11 人生設計は大事です
オルーツアに戻ります
昼前まで惰眠をむさぼった俺達は、軽い二日酔いの頭をさすりながらオルーツアに戻った。
のんびり馬車に揺られながら視界を流れる景色を楽しむ。
常にクエストに追われていると、今まで目に入っていても気づかないものばかりだったと再認識させられる素晴らしい景色だ。
「キノくんはオルーツアに戻ってどうするんだい?」
唐突に言葉を投げかけるグラーシュさんにふと我に帰る。
「ん~とりあえずは……これからの事を考えながらのんびりクエストしながら人生設計ですかね。」
「そっか。まぁ君ならいろんな道を進めるだろうよ。何か感じるんだよね。君は他の人にはない何かがあるんだ。」
「そんなおだてても何もでませんよ。俺自身はごく普通の人間ですから。ネシャやニョロゾみたいに強くなろうとも思いませんしね。」
「君は本当に欲がないんだね。野心を抱くのは間違ったことじゃないよ。地位や名声はあっても困らないだろう?」
ケラケラと笑いあいながら他愛もない会話が続く。
この世界では血気盛んな冒険者ばかりではない。
グラーシュさんのように自分のやりたい事が生活の中心として生きている人もたくさんいる。
俺は間違いなく後者だ。
地球にいた頃のような生活には戻りたくない。
仕事のために生きる日々を送っていたのは事実だ。定年まで汗水流して会社に仕え、老後は年金生活という敷かれたレールを歩むだけの人生だっただろう。
だが、ここでは生きるために仕事をするのが当たり前だ。
一人の人間として次の日が待ち遠しくなる毎日を過ごせている。
生きるのが楽しいと心から実感できるのだ。
「俺の人生か……」
オルーツアの町が視界に入る頃、これから俺が何をすべきなのかビジョンが固まってきた。
「エルシュさん戻りました!」
扉を開くと何やら分厚い書物とにらめっこしているエルシュさんが顔をあげる。
「おお! キノくん無事に戻ったか。ニーチェはまだ戻っておらんぞ。して、クエストはどうじゃったか?」
「完遂は無理でした。みんなを集めても駄目な気がします。オルがいても勝てるかどうか……」
「ふむ……、まあそうしょげるでないぞ。世の中にはワシらの想像をはるかに越える存在は当たり前のようにおるからのぅ。じゃがオルでも難しいとはのぅ。」
テーブルの上の書物をー片付けながら俺を励ましてくれる。いつもと変わらず優しい人だ。
グラーシュさんからの謝礼を見ようと椅子に座ると聞き慣れた声が頭に響く。
―おい。それは聞き捨てならぬな。瞬殺してやるから案内しろ。ただし明日だ―
久々に聞くオルの念話だ。しかし姿が見えないぞ。一体どこに……
―早く扉を開けるのだ。日が落ちて外は寒いのだ―
あっ……外なのね……
「オルも戻ってきたか。どれ、晩飯の準備をせんといかんな。」
「エルシュさんいいですよ。俺が作りますからゆっくりしてください。」
出しかけた謝礼の入っている布袋を戻して、代わりにカバンの中の食材を取り出す。と言ってもクエストに備えて作り置きした残り物だが。
「エルシュさんどうぞ!」
「おお! これは唐揚げじゃな! ありがたく頂くぞ。」
ニコニコ顔のエルシュさんは唐揚げを頬張り、ジョッキに注いだ酒をゴクゴクと流し込む。
―おい! あのカラアゲか。早くよこせ!―
足元でふがーふがーと唸るオル。
―……相変わらずだな。レゴブロックに食わせてもらってなかったのか?―
―そんなことはないぞ。常に腹一杯食わせてもらっていたぞ。この腹を見るがいい―
そう呟きなぜかポーズを決めるオルの腹は、まるで妊娠しているかのような腹になっている。
―なあ……オルって雄だよな?―
―当たり前だろう。ワシが雌に見えるか?―
―オルよ。明日から強制ダイエットだ。今夜で肉とはしばらくお別れだからな―
―何をとち狂った事を言うのだ? 明日は魚だからな―
―お前のその情けない腹が引っ込むまでは肉も魚もない。この数日でどんだけ甘やかされたんだよ……―
―い、いや。主から出される物は残さず食すのが礼儀であろう?―
―問答無用。ほれ、こいつを食え。そして別れを噛み締めるんだ―
―何をうまいことを言うのだ! ワシは諦めんぞぉ!―
う~む。とても残念な猫に成り下がっているな。しかも文句を言いながらも凄まじい勢いで唐揚げをむさぼっている。
とりあえずこいつは放置して……
「エルシュさん。話があります。」
その瞬間、エルシュさんは眼光を鋭く光らせおもむろに口を開く。
「うむ。ニーチェを頼むぞ。」
「はい?」
「ん? ニーチェを嫁にするのじゃろぅ? キノくんなら安心して孫を任せられるわい。」
「何を言ってるんですか? 余程一人でいたのが寂しくて思考回路が壊れましたか?」
「えっ……違うのかい?」
「すみませんが俺はロリコンじゃありません。結婚なんて今はこれっぽっちも考えていません」
「ええぇ……他にいい人がおるのか?」
「……いませんが、とりあえず結婚とかないですから。俺が話したいのは……」
どうしたら結婚話になるんだ? 一応否定はしたがまさかニーチェと一緒になるのを望んでいたとは。ニーチェの両親にさえ会ってないのに。
「……っていうわけです。」
「そうかそうか。この町に留まってくれるのはありがたいのぅ。じゃが少し寂しくなるわい。」
「まぁいつまでも居候してるのもあれですしね。ちなみにどれくらいかかるんですか?」
「そうじゃのぅ。1000万Gもあれば普通じゃ。」
気が遠くなる……。エルシュさんと話してるのは家を建てる話だ。土地だけはあるからあとは家そのものの購入だがやはり家は高い。
「ちなみにキノくんはどれくらい貯めておるのじゃ?」
「えっとですね……14万Gとグラーシュさんの謝礼だけです……」
おかしい。銭がない。色々買い出ししたりしたせいか、いつの間にかなくなっているぞ……
「グラーシュさんの謝礼がこれなんですが……ん? 何だこりゃ?」
布袋からは見たことのない二種類の金貨が13枚出てきた。
通常の金貨よりも白っぽいものが九枚と複雑な紋様が施されている一回り大きいものが四枚だ。
「むぅ。キノくんは一体どんな依頼を受けたのかね?王金貨四枚と白金貨九枚とは……」
冷や汗を流しながら金貨に触れるエルシュさんに、事の成り行きを説明する。
「なるほど……それならば納得じゃ。490万Gの謝礼と言われてもな。」
へっ? 490万ですと……
「マジですか?490万って……」
「うむ。マジじゃ。どのような魔術具か知らぬが、グラーシュが見極めたのであるなら間違いはあるまい。」
ふおおぉぉ! 手元にある14万あわせて500万あるぞ! 夢のマイホームに大きく近づいた!
「こりゃ思ったより早く家が建ちそうじゃのぅ。」
少し寂しげな顔をしながらも笑いかけてくれる。
「すぐに建つわけでもないですからまだしばらくは居候させてもらいますよ! それに散歩がてら俺の家に来てくれればいいじゃないですか!」
こうしてエルシュさんと二人で話すのは久しぶりだな。いつもニーチェがいて三人が当たり前だったからな。
ニーチェと同じように俺を孫として扱ってくれているのがよく分かる。
たまには男同士でこうやって語らうのも悪くないなと感じていた矢先、一人の女性が激しく扉を開け転がりこんできた。
「ぜぇ……ぜぇ……。ヘタレは……ヘタレ王子はここに?」
うわっ……レゴブロックに匹敵する残念なエルフが来た……
再び登場です。




