3 殺す気でこい!(じゃないと死んでしまう)
二戦目にはいります
さて。
エーシャの無慈悲な戦いによってまずはこちらのリード。
ここはストレートで勝ちにいきたいのだが、俺がいくべきか。それともオルにいってもらうか。
「では次は私が参りましょうか。どちらでも構いませんが、ビビ様の手前です。キノさんどうぞこちらに。」
……ご指名か。さっきのエーシャの戦いを見て感じたのだが俺もあんな感じにいたぶられるのか?痛いのは勘弁してほしい。ってか、あんな目に遭ったら確実に俺は死ぬぞ。
「心配なさらなくてもあなたを殺すつもりでいきますから。せいぜい生き延びてくださいよ。ふふふっ。」
「……間違っても殺すなよ。俺を殺したらお前がビビに何されるか分からんぞ。」
そう言わざるを得なかったのはエーシャに破れたザビオとかいう剣士だが、ビビにゴミのように闘技場に叩き付けられて壁にめり込んでいる。あれって生きてるのか?
それにしてもマジでやりたくないぞ。あのギルドでの暴虐無人な振る舞いが俺に向かってくるんだよな……
―おいオル! 相手に殺意がないとシューラさんの保護は発動しないんだよな? 俺が生き残れるのは何%だ?―
―そうだな。まず言えるのは殺意があれば90%で死ぬな。殺意がなければ100%といったところか―
それって……死ぬってことじゃんか!
―やばくなったらすぐに降参するからな! あとはお前に託す!―
―まぁがんばれ。余程のことがない限り死なぬとは思うがな―
くっそ……こうなりゃ開幕即棄権という荒業でいくしかな……
「何を突っ立っているのですか? もう始まっていますよ。」
気がつくと俺は無様に闘技場の石畳に倒れていた。
「キノ大丈夫!?」
何だ? 何が起こったんだ? くぅぁ……腹が痛い……
「ただのボディブローごときで情けないものですね。一体どんな鍛え方をしているのやら。やはり殺す気でいないとあなたはただの人間ですね。」
虫を見るかのように俺を見下ろすテルヨ。目が笑っている。
殺す気で? こいつ俺の保護のことを知っているのか?
「ではこれはどうですか?」
振りあげる拳が俺の顔めがけて振り下ろされる。これは……俺を殺す気だ!
凄まじい音をたて石畳が割れる。ちょっと待て。ただのげんこつなのになぜ石が砕けるんだ?エルフってこんなキャラだったか?もっと華奢で異世界のヒロインに抜擢されるようなキャラじゃないのか?
「なるほど。」
何かに納得したかのように頷きながら軽くストレッチを始める。
「加減がだいたいわかりましたのでこのペースでいきましょうか。」
間髪入れず俺の懐に飛び込んできた。鋭く俺の脇腹に狙いすましたフック、顎を狙った蹴り、そして目潰し。保護のおかげで手に取るようにかわせるが、あまりの攻撃の鋭さにかまいたちのように皮膚が切れ血がにじむ。
「まだまだいけそうですね。では!」
テルヨは更に手数を増やし休みなく攻撃してくる。まるで格闘技のように手足を使い、あらゆる角度から俺を襲う。いずれもクリーンヒットはないが、とにかく早いのだ。まともにくらったら石畳のように俺の体はクラッシュしてしまう。
「ふん。逃げてばかりでは戦いにならぬぞ!」
テルヨは自分の攻撃が当たらないせいなのか段々と苛立ちを押さえきれなくなる。休みなく拳を振り上げ、蹴りを繰り出しているせいで息もあがってきている。
そろそろ仕掛けどころか!? いやまだだ!
早く勝負を決めたい俺だが確実に勝つためにはまだ早すぎる!
「なぁ……あれって戦ってるんだよな?」
「だと思う……んだけど……」
エーシャとニーチェが闘技場を見つめながら呟く。
二人の視線の先には砂が舞い上がりかすかに人の形をした残像が二つ見えるだけだ。時折手が止まるのか二人の姿が見えるのだが、すぐに残像になり風邪を切る音と砂煙しかそこには残らない。
ただその砂煙の足元には血が飛び散っているので、激しいやり取りが繰り広げられているのは間違いない。
「何がどうなってるのか分からんが、あれは人間の動きじゃないぞ。これがニョロゾとレイカさんが言ってたキノくんの力か……」
「一体ルーシキの森で何があったのかしら……。今までのキノはあんなんじゃなかったよ!エーシャも分かるでしょ!」
もちろんエーシャにもニーチェが言うことは分かる。ルーシキの森に着いた当初は猪やゴブリンと命懸けで戦っていた貧弱な男だった。今目の前にいる男と同一人物とは思えないのだ。下手をしたらニョロゾよりも俊敏なのではないのか?そう思わざるを得ない。しかも王都の騎士団団長と互角にやりあっているのだ。
「ニーチェ、エーシャよ。ルーシキの森でどんな特訓をしたのだ?ワシですら目で二人の姿を追うのがやっとだぞ。」
「ええっ!おじいちゃんあれが見えるの?」
「ああ。互いに武器を持たずに組み手を交わしておるが、キノくんはすべてかわしておるぞ。あの団長の鋭い攻撃の風圧によって皮膚が裂かれておるがたいしたことない傷じゃ。だが……避けてばかりで一切攻撃しとらんのが気になるが……」
瞬き一つせずに戦況を見守るエルシュ。戦いが始まってすでに30分は経っているだろう。勝負が決まるとなれば隙を捕らえた側に軍配が下るだろう。
まだだ。もう少し。もう少しだ。
徐々に息があがってきた。
横っ腹が痛い。
思い出せ。
あの森で初めて保護を理解したあの時を。
あのときの緊張感を思い出せ!
「はぁ……はぁはぁ……チョロチョロとうっとおしいですね! いい加減負けを認めなさい! でないと本当に痛い目にあうことになりますよ!」
テルヨは既に肩で息をしている。
元々軽装備でいた彼女だが、疲労のためか軽快に動けるよう薄手の甲冑を脱ぎ捨てている。
無理もないだろう。始まってから体を止めることなく攻撃を繰り出している。美しいその髪も汗だくの顔に張りつき、エルフ特有の整った顔は夜叉のように目をむいている。
ふぅ……そろそろだな。俺の誘いに乗ってくれよ。
「はぁはぁ……結構疲れが見えるが気のせいか? エルフってのは華奢なイメージだったがこんな戦闘マシーンだったとはね。まぁ、胸のほうはイメージ通りだな。例えるなら……そうだな。煙突? うんうん。煙突だ。頭から煙だしてみ? 出るだろう? おや? どうしたのかい?」
テルヨの中の何かが切れる音がした。
「オマエハコロス。コノテデミンチニシテヤル。」
瞳孔が開き不適な笑みを浮かべヒクヒクと顔を歪ませながら、テルヨは懐からメリケンサックのような物を取り出し両手にはめる。そして鬼の形相でキノの顔面に殴りかかる!
今だ!
瞬時に鞄から取り出しカウンター気味にテルヨにくらわせる。
「これでどうだぁ!!」
勝利はどちらの手に!?




