5 特訓場に行きましょう
国別対抗戦が決定したようです。
目が点になったニーチェが我に帰り両手をパタパタと振りながら勢いよく椅子から立ち上がる。
「おじいちゃん。それだめ。キノは多分ゴブリンより弱いよ。間違いなくこれまでの闘技のなかで最速を記録して彼は死ぬわ。」
「うむ。ワシもそう思うぞ。我が家に連れ帰った時に意識を失っていたのはオークに殺されそうになって気絶したのじゃからな。」
やっぱりという表情で苦笑いを浮かべるニーチェ。話の聞いていたネシャとニョロゾは同時にこう思った。
『『オークで気絶? どんなお子ちゃまなんだ?』』
「とにかくあの飛竜にはキノくんが戦う術を知らぬ若者だと話したのじゃがまったく聞く耳を持たず国王の提案が飲まれたというわけじゃ。」
「まったくもぅ! なんで国王は戦いで事を静めようとするのかしら! 絶対バカよ! 自分は戦いに出ないくせに!」
顔を真っ赤にして怒りモードに突入しているニーチェ。国王批判は重罪と見なされるがここはエルシュの家の中。お構いなしだ。
「ニーチェよ。国王は最高とは言えぬが、最善の判断をしたとワシは思うのじゃ。ほいほいとキノくんを渡すとなれば飛竜すら欲する彼のスキルを知ることなく彼の存在は闇に消えるだろう。さらにすんなり相手の言いなりになればこの国の程度も見られたであろうな。」
静かに、だが説き伏せるように話す。ニーチェは反論の言葉すら浮かばす彼の言葉を噛み締める。
「しかし、かといって頑なにキノくんを渡すのを拒むのであるならば、あの飛竜の機嫌を損ない講堂ごとワシらは吹き飛ばされてもおかしくはなかっただろう。ニーチェもよくわかっておるだろう?あやつの途方もない強さを。」
そうだ。あのサガラ川での飛竜の強さ。エルシュをはじめ、熟練の冒険者が膝をつき戦意まで削ぎ落とすあの圧倒的な存在感。やつはただその場で歩を進めるだけであったのに身動きすらできなかった。文字通りに逆鱗に触れるような対応をしたならばオルーツアが火の海になってもおかしくないだろう。
「うん……そうだね。あの強さは反則だよ。まるで神様が目の前に降り立ったくらいのオーラだったからね……」
目を伏せて怒りを静めようとする。うん。しかたない状況だったんだと。
「うむ。飛竜は条件を受け入れ2ヶ月後に再びこの地に来ると告げて国王と町を出て行ったわ。『ないとは思うがあやつが逃げ出さぬようによく見張っておくように。もし2ヶ月後にいなければこの地はただの瓦礫の山になるだけだから』と言い残してな。」
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―というわけなの。守護竜ってね、ある意味その国の王家以上の力を持ってるのよ。極端にいうと守護竜の土地に人間や他の種族が住んでるみたいなものなの。だからある意味この世界では絶対的な存在感なんだよ―
―ほぅ―
―それでおじいちゃんが言うには『例えキノが戦いに勝てなくても1対1の戦いから生き残れるくらいは力をつけておくのは必要』だって。それに飛竜に目をつけられるくらいだからこの先どんな形でどんな輩に狙われるか分からないし、常に誰かに守ってもらえるとも限らないので鍛練は必要だってね―
オルの下でいびきをかいて眠り中のキノを見つめながらニーチェは話を続ける。
―だからその場にいたネシャとニョロゾ、そしてエーシャに協力してもらって短期間でキノを強くするのにとっておきの場所に向かってるの―
―そういうことか。ふん。お前らが気に病む必要はない。こやつが与えられた祝福と保護に気づけば何の問題もない―
―え……? キノってやっぱり召喚者なの?―
―それをワシの口からは語れぬな。いや、語るべきことでもないがな。……さて、理由はわかったのでワシもお前らに協力しよう。期日までこやつの助けは一切せぬから思う存分鍛えるがいいぞ。ではそろそろ飯にしようではないか。ワシは肉を所望するぞ! 焼いたやつを準備するのだ! あれだあれ! 鳥の肉を食わせるのだ!―
不思議な感じだ。従魔とはいえ魔獣に諭され励まされるとは。だが嫌な感じではない。むしろ心地いいくらいだ。キノはいつもこうやってオルと意思を通わせていたのだと思うと羨ましくてしかたない。
―ぷっ! いつもキノが突然オルちゃんにご飯あげてたのはこうやって催促してたのね! じゃキノの特訓中は私がご飯係になるからね!―
くすくす笑いながらニーチェはエーシャに伝える。
「エーシャ馬車を停めて! そろそろご飯にしよ~!」
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オルの獣気により魔物に遭遇することなく旅は続き、オルーツアを出発して4日が過ぎた。
ネシャはオルが獣気を発して魔物が寄り付かないのを知りながらも馬車の中から外の状況を継続して観察していた。確かに馬車の周りには魔物の気配がないが、魔物の気配がないのは半径50メートルの範囲だけだ。それより外にはおびただしい数の魔物が取り巻いている。
「やっぱりこの地方は体を動かすにはいい環境が整ってるね!」
ニコニコ顔で魔物の雰囲気を味わうネシャ。
「そりゃネシャはいいよ~戦闘民族なんだからね~。俺みたいに連戦嫌いなやつにはここは地獄だよ……寝るときくらいは魔物にはおとなしくしといてもらいたいさ。。。」
うんざりだと言わんばかりの顔でエーシャの隣で寝転んだまま深い森の隙間から見える空を眺めているニョロゾ。
「そうですね。確かにここでの戦いは魔素が枯渇するので私も苦手ですね。ポーションは山ほど持参しましたから大丈夫だとは思いますが。」
若干ひきつった顔をしながら手綱に握り直すエーシャ。
この先にある森林は彼らBクラス以上の冒険者には訓練の場としてはもってこいである。魔素が尽きるまで延々戦いに明け暮れる魔物の森。ルーシキ地方の大部分はこの森に覆われているが、常に強き者だけが生き延びている。
それは人であっても魔物であっても同じことだ。魔物達も自らの胃袋を満たすために己と同等かそれ以上の魔物に襲いかかりその肉を食らっている。決して強さを求めてそのような真似をしているのではない。ただ単に食うものがないのだ。
「馬車が乗り入れられるのはここまでみたいですね。じゃキノくんを降ろしてあの先に天幕を張って夜営地にしましょうか。」
手綱を巧みに操り馬車を方向転換させて停める。キノを馬車から降ろしてエーシャからニーチェに代わって手綱を取り三人に向き直る。
「じゃ、馬車を預けてくるから! 10日もあれば戻ってこれるはずだからそれまでキノをよろしくね!」
「わかった! ニーチェはオルちゃん連れていきなよ。一人で往復はさすがに危険だよ! キノくん一人くらい余裕で守れるさ!」
ニーチェを心配してニョロゾがオルを抱き抱え馬車に乗せる。オルはニーチェの横にちょこんと座り少しばかり勇ましく見える。
「うんうん! じゃオルちゃんと行ってくるね! みんなも気をつけてね!」
三人に背を向けて今来た道に馬車を走らせる。
私達が戻るまではあの三人にすべて任せよう。
Aランクが二人とBランクが1人もいるんだ。余程のことがない限り大丈夫なはずだ。
―オルちゃんごめんね。無事にここまで戻るまでの間フォローよろしくね!―
―任せろ。そのかわり肉はきっちり提供するのだぞ。もちろんおかわりもするのだ!―
―はいはい! オルちゃんは食いしん坊だね! じゃ、とりあえずは町まで戻ろうか―
身軽になった馬車の速度をあげ、一人と一匹はホンデの町に向かうのだった。
明日には主人公が起きるでしょう。




