11 仕立屋サチの依頼
正月休みでゆっくりしました。
余程テルヨのアイアンクローが効いたのか、サチは頭を抱え『むごー』と唸りながら床を転がり回っている。
「おいテルヨ。さっきこのダメエルフが口走っていたが、誰が降参上手のヘタレだって?」
「ふん。あの潔いよい降参は後世に語り継がれるに違いないと思いましたから城内でキノのことを宣伝したのですよ。これで城に出入りする人々から伝染病のように広まるのは間違いありませんね。」
こいつ……どや顔でとんでもないことを言いやがるな。
「それから……私の名前はもうテルヨではありません。騎士団団長の職から解かれた私はリーヌとなりましたからこれからはリーヌ様と呼ぶのです。」
また訳のわからんことを……何の気まぐれか女神の名前に戻しやがったな。
「まあ名前なんてどうでもいい。お前はレゴブロックという相応しい呼び名があるじゃないか。なぁ?」
顔を背け笑いを堪えるニーチェ達を見渡す。リーヌは殺意に満ちた眼差しで俺を睨みつけ話を続ける。
「その事とこれまでの経緯、そしてあなたの今後の生き方についてはまた時間を設けて話し合う必要がありますね。それよりもサチからの依頼話は聞きましたか?」
「いやまだ詳しい事は何も聞いていないぞ。」
「そうですか。詳細は私からより本人から聞くのがよいでしょうから、話がまとまりましたらオルと共に私の所へ来るのです。」
「……いやだ。と言ってもオルが喜んでるから付き合わなきゃならんな。」
リーヌの足元には嬉しそうに彼女にすり寄るオルがいる。う~む。飼い主に甘える猫だ。
「とりあえず依頼を引き受けるかどうかは話を聞いてからだ。俺は王都を観光したいから面倒な話になりそうなら即断るからな。」
ようやく痛みから解放されたのかよろよろと立ち上がるサチ。
「頭がもげるかと思ったよ……相変わらずテルっちの馬鹿力はどこから生まれるのか……そしてどこに行くのか……」
「サチ。私はテルヨという仮の名はもう捨てましたからこれからはリーヌと呼びなさい。そしてこの私の力はね、あなたのようなお調子者に還元されるのですよ。ほらこんな風に。」
……このサチってエルフは口を滑らせるのがうますぎるな。再びリーヌのアイアンクローがサチを襲い、先程と同じように声にならない唸り声をあげながらバタバタともがいている。
「さて。賢者エーシャよ。今からあなたは少し私に付き合って頂きます。怯えなくても大丈夫です。痛くはしませんし、もちろん気持ちよくもしませんので。」
「えっ……俺だけですか?」
思いっきり戸惑いを見せるエーシャ。そりゃ目の前でこんな惨状を見せられれば、いくらエルフに呼ばれるとあっても命の危険を感じるのは無理もないだろう。
「エーシャ行ってこい。エルフからのお誘いだぞ。ちなみにあいつとふたりきりの時はレゴブロックと呼ぶな。たぶんお前は死ぬ。」
「わ、わかった。じゃまた後でな。」
まるで人生の終着駅を目の前にした囚人のように寂しげな視線で何度もこちらを振り返りながら彼はリーヌに連れて行かれた。また彼に会えるのか一抹の不安に駆られてしまう。
「いたた……リーヌだと……リーヌっち……いや! レゴっちか!」
こめかみを押さえてよろよろと立ち上がるサチ。どうしても名前の後ろに『っち』をつけたくて仕方ないのか。
「……本気で死にたいならレゴっちで構わないが、やめといたほうがいいぞ。一応忠告はしたからな。で、依頼内容は何だ?」
「おっと! 忘れるとこだったよ! 依頼内容はこれに書いてるから!」
そう言って懐から一枚の紙を取り出す。さっきから一人でバタバタと暴れていたのでしわくちゃになっているが一応依頼書だな。
〔依頼内容〕
染色材料八種類
※但し店にない色のみを対象とする※
※クエスト期限は無期限なので八種類揃い次第持参すること※
〔報酬内容〕
依頼達成の新色で作る衣装一式(軽防具も可)
世界最速で新色を身につける特権をあなたに!
「依頼内容を読む限りでは……生地を染める材料でいいんだよな?」
「そ―そ―! おしゃれって基本はデザインっていうけど、私はやっぱり色彩が重要だと思うんだ―! だけどね、ちょっと限界感じちゃって困ってたんだ。そしたらリーヌっちが君なら何とかしてくれるだろうから会ってみなさいってね!」
なるほど。そう言われてみればこの店内に陳列されている衣服だが……原色に近い色ばかりで目がチカチカする。それに比べ町行く人々の服装は地味すぎる。どうしてこうも極端なんだ……
「まぁそんなに大変そうな依頼じゃないから受けてもいいが報酬内容は変えれないのか? 俺は現金のほうが……」
「やるよ! これはやるしかないよ! 誰にも譲っちゃダメだからね!」
ニーチェが鼻息を荒くしながらまくし立てる。
「ど、どうしたんだ? ニーチェが依頼に飛びつくなんて珍しいな?」
「だって仕立屋サチの依頼でしょ! こんな依頼は国中の冒険者が殺到してもおかしくないよ! はぁ~~しかも新色を使った衣装一式が報酬だなんて……」
えっと……確かニーチェは飾り気がほぼ皆無な娘だったよな? それなのにここまで食いつくとは。そんなにこの仕立屋は有名なのか。
「わかった。じゃ受けるのは俺とニーチェでいいか?女子がいたほうが何かと助かるから。」
「あ―構わないよ! 私はいつもここにいるわけじゃないから、会いたくなったならリーヌっちに声をかけてね!」
依頼手続きを済ませ店内の品の色彩をチェックしてからサチの店を出る。心なしかニーチェの目が輝いている気がする。
「すっごいね! あの仕立屋サチから直々にクエストもらえるなんて!」
「そんなにあの店ってすごいのか? 客の姿がまったく見えなかったから経営に行き詰まってるのかと思ったぞ。」
「違う違う! あのお店はね、爵位のある家柄しか相手にしてないんだよ。つまりは貴族、王族ご用達のお店なの! 私達じゃお店に入るのすら許されないんだよ!」
「そうなのか。それじゃあの報酬に目が眩むのもわかるな!」
ニヤニヤしながら突っ込むと真っ赤な顔をして俯くニーチェ。
「そりゃ私だって少しくらいは興味あるよ。おしゃれには……」
やはり年相応だな。そんじゃニーチェのためにもほちぼちこのクエストこなさないとな。
「それよりもさ! せっかくだから王都観光行こうよ! オルちゃんもいつもとは違うお料理食べれるよ!」
「! ぬあぁ――――!」
「だな。ニーチェが帰る前に案内してもらおうか!」
「うん! 任せてよ――!」
こうしてサチからの依頼を受けた後、ニーチェの案内のもと王都観光を楽しんで宿に戻った。
本年もよろしくお願い致します。




