍵を閉め、足早に道路を渡って築二〇年のアパートへ帰る。自宅のドアを開けた瞬間嗅ぎ慣れた部屋の空気が体を包み、ようやっと一息つけた。外よりはまだ多少暖かい。
「それでも寒いな。ストーブストーブ」
「お邪魔、します」
靴を脱ぐのもそこそこにストーブ目がけて突進した俺とは対照的に、結城君は玄関に上がってから靴の向きを丁寧にひっくり返している。
「スーツケースはその辺にある雑巾で軽く拭いてくれ。床が濡れたら後が面倒だからな。そしたら適当に上がれよ」
「はい、ありがとうございます」
彼が恐る恐るといった様子で居場所を確保するのを横目に、軽く手を洗ってから部屋に隣接する台所の冷蔵庫を開けた。卵、ネギ、冷凍ご飯が二人前とチャーシューの切れ端があったから、これで良いだろう。
ネギとチャーシューを刻み、熱した中華鍋に溶き卵を溶かして軽くかき混ぜる。レンジで解凍したご飯と具材を中華鍋に追加して適当に味付けしたら、賄い用炒飯のできあがりだ。さすがにこれだけだと野菜が足りないので、粉末の中華スープに乾燥わかめを足して沸かした湯で溶かす。
それらをお盆に載せてリビング兼寝室に持っていくと、結城君は畳敷きの床にしゃがんでストーブに両手をかざしていた。炎を見つめる目は虚ろで、ここではないどこか遠い場所を眺めている。
「おい、できたぞ。座卓に載せてくれ」
「あっ、すみません。ありがとうございます」
だが声をかけるとすぐに現実に戻って来て、慌てて皿を受け取った。俺は戻る足で余ったお湯でお茶を入れ、スプーンと共に渡す。客用の箸など、物の少ないぼろアパートにはあるはずもない。
彼には背の付いた座椅子を勧め、俺は薄い座布団を敷いて向かいに座る。
「スープと冷飯ならまだあるから、足りなかったら解凍して食えよ」
「本当にありがとうございます。いただきます」
結城君は手を合わせ、多めによそってやった炒飯の皿にスプーンを突っ込む。それを口に運んだ瞬間、目を大きく見開いた。そして無言で二口、三口と食べ始める。それを見てから、俺も汁椀に口をつけた。
しばらくお互いの咀嚼音だけが部屋に響いた。他には食器どうしの当たる音、時折汁を飲む音。しかしそのうち、鼻をすする音が混ざり始めた。
雪が音を吸収しているのか、外からは何も聞こえてこない。まるで、ここだけが時間から取り残されてしまったかのようだ。
やがて、彼は息を一つついてスプーンを置いた。
「ごちそうさまでした。とても……とても、美味しかったです」
噛み締めるような一言に、俺も顔を上げる。うつむき気味のその顔には、涙の筋がいくつもついていた。
「それはよかった。足りたか?」
「はい、お陰さまで。やっと人心地つけました」
そう言い、彼は腕で無茶苦茶に顔を拭く。俺はその頭を軽く叩き、皿を持って立ち上がった。
「さっき風呂を沸かしておいた。入って体を温めてきな。お湯は抜くなよ、折角だし俺も入る」
久しぶりに湯船に浸かり、ほこほこと湯気が立つ頭を拭きながら部屋に戻ると、結城君は座椅子に腰掛けたままうつらうつらしていた。長いまつげは力なく下り、小さく口を開けて無防備な顔をさらす様子はその容姿も相まって一枚の絵の様だ。背景が擦り切れた畳と砂壁なのは横に置いておこう。
このまま放置して目の保養にするのも悪くはないが、それでは風邪をひかせてしまう。ため息を一つつくと、押入れを開けて布団と山用の寝袋を引っ張り出した。
わざと大きく動いたせいだろう、物音に気付いて彼はふっと目を開けた。
「今布団を敷いてやるから、寝るならそこで寝な。俺はその座椅子を使わせてもらうから」
「あ、そんな、ここでいいです。申し訳ない」
「座りながら寝ている奴が何言ってるんだ。俺はその上に寝袋敷くから気にすんな」
そう言いながら、ぼろぼろのマットレスの上にせんべい布団を敷き、毛布と冬用の掛布団を乗せる。結城君を手で追い払い、空いた座椅子の背を目いっぱい倒して上に寝袋と夏用の上掛けをかけた。あとは半纏でも羽織って寝れば充分だろう。
「ほら、体が温まってるうちに布団に入っちまえ。それともあれか、寝酒が必要なら一緒に飲むか」
「いえ……じゃあ、お布団お借りします。ありがとうございます。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
彼は深々と頭を下げ、布団に頭まで潜り込んだ。俺は冷蔵庫から発泡酒を出して、新聞を広げながらちびちびと缶を空ける。
しんとした部屋に、遠くで車が雪を跳ね上げる音だけが聞こえてくる。だが時計の長針が何度か動いた辺りで、ごそごそと布団の中で動き回る気配がした。
新聞を繰る手を止め、小さく声をかける。
「眠れないのか?」
「……いざ寝ようとするとダメですね。色々考えちゃって」
そう言い、結城君は布団の端から目だけを出す。
「寒くはないか? 悪いな、建物が古いから隙間風もあって」
「いえ、充分温かいです。本当に、おじさんがいなかったら凍死していました。オレの命の恩人です」
にこりと目を細める様子は本当に朴訥な好青年然としていて、さぞや普段からひたむきに生きてきたのだろうと思わせる。だからこそ、不思議でならなかった。
「なんで事務所辞めちゃったんだよ。川岸の公園で、あんなに一生懸命踊っていたのに」
「見ていたんですか」
結城君が目を見開く。俺は発泡酒の缶越しにそれを眺め、にやりと笑った。
「去年の夏くらいかな。夕方この辺を走っていたら、一人汗だくで踊っている君を見かけた。何度も何度も踊っては、自分のスマホで確認してただろ」
「うわー恥ずかしい。どうしてもフリが入らなかった頃だ」
結城君は再び頭から布団を被る。それが小動物の様で、思わず笑みがこぼれた。
「踊るの、好きだったのか?」
「それもありますけど、目立つのが好きだったんです。歌うのも好きで、クラス合唱ではパートリーダーやったりして。田舎の小さな学校でしたけどね」
「それで、テレビのアイドルを見て憧れた、と」
「よくある話です。音楽番組とかで歌って踊る姿が格好良くて、あんな風になれたら気持ちいいだろうな、と思った」
結城君は布団から頭を出して、自嘲気味に口角を上げた。
「オレの家、江戸時代くらいから続く農家なんです。小さい頃から農作業とか手伝わされていたんですけど、こんなところで土にまみれて暮らすのは嫌だと思って。で、小さな頃からわりとモテていたし歌も踊りもそこそこできたので、試しにオーディション受けたら受かっちゃったんです」
「だから、こっちに来たわけだ」
「はい。最初は意気揚々とって感じでしたけどね、オレなんか所詮田舎の大将でした。上京したら才能ある奴はゴロゴロいるし、後輩にも追い抜かされて、レッスンばかりで仕事もないからバイトで食い繋いで」
いくら追っても頑張っても、周りが掴んでいる夢を自分だけ手に入れることができない。それどころか、次第に遠ざかっていく心持がする。厳しい現実が殴りかかってくる様には自分にも覚えがあるが、何度経験しても辛いことに変わりはない。
「それで腐っているところに、父親が倒れたって連絡が入ったんです。妹もいますが、まだ学生なので帰ってきて欲しい、って母親から頼まれて。それで腹が決まりました」
「周りからは引き止められたんじゃないか? 仲間とか――」
「事務所的にはよくある事らしくて、社長とかには事務的な事しか言われませんでした。同期には話していません。そもそも出世しちゃった人とはもうほとんど連絡を取っていなかったし、あとは皆辞めちゃったので……」
言葉尻がだんだん小さくなり、彼の顔が歪む。何となく目線を逸らすと、視線から逃げるように布団の中に潜り込んだ。
「……無駄な時間、過ごしちゃったのかなあ。どうせダメになるんだったら、最初からやらなければよかったのかな。皆に迷惑かけて……」
小さな呟きが、すすり泣きの合間から漏れる。聞こえないふりをして缶を傾けていると、やがてしゃくりあげる声が小さな寝息に変わった。
疲れ切っていたのだろう、その後は俺が立ち上がっても寝支度を整えていても、彼は全く起きる気配を見せなかった。
体の中に、冷気が入り込んでくる。ぶるりと震えると、外側にかけていた布団がカサリと落ちた。
ストーブの火はいつの間にか消え、部屋は薄明りに満ちている。隣に目をやれば、結城君が布団を上げているところだった。
「ん、おはよう。眠れたか?」
「はい、おかげさまで。おじさんこそ、寒くなかったですか? オレが毛布いただいちゃったので……」
「ああ、大丈夫大丈夫。慣れてるから」
強がりを言い、寝袋から這い出すと体がビキリと軋んだ。さすがに座椅子ではマットレスには固かったか。
「すみません、流しをお借りします」
「おお、その辺の石鹸も適当に使っていいぞ」
伸びをしながら立ち上がり、カーテンを開けると曇りガラスの外が白い。窓を細く開ければ、道には五センチ以上の積雪があった。砂糖を固めたような雪が、朝焼けを受けて朱色に染まっている。
「結構降ったなぁ……」
「ありがとうございます、お借りしました」
結城君の声がしたので、窓を閉めて入れ違いに顔を洗いに行く。蛇口から出てくる水は氷のように冷たくて、ろくに手を入れていられなかった。早々に水を止めて部屋に戻ると、スマホをいじっていた結城君が顔を上げる。
「あの、バスが動き出したようなので、これで帰ります。本当にお世話になりました」
「おお、そりゃよかった。バスはどこから出るんだ?」
「ここの隣の隣のターミナル駅からです」
「それじゃ、近くの駅まで送るよ。コンビニに行くついでだ」
ハンガーにかけていたジャンパーを羽織り、財布をポケットに突っこむ。恐縮する結城君を追い立てながら外に出ると、息が一瞬で凍ってしまった。
「ひー、寒い寒い」
悲鳴を上げつつ階段を降りる。ふと後ろを振り返ると、彼は鍵の閉まった部屋の前で頭を下げていた。そしてスーツケースを抱え、滑らないよう一歩一歩慎重に足を下ろす。地面に着いたところで、ふうと大きく息をついた。
「かなり積もっていますね。こんなの何年振りだろう」
「警報級の大雪だって昨日テレビで言っていたからな。とりあえずコンビニに寄らせてくれや」
そう宣言し、駅に向かって足を踏み出す。車が走るところはある程度除雪されていたが、逆に歩道には雪が積もったままで足を取られた。ぱっと見は綿菓子なのに、触ってみればまるで泥沼のようにまとわりつく。
「転びそうだな。雪なんか降るもんじゃねぇや」
「まあ、確かに。でもこんな朝早くに雪道を歩いていると、子どもの頃を思い出しますね」
雪にスーツケースの車輪を取られて四苦八苦しながらも、結城君は小さく笑った。
「あんまり雪が降らない地域だったので、たまに積もると友達と遊びながら登校していました。雪合戦や雪だるま作りがしたくて、わざと早めに学校へ行ったり」
「ああ、そういえば俺にも覚えがあるな。下手な場所で作ると泥だるまになっちまうから、芝生とか砂利道とかを選んで雪だるまを作るんだ。ただ皆同じことを考えるから、早くに行かないと良い場所の雪はすぐ無くなってなぁ」
「あの頃は雪、大好きでしたよね。どうして忘れていたんだろう……」
とりとめもない思い出話をしていたら、あっという間に駅前のコンビニへたどり着いてしまった。結城君を外で待たせ、俺は一人で店内に入る。
買い物を済ませて出てくると、彼は縁石の上に小さな雪うさぎを作っていた。目は小石、耳は植込みの常緑樹の葉で、溶かしてしまうのがもったいない。
俺はビニール袋から洗顔料を取り出してポケットに入れると、残りを彼に渡した。
「餞別だ。朝飯と昼飯分くらいはあるだろ」
袋の中には、おにぎりとパンをいくつも入れてある。結城君は目を白黒させながら、俺と袋の中身を何度も見比べた。
「えっ、でも……」
「いいからもらっておけ。あと、これはカイロ代わりに」
ホットの缶コーヒーを、結城君のコートのポケットに押し込む。そして、上からぽんぽんと二度叩いた。
「今まで生きてきて思い知ったんだが、どんな経験でも必ず自分の糧になっているもんだ。人生に無駄な事なんて、何一つない」
結城君がひゅっと息を飲んだ。渡したレジ袋が、ぎゅっと強く握りしめられる。
「だから君は、今までの頑張りに胸を張っていい」
「……はい」
小さく、しかし力強く彼は答える。その目は潤んでいたが、昨日と違って零れ出ることはなかった。
彼の背中を叩き、駅までの道を並んで歩く。白く凍った道は、ガラスが飛び散ったようにキラキラと輝いていた。
「今はまだ夢や目標なんか無いかもしれないがな、そのうちきっとやりたい事がまた見つかるはずだ。その時は、臆せずに必ず挑戦するんだぞ」
「……それをやるのが、もし難しかったとしたら?」
「その時は、どうやったらできるかよく考えるんだ。人間、工夫すれば大抵のことは何とかなるんだよ」
「……いいのかなぁ、失敗したオレなんかがまたそんなことして」
眉尻を下げる結城君に、わざと大げさに笑ってみせる。
「いいんだよ。雪が溶ければ春になる。どんな冬でもいつかは終わるんだから、ずっと囚われていたらいけないんだ」
辛く苦しい時も、いつかは溶けて水になる。流れていってしまえば、もうその重みに耐える必要はない。
「人生、やりたいものをやったもん勝ちだ。あ、でも犯罪は駄目だからな」
「そんなことしませんって」
そう言って、彼は歯を見せて笑う。やはりこの端正な顔立ちは、しょげているより笑顔でいる方がずっといい。
そして、彼は足を止めた。そこはもう駅舎への入り口だった。
「何から何まで、本当にありがとうございました。うち、米も作っているので、秋になったら新米を送りますね」
「いらんいらん。それよりもしもこっちに来る機会があったら、奢ってやるから店に来いよ。思い出したくない場所かもしれないけど、俺に元気な顔を見せてくれ」
「わ、嬉しいです。あんなに美味いラーメンと炒飯には、多分二度と会えないでしょうから」
結城君は微笑んで、もう一度深々と頭を下げる。そして、駅のホームへ向かうエレベーターに乗り込んだ。
手を振り続けながら去る彼を、俺も手を振りながらずっと見ていた。やがてその姿も見えなくなり、上げていた手を下ろす。
彼の春が、できるだけ早く来ますように。雪の下から芽が出て、再び大きな木になりますように。そう、祈らずにはいられない。
「帰って寝なおすかなぁ」
一人ごち、うーんと大きく伸びをする。振り向くと、家への道は純白の光に包まれていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
昔は雪が大好きで降るたびに雪だるまを作って遊んでいましたが、最近は交通の心配ばかりするようになってしまったのが寂しいな、ということを書きながら考えていました。
時間帯や見方によって刻々と姿を変えていく雪の様子が大好きなので、その風景が伝われば嬉しいです。
もしもまたどこかでお見かけしていただく機会がありましたら、懲りずに温かく見守っていただければ幸いです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。