6 話術は身の助けになる
今日から平常運転に戻れそうです。
………………
……眉間が痛い……
頭がクラクラするぞ……
俺は……生きて……
「ようやく起きたか。少し小突いただけなのに大袈裟なやつじゃ。」
ぼやけて見える視界の先にやつがいる。
赤い髪が肌を削るような冷たい風になびいている。
「もしやお主は殺気には反応できるが、殺意がない危険には対処できぬのか?」
「……ま、まあそんなところだ。で、お前は一体何者なんだ? 俺を食うのか?」
焚き火を挟んで向かい合うがさっきよりはよく見える。どう見ても普通の冒険者の姿をした女の子だが、その存在感は人間じゃない何かだ。
「ふむ。食えと言うなら食ってやるがお主は食われたくはないじゃろ? さっきも言ったが暇潰しじゃ。」
ニヤニヤしながら焚き火で焼かれたであろう肉にかぶりきながら彼女は話を進める。
「ワシは……ワシじゃ。お主に名乗る必要はなかろう。」
もしゃもしゃと肉を咀嚼する音と草木の揺れる音だけが耳に入ってくる。
この世界に来て初めて味わう絶望。
目の前にいるのは表現のしようがない存在。
こいつに敵わないと思い知らされたのは、シューラさんの保護を理解されているからだろう。
例えるならばコップの中に放り込まれた一匹の芋虫。それが今の俺だ。
「俺を……どうするつもりだ?」
どう言葉を選べばいいのか分からない。
機嫌取りをするつもりはないが、俺の口から出る言葉はただの命乞いにしか聞こえないのではないかと思ってしまう。
「そうじゃな。腹も膨れたし続きをするか?」
「は?」
「暇潰しじゃ。」
焚き火の向こうにいたはずの彼女がまたもや俺の隣に。焚き火に照らされてはっきりと見えるその表情は玩具を与えた子供のそれと変わりない。
ただ俺を見るその目は赤い髪よりも更に赤く光っている。
「い、いやいや! お前の暇潰しは俺にとっては生死に関わる! は、話をしようじゃないか! うん! フリートークだ!」
もう全身が変な汗でぐっしょりだ。危うく失禁しそうになるくらいに自分が怯えているのが分かる。
「ふりーとーく? なんじゃそれは?」
少し首を傾げて俺を覗き込む。
「ああっと、フリートークって言うのはいろんな話題で話をするんだ。お互いの好きな事や嫌いな事、とにかく相手を知るにはフリートークが一番だ。」
「ほう。暇潰しになるならばそのふりーとーくとやらをしてみるか。」
「ま、まずは自己紹介だ。俺はキノって言うんだ。一応冒険者だ。」
「ふむふむ。まずは自己紹介か。ワシは……ワシでよい。この地に住んでいるわけではないぞ。ワシの住まいは……東の海を渡った大陸にあるのじゃ。」
「ええ……海を渡って来たのか? じゃ、どうしてこんな森の中にいるんだ?」
「うむ。この国にはワシの家に仕える家来を派遣しておってな。久しく顔を見ておらんから手土産を持って会いに来たのじゃ。この森は待ち合わせの場所じゃ。」
「そうか……それで俺と暇潰しをしようってわけなのか。」
「そういうわけじゃ。月が満ちる夜が明ける朝にこの森で落ち合う予定じゃったが、三日ほど早く着いてしまい暇をもて余していたのじゃ。」
う~ん。普通に話せば普通に返答するな。気のせいかさっきまでの恐怖が薄らいでいるような……
「キノと言ったな。お主は依頼をこなすために一人でこの地へ来たのじゃったな? 依頼を終えたらワシと来ぬか?」
「はあっ!? いや行かねえよ! 一応帰る場所はあるし、家建てないといけねえし。」
いきなり何を言い出すんだ? こんな得体の知れんやつについて行ったら毎日が命を懸けた鬼ごっこをやらされそうだ。
「ぬぅ……ワシの誘いを拒否するとはなかなか肝が座っておるな。まあよい。お主はワシの獲物に決めたのじゃ。獲物はいつの日か駆られる運命なのじゃからな。」
「へっ。さっきは捕まっちまったが次は逃げ切ってやるよ。だけど瞬間移動みたいなやつはなしだぞ! あんなの反則だ。」
自分が思っていた返答とは違う言葉を聞いたのか、彼女は口元を押さえ含み笑いをしている。
「くくっ。達者な口じゃな。あの移動は凄かろう? ワシが幼い頃、教育熱心な父上から逃げるために覚えたスキルじゃ。」
「マジで勉強から逃げるだけのために? 教育熱心とかって……もしかしていいとこのお嬢様か?」
「さてさて。それはお主の想像に任せよう。にしても、これがふりーとーくというやつか! なかなか面白いぞ! ワシは周りにこれだけ気軽に話すやつがおらんからな。新鮮な気分じゃ!」
さっきまでの時間が嘘のようだ。隣にいるのはまだ幼さが残るごく普通の女の子……に見えなくもない。だが冷静に考えてみると、このルーシキの森に女の子がたった一人でいること自体が異常だ。
「フリートークっていいもんだろ? 相手を知るにはこれが一番だぞ! 友達の仲を深めるのにも最適だしな。ところで……一つ聞いてもいいか?」
暗い夜空を見上げながら呟くように彼女に問う。
「今夜の月は……満月なのか?」
しばらくの沈黙の後、彼女が静かに口を開いた。
「お主にはどう見えるのじゃ?」
「あ、ああ。普通に三日月にしか見えないな。たくさんの星が光る夜空に一つだけ綺麗に浮かぶ三日月だな。」
びくっと肩を震わせ俺と同様に夜空を見上げる。
「……そうか。三日月か。と、ところでお主の依頼とやらだが、ワシも同行してもよいか? 暇潰しになると思うのじゃが……」
「そりゃ別に構わないが、お前は家来と会うんだろ?」
「うむ。別にその後でならば問題なかろう?」
「まあ……任せるわ。そのかわりと言っちゃなんだが、いい加減名前を教えてくれ。とてもお前をワシとか呼べんわ。」
俺の問いかけにモジモジしながらも、ようやく開き直ったのか彼女は自分の名を明かした。
「む~……しようがない。言いたくないが教えてやろう。ワシの名は……」
~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~
「いつまで寝ておるか。起きるのじゃ。行くぞ。」
んあぁ。朝か。
「よぅ。家来には会えたか?」
「うむ。二人とも元気だったぞ。手土産を渡したら喜んでおったわ。」
「そいつはよかったな。ちなみに手土産って何をあげたんだ?」
「それは言えぬな。言ったところでお主が欲しがるようなものでもないしな。」
「ふ~ん。まあいいか。んじゃ要ってみるか! 準備はいいか? ネル。」
「……気安くその名を呼ぶでない。恥ずかしいのじゃ……」
真っ赤になり目が泳ぎっぱなしのネル。初めて会った時とは大違いだな。こいつが何者なのか分からないままだがたぶん命を狙われることはもうない……だろうな。
さて、それじゃ早速行ってみるか!
明日は家来がでます。




