5 理性を失うと周りが見えなくなるけど仕方ないでは済まされない
クセがある二人です。
清楚な感じの青い髪を束ねた女性と茶髪をオールバックできっちり決めている男性が、俺とニーチェに矢のような視線を突き刺してくる。
まるでスーパーモデルのようにすらりとした体型で年齢的に30くらいだろうか。どうみても俺より年上だ。
「ビビの使用人……さんですね。ようこそお越しくださいました。」
ニーチェがおずおずと挨拶している。どうしたんだろう? やけにニーチェが余所余所しいな。
「この度はこちらの家主より料理をご教授とのことですが、どちらが家主ですか?」
シークと名乗る男性は今にも突っかかりそうな口調で聞いてくる。どうみてもこいつよりビビのほうが使用人みたいだ。
「ああっと、俺がこの家の主のキノって言うんだ。よろしくな。んで、こっちがニーチェ。」
「そうですか。あなたの名は覚えました。よくもこんなちんけな家にビビ様を連れ込んでいますね。この下等生物が。」
サークと言う女性が吐き捨てるように声を荒げる。なんだなんだこの横柄な態度は?
ビビを手招きして二人に聞こえないように耳元で囁く。
「なぁビビ。なんでこの二人はこんな態度なんだろう? 招かれた立場でこの態度はいかがなものかな?」
状況を理解したビビが小声で返答する。
「一応、守護竜であった私が足を踏み入れるような家ではないというのが二人の本音でしょうが、それ以上に私に働かせたのが一番の原因だと思いますわ。」
「おいおい! お前を働かせたんじゃなくて、お前が自分から働きに来たんだろう? ちゃんとあの二人に説明しろよ。見てみろ。どうみても俺に敵対心丸出しだぞ。ってか殺意すら漂ってるぞ。」
視線を二人に向けため息を一つついたビビが首を横に振りながら頭を下げる。
「すみませんね。常に王族や貴族としか接する機会がなかった二人にとって、あなたのような平民に接するのがいたたまれないのでしょう。少しお待ちくださいませ。」
そう言うと二人のもとに行き、何やら小言をぐだぐだと並べている。
一通り説教が終わったのかゆっくりと二人が近づいて謝罪の言葉を口にする。
「事情を深く知らず、大変失礼な言動をした点をお詫び致します。けっ。」
……最後のけっ。ってなんだろう。反省してないよな?
「まぁいいですよ。それより料理を覚えに来たんでしょ?これから作るんでレシピは見て覚えてくたさいね。」
二人は満面の笑みを浮かべながら頭を下げる。
「分かりました。ではよろしくお願い致します。……ちっ。人間ごときに教えを請うとは……」
俺は呼んではいけないやつを呼んでしまったのではと軽く後悔しながら再びビビに耳打ちする。
「なあビビ。こいつらはあれか? 人間以外の何かか?」
「ええ。二人ともドラゴンですよ。普段は人化の術にてこの姿ですがね。」
「一応言っとくぞ。街中でドラゴンの姿にはさせるなよ。じゃないとパニックになるのは間違いないからな。」
「もちろんですよ。その点はリーヌ様にもきつく言われておりますからね。」
澄まし顔で答えるビビだがさすがに安心できない。揉め事はたくさんだからさっさと教えてしまおうか。
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「……で完成。このポン酢って調味料はここらじゃ売ってないから、俺が代わりに仕入れるので必要な時に言ってくれれば準備しますよ。」
できあがったホイル焼きと唐揚げが目の前に山積みだ。この二人がドラゴンなら、試食もてんこ盛りじゃないと間に合わないだろうと先を読んでのことだ。
「ありがとうございます。もうあなたに教わることはないでしょう。」
メモを取り終えた二人はふんと鼻をならしふんぞり返っている。まったく気持ちがいいくらいの態度だ。ビビの説教は一体何だったんだろう?
「味見と言ってはなんですが、せっかくなので食べてください。ビビがうまいって言うから二人の口にも……」
「ビビ様を常に呼び捨てにするとは。自分の立場が分かってない下等生物にはほとほと呆れますわ。まあいいでしょう。作るだけでなく味を覚えるのも必要なことには違いありません。」
俺の言葉を遮りまくし立てるようにしゃべるサーク。どうも苦手だな。シークは必要以上の言葉は発しないがあの刺さるような視線だけは変わらない。
「では……ふ、ふむふむ……」
「……!これは……」
唐揚げを口にした二人の表情が一変する。やはり食べた事がない味なのだろう。
「どうですか? あなた方はキノを見くびっていたでしょう?」
ニヤニヤしながらビビが二人の間に割って入る。
「……ビビ様がこの男を囲おうとした理由がよく分かりました。」
「この男を料理人としてこき使うのは今からでも遅くないのではありませんか?」
やめてくれ。お前ら二人とひとつ屋根の下で生活なんぞできるか。
「こちらの料理……はどうでしょうか……」
サークがフォークでホイル焼きを口に運ぶ。
とその瞬間、かっと彼女の目が見開き《ドスン!》と家が揺れる。
「なななっ?」
「サーク! 心を沈めなさい!」
ビビの甲高い声が響く。
よく見ると、サークの後ろにあの爬虫類特有の鱗に覆われた尻尾が現れ、ビタンビタンと床を叩き鳴らしている。
「すみません……つい油断してしまいました……」
顔を真っ赤にして俯くサーク。余程恥ずかしかったのだろうか。
シークはと言うと……うん。耐えてる。尻尾出さないように耐えてるな。
「う、うまかったなら何よりです。まだまだあるからもっと食べても構いませんよ。」
俺の言葉を聞き、プルプルと体を震わせながら振り向く二人。
「よ……よろしいのでしょうか?」
「ああ、見ての通りこれだけあるから気にしないで食べ……」
次の瞬間二人は豹変した。
「ちょっとシーク! あんたよく噛んで食べなさいよ! そんな飲むように食べてたらすぐなくなるじゃない!」
「うるせぇ! てめぇこそ手掴みで食ってんじゃねぇよ! 今ここで食い溜めしとかねぇと……しとかねぇとおおお!」
さっきまでの凛とした立ち居振る舞いが嘘のようだ。たぶん後にも先にもこれほどまでの食いっぷりはお目にかかれないであろう。
「……なあ聞いてみるんだが、この二人にちゃんと飯食わせてるのか?」
二人の食事姿に圧倒されて恐る恐るビビに聞いてみる。
「も、もちろんですわよ。一応主として使用人を世話するのは当たり前じゃありませんか。」
彼女の視線は明後日の方角に向けられている。間違いなく二人が普段食べているのは貧相な食事だろうな。
「明日から三食必ず食べさせろよ。じゃないと、お前よりあいつらがうちに来る頻度が高そうだ。」
無言でコクコクと頷くビビ。一体この三人はどんな食生活をしているのか?
おっと! 忘れるとこだった。唐揚げならマヨネーズを試してもらわないとな。
「よかったら唐揚げにこれ付けて食べてみてください。また違った味が楽しめますよ。」
その言葉にばっと振り向く二人の目は爬虫類の、いや、ドラゴンの目に変わっている。
「コレヲツケルノカ?」
「ウマイノカ? コレハウマイノカ?」
なんか怖い! 言葉がたどたどしくなってマジで怖いよ!
「ガアアッ! コレハ!」
「……ユズラン! シークニハユズランゾ!」
二人とも背中から翼が出てるんだけど……落ち着いて……二人とも落ち着いて!
―何だ? 騒々しいな―
食うだけ食って一眠りしていたオルがむくりと起き上がってきた。この状況でよくも寝ていられるな。ってそれどころじゃねぇ!
「おいビビ! あの二人を止めろ! これ以上暴れられたら……」
「ヌガアァァ! サイゴノカラアゲハ」
「「オレガ(ワタシガ)クウ!」」
「まだこの家は金物で固定してねぇからああああ」
二人の、いや二匹のドラゴンになりかけの使用人のぶつかり合う威圧によって、一日で建てられたマイホームは凄まじい音をたてて一瞬のうちに倒壊してしまった。
幸いな事にオルに守られて俺とニーチェは無傷で済んだが、
後に残ったのは見るも無惨な廃材の山。
―……おいビビ。これはどういう事なのだ?―
ゆっくりと彼女とドラゴンになりかけている二人に近づくオル。
―ひいぃぃ! オルツ様……―
溢れる怒りを押し殺しているであろうオルを前に、ガタガタと震え上がるビビ。そして自分達が何をしでかしたかを理解し、滝のように汗を流すシークとサーク。
「お~い! お待たせ! 今度はちょっときつめの酒を選んで来たぞ……って……あれ?」
土煙を巻き上げながら帰ってきたネシャとニョロゾが廃材の山で佇む俺達を見て呆然としている。
「う~ん。ちょっと飲み過ぎたかな? キノの家がなくなってるような……」
「私も飲み過ぎたみたい。ってここってキノの家?」
うんうん。そう思うのも無理はないさ。俺なんてショックが強すぎて涙も出てきやしねぇよ。
「おかえり二人とも。さっきまで俺の家……があったとこだよ……」
見事に倒壊しました。




