1 アヤメさんの家にて
六章にはいります。
この章の途中からようやく第一話のキノの逃亡シーンになります。
「ちょっと! それは私のだよ!」
ガシャン! あ~あ。また皿割れたぞ。
「待て待て! 俺はまだ取ってねえんだぞ! お前ら少しは女らしくしろ!」
「痛い! 押さないでよ~。あああっ! 残り二つしかないじゃん!」
「がるるるぅ……」
おいおいオルよ……お前本気になってないか?
「あら。もうなくなってしまうの? おかわりをお願い!」
「くそが! 一個も食えねえぞ……。おいキノ! 追加で作れよ!」
ここはエルシュさんの家……ではない。ギルド長アヤメさんの自宅だ。
大変賑やかである。
集合したメンバーはギルドの二人とネシャ、ニョロゾ、そしてニーチェと俺とオルだ。
ここまで賑やかな原因は……俺の作った料理だ。
喜んで食ってもらえるのは嬉しいのだが……こいつら節操ねえな。
「……誰か鳥肉買って来いよ。そしたら作るから。」
「まかせろぉ! 光の早さで買ってきてやるからなぁ!」
ニョロゾが扉を蹴り開け砂埃を撒き散らしながら市場方面に消えた。人の家の扉を蹴りあげるとは……
「んじゃニョロゾが帰るまではみんなおとなしくしろよ。いい加減アヤメさんが怒りだしても知らんからな。」
俺の一言で部屋に殺気が満ちてくる。
「私はまだ三個しか食べてない……」
「ニョロゾのマジ走りだ……」
「ぐすん。。。オルちゃんに取られた……」
「ぐるるるるぅ……」
―オル! お前アヤメさんの横取りするとはどういうことだ!―
―はっ! ど、どうしたというのだ? なぜかは分からぬが先程の記憶がないぞ。だが……口の中に広がるこの味は何だ? 思い出せぬ……―
ダメだ。オルはただの獣に成り下がっちまった。確かにうまいとは思うが、どんだけの食い付きなんだ。
ニョロゾが戻るまで衣と鍋の準備を整えておく。はぁ……この様子だと俺の分は残らない可能性大だな。
「おらぁ! 帰ったぞ! はよ作れ!」
はええな……飛び出てまだ五分も経ってないぞ。しかも何だその量は? どう見ても50羽分はあるんじゃないか?
「よし。山盛りにした俺が悪かった。希望の数だけ作ってやるから個数と名前を紙に書いてくれ。」
うん。はじめからこうすればよかったんだ。食い物ごときで不毛な争いをするなんて大の大人がするよ……
「私が先よ! ペン貸して!」
「いやいや! 肉買ってきた俺が一番だろうが!」
「ちょっと。家の主を差し置いてみんな手が早すぎるわよ!」
「ふ―っ! ふ―っ!」
まったくもってめんどくせぇ……ちなみに作っているのは鳥の唐揚げ(二度揚げタイプ)だ。落ち着くまで揚げ続けるか。
「いや~食べた食べた! それにしてもこの料理はすっごいですね! キノくんの故郷の料理なのですか?」
ソファーでひっくり返ってるレイカさんが顔もあげずに聞いてくる。
「ですね。この地方では揚げるって文化がないみたいだったので、口にあうか不安でしたが心配は無用のようで。」
「だねだね! 無茶苦茶おいしかった! ここまで酒にあう料理もなかなかないよ!」
ジョッキを片手にネシャは椅子に腰掛けてまったりモードだ。きれいに食べ終わった皿を前にして、他のみんなもようやく落ち着いたみたいだ。
「作るのは以外と簡単なんそうなんだけど、発想がね。油で揚げる?って初めて見たよ。」
「そうそう。これなら私でも作れそうだから今度やってみようかな!」
すこぶる評判はいいみたいだ。
「アヤメさん。場所を提供してくださってありがとうございました。おかげで助かりました。」
「いいのよ。こんなおいしい料理たべさせてもらったんだからね。もうこのままここに居着いても構わないわよ。お婿さんとしてね!」
うおっ……凄まじい殺気が背中に刺さる……誰だ? 振り返る勇気がない……
「い、いやいや! それはやめときますよ。アヤメさんもなかなかきつい冗談を……」
「あらあら。私はいつでもウェルカムよ! キノくんなら年下でも気にならないしね!」
……やばい。誰かのマジもんの殺気がだだ流れしてる……話題を変えねば。
「ははは……っとそういえばエーシャはどうしたんだ?」
「エルシュさんと講堂に行ってるよ。王都から使者が来てるみたいでエルシュさんの助手……いやお手伝いかな。」
「そうか。あいつだけ食べられないのはかわいそうだから後で持って行ってやろうかな。」
「あっ! それなら私が持って行きますよ。家が近いですからね。」
むくりと起き上がるレイカさんの腹はまるで妊婦さんのようだ。
「じゃレイカさんに任せますね。ほんじゃ彼用にいくらか揚げないと。」
「「持ち帰りなら私も!」」
味をしめた皆さんのおかげで、結局ニョロゾが買ってきた鳥はすべて唐揚げになってしまったのである。
「う~体が油臭い……」
「でもみんなの評判よかったね! 私も三つ食べたし!」
「だな。ニーチェっていつもパンとサラダしか食ってないイメージだからな。肉もしっかり食えよな!」
「はははっ……だね。そうだ! あのサチの依頼はいつから始める?」
無理に話題を変えて笑顔を振り撒くニーチェ。
「ん、ああ。期限はない依頼だからぼちぼちやればいいかな。それにもう一つクエスト依頼されてるんだ。」
「ええ? そうなの? 結構難易度高いの?」
俺は深く息を吸い込む。
「たぶんな。」
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「ただいま! おじいちゃんお土産だよ!」
俺達が帰るとエルシュさんはすでに戻っていた。
「おお早かったな。ん? これは何じゃ?」
ニーチェから手渡された篭に入った塊をまじまじと見つめるエルシュ。
「キノが作ったんだよ! 唐揚げって食べ物なんだけどすっごいおいしいから食べてみて!」
「ほう。どれどれ……むうっ! これはうまいな……キノくんは料理の腕も確かだな。さすが守護竜に目をつけられた男だ!」
「簡単な料理だからニーチェでも作れますよ。俺達は腹一杯だからしっかり食べてくださいね! 王都から使者が来てたって話を聞いたんですが、何かあったのですか?」
すでに酒樽から注いだ酒入りのジョッキを片手に唐揚げを頬張るエルシュさんに聞くがその顔色が明るい。
「うむ。この度の国王からの任命によってSランクを二人も抱える町としての運営に関して色々と指導してもらったのじゃ。」
「指導?」
「うむ。Sランクの冒険者はある意味特別じゃからのぅ。近いうちに知ることになるであろうよ。」
エルシュさんの表情を見ているとあの化け物コンビがオルーツアに多くの恩恵をもたらすのはおのずと分かる。
シュラリアというこの国ではSランクの冒険者は王都キリサバルに二人、港町のコザーキには一人もいない。隣国のミラーハは軍事大国だけあって10人はいるらしいが。
「あの二人がそんな立場になるとはね~。まぁそれだけの力を持ってるのは確かですからね。でも、なぜ俺達みんなランクがあがったんですか?」
勢いよく食べていた手を止め、俺に向き合いエルシュさんは語りだした。
「すべてキノくんが関わっておるのじゃよ。」
唐揚げにはレモンが必須です。




