5 猫VSドラゴン
オルが頑張ります。
「ベルン国王よ。そなたの国の者はなかなかの手練れだな。まあれほどまでも我が国の者を圧倒しているとは。」
鋭い眼光を向けお世辞とも取れない言葉を交わすミラーハの国王。
「あの者らは王都にて従属する我が配下ではございませぬ。一昔前に滅びを免れた町の冒険者です。ゆえに私には何の拘束力もない者達ゆえ国の兵力ともなりませぬぞ。暴れ馬を飼い慣らす知恵を持たぬ私は、セティ国王のような統率力は是非とも見習いたいと私は常々感じておりますぞ。」
セティ国王の眼差しを気にもせずに戦況を見守り続けるルベン国王。格上の軍事大国の絶対的存在の王に対しても気後れはしていない。
「ふむ。というとあのオルーツアの町の者か。あれほど活きのよい術士が一介の冒険者とはな。我が国に来るような事があれば引き抜いてやるのだがな。それに……」
舞台の石畳で戦い終わったばかりなのに談笑しているキノに目が留まる。
「あの貧弱な若者だが……何者なのだ? えらくビビが気に入っているようだがな。お主の国で随一の強さを誇るテルヨと互角以上とはな。油断しておらねば負けるような戦いではなかったはずであるぞ?」
「彼とは話もしたことなく素性がまったく分からぬ男です。つい最近オルーツアに住みついたことくらいしか私も知らぬのです。どこから流れて来たのやら……それにしてもテルヨをあそこまで追い詰めるとは。」
二人の王はお互いの腹の内を深くまで探ろうとはしない。それが国益になるかどうか見極めるまでは無駄なものだと思っているのだ。
ただ純粋に二人が考察していたのはあの守護竜が欲する男がどのような能力を秘めているのか、そして国の脅威となるやも知れぬどんな影響をもたらすかだけであった。
「ふはははっ! お主ももう少し欲深ければ、かの者らを用いて領土を拡げるのもたやすいだろうに。隣国とのいざこざに使えるように唾をつけておくのも国王の役割であるぞ。」
「そうですな。いざという時、あのような者らが必要になるやもしれませぬからな。ミラーハの軍備の半分もない我が国では貴重な戦力と言えるでしょうし。」
決して友好的な関係ではない。むしろ国交がないだけに不穏な事態になれば衝突するのは火を見るより明らかである。
武会と称してこの場に足を運んだ二人の王ではあるが、概ねどちらが勝とうが負けようが気にはしていない。むしろ気になるのはこの最後の戦いだけである。
「ビビと戦うのは……あの従魔か。」
「そのようですな。どれほどの力を有しているのやら。」
「ルベン国王。戻りました。」
ぼろ雑巾を担いだテルヨが国王の元に戻ってきた。
「うむ。ご苦労であったな。傷のほうはよいのか?」
「はい。ビビ様よりこちらで戦いを見るがよいとのお言葉を頂きましたので。」
「そうか。ならば腰をおろし観覧するがよいぞ。」
ルベン国王は自身の前に座らせ、最後の戦いが始まるのを今か今かと待ちわびる。一方、セティ国王は
「こやつの特権をすべて剥奪し、一兵卒に戻し一から鍛え直せ。異論を立てるならば即首をはねろ。」
背後にいる近衛兵を指示しザビオを視界から遠ざける。これほど非情にならなければ軍事大国の長として威厳が立たないのであろう。そして座から立ちあがり地に響くような声を張り上げた。
「ビビよ! 始めるがよい! よき戦いをこの目に!」
「さてと……それでは始めましょうか。少し手荒に扱いますが心配しなくてもいいですわよね?あなたは結構丈夫そうですから。」
ひらりと舞台の中央に歩み寄る一人と一匹。黒のローブの下は革をなめした薄手のプロテクターのような胸当てと体のラインが分かる膝上までしかないパンツだけの装備。
とてもビビの姿は戦いの場に赴く服装には見えない。
―ふん。飛竜ごときが。だが、今のワシは限られた力しか出せぬからな。この場を散らさぬよう相手をしてやるぞ―
―ほほぅ。念話を使えるとは。従魔にしておくには惜しいですね。あの男の代わりに私に支える気はありませんか?―
二人の間の空気が澱み出す。
―ワシにはこれ以上主と呼ぶ存在はいらぬぞ。そのような存在は二人もいれば十分だ。貴様こそワシの下につけば日々うまいものが食えるぞ。どうだ?―
―魔獣ごときが面白い冗談を! 我を守護竜と知っての振る舞いか! 言葉を選べ!―
互いの獣気が膨れ上がり擦れ合う。
―守護竜? ただ何の目的もなく生き延びているだけのひよっこであろう? 恥をかかせぬよう気を遣ったのだがいらぬ世話だったようだな―
―口数が減らぬ猫だな。貴様は……もう死ね―
ビビの獣気が解放されると同時に闘技場の床に亀裂が走る。その亀裂はキノや国王達がいる上にまで広がってゆく。
「どわあああぁぁぁ! みんな大丈夫か!?」
「うん! 大丈夫! オルちゃんの結界のおかげみたい!」
「にしても……あれがオルちゃんの力……」
「むぅ……もはや従魔とは思えぬぞ。魔獣……以上の力を有しておるわ。」
四人の目の前にいるオルはいつもの子猫ではなかった。
ビビはその爪をオルに向け叩きつける。舞台が割れ石が飛び散る。彼女が腕を振るう度にまるでえぐられたかのように地肌が露出していく。
幾度も地を削り取るビビの攻撃をするりと避け、一瞬の隙をついて彼女の首筋に牙をむく。がビビはオルの首を捕まえ、逆におよそ人間の口とは思えぬいびつな牙が並んだ口を広げる。
次の瞬間、ビビの体がピタリと止まった。
―まったく卑しい飛竜だな。ワシを本気で食おうとするとはな―
すとんと彼女の腕から地に降りたオルの手は血に染まっている。そしてオルを捕まえたビビの左腕は手首から肘にかけて派手な裂傷が刻まれ血が吹き出している。
―そういえば、古竜となったドラゴンの血には数々の恩恵をもたらす作用があると聞いたが、貴様の血は……ふむ。ただの血だな。所詮は50年そこらしか生きてはおらぬ若造か―
目の前にいる彼女がまるでいないかのように血に染まった手を毛繕いするオルとは対照的に、傷を負った左腕を静かに見つめるビビ。
―どうして……魔獣ごときが私の体に傷を……―
誰に聞かせるまでもなくぶつぶつと独り言のように繰り返しつぶやく。
―どうして……―
―ん? どうした? 自分の血が流れるのを見るのは初めてか?―
おとなしくなったビビに目を向けるが、いささか様子がおかしい。
「どうして獣ごときがあぁぁっ!! この私の腕があああっ!」
―まぁそう気を荒立てるな。ほれ。貴様の姿が人間から飛竜に戻りつつあるぞ―
フッフッと鼻息を荒くするビビの背中にはねっとりと滑りを帯びた翼が生え、腰から下は鱗にまみれた尾が地面を叩きつけ完全に爬虫類のそれに変容しつつある。
「食らってやる! 食らってやるぞおぉ!」
空気を震わせ耳をつんざく咆哮と共にビビはサガラ川で初めて見たあの赤黒いドラゴンの姿に変わった。
次回、決着です。
早くキノに家を建てさせたい。




