12 そんな甘ちゃんは追い詰められると精神が崩壊しかけてしまう
森での単独生活が始まりました。
今回はのんびりした内容にはしていません。
誰もいない原っぱ。
聞こえるのは風に揺れる木々の葉が擦れる音だけ。
時折、木の枝にとまり羽を休めている小鳥のさえずりが耳を潤す。
静かで心を預けたくなるような空間。すべての煩わしさから解放された自然だけの領域。
だが、剣を振り続けたこの原っぱには魔物の焦げた臭いと血の臭いしかしない。
それは草木に染み付き土に染み付き俺の体に染み付いている。
その臭いをかいでたどり着く魔物達。
狙っているのは
俺の肉だ。
俺の内臓だ。
俺の命そのものだ。
この森に来て哺乳類系であろうと爬虫類系であろうと人型であろうと剣を向けるのに慣れてしまった。もう感覚が麻痺してるんだろうな。
迫りくる恐怖に慣れてしまえばなんてことはない。剣を突き立てその首を払い次なる魔物に刃を向ける。腰をおろし休んだら俺がやられる。
毎日その繰り返し。やつらは飽きもせず俺を食おうと、俺は食われまいと命を取り合う。今のところは俺の全勝だ。常に俺の足元には屍が転がっている。やつらも死んでしまえばただの肉の塊。
ふと思ったのだが同じ死体でもスーパーでパックにされて売ってるのは、いわばお化粧した肉なんだろうな。消費者の目に留まりやすいようきれいに切断されトレイに並べられる。同じ量の肉でもその盛り付け具合によって消費者の手がどちらに伸びるかは答えるまでもない。汚く見えるものは所詮見向きもされないものだ。
こう話している間にも、俺の周りには泥と血と胃液だけになった俺の嘔吐物にまみれ踏みにじられた肉が積み重なる。スーパーで売ってるきれいな肉じゃない。俺を食えずに憎み恨みながら生き絶えた魔物のその塊しかない。
誰もこんな塊を手にしようとは思わないだろう。
俺だって嫌だ。
触るのさえ腰が引ける。
変な臭いがしてるが腐ってはないだろう。
だが触らないといけない。
口にしないといけない。
まだ死にたくないんだ。
「キノさん! しっかり気を保って! 自我が潰れかけているわよ!」
ああ。何か聞こえた。聞いたことある声だな。
「だめだめ! 生で魔物の肉を食べちゃ! 吐き出しなさい!」
邪魔するなよ。食わねぇと生きていけないだろ?
「こんのぉ~~! 吐け! 吐けっつってんだよ!」
うぐぉ……これはきっついボディブローだ……お前なら世界を狙える……ぞ……
「はぁはぁ……まったくとんでもないわね。駆け出しの冒険者をここまで追い詰める鍛練をするなんて。」
レイカは渾身の左フックをキノの脇腹に突き刺し彼の動きを止める。単独での特訓が始まり既に3日目だ。
「でも仕方ないか。遅かれ早かれ冒険者として独り立ちするにはみんな通る道だからね……キノくんの場合はかなり特別仕様だけど。」
そう呟くと彼を天幕に運び、目を覚ますまで彼の身の安全を確保する。ただキノの側にはいない。彼の目が届かないところから見守る。
同じくオルも側にはいない。人は目に見えるものに信頼を置きそれに頼る。身近に自分より強い力があればおのずとそれに身を寄せ助けを乞うであろう。
今のキノには孤独になってもらうしかない。どのような魔物が現れるかわからないこの地で味方となる姿こそが甘えになる。誰にも頼れず泥水をすすり這いつくばってでも命を繋ぐ……一人で生き抜くことが冒険者に対する最低限の課せられる要求なのだ。
「オルちゃん。君は私の言葉が理解できるでしょ? 私は明日の夜にはオルーツアに戻るけど、キノさんのこと頼むわね。また一緒にギルドに戻ってくるのを待ってるから。」
ぬあ~とひと鳴きしてレイカの目を見つめるオル。
「ふふふ。よし! 頼んだよオルちゃん!」
キノを見下ろす木の上で柔らかい笑みを浮かべるレイカであった。
―ったぞ……―
「うん……?」
なんだ? 何か聞こえた……
―が減ったぞ―
「んだって?」
―腹が減ったのだ! いい加減何か食わせろ!―
―ああ……オルか。食いもんは……ない。カバンの中の魚も全部ない。すっからかんだ。たちまち塩舐めるか?―
―……従魔として食い物を要求しそれにより満たされるのは至極当然のことである。そして主はその責務を優先して果たさねばならぬ。これ以上お前に御託を並べたくない。……さっさと食い物を調達してくるのだ!―
むぅ……オルがイライラモードに入ったな。仕方ないから食い物を確保しに行くか。
そういえば昨日の朝からオルには何も食わせてないな。そして俺も食ってないな。いかんぞ。そろそろ何か食わないと……
特訓期間中に徐々に食事の量が少なくなったのは、結果的に助かった。胃袋が小さくなり少量の食事でも身体が維持できるようになっている。これもネシャ達のおかげか。
―ちょっと待ってろ。なんか調達してくる―
待ってろと言ったがあいつの姿は見えない。どこに隠れてるのやら……念話が届くから近くにはいるだろう。
森に入り獲物を探す。猪が出てくれば一番ありがたいのだが、ここ最近は一匹も見ない。もしかしたら俺が狩り尽くしてしまったのか?
グローウルフは……まずかった……ザネックスさんとこで買った短剣を使って捌いたのだが味が変わるわけではないみたいだ。
ちなみにこの短剣はまだ戦いに使っていない。なんか……もったいない気がして。刃こぼれとかしたくないしな~って思ってたら使う機会がないのだ。
食える魔物か……何がいるんだろう? あっ! 鳥なんかいいな! 絶対にはずれはないだろう! 焼き鳥のタレをつけて……皮をカリカリに焼いて……むね肉よりもものほうが好きだからもも以外はオルに食わせて……
そんな妄想を頭の中で巡らせながら歩いているといた! 猪だ! 難なく倒してカバンに入れダッシュで帰る。
そうだ! オルと約束してたうまい肉を食わせてやろう! 焼肉のタレを買ってタレ漬けを焼くか? それとも焼いた後にタレにくぐらせるか? くうぅ~っ!…やばい! 腹の虫が騒ぎ出したぞ!
ブンッ!!!
あれ? 俺の体が……横に飛んで……
「っがあああぁぁっ!」
何かに吹き飛ばされた。当たりどころがよかったのか幸いなことにひどい傷は負ってないようだ。
「な、なんだ?」
メキメキと生え茂る木々を倒しながらキノの背後からロックリザードが悠然と現れた。
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「やっぱこの森すごいね! もう残りの依頼書は二枚だけだよ! こんなに魔物が豊富な場所はあまりないよね!」
ロックリザードの皮を剥ぎ終えて肉の解体に入るネシャ。
結構な量の肉や素材を集めホクホク顔だ。
「ほんとだな。そんなに探さなくても向こうから現れるから時間の短縮になるし!」
「まぁ、頻繁に人が出入りするような場所ではないから魔物が枯れるという危険はないでしょうしね。」
皆存分に狩りを楽しんでいるようだ。誰しもが笑顔である。
「ふええ~もったいないことしちゃったぁ。」
肩を落としてトボトボと戻ってくるニーチェ。
「さっきロックリザードの亜種がいたんだけど、やっぱり亜種だけあって動きが早くってさ。粘れば一人でもいけるかと思ったけど倒し損ねちゃったよ。」
「「おぉ! マジか!」」
三人とも目の色を変える。ここ数年ロックリザードの亜種は市場にも出回っておらず希少価値が高いのだ。
「ロックリザードの亜種って後頭部から首筋の位置に魔導石がついてるんだよね? むっちゃ高額な素材じゃない?」
「そうそう! 下手したら家が買えちゃうくらいの金額にもなるんだよ! ちらっとしか見えなかったけどなかなか大きい魔導石だったよ!」
「マジか! ちょいみんなで狩りに行かないか? 臨時ボーナスみたいなもんだぜ。」
今にも飛び出しそうなニョロゾ。早くゴーサインを出せと言わんばかりだ。ネシャも行きたくてウズウズしてるようだ。
「いや~たぶんあれは狩れないよ。私がスキルを使おうと魔素を漂わせた瞬間にニョロゾ並みの早さで逃げたからね。」
「ありゃ……そっか~。噂には聞いてたけどそこまで早いのか……じゃ諦めるしかないな。」
がっくりとうなだれるニョロゾとネシャ。
「もし次に見つけたらみんなでやっちゃいましょう! ところで……その亜種はどっち方面に逃げたのですか?」
「東のほうに逃げられたよ。あ~もったいないなぁ~。」
そうか……東か。東にはキノくんの訓練場があるな。
うん。確かに訓練場は東だな。間違いない。
大丈夫。まさかキノくんのところには……
たぶん。大丈夫……
焼き肉食べたくなりました。




