12 サチは真理を手にする
サチの再登場です。
何を急いでここまで来たのかは知らないが、まるで生まれたての小鹿のように膝をガクガクさせながら俺に歩み寄るサチ。
はっきり言って怖い。まるでゾンビのような歩き方だ。
「ちょっ! どうしたんだ? とりあえず水飲めよ。」
カップに水を注いで差し出すと奪うように手に取り一気に飲み干す。
「うまし! もう一杯!」
乱暴に飲み干したカップを差し出す姿からすると、俺を探すために町中を走り回ってきたのだろう。
「キノくんこちらのエルフは?」
「とても残念な人です。サチって言うのですが仕立屋してるんですよ。」
やはりエルフは珍しい種族なのだろう。人生経験豊富なエルシュさんでさえ興味津々て感じで彼女を見つめている。
「キノっち! 大変なんだよ! リーヌっちが! リーヌっちが……!」
青ざめた顔で何か言おうとしているが話したいことが頭の中で混乱しているのか言葉が続かない。
「落ち着け。はい息を吸って~ ゆっくり吐いて~。で、レゴブロックがどうかしたのか?」
深呼吸を繰り返し落ち着きを取り戻したサチが震える声で話始めた。
「リーヌっちが……荒れているんだよ。家で何かあったみたいでさ。あれは鬼の化身だよ……」
……ふっ。どうやらやつは家に帰ったみたいだな。
「ほぅ。どのように荒れているのかな?」
「それがさ、昨日あたしの店に来たんだけど、いきなりアイアンクローをかましてきたんだよ! しかもうわ言のように『お前はなぜエルフなのに……』ってブツブツ呟きながら小一時間もかましたんだよ! おかげでこんな有様に……」
涙目の彼女は前髪をかきあげて額を見せるが、くっきりと手形がついている。手形っていうか手の形に頭蓋骨が陥没してるような……
「そうか。そいつは災難だったな。で、レゴブロックは今どこに?」
「『教団を潰す』って叫びながらどっかに行っちゃったよ。これを残して。」
話終えたサチはマジックバッグから一枚の立て看板を取り出した。
うむ。間違いなく俺が書いたやつだな。レゴブロックとサチは仲良さそうだったから大丈夫かと思ったが……
「サチよ。最初に言っておく。」
「マジですまん。」
~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~
「うえぇぇ!これってキノっちが作ったの?」
「そうだ。やつがヘタレ王子とか流行らせてるからお礼にと思ってな。」
「ちょっとひどいよ~。おかげであたしはとんだとばっちりだもん!」
「ははは! ほんと悪かった。あいつと仲良さそうだったからついお前の店の名前を出してしまったわ。そうだ……ちょっと待ってろ。」
部屋に戻った俺はタブレットを起動してポチリと買い物をする。ぷりぷり怒るサチの機嫌を取るためにプレゼントだ。
「ほれ。お詫びと言ったらあれだが、これをやるよ。」
「? 何これ? 筆……は分かるけど……」
彼女に渡したのは水性の絵の具セットだ。
「お前の店にある服って派手な色彩のものばかりだろ? これで自由に色を作ってみたらどうかと思ってな。」
そう話すといくつかの色をパレットに出して混ぜていく。
「こうやって分量を変えながら混ぜていくと同じ色でも段々と変わるだろ?」
青色と黄色を混ぜて緑色を作り、それに白色を混ぜて若草色を作ってやる。
その行程を見ていた彼女の顔が徐々に驚愕の表情に変わっていく。
「こ、これはあぁぁ!!! なぜキノっちは真理を知ってるんだよおぉ!!!」
「はい? 何を言ってるんだい?」
ブルブルと震える手で筆を取り、自分でも試すサチが言葉を続ける。
「テ、ティルクっちしかしらない真理を……今あたしが体現しているっ!」
赤色と青色を混ぜて紫色を作り、ふーふーと鼻息を荒くするサチ。もしかして……
「ひとつ聞いていいか? 色を作るってこと……」
「知らないよ! てかやったこともないよ! 染料は高価だからそんなことしたら一着どれくらいコストがかかると思ってるだよ!」
やばい。目が血走っている。
「ま、まぁ落ち着け。あとで好きなだけ色作りしてみなよ。今お前が作ったこの色みたいに、自然の中にはない色も作れるだろうしな。あっ! お前からの依頼はこれで解決できるんじゃないか?」
「そうだよ! もしこれが実用化できれば……無限に世界が広がるじゃないかよっ! グヘヘ……」
今度はとてつもなく欲深い面構えに……落ち着きがないエルフだな。
「じ、じゃ依頼は達成ってことでいいか?」
「もちろんだよ! まさか真理を手に入れられるなんて……そうだ! ちょっと待ってて!」
そう叫ぶと彼女の足元に複雑な魔法陣が浮かび上がり霧のように姿がかき消された。
「転移魔法まで使えるとは……本当にただの仕立屋なのか?」
呆然とするエルシュさんに一言だけ言う。
「はい。ただの残念な仕立屋ですよ。」
~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~
「ただいま~! あれっ? キノも帰ってるの?」
サチがエルシュさんの家に来てから三日後、ニーチェが帰ってきた。元気な様子からするとクエストは完了したのかな?
「よぅ! 無事に戻ってきたぞ。クエストはなんとも言えない結果になったけどな。そっちはどうだった?」
腕を組み、鼻高々な笑みを浮かべるニーチェ。
「ふふん♪ 頑張って倒してきたよ! 今までで一番の魔物だったけど、あのコンビがいたらなんとかなったんだ!」
「さすがだな。まぁオルーツアを代表する三人だから当たり前と言ったら当たり前か。ニョロゾ達は?」
「オルーツアに戻るなり酒場に走っていったよ。キノとエーシャ連れて来いって言ってたから一緒に行こうよ! あっ! オルちゃん久しぶり! オルちゃんも行こうよ!」
うなーうなー鳴いているオルは抱きあげてもふもふされている。愛玩動物扱いだな。
―キノ行くぞ! 酒場にある肉はなかなか旨いからな!―
―もちろん連れて行ってもいいが、お前は今どんな状況だ?―
―どんな状況だと? どんな……はああっ!―
―そうだ。今のお前はダイエット中だよな? 肉と魚は食わせんぞ―
―……ワシは食うぞ。何と言われようとな―
―いや。食わせんぞ。主としての命令だ。その肥満体がすっきりするまでは野菜まみれだからな―
―横暴だ! 横暴だ!―
まったくもってやかましい。自分が撒いたものを刈り取ってるのだから仕方ないだろうに。
「ねぇ、オルちゃん何を言ってるの? ご機嫌ななめみたいだけど。」
割と勘が鋭いニーチェが尋ねてくる。もしかしてオルの心が読めるのか?
「何でもないから気にするな。とりあえずオルはダイエット中だからこいつの飯に肉は不要だ。」
「あらら! そういえばだっこした時少し重かったかな。太りすぎはよくないからオルちゃんは我慢だね!」
ニーチェの一言が効いたのか、がっくりとうなだれるオル。
「じゃ早速行こう! って、何これ?」
壁にたてかけてある一枚の看板に目を留める。
「『レゴブロック教団に入りませんか?女性らしい豊かなボディがなくても幸せは掴めます。大事なのは踏み出す第一歩!』って……宗教の勧誘?」
看板の裏側を見るとそこにも文字が。
「『この私も教団でつるぺたの幸せを感じています。希望者、または関心を持たれる女性は王都の仕立屋サチまで!』……サチさんが新しい宗教作ったの?」
「そういうわけじゃないんだが……それよりも早く酒場に行こう。俺はエーシャ呼んでくるからニーチェはオルと先に行ってくれよ。」
「うん! わかったよ! 行こうオルちゃん!」
パタパタと酒場に向かうニーチェを見送り、俺はエーシャを呼びに彼の家に足を向けた。
次回は酒場にて。




