2 財布の紐が緩むときって大抵アルコールに負けてるときだと思う
エルシュさんを探しています。が?
賑わいを見せる町の中をエルシュさんを探して歩き回る。が、全然見つからない。もしかしたら国王に謁見したクエスト参加者の冒険者達なら何か知ってるかもと思い、彼らも気に留めながら探すが見当たらない。
「エルシュさんどこに行ったんだろ? 町が混乱してる訳じゃないからトラブルに巻き込まれたとは考えられないしな。」
しょうがないから家に戻っておこう。無駄に探すよりは確実だしな。
―オル。とりあえず戻ろう。あてもなく探すのは疲れたわ―
―うむ。それもそうだな。そしてワシは腹が減ったぞ! 何か食わせろ―
おおっと! そういえば朝に猪肉串を食わせただけだったな。俺も小腹が空いたから何か食おうか。
エルシュさんを探すときには気に留めなかったが、どうやら飲み屋の通りに来ていたようだ。どこからともなくいい匂いが漂っている。
―ちょっと酒場に行ってみるがオルも行くか? 食い物もあるはずだ―
―ほぅ。酒はワシも好きだがそんなに多くは飲まないぞ。食い物だけくれ―
おっけ~おっけ~。従魔といえども酒場で飲んだくれていたら周りから奇異の目で見られるからな。食うだけ食っておとなしくしといてもらおうか。では……この世界の酒を楽しもうではないか!
通りの中でもひときわ賑やかな酒場に入ると陽気な客達でごったがえしている。男女問わず昼間っからこんなとこにいるのは収穫祭のせいだろう。メニューを見せてもらうが、エールや蜂蜜酒、ワインや蒸留酒など色々種類は揃っている。さすがに日本酒や焼酎と言った文字は見当たらないな。
「あれ! キノくんだったよね? エルシュさんには会えたの?」
名前を呼ばれて振り返るとエルシュさんちに来ていたネシャさんとニョロゾさんがいた。
「ああ! エルシュさんなんですが、どこにもいなくてもう家で待っておこうと帰りかけたのですが、この酒場が目に入って食事も兼ねて立ち寄ったんですよ。お二人もですか?」
「ま~ね! ところで敬語はやめときなよ。これからのこともあるしね! キノくんはいける口かな? ここの蜂蜜酒は少し値段が張るけどおいし~よ!」
ネシャさんが店員を呼んでさっそく注文している。さっき蜂蜜酒を飲みそびれたからここではしっかり頂こうじゃないか! オルには適当に肉料理を皿に盛り付けてもらってと……
それから酒を飲み交わしながら二人といろんな話をした。ニーチェとの出会いやパーティーを組んで数々のクエストをこなしていること。この世界の様々な国や都市そして魔族のこと。
そして他の世界から召喚された者のこと。
二人の話を聞く限り、正直俺が思っていたよりも複雑であり残虐な世界であるのがわかった。だが、今までニーチェとこんな話を一度もしたことがなかったのですごく新鮮だ。オルーツアでこの世界のルールを知り、この二人からさらにこの世界の理解と知識を深められる。
「俺がチートだったらいろんな町に行ってみるんだけどな~そいで行く先々でクエストこなしてさ~だけど君らみたいに魔物と正面から戦うなんてできるわきゃね~よ。マジで瞬殺されるわ。」
「そんなことないさ~! タートルドラゴンを初見でソロ討伐でしょ? それって普通じゃないよ! むしろ異常!」
「そうそう! わたしもそんなの聞いたことないし! で、どうやって倒したの? ってかチートって何?」
「まぁ弱点攻めたってことだ~。言っとくがほんと俺って腕力はねぇぞ。魔法もつかえねぇぞ。ただの一般人だからな~チートってのは無敵って意味だぁ~君らはチート候補なのかぁ?」
いい感じに酔いが回ってきたぞ。久しぶりに飲むのとこの蜂蜜酒のおかげだな~。おだてられてもネットショッピングの話はできぬ。こればっかりは他言できぬ!
―お前そろそろやめたほうがよいのではないか? 酒に強くないワシが言うのもなんだが―
―だいじょ~ぶだいじょ~ぶ! 金はあるからぁ~それに、こんくらいの酒で潰れるような俺様じゃね~からぁ―
おっとぉ! つまみも酒もなくなってるじゃん! ネシャさんもニョロゾさんもまだいけるよなぁ? よし! ここは俺が奢ろうじゃないか! まぁまぁ気にすんな。暇な時にこの剣で戦い方でもご教授してくれりゃ~いいからぁ……
「もののニ時間ほどで見事に潰れちゃったね。いや、潰したね。」
炒ったナッツをつまみながらニョロゾがキノの顔を覗きこむ。
「だねだね。私達と同じピッチで飲んでたらそりゃこうなるよ。さて……そろそろ来るかな?」
木製のジョッキに口をつけ一気に飲み干すネシャ。
「エーシャがここから出て一時間くらいだからもう来るはずだよ。あっ! 来た来た!」
「ごめんね~! お待たせ! エーシャさん案内ありがとう!」
「気にしなくていい。エルシュさんにはいつも世話になってるし、君らパーティーメンバーに頼まれるならばある程度のことは引き受けないとな。」
「うんうん! ね~オルちゃん。これからキノに強くなってもらうからオルちゃんも協力してね!今のままじゃキノは死んじゃうかもだからね……」
嬉しそうににゃあにゃあ鳴くオルに話しかけるのはエーシャに連れられて酒場に来たニーチェ。そしてエルシュ。
「じゃ支度が整い次第行きましょうか。日が落ちるまでには隣町には着きたいですから。キノくんには馬車の揺れで目が覚めないよう眠り草を鼻元に置いておきましょうかね。」
すでに旅支度が済んでいるエーシャが酒場から出て行く。
ニーチェはネシャとニョロゾと三人でキノを馬車の荷台に運び、酒場の店員に三人の酒代を支払う。
「じゃおじいちゃん馬車借りるね! 一応一ヶ月は最低でも滞在すると思うから!」
「うむ。お前達がいるならばそう簡単に死ぬことはなかろうが十分注意を払うのじゃぞ。」
「わかった! じゃ行ってくるね!」
ひょいと馬車に乗り込みエルシュに別れをする四人と一匹。
ニョロゾ「久しぶりだね! このメンバーでパーティー組むのは!」
ネシャ「だねだね~! いい暇潰しになりそうな予感しかしないね!」
エーシャ「キノくんは君らが思ってるよりもなかなかの男ですからな。一ヶ月でどれだけ化けるか楽しみですよ。」
ニーチェ「そうだよ! あと町から出たらだけど、皆に話しておかないといけない大事なことがあるからね。絶対にもらしちゃいけない大事なことだからね!」
「「「わかった!」」」
こうして爆睡中のキノを乗せた馬車は、酒場の中にも負けないくらいの賑やかな雰囲気で西にある隣町に向かった。
キノは拉致されました。
大変です。
そして第3章は長いです。
たぶん。




