7 オルツ
決着です。
―ふぅ……久しぶりにこの姿に戻れたわい―
いつものオルの姿ではない。いつもの子猫ではなく体毛一本一本から獣気を発しているかのようにほのかに体が光って見える。力強さというよりは神秘的なオーラにしか感じられない。
―……どういうことだ? 貴様のその姿は?―
目の前にいるオルを怪訝な目で見下ろすビビは、オルが姿を変えたのをその目で見たのだがまだ半信半疑のようだ。
―お前に詳しく話すほどのことでもないわ。あまり目立ちたくないのだがそうも言ってはおれんようだから仕方なかろう―
静かに語るオルの視線の先はエルシュをとらえていた。彼は祈るように両手を組み目に涙を溜めている。その涙は今にも溢れそうだ。やれやれと思いつつビビに向き直し話を続ける。
―飛竜よ。なぜお前がひよっこなのか分からぬようなので少し話をしてやろうか?―
ビビに念話を飛ばしながらゆっくりと歩み寄るオル。
―くっ! 何を偉そうに! 貴様の戯れ言など聞く価値もないわ!―
先程とは違うオーラに包まれたオルに威圧されているのかビビの体が動かない。攻撃したくてもできず、逃げようにも足が動かない。そうしている間にオルはビビの前まで来た。
―まぁ聞き流せばよい。ひとつ目は対峙する相手と自分の力量の差をわきまえておらぬことだ―
赤黒い巨体を見上げながら息をひとつ吐く。次の瞬間、ビビの体は木葉のように吹き飛び闘技場の壁に叩きつけられる。
―がはっ……な、何を?―
オルは瓦礫の中で血を吐くビビにゆっくりと歩み寄る。
―別に何もしておらぬぞ。ワシはただお前に息を吐いただけだ。そしてふたつ目だ。お前は守護竜などと呼ばわれて人間から敬われておるようだが、このような戯れに顔を突っ込み、かつ主催するなどという愚かさがひよっこなのだ―
オルの体の五倍はあろうかというビビの翼の根元に噛みつき首をひねるオル。まるで食事をするかのようにビビの翼は食いちぎられその翼はオルによって咀嚼される。
―っがああぁぁぁぁっ!! 私の翼があっ!―
―ぎゃあぎゃあうるさいの。悲鳴をあげる飛竜なんぞ聞いたこともないそ。では三つ目だ。お前は生を受けて何年ほどだ?―
―ぐがあぁっ……殺す……食い殺してやるわあっ!―
―ワシの問いに答えずに遠吠えばかりするな。数十年しか生きておらぬ若造が。ちなみにワシは8000年ほど命を与えられておる。文字通りお前はひよっこなのだ―
ゆっくりと爪を掲げ胸元めがけて振り下ろすオル。
ビビの体を覆う鱗は無惨にもその威力により薄氷のごとく割れ、皮下の肉は骨までえぐられる。あまりの鋭利な一撃に周囲にえぐり取られた肉片と血が飛び散る。
―ぎゃああぁぁぁ!! は、8000年だと……貴様ぁ! 魔獣などではなく幻獣かっ!?―
―幻獣? ふん。あんな下等な生き物と同列に並べるな。ワシはこの世界に住まう存在ではない。ゆえに魔獣とも幻獣とも呼ばれる筋合いはない―
のそりとビビに近寄り始める。ビビは血にまみれすでに戦意を喪失し、もはやこの場から逃げることしか頭にない。だが片方の翼をもがれ、文字通り這うようにオルから遠ざかろうとする。
―どこに行こうとしておるのだ?まだ年寄りの戯れ言は続くぞ。4つ目だ……―
「わああああっ! もういい! 私の敗けだっ!」
地に吐き捨てるようにビビの叫びがあがった。
「そこまで。キノ殿の……従魔の勝ちです。」
「「「うおおおっ!! しゃあぁっ! やったぁ――――!!!」」」
俺とニーチェ、エーシャがオルに飛びつく。が、元の姿に戻り三人とも抱きつきは空振りに終わって互いに頭をぶつけ合う。
「オル! さすがだぞ! やっぱお前は最強だ!」「オルちゃん……よかった……よかったよぉ!」「ネシャ達が言ってた言葉を間近に見ることができた……オルちゃんすげえぞ!」
三人とも涙で顔をぐしゃぐしゃにして笑っている。ビビの企んだとんでもない争いからようやく解放されるんだ!
「オル……いやオルツ様……。」
声にならない声を出しながらエルシュが近づく。そしてオルの前に膝をつき頭を下げる。ぽたぽたと涙が地面に落ちる。
―エルシュよ。久しいな。とは言っても毎日のように顔はあわせておるが―
―ううっ……あのときと同じ声……―
―ふん。そうだな。あの時以来だな―
―まさかまたお会いできるとは―
―うむ。お前達が復興した町はよい町だな―
―うぐっ……はいっ……あなたに救われた町を生涯を通して立て直すことだけがこの老体に課された使命だと……―
―ふっ。気負いすぎだ。もう十分にお前はその責を果たしておるぞ。もっと自由に生きればよい―
―ありがとうございます……ありがとうございますっ……―
「そっか……オルちゃんって昔町を救ってくれたオルツ様なんだね! これからはちゃん呼びはやめなきゃ!」
「まさかオルちゃ……オルツ様だとは……ならばこの強さにも納得してしまうぞ……ネシャ達に何て説明すればいいんだ……」
むぅ……すべてばれたな。仕方ないといえば仕方ないが……これは後始末が大変だぞ。どうするんだ!? おい! 真の飼い主!
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「まさか……守護竜が破れるなどとは……」
「何なのだあの獣は……」
二人の国王は目の前で繰り広げられた人外な力の戦いに言葉が出ない。
どうする? 守護竜さえ退けるその力は後々脅威になるのではないか?
ルベン国王もセティ国王も発する言葉によってはこの場に緊張をもたらすのは国を統治する二人にとっては至極当然だと認識している。ゆえに次の言葉が出せないのだ。
「ルベン国王。長らくお世話になりました。今日この時をもって騎士団団長の職から退きたく願います。」
不意にテルヨが二人に声をかける。
「なっ!何を唐突に!?お前の代わりなどこの国にはおらぬぞ?」
ルベン国王は突然の言葉に我に帰り戸惑う。無理もないだろう。長年国に仕えた手練を失うのだから。
「大丈夫です。代わりになる人材はいくらでもいるでしょう。そしてあのビビですが……」
透き通った冷たい眼差しをその場にいるすべての者に向けテルヨは話を続けた。
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「ビビ殿。立てますか?」
アイオロスが人間の姿に戻った血まみれのビビの元に行き声をかける。
「………………」
彼女は下を向いたまま微動だにしない。
「どうやらあなたは牙を剥く相手をお間違えになったようですね。心配いりません。この場において目にした事柄は世間には知られません。この契約書により確約されておりますので。」
「………………」
「……ではこれにて。」
アイオロスはビビに一礼すると宙に手をかざす。何もないその場に黒く渦巻く空間ができ、手にしている契約書が吸い込まれた。
一瞬ルベン国王とセティ国王に目をむけるが、すぐに背を向け一言呟く。
「あちらは大丈夫のようですね。では……」
ビビが顔をあげるとそこにはもうアイオロスの姿はなかった。
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「よし!帰ろう!ってかここはどこなんだ?」
片がついたのにこの場に留まってるのもおかしな話だ。
「そういえばここはどこなんでしょう?」
「ワシもこんな所は来たことないぞ。」
どうやら誰も知らないみたいだ。帰れるのか?
「ここは王都近くのの地下にある古代闘技場ですよ。」
不意の声に振り返るとテルヨが立っている。
「……おい。お前には聞きたいことが山ほどあってどっから話せばいいのか分からないんだが。とりあえず帰れるのか?」
「はい。ただしすぐオルーツアには帰れないでしょうから、王都にて一休みして帰ればよいと思います。だから少し黙っておきなさい降参上手のヘタレ。それかからそちらの二人。」
おいおい……最後とんでもなく人を卑下する言葉を発したよな? テルヨはニーチェとエーシャを呼び寄せ二言三言告げる。
「この二人の記憶を少し変えましたから。オルツと私の正体については知らないほうがよいでしょう。あちらの国王達も同様に変えています。そして……」
エルシュの前に立つテルヨ。
「あなたの記憶。オルツとの過去の繋がりを考慮すると消したくありません。これからもオルツ……オルと仲良くしていただければ。ただし、決して彼を敬うことなく今まで通りに接してください。」
にっこりと笑みを浮かべエルシュの手を握るテルヨ。
「あ、ありがとうございます!老い先短いこんな男にまた生きる喜びを与えてくださるとは……あなたがオルの主なのですか? ということは! まさか! 女神リーヌ様!?」
「あっ! それ重要なとこですから消しますね!」
ひょいひょいと人の記憶を改ざんするとはな。女神の力からすればなんてことないだろうが。
「……なかなか便利な技だな。だがこれでまた元の生活に戻れるんだな! ちなみにあの審判員は?」
俺の一言にびくっとするテルヨ。まさか……
「あっ……」
……まったくもって残念な神さんだよ!
戦いは終わりましたが、この章はもう少し続きます。




