2 術士を舐めることなかれ
バトルを書くのは苦手です。
エーシャに対するのはビビと一緒にいた甲冑の男だ。いかついな。見るからに近衛タイプだ。向こうの国で最も強いやつだって言ってたがどれくらい強いのか?
「エーシャ頑張れよ~!」「頑張れ~っ!」
まるで運動会の応援のようだ。だが、いざ始まるとその戦いぶりに応援の声すら出せなくなってしまった。
先手を打ったのは相手だ。見かけによらずニョロゾに匹敵するスピードで間合いを詰める。そして右手に構えた剣を振り下ろす。
エーシャはするりとかわし体勢を整えようとする。がすでに相手は間合いを更に詰めていた。下段より振り上げる剣先がエーシャの左脇腹を襲う。紙一重でかわしたように見えたがエーシャのローブには血がにじんでいる。
「すごいなあんた。その体でこの動きかい。魔法を出す暇がないぞ。」
「お前もなかなかだな。術士と見受けるがこの俺の剣をすんなりとよけるとはな。名は何と言う?」
「俺の名はエーシャだ。お前の言う通り術士だよ。ただし賢者扱いだけどな。」
「エーシャと言うのか。覚えたぞ。我が名はザビオ。ミラーハの騎士団副隊長だ。」
構えた剣を肩に掛け鼻で笑いながら髪をかきあげる。
「よき戦いをと言いたいところだが、やはり術士か。しかも貧相な若造とは。これなら野菜を刻むほうがまだましだ。悪いが俺にとっては術士なんぞ子供だましの手品師と同じだからな。」
「つまりはおまえはカスってことだ。」
その瞬間ザビオの姿が消えエーシャの背後に現れ横一線に剣を振るう。狙いはエーシャの左腕だ。だが、鈍い音と共にその剣が火花を散らし弾かれる。自らの力の反動からか、ザビオが大きくよろめき剣が手から落ちる。
「危ないな~。今本気で俺の腕を取りに来ただろ? 術士の生命線である腕を狙うのは分かるけどちょっと殺気が強すぎるんじゃない?」
エーシャ自身もザビオの一撃を受けてよろめきはしたがこれといってダメージはなさそうだ。そして彼の肘から先にかけて両腕には金属製の籠手が見える。
「術士はお前みたいな重装備をしないかわりに身を守る術をしっかりとしとかなきゃならないんだが、これさえあれば結構な業物の武器じゃない限り防げるんだ。そして一番狙われる両腕さえ保護できれば……」
エーシャの右手に熱が集まる。集まった熱はやがて炎の塊となり徐々に小さくなっていく。その小さな塊は手品のように姿を消しまったく見えなくなった。
「どうだい?お前にはこれが見えるか?」
にっこりと頬笑むエーシャが右手をザビオに向けると激しい空気の歪みと爆音がザビオを襲い、彼をはるか後方に吹き飛ばされる。辺りには鼻をつく人肉の焦げた匂いがたち込める。
「くっ…………はあっ……何だ今のは? 魔法が見えぬ……」
ザビオに切りつけられた傷痕を治癒しながらマジックバックから紫の石が付いたワンドを取り出しザビオに近づくエーシャ。
「いやね、強い魔法でも弱い魔法でも目視できたら普通に避けれるじゃん? 特に高魔法を発しても避けられたんじゃただ魔素を消費するだけ。そして『しまった! かわされた!』って叫ぶのがオチ。それだったら……」
そう説明しながらなんとザビオに治癒魔法をかける。
「魔法が見えなくなるようにしちゃえばどうかなって思ったのさ。どう?火傷は治ったかな?」
顔を真っ赤にして全身をぶるぶると震わせながらいきり立つザビオ。血走った憎悪に満ちたその目は明らかに自身の剣士としてのプライドを汚されたためであろう。手品師と小馬鹿にした術士当人によって。
「貴様あぁ!戦う相手に情けをかけるのかぁ!」
「いやいや。情けじゃないぞ。これはお前に教訓を与えるためだからな。」
冷めた目でまるで格下の動物を相手にするかのように膝をつくザビオを見下ろすエーシャ。
「剣士としてかなり名を馳せているようだけど一言言わせてもらうぞ。」
「術士を舐めるな。」
先程と同じ爆音と空気の歪みがザビオを包む。近距離で魔法をくらったせいかザビオの体は宙に舞い上がる。間髪入れず追加の魔法が彼の上方で炸裂しその衝撃により地に叩きつけられる。
土煙の中に横たわるミラーハ随一と呼ばれた剣士は今や見る影すらない。身に纏っている鎧は至るところに亀裂が入り皮膚は焼けただれている。
「があっ……ああっ…………」
口から赤黒い血を垂らしながら膝をつき立ち上がろうとするが上半身をあげるのが精一杯だ。顔をあげることすらできず視線は役に立たない自分の足を睨み、血にまみれた口からは歯ぎしりが止まらない。
「あとね、術士って詠唱するけど俺は絶対しないんだ。なぜだか分かるかい?」
再び治癒魔法をかけるエーシャ。
「くそ……くそがああっ!殺す……お前を殺すぞぉ!」
「詠唱の言葉って長ったるいし、その内容によってどの属性の魔法かばれてしまうからね。んでもって、何よりもその言葉の意味がカッコ悪いからなんだよな。」
四度目の魔法が彼を包む。ぼろ雑巾のようになりもはやエーシャを罵る言葉すら発せられない状態だ。
「殺すって息巻いてても怖くないよ。言葉って言うのは相手を恐れさせることはできないんだ。相手を恐怖に陥れるのに必要なのは…」
三度目の治癒魔法をかける。もやはザビオから戦意は消え去っているがお構いなしにエーシャは語る。
「目に入る映像だよ。もちろん自分が死を覚悟するくらいの強烈なやつが一番だね。」
うつ伏せに転がる彼の目の前に差し出した右手に炎が集まる。そして徐々に小さくなり消える。ただその右手には何かがある。何度も自分の体を焦がした何かが自分の鼻先にある。
「もう二、三回治癒してあげるよ。」
もはや憐れみとも思える笑みを浮かべその何かを解放すべく意識を右手に……
「そこまで。もういいでしょう。」
アイオロスの一言がその意識を絶ち切った。
「ふぅ。キノ! やったぞ!」
「エーシャ! お前ってすげ――! 強すぎるぞ! そしてどSすぎるぞ!」
ニョロゾ達がパーティーに呼ぶはずだ。この容赦のなさといったら。
正直言って、途中から悪寒がするくらい怖かった。敵には絶対まわしたくないな。
「負けなくてよかったよ。あの魔法は結構魔素を使うからあまり連発したくなかったんだけどね。おまけに治癒魔法も使ってたからなかなか疲れたよ。」
「よし!後は俺とオルで何とかするからゆっくり休んでくれ!」
「ああ。そうさせてもらうよ!」
エーシャは本当に疲れたようで闘技場の壁にもたれ座り込んでしまった。すまんな。俺がお前をチョイスしたから儲けにもならない争いに巻き込んでしまった。
「エーシャよく戦ってくれたな。さすがオルーツアが誇る賢者だ! 心から感謝するぞ。」
エルシュとニーチェがエーシャに駆け寄り勝利を労う。
「キノくんの役に立てるならなんてことないですよ。それよりも楽しみな思いのほうが強いですからね。」
「ふむ?何が楽しみなのだ?」
くったくのない笑顔でエーシャは答えた。
「ルーシキで見れなかったキノくんの本気とAランクのあの化け物コンビですら敵わないと言わしめたオルちゃんの戦いが見れることですよ。」
擬音で戦いを表現するのを練習しなければと思いつつ、この話はまったりのんびりなものなのを思い出したので、凝った描写は控えようという結論に至りました。




