8 知らないところで話が進んでることほど困ることはない
第三章の冒頭にようやく戻ります。
「ちょっとぉ―――! 死ぬ死ぬ死ぬぅ―――!」
俺の目の前に走り込んでくるゴブリン達。タートルドラゴンとは違う。あれだ。あのときと同じだ。エルシュさんに連れられてオルーツアの町に入る寸前に襲われたオークと同じだ。
血走った目で俺を睨みながらナイフを片手に迫ってくる。
あっ。ダメだ。ナイフが刺さる。やつらは的確に俺の腹部を、俺の心臓を、俺の喉元を寸分たがわず狙い定めてるわ。うっわ~勢いよく突き立てるから根元まで刃が食い込むじゃね~かよ。刺されたところから吹き出る血が止まらんぞ……
こんな複数でやられたら勝てるわけないじゃん。てか、なんで俺はこんなとこにいるんだ?酒場にいたんじゃ……
「おい! しっかりしろ! いくらなんでもゴブリンにやられちゃ情けねぇぞ!」
ニョロゾの声にはっと我に帰る。ナイフは……刺さってない。ゴブリンは……一匹を残して残りは血だまりのなかで絶命している。
「う~ん。これはなかなか鍛えがいがあるわね。下手したらオルーツアで一番の弱さかも。」
「だな……こいつはどうしたもんかな。」
腕組みをし眉をハの字にして困った顔のネシャとゴブリンを炎魔法で燃やすニョロゾ。
「とりあえずキノくんは訳がわからずほぼパニック状態なので、状況を説明してからにしたほうがよいかもしれませんね。」
ふらふらとよろめくキノを支え落ち着かせようとするエーシャ。
「だねだね! 私が浅はかだったよ。ゴブリン相手だからすぐに対応するかとおもったんだけどここまでだとはね。反省しないとダメだ……キノくんごめんね!」
残る一匹の首を切り飛ばし、テヘッといたずらっぽく笑うネシャ。
「てめぇらどういうことだぁぁぁ!?」
目覚めと同時に死にかけたキノの絶叫が原っぱに響き渡った。
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「……というわけなのよ。だからキノくんは少しでも強くなっておかないと死んじゃうの! 多分一瞬で死ぬよ!」
ネシャとニョロゾからこれまでのことを聞かされ呆然とする。
「なんで当の本人がいないとこでそんな鬼畜なイベントが発生してるんだよ……俺は戦わんぞ! そして特訓もしないぞ! やることは一つ! 遠くに逃げる!」
あまりにも突拍子もない話を聞かされて幾分混乱しているが、これだけははっきり言える。俺は逃げるんだ。そして細々と生計を立ててひっそりと生きるんだ。
「いや~それは多分無理だよ。守護竜に目をつけられたなら間違いなく配下の下位の竜達が国中を飛び交って、キノくんを10日以内に探しだして捕縛したあとに死ぬまで守護竜の道具にされるだろうね。」
「うん。それにオルーツアもただじゃ済まないだろうね。ほぼ壊滅するんじゃない?」
ネシャとニョロゾが俺の説得に必死だ。どうにかして俺に特訓をさせようとしている雰囲気しかない。
「特訓するにしてもだ、そんな短期間で強くなるわけねぇだろ? お前ら漫画の読みすぎだ!」
もうこいつらの言ってることとやってることが漫画やゲームの世界だ。
「「漫画って何?」」
くっそ。調子狂うな。
「いざとなったら俺のスキルで何とでもなるわ。俺自身が強くなるより確実にな。」
「言わせてもらうが、キノくんのネットショッピングって純粋な戦いや急な対処には役に立たないと思うぞ。素直にこの二人から訓練を受けたほうがよいと思うが。」
エーシャもたまりかねて俺の説得にまわる。お前も向こうにつくのか?
「なんでそんなことがエーシャにわかるんだよ。ネットショッピングさえ活用すれば……って……なんでエーシャは知ってるんだ?」
「ああ。すまない。俺だけじゃなくこの二人も知ってるぞ。あとオルちゃんが念話できるのもな。」
おいおいおい……俺が意識飛ばしてる間にどこまで話が広がってるんだよ……
「なるほど。まぁ仕方ないか……ニーチェがそう判断したんならな。けど他の誰にも言わないでくれよ。」
一応三人に釘を刺す。釘を刺したところで現状を打破しないと俺は一生ビビの道具になってしまうが。
そうだ! ふといい考えが浮かんだ。試しにオルに聞いてみようか。
―オルよ。頼みがある―
―何だ?―
―ビビを抹殺してきてくれ―
―バカ言うな。今のワシではあやつには敵わん。おとなしくこいつらの言葉に従え。お前が生き残るにはそれしか道はない―
―おい。俺の従魔なのに言うことが聞けないのか? もう飯はやらんぞ? いいのか?―
―構わん。ニーチェはもとよりこのドワーフもうまい飯をくれるからのぅ。少し甘え声を出せばイチコロだ―
……こいつ完全に餌付けされてるな。俺が寝てる間にどんな飯をもらったんだ?
―それにな。お前には保護と祝福が与えられておると前から言ってるではないか! それに気づきさえすればこんな特訓なんぞ無駄な諸行であるというのに―
―だからその保護と祝福って何なんだ? さっぱりわからん!―
―はぁ……情けないやつだな。シューラ様からの言葉を忘れたのか?あの言葉こそがお前に対する保護と祝福なのだが―
もはやオルは呆れ返って俺に振り向こうともしない。シューラさんの言葉だと? 別れ際に言ったやつか?
『……く末にあたしからの保護を! そしていかなるときも屈……心を! 力……れぬ魂に祝福を!』みたいなやつだったか?
―なんとなく覚えてるが……はっきりと思い出せないな…―
―ふん。シューラ様の言葉を思い出せればおのずと保護と祝福は理解できよう。そのためにもこいつらに聞き従え。それが近道だ―
―わあったよ! やりゃいいんだろ! しっかしオルはケチだな。ヒントを何も言いやしねぇ―
―何度も言ってるではないか! シューラ様の保護と祝福だと!―
―だからそれを教えろっつってんだ!―
「おい……なんかキノくん達無言で喧嘩してるのか?」
「念話で喧嘩? ですかな?」
「羨ましい……」
「さて、これからのことだがお前らの望み通り特訓をしようと思う。」
三人と一匹を前に堂々と宣言する。三人からはうぉ~という叫び声と拍手の嵐だ。
「オルからお前らに従えとしつこいからな。で、特訓ってどうすればいいんだ?」
「とりあえずランクの低い魔物とどんどん戦って慣れてもらうよ。もちろんタイマンでね。私達はキノくんが死なないように見守るだけだよ。あくまでも戦いがどんなものか肌で感じ取ってもらうのが最優先かな。」
ニョロゾが安心感を与えるように穏やかにキノに話す。すばらしい営業スマイルも含めて。
「だねだね! ちゃんとキノくんの戦いを見守りながらも周囲の警戒も怠らないようにするから戦いに集中できるよ!」
ネシャが身振りを交えて説明に深みを増す。気のせいか説明に耳を傾けるキノの表情も和らいできている。
「ほほぅ。ではもしも俺がやばい状態になったら戦いに介入してくれるんだな?」
「当たり前だ! 切り刻まれた身体、えぐられた肢体、焼き焦げた皮膚など瞬時に治癒してやるぞ!」
身を乗り出して自分のヒーラーとしての力をアピールするエーシャ。
「やっぱりやめる。そんな痛みは受けたくない。てか、そんな傷受けたら舌かんで自害するわ。」
「「エーシャぁぁ! お前何びびらせてんだぁ!」」
ニョロゾとネシャにフルボッコにされるエーシャ。半分死にかけている彼は話に加わらないよう天幕の柱にくくりつけられた。
―大丈夫だ。傷による痛みなど大したことではない。そこまでの深手を負う前に命を落とすわ。ワシがお前に言えるのは、恐れすぎるな。それだけだ―
―また意味深なこといいやがって……まぁいい。いつまでも駄々こねててもしょうがないからな―
「んじゃ早速始めるか! いきなり強いのはあれだから初めは蛇か猪くらいのやつから頼む!」
「「「…………」」」
次回よりキノが頑張ります。




