10 初めての・・・
山登り?です。
「グラーシュさんが来てくれて助かりましたよ。こんな岩壁俺一人じゃ絶対登れなかったですよ。」
「いえいえ。少しでもお役に立てるならよかったよ。それにしてもキノくんは本当に強いんだね。まさか僕を守りながらも難なくここまで来るなんて。」
「ネシャとニョロゾ、エーシャとニーチェのおかげですよ。あの化け物達にしごかれましたからね。あっ! こっちのはタルタルソースってやつですよ。」
「う~む。これほどの強さだけではなく料理の腕もとんでもない。むぅ……このタルタルソースとやらも絶品だ……」
俺はグラーシュさんと一緒に例のお宝探しのために登山をしたところだ。まぁ、グラーシュさんの魔術具のおかげで標高400メートルくらいの岩壁は苦もなく登ることができた。
「それにしてもこの魔術具ってほんとすごいですね! どんな断崖絶壁でも登れるんですか?」
「そうだよ。主に岩壁に付着している希少な鉱石などの採取に使うんだけど、それなりに魔素を使うからなかなか市場には出回らないものだけどね。」
そう言って傍らにある鉄の箱のような魔術具をバンバンと叩く。あれだ。建設現場なんかにごみ収集のために設置しているバッカンみたいなやつだ。これが磁石のように岩壁に張り付いてまるでエレベーターのようにすいすいと登っていくのだ。
「僕は戦いはすごく苦手だけど魔素は人一倍持ってるから。そうじゃないと魔術具屋なんてやっていけないよ。」
「でしょうね。俺なんか魔素ないからグラーシュさんみたいな人尊敬しますよ。」
「ふふふ。いつかキノくんが魔術具を使えるようになるならばお勧めの魔術具を譲ってもいいんだけど本当に魔素ゼロなんてね。さて……地図によるとこの横穴の奥みたいだけど、ここからは用心して進んだほうがよさそうだよ。」
むぅ。やはり悪い予感は当たるものなのか?
「……いますか? 強そうなのが。」
「うん。明らかに僕より強い魔素の持ち主が……いるね。」
穏やかなイケメンがぎゅっと引き締まった表情に変わる。俺にはその存在がまだ感じ取れないが彼が言うのであれば間違いないだろう。
「どうしても危険だと判断したら戻りましょう。また後日ネシャ達と来るのも選択肢のひとつですから。」
「そうだね。じゃそろそろ行ってみようか。」
ゆっくりと腰をあげ淡い光を放つ魔術具を手にしたグラーシュさんと並ぶように俺は闇に包まれた横穴を進み出した。
「……キノくん。そろそろだよ。」
一時間くらいは歩いただろうか。絞り出すように声を発したグラーシュさんの顔は汗でびっしょりだ。
「……この先にいるよ……。ほら。」
殺気を向けられていないせいか、俺には何も感じられない。
「俺には何も感じられないんです……が……」
薄暗い横穴の先に突如広がっている巨大な空間。その奥に横たわる黒い塊。
岩のように微動だにしないが間違いなく生命を宿しているであろうその存在感。
ビビとよく似た姿の飛竜が閉じていたその目をゆっくりと開けた。
―汝らは何ゆえこの地に来たのだ?―
地の底から轟くような念話が心に迫る。初めてビビと会った時とはまた違う感覚だ。
―我を滅しに来たのか? それとも……器を求めに来たのか?―
ぐううぅ……まるで金縛りのように体が動かない。返事をしようにも呼吸すらできないくらいの空気の壁が体を包む。
―なぜ我の問いに答えぬ? なぜ我の問いに……―
―答えぬかあぁぁぁ!―
飛竜の凄まじい威圧感が俺達を吹き飛ばす。殺意はないものの、吹き飛ばされた俺達は壁に叩きつけられ二人とも口から鮮血がほとばしる。
「ぐ……おおっ……。キノくん大丈夫かい?」
「……っはあっ……なんとか……。だけど、あの飛竜……勝てる気が……」
―そうか。頑なに口を割らぬとはやはり……我に敵する者であるのだな?―
ゆっくりと飛竜はその身を起こし始める。どう見てもビビとは比べものにならない大きさだ。だが何かおかしい。
この飛竜からは俺達に対して殺意がない。
「どうするキノくん。ここは退散するほうが……」
―俺の名はキノ! お前に敵するつもりはない!―
―! ほう。どうしたものか。まさか人間ごときが我に念を飛ばしてくるとは―
俺の念話が届いたおかげで、空気の壁のようにまとわりついていた飛竜の威圧感が若干薄らいだようだ。
―こっちにいるやつはグラーシュだ。この場を荒らすつもりもない! 俺達がここに来たのはこの地に人間が作った魔術具が隠されているから探しに来たんだ!―
―魔術具? 人間が作った物だと……―
俺の言葉に飛竜はピクリと反応する。そして踵を返すと再びその巨体を横たえる。
―人間よ去るがよい。この地には汝が望む物はない。あるのは……―
―古代の器のみだ―
何だ? 古代の器って? 魔術具じゃないのか?
「キノくん。ここは退散しよう。これ以上やつを刺激すると……」
ガクガクと震えながら言葉を絞り出す。
「わ、分かりました。」
だけど、これだけは聞いておかないと。
―お前の言う通りすぐに立ち去る。で、最後にひとつ聞きたいんだ―
―古代の器って何だ?―
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「キノくん……僕は生きているのが不思議だよ。」
ようやく横穴の入り口まで戻り気持ちが落ち着いたのか、グラーシュさんが小声で呟く。
「ええ……あれはネシャ達揃えてどうにかなるって相手でもないですし。」
「そうだね。でも、あの飛竜はなぜ僕達に襲いかかってこなかったんだろう?」
あれ? グラーシュさんは念話を聞いていなかったのか?
「えっと……グラーシュさんはあの飛竜の念話は聞きました?」
「はっ?」
「えっ?」
……どうやらグラーシュさんは念話ができないっぽい。そして飛竜が何言ったのかも分からないらしい。
「いや~やっぱり人気のある所のほうが落ち着くよ。僕には冒険者稼業は肌に合わないね。」
宿場町に戻り酒場でジョッキを傾ける。グラーシュさんは酒に弱いのか一杯も飲まずに顔を真っ赤にしている。
「人には向き不向きがあるから世の中成り立ってるんですよ。しかし残念でしたね。何も収穫がなくて。」
「そんなことはないよ。まさかあんな飛竜をこの目で間近に見れる機会なんてこの先ないよ。いい経験をさせてもらった。」
「そうですか。力になれなくてすいません。この地図はお返ししますね。」
預かっていた二枚の地図をグラーシュさんに返す。そのお返しとばかりにグラーシュさんは小さな布袋を俺に差し出してきた。
「うん。じゃこれは依頼の謝礼だよ。君が探してくれた魔術具をきちんと見積もった額だからね。」
おおお! 依頼を完遂していないのにちゃんとしてる!
「いいんですか!? 中途半端に依頼こなしたのに……」
「もちろんだよ。それに僕が求めていた物はなかったけどなかなかレアな品ばかりだからそれだけでも君に依頼してよかったと思うからね! ちなみに中身はオルーツアに戻ってから確認するんだよ。」
「分かりました! ありがたく頂きますね!」
酒が入ったグラーシュさんは饒舌で、いかに魔術具を愛しているか延々話を聞くはめになった。
最後には酔いつぶれてしまった彼を宿まで担いで運び、彼をベッドに放り投げて俺はソファに横たわる。
冒険者として初めて依頼をこなせなかった悔しさもあるが、身の丈にあった依頼をする重要性をよく理解できたことを考えると勉強になったと割り切るしかない。
そしてあの飛竜が語った古代の器のことが頭の中を駆け巡る。
「器…か。」
あまり深く考えないようにしよう。
考えすぎるとフラグになってしまう。
すべてがうまくいくわけではないのです。




