ずーっと以前に書いた創作怪談シリーズとショートショートシリーズ
日立鉱山アパート
この話はね、大学生の頃にあった実話。
いや、僕自身の話。
学生の頃って、夏になってキャンプなんかするよね。
そういう時って、なにげなく怖い話をしたりする。そういうのが何度か続いちゃうと、
その中には「じゃあ、僕らも怪奇スポットなんかに行こうよ」なんてことになったりする
わけだよね。
ほら、怪奇スポットって、入場料とられるわけじゃないし、お金の無い大学生なんかに
とってみれば、格好の暇つぶしなわけだ。
そういうことだったんだよ、最初はね。僕には霊感なんて無いし、幽霊の存在も信じち
ゃいなかったから、さ。
暇を持て余した学生、そんな感じだったんだ、最初は。
茨城県水戸市。
それが、僕が通っていた某国立大学の所在地だったんだけど、この茨城県というのはね、
なんというかな、東京から100キロほど北に行った場所なんだ。ここよりも北に行くと、
もう東北なんだよ。だからね、関東という言葉の印象からすると、かなり田舎。
水戸市っていうところもね、大通りを一歩入ると昭和30年代の景色なんだ。
昔から変わっていない部分と、それでもなお変化する場所とが入り組んで、不思議な空
間が生まれていたり、独特な感じだった。
その中の一つの廃ホテルに入ったこともあったね。
ラブホテルだよ、廃業してしまった、ラブホテル。
雨も降って無いのに、妙に寒かったね、あの時は。あたり前だけど照明もつかないし、
懐中電灯の光を頼りにね、歩き回ったんだけど、薄気味悪かった。いや、ここでは何も無
かったよ。ただ、雨漏りしているらしくてね、敷き詰められたジュウタンが湿っていてね、
歩く度に「ジュワ、ジュワ」っていうんだ。何に使っていたのか道具なんかが散らばって
いる真っ暗なロビーをね、一歩、歩く度に「ジュワ、ジュワ」って。
そんなことをしていた、ある日に、たまたまね、水戸から近い日立という場所に、有名
な怪奇スポットがあるって聞いたんだ。
日立っていう街はね、海沿いにあるんだ。あの電化製品を作る日立のある街だよ。きれ
いな街なんだけどね、そこから山へ入っていくと、もう、突然、自然が広がってしまうん
だ。
関東平野の外れだからね、そうなんだよ。
その山っていうのはね、何十年か前までは鉱山があってね。その頃は山の中にまで住宅
や商店や学校や病院があってね、たくさんの人が住んでいたんだ。
その日、僕らはね、と言っても二人。スティードに乗っていた友人とね、バイク2台で
行ったんだけど、海岸線の国道は混雑するからって、山側から行ったんだよ。
のどかな山道をね、こう走っていく。午後だったね。天気のいい午後だった。
バイク2台で。気持ちのいい秋の始めだったね。
登りの道を、ずうっと行くんだ。
するとね、トンネルが見えてくる。
そのトンネル、あとで気がついたんだけど、山側から行くと、少しだけ下りになってい
るんだ。トンネルを走っていると、知らず知らずに速度が上がってしまう。でね、トンネ
ルを抜けた先で、いきなりカーブになっている。
ちょっと驚いたよ。あぶなく事故になるか、とね。
それからしばらく行くと、道路の真ん中にね、杉の木が立っている。道路の真ん中だよ?
何か理由があって、それを切れなかったんだろうね。道路の方が杉の木を避けて作ってあ
るんだ。
まあ、なんとなくね、雰囲気のあるところだなって、到着する前から思っていたんだよ。
そのうちね、ちょっとバイクを停めてね、休憩した。
その怪奇スポットの場所って言ったって、丁寧な案内が道に出ているわけじゃないから
さ、探しながら行かなくちゃいけなかったしね。
その時にね、ふっと気がついた。
「なあ、この道のさ、上のところ、なんで木もない平らな部分が続いているんだろうな」
そう、友人が言うわけだよ。
「え?そういえばそうだよな、なんでだろう?」
また、しばらく行くと、何かの建物の廃虚があったんだ。
「これかな?」
そう言って、また止まるんだ。
「いや、違うよ。学校みたいだ」
片側1車線の山道なんだ。その両側に更地になっている部分がある。林になってしまっ
ている部分の間にね。時々、人が住んでいないような商店やら住宅がある。学校もガラス
が割れて放置されている。そうなんだ、道の上にある平らなところってね、もともと民家
か何かだったんだよ。すっかり朽ち果てて撤去された跡なんだよ。
言ってみれば、そこはね、ゴーストタウンなんだ。鉱山が廃止されて、住む人も、すっ
かりいなくなったゴーストタウン。時間が止まったまま、ただ朽ちていく街なんだ。
そういうことを考えているうちに、その目印になるキャンプ場を見つけたんだよ。
山の中なのは間違い無いのだけど、その川側の少し奥に入った所に、薄いピンク色の建
物が木々の間からのぞいていたんだ。
「あれかな?」
「たぶん、な」
でもね、そこへ行く道なんて、無かったんだ。
道路は一本だけ。わき道はキャンプ場に続いている。その建物に行く道はないんだよ。
だいたいね、怪奇スポットの隣にキャンプ場を作るか?普通はしないだろう?と思うのだ
けどね、たぶん、あれだろうね、鉱山関係の何かだったんだろうね。広い敷地が残ってい
るから何か作ろうっっていうような。
まあ、キャンプ場のほうもさ、いくつか怪談のような話、あったらしいんだけど。
「仕方無いからさ、無理矢利入ろう」
そう、言ってね、脇の草と木の間をね、突き進んで行ったんだ、二人で。小川があってね、
それを飛び越える。そうすると、建物の脇に出たんだ。「うつるんです」みたいなのを構え
てね、写真を撮ってみたりしてね。
その脇のところには鉄製の重い扉があってね、ノブを回したら開いたんだ。あっさりと
ね。
まあ、それほど怖い場所じゃなかったよ。
ただ、窓ガラスが真っ白になっていてね、石化しているのが気になったけど、それだっ
てさ、気のせいなんだよ。顔に見えたりするのも。
1階は和室でね、何人かの大部屋。2階は洋室。ベッドが2つくらい入っている。3階
は個室。だけどね、その3階の一つの部屋だけ鍵がかかっていた。そこだけね、トイレが
室内にあったんだ。入り口の窓も小さくてね、まるで独房のようにも見えたよ。
それから、建物の表に回ってね、玄関らしいところから表へ出た。ところがさ、玄関か
ら出た先は林なんだよ。良く地面を見れば、そこには道があったようにも見えるから、た
ぶん、そこが本来の入り口なんだ。でも、もう、そこから入って来る人はいないわけ。
そう、これがね、その怪奇スポットへ行った時の脚色の無い「全て」だったんだ。
なにも起きなかったんだよ。ただ、帰りにね、最初に入った鉄の扉のところまで来た時
にね、怖いからってんで、開けたままにしておいたはずの扉がね、閉まっていたんだ。そ
んな大きな重い鉄の扉、風で閉まったら、「がーん」って音が聞こえても良さそうなもんな
んだけど。聞こえなかった。でも閉まっていた。
でも、本当に怖いのは、その後だったんだ。
写真を撮っていたから、現像に出した。
それが返ってくる。一枚、二枚、どうってことのない写真。何枚かは光量が不足したの
か白っぽくなっている。まるで霧の中みたい。玄関を出た先で撮った写真。
友人の撮った写真も現像から返ってくる。そう、カメラは二つだったんだ。
その中にね、入り口から入る前に撮った写真があった。上り坂のケモノ道の先にね、建
物の一部が写っている。その斜面の木の根元にね、赤い小さなものがある。見ようによっ
ては人の顔のようにも見えた。
窓から覗いているような人の顔が写っているのもあったね。そっちは、ガラスが石化し
ていたから、なんともいえないんだけど。
まあ、その写真はね、みんなで見たあとに、何処かへ仕舞いこんでいたんだ。
しばらくしたらね、僕のね、目が腫れたんだ。右の目が腫れて「なんだろうな、ものも
らい、かな」とか思って目薬を挿したりしてね、1、2週間で直るのだけど、今度は左が
腫れてね、直ると、また右。2、3度繰り返したね。
まあ、これだけなら偶然だと思うんだ。
一ヵ月くらいは続いたんだけどね。
でもね、そんなある日、こんなことがあってさあ、ってこれまでの話をね、一緒に鉱山
アパートに行ったのとは別の友人のところで話をしていた。それで「目が腫れちゃってさ」
っていう感じで。
それでね、帰り際にね、冗談半分で、
「じゃあ、もうオレ、嫌だからさ。この霊を、お前の所に置いて帰るから」
そう言って、そいつのアパートを後にしたんだ。「やめてくれよ」とか言いながら笑って
ね。
そうしたら。そいつの目が腫れたんだよ、すぐに。
これは何かあるかな、と思いはじめたんだよね、この頃から。
というのもね、その頃にはね、僕、毎晩のように金縛りに遭うようになっていてね。寝
付く頃に、必ずね、じーんときて、体が動かなくなる。真夜中に眠っていると、急に体が
しびれて目が醒める。
毎週一度か二度は金縛りだったね。
いや、それでもね、何かが見えるとか聞こえるとか、そういうのは無かったんだけどね、
嫌ではあったね。
本当はさ、金縛りなんていうのは「生理現象」だって思うからさ。疲れていたり、スト
レスだったり、そういうことがあると、体は眠っているのに脳は活動しはじめてしまう、
そういうズレが起こす生理現象だって、そう思っていたからさ、嫌だったけれど、別に怖
いとは思って無かったんだよね。気にはなっていたけど、ね。
それからしばらく、そういう状態だったんだけど、その頃、学生だからさ。
あんまり大学にも行かなくなっていたし、それまでのバイトが夜勤だったから、生活を
きちんとしようとも思ってね。1週間に一度は、金縛りに遭うし。
で、それまでのバイトを辞めてね、家庭教師のバイトを始めたんだよ。
最初に鉱山アパートに行ってから1年くらい後だったかな。
そのうちの、ある一軒の家でね、
「いやあ、怖い話があってね」
とか言いながら、中学生を相手に自分の話をしてね、心霊写真を持っている、ってね。
そうしたらね、そこのお母さん、霊感の強い人でね、
「じゃあ、見てあげるから、もってらっしゃい」
そう言うの。
でね、その言葉に甘えて、次の時にね、持って行ったんだ。すると、そのお母さん、白
い霧のかかったような写真、玄関を出たところで撮った写真を差してね、
「これ、ここに人がいる。見えない?」
そう言うの。
見え無いんだよ。白い霧があるだけ。言われてもわからない。でも、
「見えないか。きみには、あまり霊感ないね」
って。
うん、それは知っている。
「これはね、ちょっと怒っているね。まあ、持っていて大きな害はないだろうけど、いい
こともないわね」
そう言うの。
ま、さすがにそこまで言われるとね、やっぱり気持ちが悪いから、捨てたんだ、その写
真。
燃え無いごみの日に。
でもね、気持ちのせいかね、それから、金縛りに遭う回数は減ったんだ、確かに。
数か月後のことだったかな、電話がかかってきた。
鉱山アパートに一緒に行った友人はね、それからしばらくして大学を辞めてしまってね、
実家の愛知県に帰っていたんだ。
そいつにね、
「今、行っている家庭教師さきのお母さんがね、霊感があってさあ、写真を見てもらった
らね・・・」
そういう話をしたんだ。
そうしたら、そいつ。無口なやつだったから、何も言わなかったけど、たぶん、そいつ
も何か思うところがあったんだろうね。
「じゃあ、オレのも見てもらってくれよ」
そう言ってね、無理に郵送してきたんだ。心霊写真を。
やめてくれっての。
でも、数日後に、封書が届いたんだ。
その日から、また金縛りの回数は増えてね、もう、これはやばいな、と思ってね。
そのうち、毎晩のようになっていくの。金縛り。
変な夢を見たりしてね。
自分の部屋で寝ていると、誰かが部屋の外にいて、入って来ようとする夢。
でね、動こうとするんだけど動けない。
昼間だよ。昼間に寝ていたんだ。動けなくて、部屋の中で倒れている。
そうしていると、そいつは部屋の中に入って来てしまう。
動けない。倒れたまま動けない。たしか机の上にナイフがあったはず・・・そう思って
立ち上がろうとする、動けない。
部屋の中で、そいつが動き回る。
そこで目が醒めて。
何度目かの家庭教師の日に、実は、これこれこういうことなんですよ、って、またその
お母さんにね、話をしたんだ。
「いいわ。じゃあ、見てあげるから持ってきなさい」
そう言ってくれてね、
「じゃあ、今度、持って来ます」
でもね、忘れるんだ。何故だか、忘れる。持っていこうと思っているんだけど。
で、しばらくした頃にね、ようやくね、その写真を持って行ったんだ。
「ああ、これはよくないわね」
そう言うの。
「見ているだけで寒気がするわね」
「どの写真ですか?」
「これ」
そう言って見せてくれたのは、あの建物に向かって斜面のある写真。木の根元に赤い顔
が写っている写真。
「他にも何枚か寒気のする写真があるけれど、これはね、見ただけでもわかるでしょう?
この赤いのはね、男の人。怒っているのよ」
そういうわけ。
「持っていないほうがいい。ちゃんと供養して処分したほうがいい」
そう断言するわけ。
こうなるとね、見てわかるだけに怖いんだよ。
あきらかに男の顔ってわかる写真が「これは心霊写真です」って保証されちゃったんだ
から。
でも、その写真。自分のものじゃないわけ。
それに、供養するっていっても、どうしたらいいのかわからないわけ。
でも、とにかく、写真を送って来た友人にね、こういう感じでね、って電話で報告した
んだ。
「じゃあ、オレさ、近いうちに行くから、一緒に処分しよう」
そいつは、そう言ったんだ。
でも、一ヵ月くらい先のことだったんだよね。
その友人が来るっていうのは。
で、その間、持っているしかないんだ。
そんな、ある夜のことだったね。
金縛りに遭った。
その日はね、自分の部屋で、一人じゃなかったんだけどね、隣に彼女が寝ていたんだ。
でも、そういうの関係ないから。一人であろうと無かろうと、金縛りに遭う時は「遭う」
から。
ま、いつものように金縛りに遭ったんだ。
もう、その頃には慣れてきてね、日常の一部でさえあったから、
「ああ、またかあ・・・」
と思いながら。
金縛りってね、僕だけなのかもしれないのだけど、動かない体を無理に動かそうとする
と外せるんだよ。無理に声を出すと近所迷惑だからさ、声は出さないけど、無理に体をひ
ねったり、そんなことをすると外せるんだ。
だからさ、その時も、そうやって「ええい」みたいな感じでね、無理に金縛りを外した
んだ。で、ぱっと目が開けられる。
そしたらね、目の前にね、大きな赤い怒った顔がね、
ぽっかりと浮かんでいたんだ。
本当に、目の前。もう息を吐いたらかかるっていうくらいの目の前。なんか普通の顔の
2倍か3倍の大きさのでかい顔。
そいつが、すごい形相で、こっちを「ぎっ」って睨んでいるんだ。
唖然としたね。
正直に言って、怖いと言うよりも、唖然とした。
「ああ、なんだこれ」
意味不明だから。なんで、そんなものが見えているのか、全然理解が出来ないから。
僕は、幽霊なんか信じないし、幽霊というのは暗示なんかで見る幻影だと思っているか
ら。そういうの知っているから、暗示効果っていうの、僕には無縁だと思っていたから。
理解ができない。
今までに、幽霊というのは見たことが無い。
見る理由さえない。
じゃあ、これはなんなんだ?
この目の前で、凄まじい形相で睨みつけている真っ赤な大きな顔は、いったいなんなの
だ?
考えてもわからない。
今もって、わからない。
数分ぐらい、そうやっていたね。
もう動けないよ。金縛りじゃないんだけど、動けない。
そうしているうちにね、すうっと薄くなって、そいつは消えていったんだ。
隣では彼女が静かな息を立てて寝ている。でも、何がなんだかわけがわからない。この
まま眠ることも出来ない。もう一度寝たら、また同じ様なことが起きそうで寝るに寝られ
なかったよ。
結局、写真は、その写真を撮った友人と二人でね、河原に行って塩で「清め」をしてね、
燃やしてから灰を川に流したんだ。ネガも一緒に燃やしてね。
それから後はね、徐々に金縛りも減っていってね、今では、全然ないのだけど。
ただね、安易にね、怪奇スポットなんかへ行くもんじゃ、ないよな、と思ったね。
ああ、そう言えば、この話をね、怪談のホームページに投稿したことがあるんだ。
その後、しばらく金縛りが続いたから、ひょっとするとね、まだ、この話、終わってい
ないのかも、しれない、と思うよ。
まあ、読んだからって、何かが起きたりはしないと思うけれど、保証は出来ないから。
こうやって、最後のところに書いてもさ、遅いんだけど。